16話 朝日の帰還
玉藻前が灰色の粒子となって消滅し、京都御所を包んでいた異様な瘴気が霧散した。
後に残されたのは、粉砕された白砂と、焦げ付いた石舞台、そして死闘を物語る傷だらけの五人の戦士たちだった。
「……終わった、のね」
サクラは、重いガトウのガントレットをパージし、自身の切断された右腕の接合部を見つめた。
夜の帳とばりがゆっくりと剥がれ、東の空から白んだ光が差し込んでくる。京都の街を照らす朝日は、凄惨な戦場を冷酷なまでに鮮明に描き出していた。
しかし、立ち止まっている時間はなかった。サクラはすぐさま、傍らに倒れている戦友たちへと視線を走らせる。
「レン、ガトウ! 救護を急いで。カイト、ベル、そしてルークを紫宸殿の中へ!」
「了解です……!」
「おう、任せろ!」
レンは自身のワイヤーを巧みに操り、ストレッチャー代わりにしてカイトとベルを運ぶ。ガトウは、意識のないルークを壊れ物を扱うように、その巨大な腕で優しく抱え上げた。
かつて天皇が即位の礼を行った神聖な場所、紫宸殿。
その高い天井の下、歴史の重みを感じさせる板敷きの上に、三体のアンドロイドが横たえられた。
サクラは膝をつき、三人の状態を確認していく。
「ベル、貴女は……大丈夫そうね」
「……はい。背中と後頭部に、衝撃による装甲の剥離がありますが、中枢系に異常はありません。……それより、カイト君と、リーダーが……!」
ベルは自身の傷を顧みず、隣に寝かされた二人を不安げに見つめる。
カイトは、機体のあちこちから火花を散らし、黒いスパークの後遺症で呼吸(排熱処理)が不規則になっていたが、かろうじて意識を保っていた。
「サクラ……先輩……。……ルークは……?」
カイトの掠れた声に、サクラは答えることができなかった。
彼女の視線の先には、最も悲惨な状態のルークがいた。
右腕は肩から先が粉砕され、熱線によって真っ黒に焼け焦げている。みぞおちを中心とした胸部装甲は大きく陥没し、内部の人工臓器コア・ユニットにまで損傷が達しているのは明らかだった。何より、彼のメインモニターは沈黙したままで、再起動の兆しがない。
「……まずい。ルークの反応がない!」
レンがルークのメンテナンスハッチを開け、首筋のポートに自身の指先を差し込んだ。
「……致命的なシステムダウンです。データのバックアップが本部のサーバーに同期されていません。このまま電源が落ちれば、彼の記憶……『今のルーク』という存在そのものが消失します」
アンドロイドにとって、それは「死」を意味する。
「そんな……嘘でしょ!? ルーク! 目を開けてよ!!」
ベルがルークの肩を掴み、必死に揺さぶる。
「ねえ、いつもみたいに変なことで笑わせてよ! 起きてよ!!」
レンは冷静を装いながらも、その指先を震わせていた。
「……私のワイヤーで、バイパス(予備回路)を作ります。電気刺激を脳(電脳)に直接送り込み、強制再起動を試みます」
レンの杖から伸びた極細のワイヤーが、ルークの露出した神経線維へと繋がれる。銀色の糸が青白く発光し、ルークの身体すこし跳ねる。だが、彼の瞳に光が戻ることはなかった。
「……どいて、ください」
その時、這いずるような動作でカイトが二人の間に割り込んできた。
サクラが制止しようとする。
「カイト! 貴方も限界よ、大人しく寝ていなさい!」
「……俺が、……俺が助けるんです」
カイトの瞳には、かつての暴走したノイズはなかった。
ただ、自分を信じてくれたリーダーを救いたいという、純粋で強固な意志だけが宿っていた。
カイトは震える右手を、ルークの凹んだ胸の中央に置いた。
「お願いだ……起きてくれ、ルーク……!!」
カイトの手のひらから、淡い青色のスパークが放たれた。
それは、データ汚染を含まない、純粋なエネルギー。彼自身の命(電力)を削り、相手に分け与えるような、献身的な輝き。
通電。
しかしルークは反応を示さない。バチバチというスパークの余韻だけが残る。
「おい、ルーク...起きろ!」
カイトの叫びと共に、スパークがルークの全身を駆け抜ける。
再び通電。
ルークの指先が、ぴくりと動いた。
「動いた……今、動いたわ!」ベルが息を呑む。
カイトは歯を食いしばり、さらに出力を上げた。彼の機体の関節部分から、過負荷による異音と煙が上がる。
「起きてくれ!! アンタがいなきゃ、…俺たちは終われないんだ!!」
カイトは力を振り絞りスパークを注ぎ込んでいく
「もう一度。行けぇぇぇぇ!!」
――ドクン。
ルークの胸部ユニットが、初めて力強い鼓動のような音を立てた。
「ガハッ……! ゲホッ、ゴホッ……!!」
激しく咳き込みながら、ルークのメインモニターに光が灯る。
ゆっくりと、重そうに、彼のまぶたが開かれた。
「……はぁ、……っ、……ここは……」
「ルーク!!」
全員が、崩れ落ちるように安堵の声を漏らした。
ルークは、乱れたセンターパートの前髪を焦げた左手でかき上げ、ぼやける視界を調整しながら、泣きそうな顔で自分を覗き込む仲間たちを見渡した。
「……よかった。……みんな、無事か」
「当たり前だろ、この馬鹿野郎が! 心配させやがって!」
ガトウが後ろから、涙をこらえるように鼻を鳴らした。
ルークは、自身の失われた右腕と、ボロボロになった身体を苦笑混じりに見下ろした。
「……参ったな。……この修理費、また今月の給料から天引きか……。買い替えの値段、相当かさみそうだな……」
その言葉に、カイトがフッと笑みを漏らす。
「……そんときは、俺が出してやるよ。」
「はは……頼もしいな。……貸しにしておくよ」
ベルはもう、我慢できなかった。
「よかったぁ……本当によかったぁぁ!!」
彼女はルークとカイトの二人を抱きしめるようにして、子供のように泣きじゃくった。
その様子を、サクラとレンは静かに見守っていた。
朝日が紫宸殿の奥まで差し込み、血と泥に汚れた彼らの装甲を、まるで祝福するように黄金色に染め上げていく。
空の彼方から、重低音のプロペラ音が響いてきた。
「……来たわね」
サクラが見上げると、朝焼けの空を裂いて、本部から急行した大型輸送ヘリが数機、編隊を組んで近づいてくるのが見えた。
ヘリが御所の南庭に舞い降り、轟音と風圧が白砂を巻き上げる。
中から降りてきたのは、本部の医療班リペアラーと、武装した特殊部隊クリーンチームだった。
「救護班、こちらです! 三名の重傷者がいます!」
レンが迅速に指示を出す。
カイト、ルーク、ベルの三人は、手際よくストレッチ
ャーに乗せられ、ヘリの機内へと運び込まれていく。
「ガトウ、サクラ、君たちも乗りたまえ。事後処理は我々が引き受ける」
指揮官の言葉に頷き、サクラは最後に一度だけ、戦いの舞台となった紫宸殿を振り返った。
ヘリの扉が閉まり、機体がゆっくりと浮上する。
サクラが機内の窓から外を覗くと、御所の正門からは、本部の黒い車両が長蛇の列をなして戦闘跡地へと向かっているのが見えた。B班、3型部隊の生存者確認と、怪魔の残滓ざんしの回収作業がこれから始まるのだろう。
眼下に広がる京都の街並みは、昨夜の惨劇など嘘のように、静かに朝を迎えていた。
「……長い、夜だったわね」
サクラがぽつりと呟くと、隣に座ったガトウが大きな手で彼女の肩を叩いた。
「ああ。……だが、俺たちは生き残った。……それだけで、今は十分だろ」
機内に、束の間の静寂が流れる。
負傷した仲間たちの寝息と、ヘリのローター音だけが響く中、サクラは朝日を見つめながら、これから始まるであろう新たな戦いに想いを馳せていた。




