15話 孤高なる一騎打ち
京都御所、紫宸殿。
白砂が舞い、熱に焼かれたガラス状の地面が月光を不気味に反射する中、戦場に新たな風が吹き抜けた。
ガトウの右腕から放たれた『旋回連動式・円環刃』が、空気を震わせる鋭い金属音を響かせながら、主の元へと旋回して戻っていく。ガトウはそれを無造作に掴み取ると、再び腕のガントレットへと装着した。火花を散らす彼の装甲は痛々しいが、その眼光には敵を屠る意志が満ち溢れている。
「……反撃の狼煙のろしは、上げたぜ」
ガトウの低く、地鳴りのような声が合図となった。
「――展開」
影の中から、レンの静かな声が響く。
彼が手にする『銀の杖』の先端から、肉眼では捉えられないほど細く、それでいて月光を受けて銀色に煌めく無数のナノワイヤーが放射状に伸びた。ワイヤーは生き物のように夜の闇を泳ぎ、玉藻前の手足、そして九本の尾に瞬時に絡みつく。
ピン、とワイヤーが張り詰め、玉藻前の自由を奪った。
「くっ……! この糸、ただの針金ではないわね……!」
「私の神経細胞です。逃がしません」
レンは杖を地面の砂利へと深く差し込み、ワイヤーを固定する。玉藻前はすぐさま至近距離まで爆速で接近し、ワイヤーの起点となっている杖を粉砕しようと、鋭い爪を振り下ろした。
しかし、レンは動じない。杖を囮おとりにするように身をよじり、玉藻前の反撃を紙一重で回避する。
玉藻前は自らの手足に食い込むワイヤーを強引に引き千切るべく、自切じせつ――つまり、自らの魔力を爆発させて拘束部位を無理やり剥がし、脱出した。そのままレンの死角へと回り込み、背後から致命的な
一撃を放とうとする。
「……甘い」
レンは回避の動作のまま、指先に絡めていた予備のワイヤーを鞭のようにしならせた。
シュッ、という鋭い音が響き、回避に徹していたレンの指先が、玉藻前の白い頬に一筋の切り傷を刻む。
「……っ、この小僧……!」
玉藻前がたじろいだ瞬間、レンは素早く地面の杖を回収し、再び広範囲にワイヤーを射出。その銀糸は空中に複雑な「軌道レール」を描き出した。
「ガトウさん、今です!!」
「おうよ! 最高のレールだぜ!!」
ガトウが二つの円環刃を同時に射出する。ブレードはレンが展開したワイヤーの軌道に沿って、磁気誘導による加速を加えながら高速回転。物理法則を無視したような軌道で、玉藻前の死角から襲いかかる。
――ギャリギャリギャリッ!!
「あぁぁぁぁッ!!」
玉藻前の横腹を、高炭素鋼の刃が無慈悲に削り取る。肉が削れ、鮮血が舞う。
しかし、その凄まじい傷口ですら、彼女から溢れ出る黄金の瘴気によって瞬時に塞がっていく。再生速度は、まだ衰えていない。
その様子を、サクラは数歩下がった位置から冷静に分析していた。
彼女の美しい瞳が、レンのワイヤーによる観測データとリンクし、玉藻前の体内のエネルギー流動を精緻にトレースしていく。
(……再生の起点は、表面じゃない。エネルギーが集中しているのは、胸部の中心。……あそこが『核』、心の臓ね)
サクラ先輩は、傍らに立てていた愛刀『桜禍おうか』を静かに携えた。
彼女は深く息を吐き、居合いの構えをとる。
重心を極限まで低くし、左手は鞘の口こいくちを切り、右手は柄つかに添える。
一度、その長く美しい睫毛まつげを伏せ、目を閉じた。
周囲の騒音が消え、風の音、土の匂い、そして玉藻前の不規則な魔力の鼓動だけが、彼女の脳内に鮮明な地図を描き出す。
「――開眼」
サクラが目を開いた瞬間、彼女の姿は「加速」という概念を超えて消失した。
「――『秘剣・落花流水らっかりゅうすい』」
超高速で接近し、玉藻前の懐へと潜り込む。
下段から斜め上へと振り抜かれる、逆袈裟斬ぎゃくげさぎりの軌跡。
それは、夜の闇に一瞬だけ咲き誇り、散っていく桜の華のように、儚くも残酷なまでに鋭い一撃。
――ズ、シュゥゥゥッ!!
「なっ……!?」
玉藻前が反応するより早く、桜色の刀身が彼女の胸元
を深く切り裂いた。
これまでの打撃や切断とは違う。サクラの一撃は、彼女の『核』に直接、浄化のスパークを叩き込んでいた。
玉藻前の胸元から黄金の光が漏れ出し、彼女は大きく後退する。これまでにない深いダメージ。彼女の再生機能が、一瞬だけ停止した。
しかし、サクラが二度目の追撃を繰り出すより僅かに早く、玉藻前は絶叫と共に魔力を爆発させ、無理やり傷口を接合させた。
「……はぁ、はぁ。……素晴らしい。本当に、素晴らしいわ」
玉藻前は、胸元に手を当てながら、サクラを凝視した。
その瞳には、先ほどまでのカイトに向けられていた軽蔑や、ルークに向けられていた恍惚とは異なる、純粋な「個」としての敬意が宿っていた。
「私の目を盗み、核を狙い澄ましたその一太刀。そして……その美貌。貴女ほどの『美』を持ちながら、これほどまでの牙を隠し持っていたなんて」
玉藻前は、優雅に扇を畳み、背後の尾を一本、また一本と収納していく。
それは、彼女なりの「礼」の示し方だった。
「……名もなき人形として殺すには、あまりに惜しい。サクラ……と言ったかしら。貴女と私、どちらの『美』がこの夜に相応しいか……一騎打ちで決めようではないの」
サクラは、僅かに眉を動かした。
周囲を見渡す。
大破し、機能を停止したままのルーク。
黒いスパークの影響で意識を失いかけているカイト。
そして、離れた建物の中で倒れているであろうベル。
一刻も早い救援が必要なのは明白だった。
「サクラ……ダメだ。一騎打ちなんて、奴のペースだ」
ガトウが身構えるが、サクラは静かに手を挙げてそれを制した。
「……いいわ。その申し出、受けるわ」
サクラは、視線だけでレンとガトウに指示を送る。
「ガトウ、レン。貴方たちは今すぐ、カイトとルークの元へ向かいなさい。応急処置を急いで。これ以上、あの子達の回路を焼き切らせるわけにはいかない」
「しかし! サクラさん一人じゃ……!」
「いいから行きなさい。これは、班長としての命令よ」
サクラは毅然と言い放つ。
そして、彼女はレンと一瞬だけ、視線を交錯させた。
それは、言葉を必要としない高度な意思疎通。
(レン。……あの子を、信じているわ)
サクラの瞳が、清涼殿――ベルが飛ばされた方向を僅かに示した。
レンは、そのアイコンタクトの意味を瞬時に悟った。
サクラは、自分を囮おとりにして玉藻前を引きつけ、その隙にベルに『決定的な一撃』を撃たせるつもりなのだ。
レンは無言で、深く、一度だけ頷いた。
「……分かりました。ガトウさん、行きましょう」
「チッ……死ぬんじゃねえぞ、サクラ!」
ガトウは苦渋の決断を下し、レンと共にカイトたちの元へと走り出す。
玉藻前は、それを追おうともしなかった。彼女の興味は今、目の前の「美しき剣士」にのみ向けられていたからだ。
南庭には、今やサクラと玉藻前の二人だけが残された。
静寂が戻る。
しかし、それは嵐の前の、息苦しいほどの静寂。
「さて……これで邪魔者はいなくなったわ。心ゆくまで、踊りましょう?」
「ええ、望むところよ」
サクラは、愛刀『桜禍』を握り直した。
構えは、静かなる闘志を秘めた中段。
彼女がスッと目を開くと同時に、彼女の全身から、鮮やかな、そしてどこか切なさを感じさせる桜色のスパークが舞い上がった。
それは、彼女が持つエネルギーの全てを、一瞬の斬撃に変換するための最大出力モード。
夜風に舞う桜の花びらのように、彼女の周囲をピンク色の光の粒子が包み込み、その光が強まるたびに、大
気がビリビリと震え出す。
「……行くわよ」
サクラの足元で、砂利がパチパチと音を立てて弾ける。
彼女は今、自らの「美」と「命」の全てを賭けた、最大の一撃を放つ準備を整えた。
古都の夜空に、月よりも眩い桜色の華が、今まさに咲き誇ろうとしていた。
◇◆◇
月の光が二人の影を砂利の上に鮮烈に描き出し、そのコントラストは、この世のものとは思えないほどに美しく、そして残酷な決闘の幕開けを告げていた。
「――っ!」
合図は、互いの電子脳と魔力が極限まで高まった、その一瞬。
サクラの足元で白砂が爆発し、彼女の姿はコンマ数秒で視界から消えた。
「――『桜花一閃おうかいっせん』!」
洗練された、一点の曇りもない抜刀。
月光を吸い込んだ日本刀『桜禍』が、夜の闇を横一文字に切り裂く。
鋼が肉を断つ重く、それでいて嫌な手応え。玉藻前の白い肌を、桜色の刀身が深く、鋭く薙ぎ払った。同時に、玉藻前の鋭い爪が死神の鎌のように振るわれ、サクラの頬を掠める。
「あら。……ふふ、私の大事な顔に傷をつけてくれたわね」
玉藻前が優雅な所作で数歩下がり、指先で自らの額に走った紅い筋をそっとなぞる。指先に付着した滴る血が、月光を反射してルビーのような宝石のごとき輝きを放った。サクラの額からも一筋の血が流れ落ち、彼女の美しい人工瞳を濡らすが、その視線は微塵も揺るがない。
「……貴女こそ。モデル業でも始めるつもり? 戦いの中で顔を気にするなんて」
サクラは冷淡に言い放つと、再び地面を強く蹴った。
今度は正面からではない。機体のブースターを限界まで噴射し、重力を無視するような超高高度の跳躍。
サクラは満月を背負うように高く舞い上がった。漆黒の夜空をキャンバスに、一振りの日本刀が銀色の弧を描き、まるで星が流れるような軌跡を刻む。
「落ちなさい!」
垂直の唐竹割り。
月光を全身に纏った一撃が、玉藻前の脳門へと真っ直ぐに振り下ろされる。
だが、玉藻前はその死の光景を見上げ、恍惚とした笑みを浮かべた。
「いいえ。……月が最も似合うのは、私よ」
玉藻前は、まるで夜空の月そのものを掴み取るかのように、両手をゆっくりと広げた。
黄金の魔力が彼女の両手に集束し、剛剣を受け止める「器」となる。
――ガギィィィィィィン!!
金属音ではない。霊力と過負荷のかかった電気火花が混ざり合った、この世の理を外れた不協和音が周囲に響き渡る。
サクラの全力の一撃を、玉藻前は素手で、それも慈しむように受け止めた。彼女の足元の砂利が衝撃の余波で爆発し、巨大なクレーターが広がる。
「……まだよ、ここからが本番!」
サクラは空中で身を翻し、着地の勢いを利用して独楽こまのように回転。玉藻前の懐へと潜り込み、超高速の連続斬撃を繰り出した。
「『桜花流・連牙れんが』!」
右から左へ、そして下段から斜め上へ。
一撃一撃が致命傷となり得る鋭利な剣技。しかし、玉藻前はそれを「舞」で返した。
彼女の背後に控える九本の尾が、あるものは盾として、あるものは槍として、あるものは生き物のように
うねりながらサクラの刃を弾き飛ばしていく。
「無駄よ、サクラ。貴女の剣は確かに美しいわ。けれど、私の尾は一つ一つが意志を持つ呪術の結晶。……その程度では、私の毛皮一枚も貫けない!」
玉藻前が優雅に腕を振るうと、黄金の魔力が数千の「狐火」となってサクラを包囲した。
一つ一つの火球が、装甲を容易に溶かす超高温のエネルギー体。
「(全回避は不可能。ならば、切り拓くのみ……!)」
サクラは愛刀を中段に構え、電子脳の演算速度をオーバーロード寸前まで引き上げた。
彼女の目には、降り注ぐ狐火の軌道がスローモーションのように焼き付いている。
「『桜花流・奥義:散り桜ちりざくら』!」
サクラの姿が再び加速する。
彼女は降り注ぐ狐火の「隙間」を縫いながら、向かってくる火球そのものを、一刀の下に斬り伏せていった。
斬られた狐火が弾け、南庭には黄金の火の粉と、サクラから漏れ出る桜色のスパークが混ざり合い、幻想的で、かつてないほどに美しい光の雨を降らせる。
光の雨を潜り抜け、サクラは再び玉藻前の至近距離へ。
今度は刺突。刀身に全エネルギーを集中させ、玉藻前の『核』があるであろう胸元へ突きを放つ。
「執拗ね……っ!」
玉藻前は初めて僅かに表情を歪め、三本の尾を交差させて剣を受け止める。
衝撃。
サクラの剣先と、怪魔の尾が激突した一点から、真空の断裂が発生した。
白砂が竜巻のように舞い上がり、二人の視界を遮る。
しかし、玉藻前の反撃はそれ以上に苛烈だった。
残りの六本の尾が、煙幕の中から影のように伸び、サクラの四肢を狙う。
サクラは瞬時に察知し、バックステップで距離を取ろうとするが、尾の一つが彼女の右腕を鋭く抉り取った。
「くっ……!」
火花と共に、機体内部の配線が露出する。
玉藻前はさらに追い討ちをかけるように、扇を広げるような仕草で、空間そのものを凍りつかせる「凍結の呪い」を放った。
「逃がさないわ。その美しい回路、凍りついて壊れてしまいなさい」
サクラの足元から白砂が急速に凍りつき、氷の蔦が彼女の脚に這い上がってくる。
サクラは咄嗟に刀を地面に突き立て、放電。
自身のスパークで氷を砕き散らすが、その代償として機体への負担は限界を超えつつあった。
二人の影は、激突しては離れ、また交差する。
火花が散り、鋼が鳴り、魔力が大気を震わせる。
サクラは、玉藻前から放たれる絶え間ない攻撃を、紙一重の演舞のような動作でかわし続け、確実にその身を刻んでいく。だが、玉藻前の攻撃もまた、確実にサクラの優美な装甲を削り取り、彼女を死の淵へと追い詰めていた。
「……はぁ、……っ、はぁ……」
戦闘開始から数分。
アンドロイドであるサクラにとって「息を切らす」という動作は、内部ジェネレーターの過熱と酸素を必要とする緊急冷却プロセスが限界に達している証拠であった。
その時間は、観測者にとっては永遠にも感じられるほど濃厚で、凄惨な死闘。
サクラの動きが、僅かに鈍る。
それは単純な疲労ではない。玉藻前の攻撃を受けるたびに、彼女の魔力に含まれる「データ汚染」が、サクラの精密な神経系をじわじわと蝕んでいたのだ。
視界に走る黒いノイズ。
思考プロセスに割り込む、絶え間ないエラーコード。
全身を走る電子的な痛覚が、まるで灼熱の針で脳を突き刺されているかのような苦痛を伴い、彼女を暗い奈落へと誘う。
「……もう、限界かしら? 勇ましいけれど、所詮は人形の命ね」
玉藻前は、呼吸を乱すことすらなく、優雅な足取りで歩み寄る。
彼女の周囲に漂う黄金の瘴気は、勝利を確信したかのようにさらに色濃く、美しく輝き始めた。
サクラは、ついに片膝をついた。
砂利の上に力なくついた左手が、微かに震えている。
ヘリの墜落の衝撃、そして度重なる激戦。彼女の機体からは、微かに甘い香りの混じった冷却液が漏れ出し、駆動系が「もう止まれ」と言わんばかりの悲鳴を上げ続けていた。
しかし。
膝をついたまま、サクラは俯いた顔をゆっくりと上げた。
その表情には、この絶望的な状況には到底似つかわしくない、不敵な、そしてあまりにも美しい微笑が浮かんでいた。
「……何を笑っているの? 壊れる寸前の、出来損ないの人形が」
玉藻前が不快げに眉をひそめる。
サクラは、震える左手で愛刀『桜禍』を拾い直し杖のように突き立て、無理やり体を支え直した。彼女の瞳の中、電子の光が消えかかる寸前で、一際強く、凛として輝く。
「……ふふ。……貴女に、教えてあげるわ。……私たちが、なぜ『人形』ではなく、『戦士』と呼ばれているのかを」
サクラの言葉と共に、彼女の全身から漏れ出るスパークが、ピンク色から一瞬だけ、激しく、燃えるような紅蓮の色へと変貌した。
「……それに、私には大切な……最高に頼もしい『味方』がいるって言ったでしょう?」
玉藻前の視界の端。紫宸殿の屋根の陰に月光を反射した金属の光がキラリと映り込む。
「ターゲット、ロック。……おやすみなさい」
そこにいたベルが静かに引き金を引き絞る。
――ドォォォォォォォン!!
静寂の京都御所に、アザトース・改の重厚な銃声が轟いた。
放たれた大口径の弾丸は、火薬の爆発だけでなく、レンのワイヤーによる電磁加速を受け、目に見えるほどの衝撃波を纏って飛翔する。
弾丸はレンのワイヤーの隙間を完璧に縫い、空気の壁を貫き、一切の減速なしに玉藻前の左肩へと突き刺さった。
――グシャッ!!
「あぁぁぁぁぁぁッ!!」
玉藻前の左肩が、肉片と共に吹き飛ぶ。
断末魔に近い絶叫が、紫宸殿の屋根を震わせた。
ベルが放った渾身の狙撃――超加速した大口径弾は、玉藻前の左肩を正確に射抜いていた。
肉片が、黄金の粒子と共に夜の闇へと吹き飛ぶ。怪魔の「核」を幾重にも守護していた高密度の魔力防壁は、この一撃によって強制的に剥ぎ取られ、その美しい姿は見るも無惨に歪んだ。
玉藻前が怯み、その優雅な体勢が大きく崩れた、わずか一瞬。
玉藻前が怯み、その体勢が大きく崩れた一瞬。
「――今よッ!!」
膝をついていたサクラが、雷鳴のような勢いで立ち上がった。
機体は限界を超え、駆動系からは絶えず警報音が鳴り響いている。何より痛々しいのは、先刻の墜落と激戦の果てに失われ、火花を散らしている右腕の付け根だった。
だが、彼女の瞳に宿る光は、勝利の確信に燃えていた。
サクラは残された左手で愛刀『桜禍』を逆手に握り直し、腰を深く沈める。そして、失われた右腕の切断面を、後方のガトウへと真っ直ぐに向けた。
言葉は不要だった。
処置を終えたカイトを傍らに残し、ガトウはサクラの意図を瞬時に察した。
「……応よッ! 使いこなしてみせな、サクラ!」
ガトウは、自らの右腕に装着されていた巨大な重ガントレットのロックを力任せに解除した。彼の巨体を支える強靭な筋肉が膨れ上がり、数千キロの打撃に耐えるその鉄塊を、弾丸のような速度でサクラへと投げ込んだ。
宙を舞う銀色のガントレット。
それはサクラへと届くまでのわずかな滞空時間の間、まるで生き物のように蠢き始めた。
「ガチャガチャ、ガチッ、ウィィィィン!!」
精密な機械音が静寂を切り裂く。サクラの機体データと同期したガントレットは、空中でその形状を瞬時に変貌させていく。武骨な重装甲がスライドし、サクラの細身のフレームに適応するためのジョイントが展開される。
サクラが右腕の切り口を突き出した瞬間。
変形を終えたガトウのガントレットが、吸い込まれるように彼女の肩へと接続された。
――ガチィィィィィン!!
接合部から激しい火花が散り、サクラの回路にガトウの、そして仲間たちの熱い鼓動が流れ込む。
「駆動……接続! 出力、正常!」
サクラは新たに手に入れた「剛腕」で、愛刀『桜禍』を握り締めた。
それは、仲間たちの絆が形となった、最強の翼。
サクラは地を蹴った。
一騎打ちの冒頭で見せた『秘剣・散華月影』。だが、今の彼女が放つそれは、先ほどとは次元が違った。
「おおおおおッ!!」
月光を反射し、白銀に輝く刀身が、夜の闇に一筋の「道」を描く。
斜め下から、玉藻前の懐へと潜り込む超高速の逆袈裟切り。
その軌道は、あまりにも鋭く、あまりにも繊細。
――シュゥゥゥッ!!
「核コア……見えたわ!!」
サクラの刃が、玉藻前の胸部を深く、深く抉り取った。
裂けた皮膚と装甲の隙間から、溜まっていた黄金の光が洪水のように溢れ出す。その中心に鎮座していたのは、不気味な脈動を繰り返す、禍々しくも美しい魔力の結晶――『怪魔の心臓』。
「こ、の……虫ケラどもがぁッ!!」
玉藻前は、顔を屈辱と苦悶に歪ませ、狂気に満ちた執念を見せた。
吹き飛んだ肩からも、切り裂かれた胸元からも、ドロリとした黄金の魔力が噴き出し、傷口を強引に繋ぎ止めようとする。
再生の波動。
一瞬のうちに肉が盛り上がり、露出した核を再び闇の中へと隠そうとした。
だが。
この場にいる「味方」は、彼女一人ではない。
「――行けぇぇぇぇ!!」
後方から響く、大地を割るような地鳴りの叫び声。
ガトウだ。彼は既にサクラの次の一手のための「布石」を打っていた。
ガトウのもう一方の腕、そして足元に転がっていた円環刃ブレードには、カイトが最後の力を振り絞って遺した「黒いスパーク」が纏わりついていた。
それは、カイトがその身に受けたデータ汚染を、逆にエネルギーへと変換した呪いと祝福の電撃。
「カイト! 力を借りるぜ!!」
ガトウは、その漆黒の稲妻を二つのブレードに乗せ、自らの全腕力を込めて射出した。
――ビキ、ビキキッ!!
放たれたブレードは、空気を引き裂く。
黒いスパークを帯びた刃は、玉藻前が再生させようとしていた黄金の肉壁に触れた瞬間、それを「捕食」するかのように激しく食い破った。
黄金の魔力と漆黒の電撃がぶつかり合い、相殺される。
再生が止まった。
それどころか、黒いスパークは傷口をさらに押し広げ、玉藻前の核を完璧なまでに見せしめのように露出させた。
「これで、終わりよ……!!」
サクラが、最後の一歩を踏み出した。
彼女は、ガトウから譲り受けた右腕のガントレットに、機体の全出力を集束させる。
ガントレットの排気口から、高熱の蒸気が吹き出す。
彼女は刀を天高く掲げた。
刀身には、サクラ自身の気高い桜色のスパーク。
そして、ガトウが運び、刀身へと伝播したカイトの不屈の黒い電撃。
二つの相反するエネルギーが交じり合い、臨界点を超える。
それは、美しくも禍々しい、見たこともないような『紫黒しこくの炎』へと変貌し、夜空の月さえも呑み込まんばかりに燃え上がった。
「あああああああああッ!!」
サクラの魂を込めた咆哮が、京都の夜を支配する。
上段から、一直線に。
逃げ場を失い、絶望に目を見開く玉藻前の核を目掛け、サクラは己の存在意義のすべてを乗せて刀を振り下ろした。
――パリンッ!!
それは、あまりにも呆気ない音だった。
硬質なガラスが砕け散るような、澄んだ響き。
サクラの刃は、玉藻前の核を真っ二つに叩き割り、その奥底に眠っていた数千年の呪いを断ち切った。
刃は止まらない。
核を貫き、玉藻前の体を一文字に切り裂き、そのまま石舞台の地面へと達した。
爆圧が吹き荒れ、白砂が巨大な花のように舞い上がる。
「……あ……、……ああ……」
動きが、止まった。
核を破壊された玉藻前の体から、あれほど眩かった黄金の輝きが、砂時計が尽きるように消え失せていく。
代わりに、彼女の肌は内側から溢れ出す無機質な「灰色の光」に包まれていった。
崩壊の始まり。
九本の尾が一本、また一本と、形を失い、灰となって夜風に舞う。
玉藻前は、もはや抵抗しようとはしなかった。
崩れていく右手をゆっくりと持ち上げ、彼女は、天上に浮かぶ満月を見上げた。
まるで、最後にもう一度だけ、その冷たい光を愛でたいと願うように。
「……ふふ。……負け、なのね。……こんなにも、月が……遠い……」
彼女の指先が、空を撫でるように動く。
その動作は、最後まで残酷なまでに優雅で、美しかった。
サクラは、ガトウの大きなガントレットを装着したまま、静かに刀を引いた。
消えゆく宿敵を見つめるその瞳には、勝利の喜びではなく、戦い抜いた者への静かな敬意が宿っていた。
「……楽しかったわよ。貴女との踊りは」
サクラの短い、だが心のこもった言葉に、玉藻前はチラリと視線を向けた。
その瞳にはもはや憎しみはなく、ただ、同じ「美」を求めた者としての微かな微笑みがあった。
玉藻前は、もう一度だけ月を見上げると、その姿は銀色の粒子となって完全に崩壊した。
彼女がいた場所には、数枚の桜の花びらと、砕け散っ
た核の欠片が残されるのみ。
サクラは、重いガントレットをぶら下げたまま、ガクリと膝をついた。
「……終わったのね……」
夜明け前の冷たい風が、紫宸殿の庭を通り抜けていく。
静まり返った御所の空に、一筋の夜風が吹き抜け、彼女の乱れた髪を優しく揺らした。




