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12話 託された電子の遺言

意識の底に、不快なノイズが響いていた。

それはカイトが聞き慣れた、あの汚染データが奏でる不協和音ではない。もっと物理的な、金属と金属が激しく擦れ、土を削り、巨大な質量が揺れ動く振動だ。


(……揺れている……? 僕は……墜落して……)

重い瞼を無理やり押し上げる。


視界は激しくブレ、ひび割れたモニター越しに世界を見ているように不安定だった。最初に見えたのは、焦げ付いた迷彩柄の無機質な装甲。そして、自分を小脇に抱えて疾走する、巨大な「鋼鉄の腕」だ。


「……ッ、起きたか、15型。気分はどうだ」


低く、ひび割れたスピーカーのような声が降ってくる。

カイトがハッとして周囲を見渡すと、そこにはボロボロになりながらも自分たち三人を抱え、林道を猛スピードで駆け抜ける二体のアンドロイドの姿があった。


一人はカイトを、もう一人は気絶しているベルと、意識を朦朧とさせているルークを両脇に抱えている。


「ここは……。君たちは……?」

「質問は後にしろ。……と言いたいが、状況は最悪だ。俺はB班3型の『バン』。こっちの機銃持ちは『トラ』だ。挨拶はこれで勘弁してくれ」


バンと名乗った男は、重厚な装甲を軋ませながら、カイトを地面にそっと降ろした。同時に、トラもベルとルークを降ろす。


カイトの足元がおぼつかない。視界の端では、ルークが自分のこめかみを叩きながら「あいたた……。ヘリの乗り心地、最低だったよ……」と弱々しく呟いていた。


「状況を説明する。輸送ヘリは墜落した。原因は……あの化け物、玉藻前の奇襲だ」


バンの言葉に、カイトの背筋が凍る。

バンの装甲は各所が剥がれ落ち、内部のシリンダーが露出して火花を散らしている。トラの方も、愛用の重機関銃がひしゃげ、予備の弾帯が引き千切られていた。


「俺たちが墜落現場で目覚めた時、すでにお前たちは倒れていた。A班1型とははぐれたが、すぐそばに玉藻前が立っていたんだ。……着物が少し破けていたところを見ると、墜落の衝撃を食らったのかもしれんが……それでも、奴の戦闘能力は微塵も削がれていなかった」


「A班は……サクラ先輩たちはどうなったんですか!?」

カイトがバンの胸ぐらを掴まんばかりに詰め寄る。

だが、バンは何も答えず、ただ静かに空を指差した。

夕闇が迫る空。はるか後方の森の中から、一筋の細く、黒い煙が立ち上っていた。


「……俺たちのリーダー、『コング』が……お前たちを逃がすために、自爆覚悟で奴に突っ込んだ。あの黒煙は……奴の最期だ」


「そんな……」

ベルが口元を押さえて絶句する。

自分たちの命を繋ぐために、名も知らぬ先輩が、一瞬の足止めのために命を散らした。その事実の重さに、カイトは新しく装着されたガントレットを強く握りしめた。


「データのバックアップがあれば大丈夫だ。だが悲しんでいる暇はない。追撃が来る」

バンとトラが、重厚な武器を構え直した。彼らの電子脳が、周囲の空間に漂う「殺生の波動」を感知しているのだ。


「いいか、15型。お前たちはここから逃げろ。木陰に隠れていろ。……あいつの狙いは、どうやらお前たち、特にカイト、お前にあるようだ」

「待ってください! 僕たちも戦います! この腕があれば――」

カイトが踏み出そうとした瞬間、ルークがその肩を制した。


ルークの表情は、いつもの軽薄さが嘘のように消え、痛いほどの冷静さに満ちていた。

「……ダメだ、カイト。今の君が戦っても、ただの犬死にだ。……バンたちの目を見てよ。あれは……死ぬつもりで戦う人の目じゃない。……『生かそうとしてる人』の目だよ」

バンの瞳が、一瞬だけ優しく細められた。

二人はカイトたちを大樹の陰に隠すと、迷いなく森の奥へと足を進めた。


静寂を切り裂き、その女は現れた。


夜の帳とばりを纏い、月明かりをその白い肌に集めたかのような絶世の美女。

九本の尾が、生き物のように背後で優雅にのたうち、周囲の木々を波動だけで枯死させていく。


「あら。……まだ逃げ回る鼠がいたのね。しつこい男は嫌われるわよ?」

玉藻前が、扇で口元を隠しながら、鈴を転がすような色香を含んだ声で笑う。


その着物の袖は確かに焦げ、美しすぎる横顔には一筋の傷が走っていたが、それが逆に彼女の残酷な美しさを引き立てていた。


「玉藻前……ッ! 貴様、俺たちの仲間をどうした!! A班の三人をどこへやった!!」


バンが咆哮し、右腕のパイルバンカーを突き出した。

玉藻前は、退屈そうに首を傾げる。


「ああ、あの煌びやかな子たちのこと? ……うふふ。墜落現場で仲良くお昼寝していたから、私が引導を渡してあげたわ。かなり強くて、少しだけ本気を出させられたけれど……所詮は人形。私の敵ではなかったわね」


「貴様ぁぁぁッ!!」

トラが重機関銃を掃射する。

大気を切り裂く弾丸の嵐。しかし、玉藻前は舞を舞うような足取りでその全てを回避し、背後の尾を一本、鞭のようにしならせた。


――ドガァァァン!!


一撃。

ただの一振りで、トラの重厚な装甲が紙屑のように引き千切られ、彼は後方の巨木へと叩きつけられた。


「トラッ!!」

バンが飛び出す。

ブースターを限界まで噴射し、玉藻前の胸元へパイルバンカーを打ち込もうとする。


だが、玉藻前は指先一つでその一撃を受け止めた。彼女の周囲に展開された「殺生の結界」が、バンの構造材を分子レベルで分解し、激しい火花を散らさせる。


「……熱いわね。でも、終わりよ」

玉藻前が、艶然と微笑んだ。


木陰でその光景を凝視していたカイトの視界に、一通のシステムメールが着信した。

送信元は、目の前で蹂躙されている『トラ』からだった。


カイトが顔を上げると、地面に倒れ伏し、半ば大破したトラと目が合った。

トラは声を出さず、ただ口角をわずかに上げ、瞳の奥に宿る最後の光で訴えていた。

(行け。……未来を、繋げ)


――ドォォォォン!!

玉藻前の掌から放たれた衝撃波が、バンとトラの存在を、その場の空間ごと粉砕した。

金属の断片が、夜の森に虚しく降り注ぐ。


「……あ……」

ベルが声を殺して泣いていた。

カイトは、震える手でトラから届いたメールを開く。そこには、玉藻前の移動速度、波動の周期、そして最短で京都御所へ到達するためのルートデータが、命と引き換えに刻まれていた。


「……走るぞ」

カイトの声は、低く、鋼のように固かった。

彼はベルとルークの手を、痛いほどの力で引き寄せた。

「カイト……?」

「走るんだ! 二人の……B班の思いを無駄にするな! 目的地は京都御所の中心部。ここから大北山おおきたやまを抜けて、一気に南下する!」


カイトたちは、森を飛び出した。

避難警報が鳴り響き、静寂に包まれた京都の街並み。

かつては観光客で賑わっていたであろう大通りには、人っ子一人いない。

街灯が不気味に明滅する中、三体のアンドロイドは、その圧倒的な脚力でアスレファルトを蹴った。

背後からは、死そのものが追いかけてくるような、冷たく、巨大な玉藻前の気配が迫っている気がした。


「あと15分……。御所まで、あと15分持ちこたえれば……!!」

カイトの右手のガントレットが、主の怒りに呼応するように、黒いノイズを激しく迸らせていた。

月は赤く染まり、古都の夜は、いよいよ地獄の様相を呈し始めていた。

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