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11話 那須の封印、絶世の妖狐

カイトに宿った「呪い」を牙へと変える、過酷な調整の日々が続いていた。


トレーニングルームに響き渡る不協和音の火花と、ノイズ混じりの絶叫。カイトは自身のシステムを蝕む酒呑童子の残滓を、無理やり意思の力で捻じ伏せ、一筋の破壊エネルギーへと収束させる感覚を体に叩き込んでいた。


「……ハァ、ハァ……。出力、安定……させろ……」

膝をつき、肩を激しく上下させるカイトの傍らで、ルークとベルが心配そうに見守る。


「カイト、顔色が青白いのを通り越して、透けて見えそうだよ。そんなに自分をいじめなくても、僕たちがついてるって」

ルークがそう言って、冷えたオイルパックをカイトの首筋に当てる。ベルも無言で彼のシステム負荷率を外部端末でモニタリングしながら、そっと背中を擦った。


「……ありがとう。でも、あの『王』の力を借りている以上、僕が弱ければ、僕自身が喰われる。それだけは、絶対に避けなくてはならないんだ」

カイトが立ち上がろうとした、その時。


彼らの耳元にある通信デバイスが、緊急の優先コードを弾き出した。


『E班15型、全機。直ちに司令室へ。最高警戒レベルの作戦会議を開始する』

三人は顔を見合わせた。いつもの定期メンテナンスの呼び出しではない。その声のトーンだけで、事態が「最悪」の段階にあることが分かった。




司令室の重厚な扉が開くと、そこには既に「空気そのものが重い」空間が広がっていた。

「……遅かったな。入れ」

司令官の低い声に促され、三人は部屋の中央へ進み、一糸乱れぬ「休め」の姿勢をとった。

そこには、司令官の他に六人のアンドロイドが立っていた。


三人は息を呑む。


左側に立つのは、A班1型の三人。最新鋭のフレームと、芸術品のように洗練された装甲を纏った、この基地の最高傑作。その中には、いつもハンディカメラを片手に「みんな〜、元気?」と笑っていたサクラ先輩の姿もあった。


しかし、今の彼女にその明るさはない。

冷徹な戦士の眼差しを前方に固定し、微動だにせず立っている。その立ち姿は、まるで触れれば指が切れる名刀のような鋭さを放っていた。


右側に立つのは、B班3型の三人。実戦特化型として、重厚な装甲と無数の隠し武器を備えた「歩く要塞」たち。A班のような華やかさはないが、数多の死線を潜り抜けてきた者にしか出せない、煤けた硝煙の匂いがするような威圧感を放っている。


「各員、揃ったな。……現状を説明する」

司令官が背後のメインモニターを起動した。

そこに映し出されたのは、あまりに巨大で、あまりに美しい「何か」だった。


【推定レベル:強怪魔 名称:玉藻前】

「今回の目標は、古来型妖怪。推定レベル、強怪魔きょうかいま。名称――『玉藻前たまものまえ』」


モニターには、九本の尾を持つ巨大な狐のシルエットと、古めかしい巻物のデータが重なり合うように表示された。


「玉藻前。かつて平安時代、鳥羽上皇に仕えた絶世の美女に化け、国を滅ぼそうとしたとされる伝説の九尾の狐だ。当時、阿部泰成らによって正体を見破られ、八万の軍勢によって那須野の地で討伐された。……だが、それは『死』ではなかった」

司令官の指が動くと、栃木県那須にある有名な史跡、『那須殺生石せっしょうせき』の写真が映し出された。


「彼女の執念は巨大な毒石となり、近づく生き物全てを殺す呪いとなった。我々はそれを重層的な封印によって管理してきたが……昨日、その殺生石が中央から真っ二つに割れた。封印が破られたのだ」

モニターが切り替わり、衛星画像が映し出される。そこには、那須から南西、かつての都――京都御所へと向かって、移動する強大な魔力反応の軌跡が記されていた。


「すでに先遣隊としてD班1型、B班5型が討伐に向かったが……全機大破。一分も保たずに敗北した。奴の放つ『殺生の波動』は、通常のアンドロイドの電子脳を瞬時に焼き切る。……故に、ここにいる精鋭を集めた」


「……D班とB班が、一分も保たずに?」

ベルが声を震わせる。ルークも、隣に立つA班やB班の先輩たちの緊張感が伝わってきたのか、いつものジョークが口をついて出ない。


「玉藻前は、移動を続けながら周囲の生命力を吸い上げ、かつての『玉座』を目指している。御所に到達される前に、これを迎撃、再度封印あるいは完全消滅させる。……諸君、これは国家存亡の危機だ」


「……了解」

サクラ先輩が、短く、鋼のように固い声で答えた。

カイトもまた、自分の右手に宿る「黒いノイズ」を確かな感触で握りしめる。



◇◆◇


基地のヘリポートには、巨大な輸送ヘリが二台、ローターを激しく回転させて待機していた。


「E班、A班。一号機へ乗り込め。B班は二号機だ。離陸後、一時間で作戦区域に到達する」


司令官の命令を受け、各班が動き出す。

一号機の機内。カイト、ルーク、ベルの三人は、サクラ先輩率いるA班の三人と対面するように座った。

ハッチが閉まり、機体が浮き上がる独特の重力が全身にかかる。


「……サクラ先輩」

ルークが、たまらず沈黙を破った。

「……今回の相手、相当ヤバいんですよね。先輩がそんなに怖い顔してるの、初めて見ました」


サクラ先輩は、窓の外を流れる雲を見つめたまま、一瞬だけ目を細めた。

「……ルーク君。あいつはね、ただの妖怪じゃないわ。『美』そのものが凶器なの。……私のセンサーが、さっきから『行くな』って警告し続けてる。……でも、やんなきゃいけないでしょ。私はA班のリーダーなんだから」


彼女はそう言って、一瞬だけいつものような優しい微笑を浮かべたが、すぐにまた戦士の顔に戻った。

隣に座るカイトは、機体の振動に身を任せながら、自分の内部時計を刻む。


一時間後、自分たちは伝説の妖狐と対峙する。

酒呑童子の「呪い」を宿した自分。絶世の「美」を纏った玉藻前。

皮肉な運命だ。

ベルはアザトース・改のボルトを何度も確認し、ルークは小刀のチャージ状態を注視している。

二台のヘリは、夕闇に染まり始めた空を切り裂き、京都へと向かって加速していく。

その先に待つのが、勝利か、あるいはD班らと同じ「死」という名の沈黙か、今はまだ誰も知る由もなかった。



ーーー高度3000フィート。


重厚なローターが希薄な空気を力任せに切り裂く音が、輸送ヘリの機内に絶え間ない重低音として響き渡っている。


機体全体が小刻みに震えるその振動は、座席に深く身を沈めるアンドロイドたちの骨格にまで直接伝わり、戦場へ向かう特有の高揚感と、正体不明の強怪魔に対する得体の知れない不安を増幅させていた。

ハッチは固く閉じられ、外界の光は完全に遮断されている。

冷たい青白いLED照明だけが、彼らの精緻な人工皮膚を無機質に照らし出し、沈黙を深めていた。


その沈黙を破ったのは、壁際に厳重に固定されていた三つの長方形の箱だった。

漆黒の塗装が施されたそのケースは、表面に耐衝撃用の特殊合金が採用されており、軍用規格を遥かに超える多重階層の電子ロックが、まるで意志を持つ眼のように赤く輝いている。


サクラ先輩が、いつもの柔和な笑顔を完全に消し去った真剣な面持ちで立ち上がった。

彼女の指先がケースのセンサーをなぞる。

「……私たちの『仕事道具』、まだ見せていなかったわね」

指紋、静脈、そして個体認識コードの認証がパスされ、プシュッという高圧の空気圧が抜ける音が機内に漏れる。ゆっくりと開いた蓋の向こう側から、一つの「奇跡」が取り出された。


それは、武器という言葉で片付けるには、あまりに美しすぎる逸品であった。

サクラ先輩がその柄に手をかけ、ゆっくりと抜刀する。

キィィン、という耳に心地よい金属音が、ローター音を突き抜けて機内に響き渡った。


「これはね私の愛刀『桜禍』っていうの。」


刀身は、冬の月明かりをそのまま凍らせて鍛え上げたかのような、冷たく澄んだ銀色。


刀身の表面には、まるで流れる川面に舞い落ちた花びらのような、繊細で複雑な刃文はもんが浮かび上がっている。最新のナノコーティング技術と伝統的な折り返し鍛錬が融合したその刃は、原子レベルでの鋭利さを誇り、怪魔の硬質な外殻をもバターのように切り裂くという。


目を引くのは、その外装だ。

鞘さやには、春の夜に舞い散る桜を思わせる淡く幻想的なピンク色と、雨上がりの新緑が湛える力強い深緑が、グラデーションを伴う複雑な文様で混ざり合っている。


それはまるで、日本の四季が一本の刀に凝縮されたかのような美しさだった。

柄つかには、過剰な光沢を抑え、古の格式を感じさせる気品ある金色の装飾が施されており、サクラ先輩の白い指先と重なることで、一つの完成された芸術品としての風格を漂わせていた。


「綺麗……。まるで、博物館に飾られている国宝の宝剣みたい」

ベルが思わず、瞬きするのも忘れたかのように吐息を漏らした。

サクラ先輩はその刀を愛おしそうに一度見つめ、静かに鞘に収めると、滑らかな動作でそれを背中へと斜めに背負った。

「戦う時は、機能だけじゃ足りないの。美しくなきゃ、心まで怪魔の醜さに持っていかれちゃうから。……これが、私の誇りよ」



サクラ先輩の言葉を合図に、A班の残り二人の男性アンドロイドも動いた。

一人は、オールバックに固めた髪が精悍な印象を与える大男、ガトウ。


岩のように隆起した筋肉質な体格は、戦闘型アンドロイドの中でも特に剛性に特化していることを物語っている。

彼は二つ目のケースから、武骨で無機質な、それでいて緻密な機構が剥き出しになった金属製の「アームガード」を取り出した。


ガチリ、ガチリ。

重厚な金属音が響き、彼の太い両腕にそれが完全に固定される。


「待たせたな。これは俺の自信作であり、俺自身の魂だ。名付けて『旋回連動式・円環刃サークル・ブレード』」


ガトウが拳を握ると、アームガードの側面にあるスリットから、紫電を纏った高炭素鋼の円形カッターが高速回転を伴って飛び出した。


「こいつは俺の肘の角度、手首の捻り、そして神経伝達速度に100%完全連動する。近接戦ではこいつを回転させたまま肉を断ち、骨を砕く。さらに射出機能を使えば、ブーメランのように遠距離の敵を切り刻んでから、磁気誘導でこの腕に戻ってくる。神経接続ニューロリンクのラグは0.02秒。……開発に半年、調整に三ヶ月、このギミックを実現するためにどれだけの予備パーツをゴミの山にしたか...。あれはそうだなふと料理番組をみてたときーー」

「はいはい、そこまでよガトウ。彼の『武器語り』は始まると止まらないから、今は勘弁してあげて」


サクラ先輩が、呆れたように苦笑しながらガトウの肩を叩いた。

ガトウは少し不満げに鼻を鳴らしたが、その瞳には自作の武器に対する絶対的な信頼が宿っていた。


ガトウの隣には、対照的に物静かな青年が座っていた。

名は、レン。

シースルーの長い前髪が目にかかり、彼は瞑想するように深く目を閉じ、一言も発さずに精神を研ぎ澄ませている。

その細い指先が握っているのは、先端が真円の球体になった、不思議な形状の「銀の杖」だ。

「……レン。紹介するわね、目を開けて」

サクラ先輩の声を受け、レンがゆっくりと瞼を持ち上げた。

「――っ!?」

カイト、ルーク、ベルの三人が、同時に息を呑んだ。

レンの瞳は、通常のアンドロイドが持つ澄んだブルーではない。


深く、底知れない、そして宝石のように吸い込まれるようなエメラルドグリーンの輝き。


それはまるで、古の森の奥深くに眠る泉を覗き込んでいるかのような、神秘的な色彩だった。


「私の瞳は、この『銀糸の錫杖ぎんしのしゃくじょう』と完全同期しています」

レンの声は低く、どこか透明感があった。


彼が杖を一振りすると、先端の球体から肉眼では捉えられないほど極細の、だが鋼よりも強靭な「ナノワイヤー」が噴水のように機内へ広がった。


「このワイヤーの一本一本が、私の神経細胞として空間の全てをスキャンします。ワイヤーが空気に触れている限り、私の演算処理能力は通常の150倍まで引き上げられる。……私にとって、この世界は常に止まっているに等しい。弾丸の軌跡も、怪魔の呼吸も、全てはスローモーションのように私の網膜に焼き付けられます」

彼が指先をかすかに動かすと、空中に放たれたワイヤーが、複雑な幾何学模様を描きながら機内の隅々を瞬時に網羅した。


まさに神の視点。A班の圧倒的な情報処理能力の片鱗を見せつけられた瞬間だった。

「A班……。やっぱり、僕たちとは住んでいる世界が違うみたいだね」


ルークが、自分の腰にある愛用の小刀を無意識に確かめるように触りながら、感心と戦慄が混ざった声を漏らす。ベルも、膝の上にある超高性能狙撃銃『アザトース・改』の重みを改めて感じ、気を引き締めるようにハンドガンのグリップを握りしめた。


ガトウが三つ目の箱から、さらに異彩を放つ装備を取り出した。

それは、他の誰の武器とも異なる、黒いマットな質感の、骨太で暴力的なまでの威圧感を放つ「ガントレット」だった。


「……おい、エリート君。いや、カイト」

ガトウが、鋭い眼光をカイトに向けた。

「お前のその『呪われたスパーク』については、データで見せてもらった。データ汚染をエネルギーに変換するなんて、正気の沙汰じゃねえ。だが、その強引な出力にお前の細い腕が耐えきれず、自壊するのは時間の問題だ。……だから、これを持っていけ」


ガトウは、その重厚なガントレットをカイトに差し出した。

「俺がカイト専用に、一睡もせずに突貫で組み上げた『電磁収束型・強化外骨格アーム』だ。お前の不規則なスパークと、お前自身の身体能力を科学的に融合フュージョンさせる。これを使えば、あのノイズ混じりの電撃を反動なしで一点に集中させ、標的を内部から爆砕できるはずだ。……使いこなせるかどうかは、お前次第だがな」


「……僕のために、これほどまでのものを」

カイトが驚愕し、その重みのあるアームを受け取る。

冷たい金属の感触。しかし、そこには「共に生きて帰る」という、ガトウの不器用で熱いエンジニアとしての魂が込められていた。


「感謝します。……ガトウさん。これで、僕は本当の意味で戦える」

カイトがガントレットを装着すると、内部のコネクタがカイトの神経系とガチリと噛み合った。


その瞬間、彼の中で燻っていた黒いノイズが、まるで方向性を得たかのように力強く脈動し始める。


「よーし! 装備は完璧。あとは京都に降りて、その綺麗なキツネさんを盛大にお見送りするだけだね!」

ルークが空気を和ませようと、いつもの陽気な調子で笑い、拳を突き出した。


機内には、全滅を免れ、勝利を掴み取るための確かな「希望」が満ち始めていた。


サクラ先輩が力強く頷き、隣を並走するもう一台の輸送ヘリ――B班3型の精鋭たちが乗る二号機へと、視線を窓の外へ向けた。


「あっちのB班のみんなも、準備は万端のはずよ。彼らの火力があれば、今回の任務は――」

言いかけたサクラ先輩の言葉が、途絶えた。

彼女の瞳が、見たこともないほどの絶望と恐怖に染まっていく。



――ドォォォォォォォォン!!!



突如として、大気を引き裂くような爆鳴が轟いた。

カイトたちが窓の外に視線を飛ばした瞬間、目にしたのは「悪夢」そのものだった。


隣を飛んでいた二号機の腹部から、巨大な、あまりに巨大な紅蓮の火炎が噴き出した。

一瞬前まで、誇り高く、頼もしい戦友たちが乗っていた鋼鉄の塊が、おもちゃのように簡単に空中分解していく。燃え盛る残骸が、夕闇に染まり始めた空に無数の流れ星のように散らばっていく。


「なっ……何だ!? 何が起きた!?」

カイトが叫び、機内の手すりを掴む。

しかし、衝撃はそれで終わりではなかった。



――ギィィィィィィィィン!!



耳を劈くような、金属が断裂する凄まじい悲鳴。

自分たちが乗る一号機のローター部分に、目に見えない何かが接触した。

一号機の機体が激しく傾き、腹部からも爆発が発生する。


「当たった!? いや、内部爆発!? 敵なんて、レーダーには……誰もいないはずなのに!」

ベルの悲鳴が、反転する機内に響く。


メインローターを完全に破壊された一号機は、制御を失いきりもみ状態になりながら、眼下に広がる青黒い京都の森へと真っ逆さまに墜落を開始した。


「全員、衝撃に備えて!! 姿勢を低く!!」

サクラ先輩の、張り裂けんばかりの怒号。

重力に振り回される中、カイトは割れた窓の隙間から、地上の夕闇を見つめた。


燃え盛る二号機の残骸が舞い散る、オレンジ色の空の向こう。

そこには、九本の巨大な尾を、花びらのように優雅に、美しく揺らしながら、空中に見えない階段があるかのように悠然と歩く、一人の「女」の姿があった。

それは、この世の全ての「美」を奪い取ったかのように残酷で、あまりに美しい、狐の尾を持つ何かの姿。

黄金色の瞳が、墜落していくカイトたちを、慈しむような冷たさで見つめていた。


「……あ……ああ……」

カイトの意識が、機体の激突の衝撃と共に、深い、深い闇へと叩き落とされた。

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