カブトムシは告らせたい ジュピター/レディ・ナビゲイション/届かないセレナーデ
カブトムシは告らせたい ジュピター/レディ・ナビゲイション/届かないセレナーデ
抑圧されたままでいるなよ ぼくたちは三十一文字で鳥になるのだ
萩原慎一郎「滑走路」
平和とは薔薇色の世界ではない 戦争よりも不愉快な忍耐の日々だ
丹波宇一
蟻よバラを登りつめても陽が遠い
篠原鳳作
「いつかは誰でも愛の謎が解けてえええ」
部室棟の三階の廊下を、文芸部の部室へと歩いていると、軽音部の部屋から佐野元春のサムデイの一節を女性ボーカルがささやくように、周囲に気をつかうようなかよわさで、その恋の歌を練習していた。バンドのレパートリーに「サムデイ」を加えるようだ。
廊下の窓から、一階の吹奏楽部がホルストの、そして平原綾香の「ジュピター」の
「愛をまなぶためにイイ」
のとこを吹いたのが聞こえたのは文芸部のドアに辿り着いた時だった。
花の下を歩いたときのなぞなぞの答えを君は今も言わない
竹内亮「タルト・タタンと炭酸水」
部室の大机には松尾響子が陣取っており、サン・テグジュベリの「夜間飛行」を、ノートに何かメモをとりながら開いていた。机上の四百字詰め原稿用紙には半分ほどの文章が殴り書きされていた。
松尾は五時限目の体育の授業でバスケットボールのボールが顔にあたって鼻血が出たとのことで、鼻にティッシュの詰め物をしていた。右がわに。
「ふーん。だいたい、三千円ぐらいね」
姉妹部長代行が、スマホでネット通販「モルダウ・ジャパン」でチェスセットの値段を調べていた。窓辺の机の、姉妹部長代行の向いの席に陣取った森城いずみが、それを覗き込んでいた。胸元には、ユン・チアンの『ワイルド・スワン』があった。
三階の窓には、四月はじめのつめたい風が吹き込んでいたが、ふたりとも気にしていないようだった。
僕は文芸部のノートパソコンで、『橄欖追放』の最新記事と『今日のクオリア』の今日の短歌、そして『あなたとよむ短歌』、『短歌ください』、『群像短歌部』やなんかの投稿のテーマをチェックしはじめた。
「今年の文化祭の目玉展示は『よく似た涙せんのひとびと』」と『オノ・ヨーコの『プレイ・イット・バイ・トラスト、信頼して駒を進めよ』の二本柱よ。」
立ち上がった姉妹部長代行は、部室の側面のホワイトボードに向かった。
ホワイトボードにはすでに「よく似た涙せんのひとびと」,「プレイ・イット・バイ・トラスト」と黒のタイトル書きが描かれていて、その下にちいさく「残件」と、黒のペンで書かれていた。
「『よく似た涙せんのひとびと』は、果実くんといずみちゃんですすめて」「『プレイ・イット・バイ・トラスト』は、わたしと響子ちゃん、ありさの三人が担当よ」
オノ・ヨーコの『プレイ・イット・バイ・トラスト、信頼して駒を進めよ』という芸術作品は、チェス盤も真っ白、チェスの駒のすべても、つまり自分の駒も敵の駒も、おなじ真っ白、すべてが真っ白という作品だ。向かい合う競合プレイヤーのそれぞれの持ち駒の、キングもクイーンもビショップも何もかも見分けのつかいない白色というゲームの世界観の提示だ。
「今年の部費の支給額が五万円。『よく似た涙せんのひとびと』にプリント代、A3カラー一枚八十円かける二十四枚。二十四の瞳よ。それで千九百二十円。でも、右目か左目のどっちかの涙せんのドアップだから、二十四人の涙せんの画像をあつめる必要があるわ」
「そして、チェスセットが三千円ぐらい。すべてを白く塗り潰すのに必要なのは、白色のペイントスプレー何本必要かしら」「スプレー一本いくらするの」
「焼き芋は五本でいくらかしら」
と、姉妹部長代行が思案気につぶやいたとき、校門のわきに出店していた焼き芋のキッチンカーにお使いに出ていた松井ありさがもどってきた。制服姿でロングストーレートヘヤ―。スレンダーで長身。文芸部で、いやカナツ高校の女子の中で一番背が高いだろう。松井ありさは、制服指定がないカナツ高校にあってセーラー服を着ることを選んだ。選んだのは、隣町の明神高校の制服だった。
「ああ、いい匂い」「全部で四千円でしたよ」
「ええ。四千円ですって」「そんなに高いんだ」
あきれた、という感じで姉妹部長代行がホワイトボードに「焼き芋 五人分 4000円」と書き込んだ。いくつかの数字がかかれたその一角の一番上に「50000円」の文字があった。
「文化祭」「全国高校生短歌フェスにかかる諸費用」「部誌の発行」「ううんん」
「あさっての『新入部員歓迎お花見会』にだせるのは、五千円ね。きついわ」
「考えても見てよ。この焼き芋を育てたサツマイモ農家さんだって、隣のサツマイモ農家さんと収益で争っているんだわ。作物が売れなければ営みを続けられないわ。どちらのサツマイモ農家だって日本の、世界の食卓に笑顔でサツマイモを食べるひとたちをイメージするという点では一致するけど、愛と愛の闘いはリアルだわ。農家さんはそれぞれ黒色の駒、白色の駒を手に持っているけど、それがどちらも真っ白だったら手練手管を放棄して、直に対面して話し合うわ。組合の誕生よ」。
「考えても見てよ。校門まで焼き芋を運んでくれたキッチンカーは、道路の左側をキープして走ってきたのよ。校門までの道中で、複数の対向車とすれちがったわ。」
「壁なんかない、ペイントで線が描かれているだけの、経済という制約のなかで作られた、わずかな帯状の舗装面を、お互いが自己保存の両立をするなかで、つまりカレーまん公理の成立した世界をすりぬけて、キッチンカーは校門まで辿り着いたのよ。」
「人間に免許は必要かしら」姉妹もくじゅ先輩が、ため息をつきながらそっとささやいた。自動車の運転に免許がいるなら二輪の自転車の利用に免許はいるのだろうか。竹馬をのるのに免許はいるのだろうか。靴を履いて道をあるいていくのに免許はいるのだろうか。人間に免許をあたえる存在とはなんだろう。どれほど歩けば人として認められるのだろう。カントは定言命法で、人間を目的として尊重し、手段として利用してはならないという原則を示した。これは、他者を目的そのものとして尊重し、他者を利益や目的のための手段として扱うことを否定する。カレーまん理論の一つの枝だ。「N公理という太陽の、その光をあびて芽生えた言の葉は、あたらしい詩、だわ」
人間は何度目ですか むっくりと起き上がる蕨に尋ねられ、風
上坂あゆ美「地球と書いて〈ほし〉って読むな」
「神様のお告げが欲しいわ」「「答えは『レット・イット・ビー』だよ」っていっていただけたら」姉妹先輩が嘆くように両のてのひらを胸のところで合わせた。
実社会をカレーまん公理を実装して走るとき、僕の傍らには、はだしの女神いてくれるのだろうか。ジーザス・クライスト・ザ・スーパースターは、あまりにも若く逝ってしまった。
「血の味がする」焼き芋をかじったままの松尾響子がボソッとつぶやいた。
風というきれい味方春の服 恩田侑布子「空塵秘抄」
山彦に桜の声の加はりぬ 大串 章 「大地」
どこやらが冬どこやらが春の雲 後藤比奈夫 「初心」
後ろからあなたを抱いた彫刻家が彫る前の樹をそうするように
くどうれいん 「恋のすべて」(やさしさ)
/ジュピター/
昨夜の雨に、カナツ駅の踏切は故障してあがらなくなっていた。だが、駅の作業員のひとたちのおかげで最後のボルトは締められた。ボルトは、その二カ月前に北九州にある町工場から納品されたものだ。
ボルトとなる前の素材として、さらに一カ月前、かれらはオーストラリアにいた。オーストラリアの大地の地下深く、はるか地球創生の時代から眠っていたのだ。彼らが地表に顔を出し、ベルトコンベアにのったとき雨がふっていた。精錬されたときには、ウィリーウィリーの真っただ中だった。
港で日本にむけ船に載せられたとき大しけだった。船旅は荒波の多いものになった。町工場でのねじ切り工程のとき、もみじが雨にぬれていた。踏切遮断棒と一体化するとき、作業員の人の作業手袋は、なごり雪がおちては溶けていた。
そして、雨は上がり、踏切の線路のむこうに森城いずみが立っていた。森城いずみは虹をさがしてきょろきょろし通しだった。今日は自転車にはのらず徒歩と電車でカナツ駅まできたんだ。
昨夜の雨に、洗濯したぼくのスニーカーは乾きが悪かったのでたまっていた新聞紙をまるめてつま先の奥までつっこんでおいた。
新聞に記事をかいた記者は、その日スマホをもって出かけたがそのスマホには昨年の初日の出の画像が記録されていた。雨の中の取材は難航し、そのシリーズのスマホの設計にひとつのアイデアが盛り込まれた時も、シリコンバレーには夕立がきていた。
そもそも、そのアイデアはイエローストーン国立公園でマウンテンバイクをのっていて一服したときににわか雨が、そのいくつもの雫がこずえの無数の葉っぱを打つのを眺めた時にうかんだのだった。
そのスマホの機能で僕は佐野元春の「ニューエイジ」の歌詞を知ることとなる。さて、雨に向かって歩いて行こうかと思い、スニーカーからまるまって湿った新聞紙をぬきとると、スニーカーはおもったより乾いていた。
雨は上がっていた。
ジェット機が飛行機雲をひいて頭の上を飛んでいた。そんなふうにして世界は今日も回り続けるようで、待ち合わせのチューリップ百貨店の前のヒンメル様の銅像の前には、時間通りに森城いずみが立っていた。
ああここにも叫び続けるものがゐるほどけつつある靴紐たち
惟任将彦「灰色の図書館」
/レディ・ナビゲイション/
「じゃあ、果実くん」
「土曜の夕方までにお花見の場所、とっといてね」
金曜の部活。焼き芋を食べ終えた姉妹部長代行が、新人歓迎お花見会の場所取りを、僕と森城いずみに命じた。
「学校のブルーシート、」「渡り廊下の東側に置いといたから、それもって帰ってよ」
「毎年やってるから大丈夫よ」「シート引いとけば、その場所の占有権を主張できるわ」
「『大櫻』が第一目標よ」
ヒンメル様銅像前で待ち合わせた僕らは、「湖畔公園」をめざした。
湖畔公園には花見のスポットが三か所ある。第一が「大櫻」、二番目が「ブランコ横」、三番目が「湖畔通り」だ。
おぼろづか商店街をぬけ、湖っ端の国道にでたころ、森城いずみの話題は文化祭の話に移った。ブルーシートを持ちなおそうとした僕は、それが思ったより大きくて重いことに気づいた。
「もくじゅ先輩が言ってた、オノ、ヨーコの「プレイ・イット・バイ・トラスト」は、「『人類は、他者を抽象的悪として記号化する衝動を超えられるか』を提議してるとも解釈できるわ」
「例えば、星の王子様の『バオバブの樹』を特定の個人や組織・団体におしつけるのはナチスのプロパガンダと同じ手口だわ」
「「単純な物語」「敵の象徴化」「感情への直接訴求」を体系的に用いたのは、ナチスにおける大規模なプロパガンダ運動の一部よ。」「ナチスの宣伝は、単なる広告ではなく、政治、映画、ラジオ、新聞、教育、ポスター、集会、建築、シンボルなどを総動員して、人々の世界認識そのものを形成しようとしたわ。」
「複雑な問題を単純化する「われわれ」と」「われわれ以外、そうやって、「敵」を明確化するやりかたよ。」「不安や怒りを集中させる象徴や反復で、「感情記憶を作る理性的議論」より、「帰属感情を優先する」といった手口よ」「
「たとえば、国家を身体、敵を病気という比喩を使うと、「排除」という行為が「治療」という正当な行為に見えやすくなるわ。
「重要なのは、これはナチス特有の現象なのと同時に、現代の政治宣伝・陰謀論・過激運動にも広く見られる構造ってことよ。」「そのため、現代のメディア教育では、「ある集団が、人間ではなく“汚染”“害虫”“病気”として語られていないか」を見ることが、危険信号の一つとされているわ」
霧は晴れ 国連の塔は 輝きて高くかかげし 日の丸の旗
重光葵 1887年7月29日 - 1957年1月26日
戦争を知らない世代が政治の中枢となったとても危ない時代
田中角栄 1918年5月4日 - 1993年12月16日
金曜日の夜はそういうわけで土砂降りだった。
土曜の朝。雨上がりの青空に春らしい不安定な、不定形のちぎれ雲たちが流れていた。
森城いずみの熱弁に一区切りがついた。
森城いずみのセンスは、その感度は最高だ。今日のこの「場所取り」でもその才能はいかんなく発揮されるだろう。
短歌も生まれるかもしれない。
つまり、かのうぷす子の生の作歌を目の当たりにできるかもしれないのだ。
「果実くんの『短歌四面体論』って、『肝心なものは見えない』ってことでしょ」
森城いずみが、ねんのために持ってきたという赤い傘をふりまわしながら話し出した。
「星の王子様がパイロットにもとめた、「羊の絵」だね」
「わたしも時々「羊」がみえるよ」「でも、やっぱり心臓破りの丘の上では、見えなくなるよ」
「丘を越えたところに、羊たちがメーメーって鳴いてまってるのかな」「あははっ」
「四面体の辺は、わかるよ。私流に言えば「円弧」だわ」
「言葉の組み合わせは「円弧」をつくって、レンズのようにどこか焦点に結像するよ」
「円弧をいっぱいあつめれば、木の年輪みたいに同心円がみえてくるわ」
「詩の言葉は、「ほんとうのさいわい」を中心とする「円弧」たちよ」
「うん、ときどき見えるよ」
「円弧」は中心の情報を保持している。星くずみたいに降ってくる数えきれないイタミのキスは、「円弧」だ。ビートルズの歌も、佐野元春も「円弧」だ。そして、ホッブズもロールズも「円弧」。アセモグルの研究もビンカーの成果も「円弧」。共通の中心情報をもってる。
N公理から派生した、言葉、すなわち黄金律、定言命法、文学上、哲学上、宗教上の表現は、これらも「円弧」だ。その一片には、やはり「中心」を指し示す情報を有する。片が複数個あることで、中心、すなわちN公理を特定するんだ。それらは文学表現、宗教表現、哲学表現といったかたちをとる。「片」「円弧」は年輪のように、その一片一片は、歴史的、つまり時間的、空間的に世界中に散らばっている。
ジョン・レノンの作品「イマジン」もそれ。片の数は人類史上増え続けていて、人々はN公理を認識しやすくなっている。頻度が高くなっているんだ。N公理という「道」はもしかしたら時間軸上で相転移をもち、決定的に世界恒久平和、日常程度の平和が世界中に実現するんじゃないかな。
スティーブン・ビンカー、アセモグルの研究は、最近の「片」だ。N公理が包摂的制度、権力分散、法の支配を地球連邦にもたらし、それは、いわばヒッグス模型の平衡点、基底状態だ。それは、モンゴメリーが予見した「オーチャード・スロープ」だ。「真性の安全地帯」の最大化という変分作用なんだ。
「わたしの直観では、あと、五十年から八十年ぐらいで、プロミスド・ランドになるんじゃないかしら」「つまり、二千七十五年から二千百年くらいだわ」
「ひと世代二十五年として、二、三世代後よ」「わたしたちの子供世代、孫世代だわ」
森城いずみはそういって、しばらく黙り込んだ。
湖畔公園についたころには、時計はもう午後三時をまわっていた。公園またいでブルーシート置いて帰るだけだ。予定では三時には帰路についていたはずだ。予定通りじゃないとなんか不安になるけど、これだけおしてしまっていると怖くなる。
一番目の花見スポットにつくと、そこにはケルベロスがたたずんでいた。
ケルベロスは、ずっと前から僕たちに気づいて、僕たちを凝視していた。
「おまえたちに届くのは、メガヒットをとばした「勝者の声」ばかりだぞ」「金か夢か判別できないぞ」 「聞く価値があるのか」
僕たちが近づくと、ケルベロスはにそんな言葉をなげかけた。
「でも、それは、空間的に伝わって、時間的にも伝えられてきた「声」だわ」
「ひとは皆、時勢で変動する「生存確率最大値」を「声」としてきたわ」
森城いずみが言い返した。
「N公理のサングラスをとおせば、それが「脆い夢」か「まぶしい一瞬の光」か区別できるわ」
「そして、ポピュリズムとは峻別しなくてはならないわ」
「ふーん」と言いながら、ぴょんぴょんはねて、ケルベロスは森城いずみの足元まで近づいてきた。
「お前たち」「トゥキュディデスの罠ってしってるか」
ケルベロスは続ける。
「既存の覇権国と新興国の勢力の接近が危機を生むんだ」「新興国が既存の大国の地位を脅かすとき、戦争が不可避な状態になる傾向があるんだぞ」
「トゥキュディデスは、ペロポネソス戦争の原因を分析したんだ。彼はアテネの台頭とスパルタに対する恐怖が戦争を不可避にしたと述べている。」
「理論としては、グレアム・アリソンによって提唱され、歴史上の十六の新興国と既存の覇権国が衝突した事例のうち、十二例が戦争に至ったことを示したんだ。」
ケルベロスはまだ続けた。
「アリソンは、米中関係が現在も同様の局面にあると考えている。特に米中間の潜在的な軍事衝突可能性に関する議論を展開しているんだぞ。」
「おめえたちはキリギリスのように詠っているが、そんな場合か」
ケルベロスは言い放った。
「もし、国家が個人単位までちいさくなれば、それは個人的な問題よ」
毅然とした態度で、森城いずみが言い返す。
「個人は、健康第一だわ」「健康のためには適度な運動、食事、睡眠が大事だけど、それにはお金が必要。働きに出れば「愛と愛の闘い」だわ。」
「争いではなく、技の競い合いを望むわ」
「健康のためのジョギングすれば靴を買わなきゃだけど、靴を買うにはお金が必要よ。お金のために社会に作用すれば健康がおろそかになるわ。そして深夜にジョギングに出れば懐中電灯だって必要だし、そしてなんてったって靴底がへっちゃうわ」
「靴を買うには水たまりだらけの社会を、水たまりをよけながら走らなきゃならないわ」「この無限地獄の外にいるのは羽根をもつ天使だけだわ」
大きな「大戦」は周期的に生じるっていう説がいくつかある。経済情勢だったりの周期性に起因するっていうだ。でも、過去とはいろいろ変わっているところばある。マスコミュニケーションは発達してるし、いろんな考え方に接することが出来るんだ。
大戦の記憶はやがて薄れてしまうだろう。記憶を伝承していくことは最重要事項だ。そして、悲劇からの逃避ではなく「悲しみと歓喜の両方をはらんだ、『ほんとうのさいわい』」をめざすことが、つまり、「ほんとうのさいわい」をきちんと定義し、その存在をはっきりと提示し、ウィ・アー・ザ・ワールド ってことを浮き彫りにするんだ。
そうだ。
『ほんとうのさいわい』、それを欲せざるを得ないものとして描き出すんだ。「新緑のサツマイモ畑」を克明に、第一から第五までの感覚とそれを全部統合した第六感で、そうだ、感性として描き提示することを使命とするのが僕たち文芸部だ。
「歌は、「神様のお告げ」よ」「歌のひとつひとつは円弧をなして、その中心はたとえば幾何をつかってしめせるわ」「ふたつ以上の歌があれば、中心は確定するわ」「アン・シャーリー一人にはできなかったわ」「だって幾何がにがてなんだもの」「ギルバート・ブライスの生涯の協力が必要だったわ」
森城いずみが力強く言い返す。
「現代のサプライチェーンは、千九百三十年代より遥かに複雑よ。たとえば、半導体、エネルギー、通信、金融、食料が世界的に結合しているわ。つまり戦争が、「敵を壊す」ではなく、「自分の循環系を破壊する」になりやすいわ。これは、国家を「閉じた身体」として考えにくくしているのよ。」「 経済相互依存よ」
「「ホロコースト」 は、人類史上初めて、映像、写真、証言裁判記録として大量保存された大規模虐殺よ。」「つまり、「抽象的憎悪が、最終的に何を生むか」が視覚化されたわ。」「これは重要よ。」「中世なら、大量虐殺の実像は広く共有されなかったわ。「でも現代では、人類は“結果画像”を知っている。」「これは心理的ブレーキになりうるわ。」「ホロコースト、戦争記憶の可視化よ」
「国際連合や、世界人権宣言以後、「国家より先に個人がある」という思想が国際制度へ埋め込まれたわ。」、千九百三十年代は、「国家が人権を与える」感覚が強かったけど、現在は少なくとも理念上、国家も超えて守るべき人間性という概念が存在するわ。これは大きいよ。」「人権思想の制度化よ」
「 AIの翻訳、対話技術。これは新しい要素だわ。リアルタイム翻訳や対話AIは、「異国の人間の内面」へのアクセスコストを下げるわ。敵国市民が、突然「具体的人間」になるのよ。これは重要よ。戦争はしばしば、相手を抽象カテゴリへ圧縮することで可能になるからよ。」
「ワールドカップや、オリンピックなんかでやってる、グローバルなスポーツの種目の体験が、若い世代の文化の国際同期を生むわ」
二番目の花見スポットにつくと、こんどはフェニックスが枝にとまっていた。
フェニックスは、僕たちが公園に入るときは空をぐるぐる回っていたのに、第二の花見スポットに僕たちが近づくタイミングで枝にとまったのだ。
「俺は俺の生涯をとおして「隣人」となるべく学び続けるのだ。ハイ・スクールで」とフェニックスは言った。
「おまえたち、ゴールドスタインの千九百八十八年の研究をしっているか」
「世界大戦、恐慌のサイクルの研究だ」
「キリギリスみたいに詠ってる場合じゃないぞ」
「千九百九十年代には「歴史の終わり」を予言する声もあったんだ。世界システム論はより慎重な立場をとり、千四百五十年以降の歴史の流れを特徴づけ、過去のの3回の壊滅的な世界大戦を生み出した狂気の経済サイクルと主要国の対立の繰り返しを、少なくとも原理的には排除しないのだ。」
「コンドラチエフ循環における景気停滞、格差拡大、技術転換期の社会不安の高まりが周期的で、国家間対立の激化も周期的になる。約四十年から六十年の周期とされるのだ」
「コンドラチエフは千九百二十九年に、産業国家の経済的発展はその度毎におよそ五十年持続する波『コンドラチエフ循環」の中に生ずるという結論を導出したのだ。」
「個々の波の重要な特性は、好況期には好景気の年が優位を占め、「景気後退の年の抜きん出た突出」と名付けられた下り坂の局面には、基礎的発明と呼ばれる重要な発見や発明の大多数がなされることである。」「もし仮に欠乏、あるいは継続的な生産性向上によってもはや需要を満足できないことが生じたならば、これらの基礎的発明は引き続き更に生み出され続ける。」
「例えば、欧州の鉄道建設は、今まであった輸送便(街道の馬車、等々)がもはや工業的に製造された商品を用意するだけの立場ではなくなったために、決定的に取り組まれた。」
「この理論の後、今日では5つの主だった循環が導出されているんだ。初期産業革命では、運河、水車、蒸気機関、紡績が生まれた。蒸気機関の時代には、鉄道、蒸気船、電信、製鉄。電気と内燃機関の時代には、電気工学、化学、フォーディズム、内燃機関が生まれた。」
「世界大戦と戦後成長の時代には石油化学、モータリゼーション、緑の革命、電子工学だ。また、ポスト工業化時代は、情報技術、高齢者介護、生物工学、シェールガスだ。」「新たな経済発展となる六番目のコンドラチエフ循環がこれまでの様に定義できるか、そしていかなる形で定義できるか、現在熱く議論されているのだ。」
フェニックスが、自らの翼をおおきくひろげてみせた。
「でも、千九百三十年には、なかったものがいっぱいあるわ」
慎重に、空をあおぎながら森城いずみが、フェニックスの問いに返答しはじめた。
「月着陸と地球大気の画像 ボイジャーのペール・ブルー・ドットの地球の画像、情報網、ネットワークよ」
「ホッブズが見たリバイアサンの世界は、当時の王権神授がはびこった世相の霧の中の幻影だわ」
「その後、コペルニクス、ガリレオ、マゼラン、そしてケプラー、ニュートンが、神様は驚くほど寡黙だということを示したわ」
「神は、王だけじゃなく民衆にも声をかけるわ」「同じ言葉を」
「人生はチョココーポレーションで働くってことよ。働いてみないと、そのチョコが甘いか酸っぱいかは判らないわ」「チョコの味は、きっとハーフビター。しょっぱくも無ければ、甘ったるくもないわ」「N公理は品質管理につかえるわ」
「豊かさは人間関係をいっぱい築くことにあるわ。山の頂でみんなでおにぎりをたべるのよ」「おにぎりってなしかしら」「わからないわ」
この長い旅路の何処かぼくたちはふたたびであうだろう。
三番目の花見スポットにつくと、ペガサスが桜の樹のまわりをギャロップしていた。
ペガサスは、さっきまで湖っ端で湖に口をつけて水をなめていたのに、フェニックスの羽ばたきを聞いて三番目の花見スポットの「大櫻」まで、僕たちの先回りをしていたんだ。
「長期サイクル論しっているかね」ペガサスが話し出した。
「ジョージ・モディアスキの覇権循環論だ」
「キリギリスみたいに詠っている場合かね」
「わたしも、「隣人」たるべく、あらゆることに余念がないのだ」
「 概ね十六世紀以降、世界の政治・経済・軍事他覇権は欧米を中心にある特定の大国によりその時代が担われ、その地位の循環を繰り返しとみるのだ。」
「世界大国は歴代十六世紀のポルトガル、十七世紀のオランダ、十八世紀と十九世紀の大英帝国、二十世紀のアメリカ合衆国といった具合に、二世紀連続してその地位を務めた大英帝国を例外とし、大体一世紀で交代するものと考えられている」
「その覇権に異議を唱え対抗したのは、スペイン、フランス、ドイツ、ソ連といった大陸国で、決まって勝利することは無かった。」
「 新興大国が既存の世界大国に反旗を翻し、世界の不安定性が増した際に決まって世界戦争が起こり、そこで新興大国は敗北し、先代の世界大国の側に付き共に戦った国が新しい世界大国の地位を得ると考えられている。」
「世界大国となる条件には 外界に対して開かれた島国もしくは半島国であること。 内政に競合があり、しかも政局が安定していること。例としては大英帝国の保守党と労働党、アメリカの共和党と民主党の二大政党制だ。」
「 世界中にその意思を知らしめ影響力を行使する暴力装置、例としては強力な海軍や情報機関、を持っていること。 などを要するとされる。」
ペガサスは、話をおえるとふたたびギャロップをはじめた。
「キリギリスみたいに詠ってないで、おれの話をよく聞くんだ」
「人間が光合成すればいいのよ」
森城いずみは、あっけらかんと返答した。
「世界は顧客であって、個人の商売相手だわ」「恐怖の対象じゃなくてお客様よ」
「今までは過去のリバイアサンの台頭の反省で、そのなまなましい記憶で、無政府状態の地球にあって均衡の平和が成立してきたわ」
「なまなましい記憶がうすれたとき平和への駆動はリバイアサンへの恐怖ではなく、幸福、適切な経済的うるおいへの追及になるわ」
「生存は、他者からの略奪ではなく、争いの結果ではなくゲーム理論的無限繰り返しの協調戦略の均衡からなるわ」「適当な経済の潤い」「ほんとうのさいわい、かしら」
「国家肥大による覇権安定ではなく、いうなれば個人が国家となって、タフな、そして優しいリバイアサンの商人になるのよ」
「文学商売をとおして、自分の生業を成立させながら、社会へのエクスカリバーを提供するわ」
「そうじゃなきゃ、地球連邦の共通の問題、地球温暖化の解決がさまたげられるわ」
戦争には周期があるという説にたいして、これをうちまかし大きな戦争を抑止するものとして、つまり、二次大戦前夜にはなかったものとして「ビートルズ、ボブヂュラン以降の音楽」「月着陸による地球の小ささと大気のはかなさの写真」「インターネットなどの情報網、ネットワーク」「N公理」がある。
これらは、共通して「人類を、部族単位ではなく、地球規模・種規模で自己認識させる装置」として機能している、という点で非常に興味深いと思う。
「戦争周期説」は、たとえば世代交代、資源競争、帝国循環、記憶の風化などから説明されるんだ。有名なのは、世代循環論、長期覇権循環論、「大戦争は数世代ごとに起こる」という歴史観。ただ、森城いずみが言っているのは、「周期を断ち切る“メタレベルの認識”は存在するか」という問いとその答えだ。
そして挙げられた四つは、それぞれ異なる方向から「「国家中心」という想像力」を弱めている。
ひとつ目の、 ザ ビートルズ や ボブ ディラン 以降の音楽は、これは単なる音楽ではなく、若者文化の国際化、感情共同体の越境化、国家神話より個人感情を優先する文化を生んだんだ。第二次大戦前は、国家、民族、栄光、犠牲が中心だった。でも千九百六十年代以降、「個人の内面」「反戦」「愛」「自由」「世界市民感覚」が大量文化へ侵入した。たとえば反戦歌やロックフェス文化は、「国家への没入」を相対化する作用を持った。
ふたつ目の月着陸写真、「アポロイレブン・ムーンランディング後の「地球の写真」は、思想史的に非常に重要だ「。特に“アースライズ”“ブルーマーブル”などの写真は、「国境が見えない」という感覚を人類へ与えた。これは、環境思想、地球倫理、宇宙船地球号的発想へつながる。つまり、「戦争する主体」より先に、「壊れやすい一個の惑星」が見えるようになったんだ。これは二次大戦前には存在しなかった視覚経験だ。
アースライズは、千九百六十八年のアポロ八号ミッション中に、宇宙飛行士のウィリアム・アンダースが撮影した写真だ。月の地平線の向こうから地球が「昇ってくる」ように見える構図が特徴だ。
ブルー・マーブルは、千九百七十二年のアポロ十七号の乗組員によって撮影された地球の写真。太陽光に照らされた「完全な球体としての地球」を正面から捉えたやつだ。
アフリカ大陸や雲の構造まで鮮明に見える「青い大理石・ブルー・マーブル」の名の通り、青く輝く地球像。人類が初めて「外から見た地球」の印象的なカラー写真、地球の脆さ・美しさを強く印象づけた。
そして、環境意識、後の環境運動に大きな影響を与えた象徴的イメージだ。
みっつ目のインターネット・ネットワーク、これは二面的だ。平和促進要因、相互理解、情報共有、経済相互依存、国境を超えた共同体を作る。けど、逆に、陰謀論、分断、急速な感情動員、デジタル・プロパガンダも増幅しちゃう。ンターネットは、「戦争を防ぐ神経網」にも、「集団憎悪を増幅する神経網」にもなる。これは、非常に不安定な課題だ。
そして最後に「N公理」。「わたしは自己保存する」「他者も自己保存する」という相互性が核だ。これは哲学的には、ホッブズ 的自己保存、カント的普遍化、、ゲーム理論的相互合理性、に接続できる。
もしN公理が、「相手も、自分と同じく存続を望む主体である」という認識を形式化できるなら、それは非人間化、敵の絶対化“害虫化”を抑制する方向へ働く可能性があるんだ。
つまり四番目のN公理は、他の三つと違って、「感情文化」ではなく「論理的制約」として戦争抑止を考えていることになるんだ。
「千九百三十年のヨーロッパと異なり、ビートルズ世代が、各国の要人になってるわ」
「これは、かなり重要な観点よ」
「千九百三十年代の欧州指導層は、基本的に帝国主義、国民国家中心主義、軍事的名誉観、第一次大戦のトラウマの中で形成された世代よ。」
「一方、ザ・ビートルズ世代、つまり千九百六十年代以降の文化で青春期を過ごした世代は、ロック、反戦運動、カウンターカルチャー、国境横断的ポップ文化、個人主義、グローバル消費文化の中で育っているわ。これは単なる「音楽の趣味」じゃなくて、世界認識の基盤が違うのよ。千九百三十年代型では、「国家のために死ぬ」が高貴な価値になりえたわ。でもビートルズ以降の文化で、「個人の人生や感情の方が国家神話より重要」という感覚が強くなったわ。少なくとも先進国間では、総力戦、国家的英雄死、大規模動員を“ロマン化”しにくくなった側面があるのよ。ポップカルチャーの世界同時共有は、「敵国の若者」も同じ音楽を聴いている、という感覚を作ったわ。これは戦争心理にとって地味に大きいのよね。
たとえば、同じロック、同じ映画、同じゲーム、同じネット文化、を共有する相手を、完全な“異種族”としては見にくい。ここは千九百三十年代とかなり違いわ。
でも、逆方向の力もあるわ。現在は、SNSアルゴリズム、ナショナリズム再燃、情報バブル、デジタル扇動、によって、「文化共有しているのに敵視する」という奇妙な状態も起きているのよ。「ビートルズ的世界市民文化」と「デジタル部族化」が同時進行しているわ。それでも、いまあげた要素は重要。「第二次大戦前には、人類共通文化を幼少期から共有した世界指導層は存在しなかった」。これは事実。
現在の多くの指導者は少なくとも、ハリウッド、ロック、インターネット、宇宙から見た地球像を共有経験として持っているのよ。
これは歴史上かなり新しい条件だわ。わたしがいいたいのわ、「人類は初めて、“地球文明内部戦争”を心理的に抑制できる段階へ入りつつあるんじゃないか」ってことよ。
風の交叉点すれ違うとき心臓に全治二秒の手傷を負えり
穂村弘 「ラインマーカーズ」
「「部族化アルゴリズム」「われわれ われわれ以外」「外部集団を単純化する」は最後にのこる課題よ」
「味方、敵の二分する考え、衝動」「共通ルールより帰属感情を優先する」
という言葉は、厳密な学術用語ではありませんが、現代社会をかなりよく表す概念だわ。
簡潔に言えば、
「人間を、より小さく感情的な“われわれ”集団へ再編し、他集団への敵意や断絶を増幅する情報構造」だわ。
人間は進化史的には、数十〜数百人規模の共同体で長く生きてきたのよ。つまり脳は、味方か敵、内集団か外集団、仲間か裏切り者、を高速判定するよう最適化されているの。そして、情報空間でも、複雑な議論より、怒り、恐怖、正義感、排除感情、の方が強く拡散するわ。つまり、アルゴリズムとの結合、現代の「推薦システム」が、基本的に「長く見られるもの」を優先するように出来てる。でも実際には、人間はしばしば、穏やかな合意より敵への怒りに強く反応するわ。結局、アルゴリズムは結果的に、対立、陰謀論、“敵”の単純化、感情過激化を増幅しやすい。これは、誰かが中央で完全設計しているというより、「注意獲得競争の副作用」として起きる面が大きいのよ。
「この「問題」には、歌、つまり「円弧」「片」の多さで答えるわ。」「みんな、「中心」が7みえるようになるよ」
「アリもキリギリスもないわ」「みんな、働いて、詠う、民衆だわ」
「そして」
森城いずみが、やや息切れしつつ、言葉を付け加えた。
「ゲーム理論でも、非協力ゲームは実際には心の疲弊があるから、利益追求においてもプレイヤーは「疲れない合理計算機」なんかじゃなくて「疲れる」というコストを払うわ」「集団にあっても、そのリーダーの支払う心のコストを要素に入れれば「信頼ルール」が置かれるわ」「国家や企業でもおなじよ」「無限回でなくても有限時間内に疲弊コストが蓄積するので「協力が合理的」というゲームになるわ」
「馬に人参つきのヘルメットなんかを被せるんじゃなくて、ニンジン畑までの道祖神をつくるわ」「人参畑の、よく見えるイルミネーションの看板をつくるわ」「目の前の人参追いかけてたら無限地獄よ」
「周期をうちけす、ビートルズ、ボブ・ディランの音楽があるわ」
「繰り返しなんか全然ない暮らしをしてきたのよ。人類は」「でも、神話を生きる動物たちは、毎回同じだってぼやきまくりよ」
あーあっといった感じで森城いずみが鼻歌を歌い出した。
「幸せさがすのはああ、任せてしいのさああ」
「あーあっ」
公園のどこもかしこも神話の動物たちでいっぱいだった
「どこも、いきものでいっぱいね。いきもの係になった気分だわ」
「ああ、そういえば学校のロータリーにも桜の樹がいっぽんあったわ」
「「新しいの希望」だわ」
結局僕たちは、「へへへえい」「へへへえい」と郷ひろみの「男の子女の子」をくちずさむ森城いずみと僕はカナツ高校へとあるいていった。
はらたいらさんはらたいらさんはらたいらさんにさんぜんてんのすべて
ゆきのしたまりあ「タコ公園時代」
スターマンは、高い階の窓辺にいるはずのスターマンはいないんだ。自分たちで地上にプロミスド・ランドを築かなくてはならない。神様のわずかなつぶやきをたよりに。
教室の照明灯の間隔のできれば皆を照らすなら良い
四宮むうん
学校のロータリーにつくと、桜の樹のしたには、田中が缶コーヒーをもって、ポーズをとったみたいに、右足をのばし、左足をかかえて腰をおろしていた。
「こんにちわ。先生」「お花見ですね」
ロータリーの桜はまだ三分咲きたった。
「先生、お邪魔します」「明日の、新人歓迎お花見会の場所取りにきました」
「お邪魔します」僕も声をかけた。
田中は僕たちが近づくと
「嗚呼、俺はもういいんだ」
といって、駐車場のカムリのほうへ歩いていた。
北国の猛獣使いがおおぐま座こぐま座の下帰路につく道
ゆきのしたまりあ「タコ公園時代」
靴紐を結ぶべく身を屈めれば全ての場所がスタートライン
山田航「さよならバグ・チルドレン」
/届かないセレナーデ/
君と見る波しづかなる琵琶の湖さやけき月は水面おし照る
皇后雅子陛下
「市場に流通しているのは、買ってもらえる内容の本よ。そういう内容じゃないと人々には届かないってことよ。どんなに重要な、どこかの教授の論文だってマーケットには流通しないわ。どんなに読んでほしいっておもってもかなわないのよ」「有名な話で『本の中に数式を一つ入れるごとに、潜在的読者が半分になっていく』っていうのがあるわ」
カナツ高校の校門を出て、カナツ駅までの道を森城いずみと歩いていると、森城いずみは難しい顔をして話し出した。
「うまくやらなきゃいけないのよ」
「伝えたいこと『M』があって、それをダイレクトに論文でかいたって風に吹かれて舞い飛ぶだけよ」「でも『M』をメタファにして物語れば市場にのるかもしれないわ」「でもそのとき『M』はみつけにくくなるかも」「『指月のたとえ』ってのがあるわ」
「そろそろ明日の事かんがえたほうがいいわ」
森城いずみの話に耳をすましながら商店街を歩いていくと、楽器店のディスプレイにバイオリンが飾ってあった。ドボルザークのユモレスクは、春というより秋かな、なんてことを思った。
自販機のなかに汁粉のむらさきの缶あり僧侶が混じれるごとく
吉川宏志「石蓮花」
「ねえ、果実くん」「クイズよ」「神社の境内のテーブルに座って、十二歳の男の子と十四歳の女の子がジンジャーエールを飲んでたけど、こぼしちゃったのはどっっちだ」
「うーん」
僕は、しばらく、そう、三十秒ぐらいペイブメントを歩きながら考えた。ジュウニ、ジュウシ、ジュウニボーイ、ガール。それとも、じんじゃ。ジンジャー。このへんに手掛かりがあるのか。
「うーん」「わかんない」
僕はギブアップした。
「生姜くさい」「こぼしちゃって、しょうがくせい」「よ」
「果実くん。わかってなーい」
夕闇っぽさがましていく商店街の街路樹のかげたちはどこへ続くのだろう。
あまたある花言葉にもない気持ち抱えてあゆむ春の舗道を
伊波真人「ナイトフライト」
森城いずみは僕の左がわを選んであるいていた。一番星の金星が、山々のスカイラインに、森にかえるようにいまにも沈みそうだ。
「果実くんの肩の向こうにカナツ教会がみえるよ」森城いずみがすこし興奮気味に話した。
でも、ぼくは、「沈みゆく金星と、昼と夜のあいだの明るさの空」に着想した気持ちを短歌で表現できるかなと、初句の五文字、あるいは、七文字の言葉をさがしていたときだったので、ただ、
「ふうん」と返事をしてしまった。
「果実くん。いま、忙しいの」森城いずみが、なんか怒った感じで言い放った。
「こころを無くすと書いて、「忙しい」よ」
たとへば君ガサッと落葉すくふやうに私をさらって行ってはくれぬか
河野裕子「森のやうに獣のやうに」
なんか、怒られたので、カナツ教会を、商店街の遠くに見えるカナツ教会をながめ、気付けば金星が山々の向こうに沈んだことに気づいて、僕は、ただ、さっきの気持ちを心のどっかに大切にしまって、あとで取り出すことにした。
「あっ、ほんとだ、カナツ教会だ。」「あの手前の交差点を左にまがれば駅だ」
いつもの通学路とは異なる経路で駅に向かっているので、いちいち確認しなくてはならない。
「この時間なら、十八時十七分の下りに乗れるんじゃないかな」
と僕は腕時計で時間を確認した。僕は、去年末のハーフマラソン以来、ジョギングを、やっぱり僕も、「タフでなければいきていけない」と思ったので、始めていた。それで、なけなしの貯金からランニングウォッチを手に入れていた。
「果実くんが時計をみるたびドキってするよ」「もうすこし早歩きした方がいいかな」
森城いずみがこう言ったとき、僕はランニングウォッチで今の自分の心拍はいくつかなと、百九十になったかななんて、おニューのウォッチの機能を試すのに忙しかったので、
「大丈夫じゃない」
とうわの空で答えてしまった。そして僕は再び、僕のその返答に不満そうな森城いずみの瞳に気づいた。
「こんな忙しいひとじゃあ」
と森城いずみがつぶやいた。
ペイブメントを歩いていくと、商店街の映画館「中劇」の前まで来た。
「「いちご白書」のレイトショーやるって」「ポスターはってあったよ」
「それ、しらないな。なろう系ハーレム物の映画化」
また、森城いずみの眼が、キッっとなったのを僕は、漠然と気づいていた。
われの生まれる前のひかりが雪に差す七つの冬が君にはありき
大森静佳「てのひらを燃やす」
「果実くんって、六月生まれだったよね。わたし、五月だから、いつまでたっても果実くんは、わたしより年下だね」
そりゃそうだ。また、なんかのとんちクイズの前振りか。と思った僕は身構えて沈黙したまんまだった。そして、森城いずみは、また、怒ったような顔をして、プイっと前に向き直ってしまった。
僕は、森城いずみの怒っているわけが全然わからず、激しい風が心に舞っていた。いまにも、森城いずみが「さよなら」といって、どっかにいってしまうんじゃないかと不安になってきた。カシオペア座がうっすらと心細く形をなしていた。
「あっ、あのカシオペア座の上のあの雲、何にみえる。わたしは馬のようにみえたわ」
僕は、そろそろ森城いずみのご機嫌をとったほうが賢明だと判断して、
「ああ、ほんとだ、梅みたいだ。梅の形だ」
と、返事をした。僕は「馬」と「梅」を聞き間違えていたのだ。
「「「梅」のかたち」って何よ。果実くん」「どんな形の事よ」
つめよる森城いずみに僕は、「梅」のかたちとはなんだろうと、「えー」といっぱいいっぱいになって「梅、うーん、だから丸くってぷっくりしてて、そして、そう、夕焼けで赤色なんだよ」
いよいよご機嫌を崩した森城いずみはすっかりむくれて黙り込んでしまった。
「今だけは悲しい言葉、ききたくないわ」
「カナツ教会までもうちょっとだね」と森城いずみが、ふたたび、重々しく教会の話題をだした。
「いや。その手前のシマ交差点で左に折れて、駅に向かわなくちゃでしょ」
もうすっかり日が暮れていた。僕たちの横を、真っ赤なポルシェがサキソフォンみたいなクラクション音とともにとおりすぎた。
「果実くんって、本当に「届かないひと」だね」
森城いずみがぽつんと言った。
すっかり黙り込んでしまってから、一分ぐらい沈黙のまま歩いていた森城いずみが語気をあらげるのをせいいっぱい我慢すると言った感じで、ゆっくりとつぶやいた。
なんか怒ってるんだよな。
でも、僕にはなにがなんだかわからなかった。
それから、僕たちはだまったままを続けて商店街をあるきつづけ、僕はただ、森城いずみのあとをついていった。森城いずみは駅ビルのチューリップ百貨店に入ることを選び、地下の野菜売り場へと向かっていった。電車の時間にはまだ間がだいぶあった。
地下野菜売り場で、「果実くんは、これでも食べて、もうちょっと心の機微を学ぶべきだわ」といってアボガドをひとつ、わしづかみして僕の鼻先につきだした。
僕はチューリップ百貨店の野菜売り場のレジで、アボガド代を清算した。百九十九円だった。店内には、ブルース・スプリングスティーンの「バッドランド」のBGMが流れていた。
「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
俵万智「サラダ記念日」
「バッドランド」が止み、「ただいま十八時をお知らせします」のアナウンスが流れ、「ふるさと」が市街に響いた。
「わたしは「南に風」によって紅茶飲んでいくから」「十九時二十五分の電車に乗るわ」「じゃあ、あした九時、現地集合ね」
といって駅ビルの自動ドアを出てるとシマ交差点のほうへと走り出した。シマ交差点の歩行者用信号機の青が、ちかちか点滅しはじめたのが見えた。
終バスにふたりは眠る紫の降りますランプに取り囲まれて
穗村弘「ラインマーカーズ」
瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ
崇徳院「久安百首」
新人勧誘号四月第二号が部室のドアに貼りだされた。
ポエム 「星がひとつ」 水辺果実
星がひとつ ベホマズン
回復してく
血流と呼気
回復してく
若葉の季節
星がひとつ ベホマズン
星がひとつ ベホマズン
花びらが載ってブランコそのまんま 松井ありさ
みえるものあったら夏のいなびかり 松井ありさ
川風にまぎれぬように立ち尽くす画鋲がささるとこを探して 姉妹もくじゅ
黒板に書きだされたる一問に夏風だけを気づく教室 姉妹もくじゅ
ふすまえに加えた鳥のいたずらの黄色クレヨン夏の風 蝉 松尾響子
ぼろバッシュ洗練されるパスコース リングのふちのシュートモーション 松尾響子
木陰ならあそこがいいと言ったきり一人ぼっちになった僕たち ほたる
店内にいるのに電話かけるなよそんなおおきな声をだすなよ ほたる
赤点の窓辺の席の復習は消しゴムそして南東の風 水辺果実
入る風を感じてたのは僕だけじゃなかったきみが出口のとこで 水辺果実




