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4 出会い

 松木戸たちを撒いて、一人で街の散策をしていた政人は、自分が刺された公園が、この街に存在するかどうかについて調べていた。そこに少女を見つけるヒントがあるかもしれない。しかし、公園自体はあるものの、どれも政人が探している公園には見えなかった。


「でも、どっかで見たことがあるんだよなぁ、あの公園」


 何か特徴的なものが無かったか記憶を探る。しかし記憶は曖昧で思い出せない。思い出せないまま歩き続けていたら、喉が渇いたため、飲み物を飲もうとしたところで、政人は気づく。


「あっ、金がねぇ」


 政人は財布を持っていなかった。そのため、喉の渇きすら癒すことができなかった。公園の時計を見ると、17時10分くらいだった。そろそろ病院に戻ろうと思い、歩き出そうとした際、ぽつりと頬に水滴が当たった。


「まさか……!」


 政人は驚いて顔を上げる。水滴の数が多くなって、本格的に雨が降り始めた。


「やべっ」


 政人は走り出した。突然降り始めた雨の勢いは強く、政人はすぐにずぶ濡れになった。病院を目指して歩道を走っていたが、そばにあったコンビニの軒下に一時避難する。滴る雨水を拭い、政人は煩わしそうに空を見上げた。


「ついてねぇな」


 政人の土地勘が正しければ、20分ほどで病院まで行ける。しかし、走る気力を削ぐような雨脚に、政人は渋い顔つきになる。


「どうしたもんかねぇ……」


 逃げ出した自分への罰だと捉え、早く雨が上がることを願った。しかし雨が上がる気配はなかった。むしろ明日まで降りそうな勢いだ。


 政人は体が冷えて寒くなってきた。両肩を抱くように腕を交差する。そのとき、コンビニの利用者と目が合った。彼は何も見なかったように、コンビニへと入っていた。それからも、コンビニの利用者はいて、政人を一瞥する者もあったが、誰も声を掛けようとしなかった。


 すると、コンビニの店長らしき中年の男が現れて、政人へ歩み寄った。男は不機嫌に言った。


「ちょっと、あんた。雨宿りなら他の所に行ってくれねぇか?」

「は?」

「は? じゃないよ。あんたがそこにいると、客からクレームが入るんだよ。あんたみたいな常識知らずを助けないうちが悪いみたいに言われるんだ」

「常識知らず?」

「そうだ。だって、そうだろう? 今日は夕方から雨が降るとニュースで言われていた。それなのに、傘を持ち歩かないあんたみたいなやつは、常識知らずだろう?」


 政人はムッとしながら答える。


「それはあなたの常識であって、世間一般の常識ではないと思います。世の中にはニュースを見ない人だって多いだろうし、それに雨が降るとわかっていても、傘は持たない人はいます」

「はぁ……」男は呆れたようにため息をもらす。「とにかく、どっかに行かないなら、警察を呼ぶからな」

「そうですか」


 むしろそっちの方がいいかもしれない。と政人は思った。


 そのとき、「あの、どうしました?」と二人に声を掛ける女性がいた。茶髪でゆるく髪を巻いた若い女だった。


「ああ、こいつが雨宿りをしているから、注意したんだ」

「ずぶ濡れじゃないですか。可哀想……」


 女は痛ましそうに眉根をよせる。


「そう思うなら、あんたがこのガキを何とかしてくれよ」

「わかりました」

「えっ」


 女は政人の前に立つと、柔和な笑みを浮かべた。


「私の家、すぐ近くだから来る?」

「おいおい、あんた。こんな非常識なガキを家に入れるとか正気か?」

「はい」


 女は冗談で言っているように見えなかった。つまり、本気で政人を気遣っている。だから政人は、女の好意に甘えようと思った。


「お願いします」

「よし。じゃあ、行こうか」


 呆れる男を残し、政人は女の傘の中に入って、コンビニから離れた。



✝✝✝



 彼女は1LKの部屋に一人で生活をしていた。彼女に促され、シャワーを浴びる。政人はシャワーを浴びながら、彼女が自分に優しい理由について考えた。その結果、彼女はお人好しなのだろうという結論を出した。ここまでの彼女の振る舞いから、そう感じたのだ。しかしこの優しさの裏に、棘があるかもしれない。政人は、彼女に感謝しながらも、警戒を怠らないスタンスで、彼女と接することにした。


 シャワーを浴びた後、彼女が用意した服に袖を通す。キッチンで作業をしていた彼女は、政人を見て、目を細めた。


「ちょっと、大きいけど、ちゃんと着れて良かった」

「これ、お姉さんのなんですか?」


 女物にしては、大きい気がする。


「うんうん。元カレの」

「……そうですか」

「あ、べつに今は、元カレのことなんか、どうとも思っていないから、気にしないで」

「……はい。そう言えば、まだ名乗っていませんでしたね。俺は鬼島政人です」

「へぇ、カッコいい名前だね」

「ありがとうございます。お姉さんの名前は?」

「私は、志村萌子」

「お姉さんの名前も可愛らしいですね」

「そう? ふふっ、ありがとう」


 微笑む萌子。しかし、政人の一点を見つめ、目を見開く。


「それ……」

「ああ、これですか」


 彼女が見つめていたのは、政人の右手首にある傷だった。袖をまくっていたので、露出していたのだ。政人は苦々しい表情で、右手首を撫でる。


「これはその」

「……一緒だ」

「えっ?」


 萌子は自分の左の袖をまくった。彼女の左手首にも傷があった。政人の傷よりも痛々しく見えた。しかし萌子はどこか嬉しそうに頬をゆるめるのだった。


「政人君も自分で?」

「……まぁ」

「そっか。私たち、一緒だね」

「……そうですね」

「部屋で待ってて! すぐに、パスタを持って行くから!」

「はい」


 政人は部屋に入る。中央に足の低い机があったので、その前に座る。


「お待たせ!」


 萌子は意気揚々とパスタを持って現れた。そして、机の上にパスタを並べる。政人の前に置かれたパスタは、萌子のよりも多かった。


「食べ盛りでしょ? だから、多くしておいた!」

「ありがとうございます。このミートソースはお姉さんが?」

「うんうん。市販のやつ。でも美味しいから安心して」萌子は政人と向かい合うように座って、手を合わせた。「それじゃあ、冷めないうちに食べちゃおう! いただきます!」

「いただきます」


 政人はパスタを食べる。


「どう?」

「おいしいです」

「でしょ!」


 政人の感想に満足し、萌子もパスタを食べる。


 政人は黙ってご飯を食べるタイプの人間だったから、黙したままパスタを食べていた。しかし、萌子がニコニコしながら自分を見ているのが気になって、顔を上げた。


「どうしたんですか?」

「ん? 何が?」

「ずっと、俺の方を見て、ニコニコしているから」

「ああ、ごめんね。政人君に会えたことが嬉しくて」

「嬉しいんですか?」

「うん。私と同じ人と会うのは初めてだから」

「……なるほど」

「政人君はさ、どうして、切ったの?」


 政人は躊躇いながらも、自分の過去について少し話した。萌子は親身になって、話に耳を傾け、そして悲しそうに眉根をよせた。


「そっか。政人君も大変だったんだね。私は、元カレに捨てられたときに切っちゃんだ」

「……そうなんですか」

「元カレはひどいやつでさ。借金だけを残して、突然いなくなったんだよ?」

「それは、ひどいですね」

「私は、元カレのことが超好きだったから、だから、私の前からいなくなったことが、許せなくて、悔しくて、悲しくて、それで……」


 萌子は暗い顔でふさぎ込む。しかしすぐに顔を上げ、微笑んだ。無理やり作ったような笑みだった。


「へへっ、馬鹿だよね。そんなことしたって、元カレが現れるわけでもないのに」

「でも、気持ちはわかりますよ」

「本当に?」

「ええ。俺も経験していますから」

「そっか……。そうだよね! 良かった。あのとき声を掛けて」

「どういう意味ですか?」

「政人君を見たとき、もしかしたら彼なら、私の気持ち、わかってくれる。そんな予感があったんだ」

「……なるほど」

「ねぇ、政人君はこれからどうするの? お家に帰っちゃうの?」

「家って言うか、病院ですかね」

「どこか悪いの?」

「悪くはないんですが」

「それならここにいなよ」

「そうしたいのは山々なんですが、帰らないと怒られちゃうんで」

「……そっか」

「でも、この借りた服を返さなきゃだし、また、会えますよ」

「そうだね!」


 萌子は暗い表情から一転、快活な笑みを浮かべる。気持ちの浮き沈みが激しい人だな、と政人は思った。


 パスタを食べて終え、政人は皿を洗った。その間、萌子は仕事に行く準備をする。これから夜の仕事に出かけるらしい。政人が濡れた服を持ち帰るため、袋が欲しいと言ったら、萌子は首を振った。


「服は洗っておくよ」

「いや、でも」

「いいから。それで、服を渡したいから、また来てね」

「……わかりました」


 萌子のサンダルを借りて、政人は萌子とともに外に出た。雨は降りそうな気配はあるものの、上がっていた。途中まで一緒に行こうと萌子が提案し、二人は並んで歩く。


「雨、降らないといいね」

「ですね。萌子さんはどういった店で働いているんですか?」

「キャバクラで働いているの。給料が良いから。借金、まだあるしね」

「そうなんですか。大変ですね。お店までは歩いて行くんですか?」

「うん。駅前だから歩いて10分くらいかな」

「今からだと夜遅いんですよね」

「そうだね。でも、12時とか1時には帰れる」

「へぇ。一人で帰ってくるんですか?」

「うん」

「何かと物騒だと聞きますし、大丈夫なんですか?」

「大丈夫じゃないかな。タクシーを使うし」

「そうですか」


 二人は駅前へと続く大きな公道の十字路までやってきた。萌子は左へ。政人は右へ進むことになる。


「それじゃあ、ここでお別れだね」

「はい」

「また会おうね」

「ええ。もちろん」


 萌子とは手を振って別れた。手を振る彼女の笑顔は、駅前の明るさにも負けないほど、輝いて見えた。政人が進もうとする道が暗かったから、余計そう感じたのかもしれない。


 政人は、萌子との再会を楽しみにしていた。今度はもっと、話しができたらいいなと思った。政人もまた、自分と同じような人間に出会ったのは、これが初めてである。

 


――しかし、政人が萌子と再会することは二度と無かった。萌子が遺体となって発見されたからである。

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