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5 事件

 病院に帰ったら、看護師や医師にぐちぐちと小言を言われた。政人はあらかじめ用意していた言い訳を申し訳なさそうに語り、平謝りをした。


 報せを聞きつけ、駆け付けた松木戸には、かなり怒られた。しかし怒られることは覚悟していたので、松木戸に対しても、申し訳なさそうな顔で平謝りをした。


「本当に反省しているんですか?」

「ええ。それはもう」

「本当ですかねぇ……。ってか、その服はどうしたんですか?」

「借りました」

「借りた?」


 政人は萌子について話した。


「なるほど。なら、その萌子さんの住所を教えてください」

「どうしてですか?」

「迷惑をかけたので、その謝罪に行かなくてはなりません。あと、服も返してもらう必要がありますし」

「俺が自分で取りに行きますよ? そういう約束をしましたし」

「駄目です」


 松木戸はきっぱりと言った。


「なら、彼女に俺の病室を教えてください。面会だったら、問題ないでしょう?」

「まぁ、それなら」


 政人が住所を伝えると、松木戸は「今後は勝手なことをしないでくださいね」と言って、帰った。


 翌日。松木戸も萌子も現れなかった。政人は大人しく、病院でこの場所に関する様々な情報を集めた。


 そしてさらに翌日の夕方ごろ、松木戸が現れた。政人は萌子のことを聞こうとしたが、松木戸の顔を見て、眉をひそめた。松木戸は気難しい顔をしていた。さらに松木戸の後ろに波風もいて、波風は確信に満ちた笑みを浮かべ、前に進み出た。


「いやぁ、鬼島さぁん。やっぱり、俺は最初からあんたが怪しいんじゃないかって思っていたんですよねぇ」

「は?」

「しらばっくれても、無駄だぜ! 志村萌子という人物に心当たりがあるな!」

「ええ、ありますけど」

「その志村萌子が死体で見つかったんだ! そして被害者の自宅から、お前のいた形跡が見つかった。つまり犯人は――」

「だから、何度も言うように、彼には犯行は無理です」


 松木戸が不機嫌な顔で言った。


「ああん?」

「被害者の死亡推定時刻は、昨日の21時です。しかし彼はその時間、病院にいました」

「お前から逃げたんだろ? だから」

「だからこそ、しっかりと彼を見ているように、医師や看護師さんにお願いしました。そして昨日の21時、彼はここにいたと看護師は証言しています。それに彼には、三人目の被害者のときもアリバイがちゃんとある」

「なら、殺人はしていないかもしれないが、他のは」

「ちなみに看護師さんによれば、彼は昨日、一日中、病院にいたそうです。それにDNAも一致しない」

「ぐぬぬ……」


 二人のやりとりを黙って聞いた政人が口を開く。


「あの、松木戸さん。どういうことですか?」


 松木戸は憂いのある表情で言った。


「実は、今朝、萌子さんの遺体が発見されたんです」

「えっ、萌子さんが?」

「はい。間違いありません」


 政人は頭の中が混乱した。萌子が遺体で見つかった。その事実を理解できない自分がいた。


「松木戸さんは、昨日、萌子さんとは会ったんですよね?」


 松木戸は申し訳なさそうに頭を振った。


「昼頃に、彼女の家を訪ねたのですが、不在でした」

「そう、ですか」

「すみません」

「どうして謝るんですか?」

「わかりませんけど、そうしなきゃいけない気がして」

「……一人にしてもらっていいですか?」

「署に行けばいくらでも――」

「もちろんですよ」


 松木戸は、波風の言葉を遮って、波風を睨んだ。波風は舌打ちをして、顔をそらす。


 二人がいなくなってから、政人は考えた。萌子が死んだ。やはり現実感のない言葉だった。政人はテレビをつける。夕方のニュース番組が始まっていて、キャスターが萌子の事件を読み上げていた。画面に映る萌子の写真を見て、政人は息を呑んだ。


 チャンネルを回し、いくつかニュースを見てから、政人はテレビを消して、ベッドから下りた。窓の前に移動して、外を眺める。外は雨が降っていて、ガラスに沈鬱な表情の自分が映っていた。窓を伝う水滴が、涙のようにも見える。


 正直な話、政人は泣くほど萌子の死を悲しんでいなかった。萌子は会って数時間も話していない相手。しかし、胸は絞めつけられた。確かに話した時間は短い。それでも、彼女の優しさに救われたし、再び会いたいという気持ちも本物だった。だから、彼女を失ったことに対し、やるせなさを感じた。


 ドアをノックする音。政人を気遣うような表情の松木戸が立っていた。


「鬼島さん」

「ニュースを見ました。彼女は、連続婦女暴行事件の犯人に殺されたそうですね」

「ええ。残念ながら」

「彼女にも、暴行された跡があったとか。それって、つまり、レイプされたってことですよね?」


 松木戸は頷いた。


「……そうですか。萌子さんの最期を思うと、俺は彼女が不憫でなりません」

「そうね。私も同じ女として、犯人が許せないわ」

「松木戸さん。お願いがあります」

「何?」

「俺に捜査を手伝わせてください。萌子さんの無念を晴らしたいんです」


 政人は松木戸を見つめた。その目は真剣だった。松木戸と見つめ合い、しばしの沈黙の後、松木戸が口を開いた。


「わかりました。協力してもらいましょう」

「えっ、いいんですか」政人は驚く。「松木戸さんたちからしたら、俺は怪しい人間なのでは?」

「そうですね。でも、今のあなたの態度と覚悟に、偽りはないように感じました。それに、今回で被害者は四人目。そろそろ、警察の捜査だけでは限界があると思っていたので、協力者が欲しいと考え、私から逃げたあなたのずる賢さに掛けてみようかな、と思ったの」

「いや、だからあれは、聞こえなかったし、店に入ったら、松木戸さんたちがいないし」

「はいはい」


 松木戸は、政人の言い訳を信じていないようだ。政人自身、信じてもらえるとは思っていないが。


「ただ、捜査協力をする上で約束して欲しいことがあります」

「何ですか?」

「情報は外部に絶対漏らさないこと。そして、勝手な判断で動かないことです。守れますか?」

「はい」

「それじゃあ、ニュースには出ていない情報をあなたに教えましょう」

「ニュースに出ていない?」

「ええ。模倣犯を恐れて、あえて流していない情報がいくつかあります。そのうちの一つが、犯人グループの名前」

「何ですか?」

「ゴブリン。それが彼らの名前です」

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