32.モブには起こり得ないこと
草原の地下に造った部屋は、10畳くらいの広さがある。質素だが机も椅子も造ってあるし、光魔法で照明も点けてある。そして更に俺はわざとらしく壁の方向を向いていた。
ここまで御膳立てしたんだから、きっと黒幕みたいなのがいる筈だと思い込んで「これで良いんでしょ」って言った振り返ったんだが。
そこには……誰も居なかった。
暫く待ってみたが、それでも誰も現れない。
やっぱり、こう言う展開で黒幕みたいなのが現れるのは、主人公クラスの重要キャラがやった時だけで、俺みたいなモブクラスの便利屋ごときがやっても、そんな展開にはならないみたいだ。
だと言うのに、格好付けて「これで良いんでしょ」とか言いながら振り返るだなんて。
もしかして俺って、痛い奴か?
そう思ってしまったら、恥ずかしさが止まらない。暫くの間、自己嫌悪に囚われて悶え苦しんでしまった。そして、せめてもの救いは、誰にも見られなかったことだと思うことにして、なんとか自分自身を慰めることが出来た。
取り敢えずは落ち着いたので、俺は気分を入れ換えるために、紅茶を淹れようと思い机に手をかざす。
すると、机の一部が分離してティーカップが5個と大きめなポットが造り出された。
ティーカップを、つい人数分造ってしまった事に、一抹の寂しさを感じてしまったので、出来れば忘れられるようにと、別の事を考えることにした。
そういえば、石細工術スキルって最早魔法だよな。
元の世界で見ていたひと昔前のアメリカンドラマを思い出した。
ウインク一つで、ホウキが、ハタキが、雑巾が踊りだし掃除を始めるんだ。
そして突然来客があってもウインク一つで、湯気を立てるティーカップが現れ、スコーンの乗った皿が現れる。
俺の石細工術スキルでは、ティーセットと皿を出すのが限界だけど。
ポットにお湯を溜めるのは魔法で出来るし。甘いものが欲しくなったら、スイートハーブを生産すれば良い。
スイートハーブは、甘味料のステビアみたいに、甘味を感じる成分が葉っぱに含まれていて、更に数倍の甘さを感じることが出来るのだが、ステビア同様、口残りがあまり良くない。
でも簡単に育てられるので、俺も元の世界ではプランターで育ててたりした。
雑草並みに生命力の強いミント系の植物なので、下手に育てようとすると庭がスイートハーブで埋ってしまうかもしれないので注意が必要だったけどな。
因みにサトウキビは、米の稲や小麦同様、生産出来ないし、甜菜はしっかり処理しないと甘くてもエグいし、手早く甘味を得られるスイートハーブは、俺の秘かな楽しみだったりする。
摘み取った葉っぱを、お湯で軽く湯がいてかじれば、強烈な甘味を感じる事が出来る。でも苦い珈琲や紅茶のおともとしての相性は抜群だ。
さすがにお客に対して、この葉っぱを出すことは無いけどな。
そんな事を考えながら、もう一杯紅茶を飲もうとポットに手を伸ばしたのだが、急にポットが消えてしまったので空振ってしまった。
ミリィとのやり取りで精神的に疲れていた所に、甘味を得たので思考が鈍っていたのだろう。
その瞬間は、ポットが消えた事を不思議に思うだけだった。
でも直ぐに、ポットが消えると言う異常事態に対応する為、思考が稼働し始めた。だが結論を出す前に。
「本体のジンは、紅茶を淹れるのが上手なんですね。それに、この葉は今までに味わった事が無いくらい甘いから驚いちゃった」
声を掛けられてしまった。
つい今しがたモブキャラな俺には、こんな事は起こらないと諦めていたばかりだったので、油断していたと言うか、気を抜きすぎたと言うか、突然声を掛けられた事に驚きすぎて、声を発した女性を凝視することしか出来ずにいた。
一瞬、白髪かと思えた長い髪は、何色なのかわからない。照明代わりの光魔法の光を反射して七色に輝き、神秘的な印象を醸し出している。でも切れ長の黒い瞳からは、強い意思を感じた。
気が付いた時には、既に机を挟んだ対面に座っていたので、全身像はわからないが、素材の色を生かしたモスグリーンのドレスを着ているようだ。
「どうかしましたか」
凝視と言うか、長考し過ぎたようだ。正体不明の女性から、今度は訝しげに声を掛けられてしまった。取り敢えず返事をしなければなるまい。でも先ずは。
「初めまして、こんにちは」
そう、円滑な生活をする為には、初めの挨拶は大事なことである。
「あぁ、そうでした。ご挨拶もまだでしたね。でも既に、陽も落ちてしまいましたし……そうね。御丁寧にありがとう。初めまして、こんばんは。シュン達が付近から居なくなるまで近寄れなかったから、すっかり待たせてしまったようですね。ほんと、ごめんなさいね」
えっ、なんだって。魔王を倒した時は、まだ昼前だったはずだ、それにシュン達がって言っている事からすると、やっぱり探してくれていたのかな。
だとするとシュン達というか、特にチモシーに悪いことしてしまったと思い。心の中で、ごめんと謝った。
どうやら俺は、ずいぶんと長い時間、ぼんやりしていたようだ。
でも、待たせていたと思っているなら、この女性が黒幕なのか。
思わず身構えてしまった俺に対して。
「あ、ごめんね。異世界からの客人を、害するつもりはもう無いから安心してね。私の名前は……そうね、偽名で申し訳ないのだけどフェイクってことにしておいてね。多分、長い付き合いになりそうだから、これから宜しくね」
くっ。油断さえしていなければ、この程度の身バレで驚いたりなんかしないけど、俺の正体は全てお見通しってことか。
もう、害するつもりは無いと言っているが、この状況に追い込んだのは、間違いなくこの女性だ。
今でも十分に害されていると思うが、これを害していないと言うなら、害するとは、どんな目に合わされるんだ。
俺の事を知っているのだから、身体が不滅だと知っているはずだ。そうすると尚更疑問だったりする。
しかもフェイクって偽者って事なんだろ。と言うことは。
「そうだよ。私は造り物なんだよ。だからHな事をしようとしても、そんな機能は付いていないし、襲い掛かっても虚しくなるだけだから気を付けてね」
人の考えを観たり、とんでもないことをさらっと言ってくるのは、この世界に生きる、とんでも生物達のお約束なのか。
でもこのノリが示すところは、フェイクさんは魔神側でも、天神側でもない、どちらかと言うとアリス寄りの感じがする。
それならば、警戒する必要は無いか。
俺は、深呼吸を一つして緊張を解いてから椅子に深く座り直した。
「今のは、わかりづらかったけど、アリスちゃんてば、好かれているんだね。ちょっと羨ましいな」
うわっ、そうストレートに言われると恥ずかしいんだが、否定しても無駄な事はわかってる。なんせ、とんでも生物達は、相手の考えを観る事が出来るのが標準だからな。
「残念でした、私は相手の考えを観たり出来ませんよ。髭もじゃで隠しているつもりの様だけど、そのくらいじゃ無駄だよ。だって、ジンは考えが顔や態度に出やすいんだもん」
そうだったのか。俺は、初見の相手にも簡単に考えが見透かされるくらいわかりやすい奴だったのか。
「落ち込んでいるところで申し訳ないのだけど。そろそろ何か話してほしいな。挨拶は貰ったけど、さっきから私しか話してないし」
そう言われても、俺の考えていた事を先に言われていたから、口を挟み辛かっただけなんだけど……でもそう振ってくれるなら。色々知っていそうだから、下手な誤魔化しをしたら駄目だろな。
「フェイクさんは、俺の事を知っている様なので、簡単に自己紹介させて頂きます。俺はジンと名乗っています。この世界とは別の世界から魔王召喚に巻き込まれて来てしまった異邦人だったりします。当面の目標は、死にたくはないので、安全な場所を探してのんびり暮らすこと。最終目標は、元の世界に帰ることです」
「なるほどね。御丁寧にありがとう。それだけ聞ければ、私の用事の半分は終わったよ。あとは御願いがあるだけだから。何かあるなら、先に質問に応じるよ。聞きたいことってあるかな」
なるほど展開は読めたぞ。これは質問に答えたのだから、御願いは強制って事になるパターンか……俺から出す質問に応じて、御願いの質が上がりそうな気がする。本当なら、元の世界に戻る方法を聞きたいところなんだが、ここは無難に。
「それでは、お言葉に甘えまして。何故シュン達と別れさせたのですか」
「うーん。硬いなあ。もっと口調を楽にしても良いよ。これは御願いじゃないから、そのままでも良いけどね……えっと。その質問の答えは、御願いに関わることだから、後で話すよ」
「それでは、のんびり出来そうな安全な場所を教えて頂きたい」
「その質問も、御願いに関わることだから……後で良いかな」
困ったぞ、聞きたいことは沢山あるけど、殆どの事は、研究したり調べればある程度の解答は得られるものばかりだ。俺には寿命と言う時間制限なんてないから、短絡的に答えを得る必要なんてない。
それ以外だと、天神や魔神、世界の理という、知ったら最後、それこそ強制的に巻き込まれる事になるに違いないことしか浮かばないぞ。
俺が、御願いの強制力の上がらない様な質問を探すのに窮していると。
「ジンって、私の考えを観たり出来ないよね。だってそんなスキルなんて持ってないしね……事前に知ってはいたけど、実物は更に上を行くんだね。今回は私の負けで良いよ。他に何か聞きたいことあるのかな」
あれ? なんかわからないけど、俺の勝ちなのか。でも勝ったからと言って、何も解らず仕舞いじゃ意味がなくないか。
でも俺の勝ちなら、色々聞いても、問題ないのかな。でも、似たようなことが以前に……そうだ天神の使いだ。甘言に乗って顔を上げて姿を見ていたら天誅されてたって奴だ。そうなると、益々質問なんて出来ないぞ。気になることは沢山あるけど、ここは涙を飲んで。
俺はフェイクさんの目を見て「他に質問はありません」と言い切った。
暫くの間、見つめあっていたが、先に折れたのはフェイクさんの方だった。
「はぁ。参ったなぁ。降参よ。降参。こんな事になるなら、3つの願いを叶えるから、お願い聞いてって言えばよかった」
3つの願いって、昔話によくあるけど、なんで3つなんだろう。
でもこれは完全な罠だから、絶対に願ってはいけないパターンなんだよな。
俺だって、自分の事にしろ、仲間の事にしろ、差し迫った事があるなら、きっと願ってしまうけど、今なら時間はいくらでもある状況だ。
だから、願えば叶うようなことなら、今出来ない事は後でする。今は今出来る事に集中して頑張れば、いずれは叶うものなんだから、今は願う必要なんてない。
「ジンって、魔王召喚に巻き込まれて、この世界に来たんだよね。だから疑問質問が溜まっていると思っていたのよ。3つの願いを叶えるのを止めたのは、最終目標は元の世界に帰ることって、本心から言っていたでしょ。だとすると元の世界に帰りたいって願いをされると、私の御願いは自動的に反故にされてしまうから、叶えてあげられなくなるの。だから、疑問質問に答えるって形にしたのに。そうしたら今度は、根本的な疑問を聞いたら最後だと思っているでしょ。だって真っ先に聞いてくると思ってた、元の世界に帰る方法を聞いてこないのだからね。でもこのままでは、私から御願いが出来ないの。だから、質問でも願いでもなんでも良いから。私に叶えさせて。お願いします」
凄い勢いで捲し立てられてしまったが、これって強制ですか。お願いの強制なんですか。
普通にお願いされたのなら、庇護欲を刺激されて叶えようと努力するけど、強制されると逆らいたくなる。
いくら神秘的な雰囲気を醸し出している、美人さんからのお願いでも、これが俺って人間なんだから強制するなら断る。
「質問も願いもありません。だから……おっと、次に話すことは願いではありません。どうぞ俺にしたがっている御願いって話を始めて貰っても良いですよ」
一応、願いじゃないってことを言っておかないと、御願いを言ってって願いになったら意図せず折れたことになる。そんなのはぜったいに嫌だ。
俺はフェイクさんの目を、強い意思で見つめ続けた。すると。
「ジンってばひどい。私を虐めて、そんなに楽しいの」と言いながら目許に手を当てて泣き始めた。
だが、元の世界で、こんな事は何度も経験済みだ。女性の涙は、男を懐柔する為の武器であり罠だと、俺は理解させられているのだ。
「泣き真似しても駄目ですよ。そんな手に引っ掛かるほど若くないし。だからと言って色仕掛けも駄目ですよ。そんな作戦に簡単に乗れるなら、この年まで未経験でいません。それに自分でさっき言っていたよね。そんな機能は付いていないってね」
「むぅ」
神秘的な雰囲気を醸し出している美人さんが、ほっぺを膨らましている。
その姿は、かなり可愛いんだが、妥協はしたくない。とは言え、そろそろ逃げ道を作らないと、ヤバいかもしれない。
「では、フェイクさんに貸しって事で如何でしょうか。今のところ、俺には質問も願いもないけど、直ぐにでも聞きたくなる事が有るかもしれないしね」
「うーん、でもそれは……ちょっと待ってね」
そう言ってからフェイクさんは目を瞑った。どうやら、フェイクさんを造った主とやらに確認を取っているようだ。
時間が掛かるのかな。暫く待ってみたが、戻って来そうにない。
なので俺は、頭でっかちんの代名詞であるヘルメットを脱いだ。別に被りっぱなしで蒸れたとか、そんなことはないぞ。
腹が空いては戦は出来ぬって事で、野菜を生産して食べることにしただけだ。
地下室に居るので、今何時頃かわからないけど。フェイクさんが来たのが陽が落ちてからだと言うことを考えると、半日以上紅茶とスイートハーブしか口に入れていないことになるからだ。
フェイクさんは、造り物だと聞いているけど、紅茶を飲んでいたし食べる機能は付いていると思い、2人分準備してから自分の分を食べ始めた。今日の夕飯は、ハリハリサラダにしてみた。ダイコンのシャキシャキした歯ごたえがたまらない。
野菜しかないが、慣れと言うのは素晴らしい。
十分に満足したので、食後にジャスミンティーを淹れて一口飲んだ時に、フェイクさんが目を開いた。食事が一段落着いて丁度視線を向けたタイミングで良かった。
なので間髪入れずに、満面な笑顔を作って。
「お帰りなさい。時間が掛かったと言うことは、許可を取るのは大変だったのですね。お疲れ様でした。野菜ばかりで申し訳ありませんが、この通り準備させて頂きました。御賞味頂ければ幸いです。疲れた時には、甘い紅茶が良いかもしれません。あちらに淹れてありますから、ご自由にどうぞ。こちらはジャスミンティーです。リラックス効果がありますから、こちらも良いかもしれません」
少々やり過ぎた気がしたので、飴と鞭ではないが歓待してみたのだが、効果があったようだ。
目を開いた瞬間、獲物を見るような目で鋭く俺を睨みつけたのに、俺の労いの台詞を聞いてから、切れ長の黒い瞳を真ん丸にしていた。
そして目の前のサラダに目を落とすと、そのまま涙をこぼし始めた。
これが嘘泣きなら、先程の様に、からかったり、無駄な事は止せと言えるのだが、本気で泣かれると、どう声を掛けたら良いのか、まるでわからない。
知識の中では、黙って抱き締めたり、頭を撫でたりすれば良いと知っているが、そんな事なんてしたことがない。
それに、いくらフェイクさんが人間体であるからと言っても、どう考えても格の違う生き物だ。
そんな相手に、あんな事をしても良いのかわからない。わからないけど俺の庇護欲は、今やってみなければ、いつやれるんだと訴えかけてくる。
ならば。今出来ない事は後でする、今は今出来る事に集中しよう。
俺は黙ったまま席を立ち、フェイクさんの傍らに着いてから、その身体を横から抱き締めた。
造り物とは聞いていたが、その身体は柔らかく温かった。フェイクさんは俺が触れた瞬間、身体を震わせたが、徐に俺の胸に顔を埋めてきた。
そして、時間だけがそのまま過ぎていった。




