33.第一章エピローグの様なもの
眩しい陽射しの中、地下室から地上に出た俺は、とても気分よく草原をのんびりと歩いている。
こんなに気分の良い朝を迎えたのは、いつ振りなんだろう。実は今の俺は間違いなく浮かれている。
魔物や天物が闊歩しているこの世界で、【絶対攻撃力1】スキルを持つ俺が、一人でのんびり歩いていても大丈夫なのかと心配されそうだが安心してくれ。
そう、俺は一人ではない。
なんと、俺の隣に並んで一緒に草原を歩いてくれているのは、あの神秘的な雰囲気を醸し出している美人さんこと、フェイクさんだ。
朝日を受けて輝く髪は、光魔法で反射していた時とはまったく違い、神秘的を通り越して神々しいことこの上ない。
だと言うのに、同じくらいの身長なので歩いている時によく視線があうのだけど、その時に見せる笑顔は、ものすごく可愛らしかったりする。
しかも、簡単に手を握れそうなくらい近い距離を並んで歩いてくれるので、ただでさえ美人慣れしてない俺の心は心臓が飛び出そうなくらい緊張しているのだが、美人さんと並んで歩くなんて言う初めてのシチュエーションに浮かれてもいるのである。
こんな恋人同士の距離間で親密そうな雰囲気を出しているけど、昨夜あれから何かをいたした訳ではない。
普通に考えて、恋人どころか友人でさえない二人が出逢って直ぐに、雰囲気だけでどうしたら、いたす事が出来るのか、俺にはまったくわからない。
だから俺は浮かれた気分で歩きながらも、自信を持ってこんな事が言える。
ドウシテコウナッタ。
昨夜、あの時俺は、超絶的なタイミングで、泣き止んだフェイクさんから自然に離れることが出来たと思ってる。
これはきっとあれだ、落ち着くには十分、でもほんの少し離れがたい感じってタイミングだろ。
そんな自己満足と、さっきまで腕の中に居たフェイクさんの身体の柔らかさを思い出しながら自分の席に戻ったのだが。
椅子に座った瞬間『俺は今何をしていたんだ』と、今更になって緊張してしまい喉が乾いてしまったので、温くなってしまったジャスミンティーを一息に飲み干したが緊張がとれない。
なので、熱いジャスミンティーをポットから新たに注ぎ入れ、早く落ち着くと良いなと思いながら、その後はゆっくり飲むことにしたんだ。すると。
「ずるいです」
突然上がった一言に、思わず顔を上げてフェイクさんを見ると。
白い肌を真っ赤に染めて潤んだ瞳が、俺を見ていた。
「ずるいです。私は、貴方を、そうジンを、この世界から消そうと覚悟を決めて戻ってきたのに、優しい言葉と共に、こんな物まで準備して待っててくれるなんて」
そう言いながら、フェイクさんは、サラダの入った皿を指さす。
キャベツとレタスにダイコンの千切りと水菜を混ぜて、アイスプラントで味付けした一見普通のハリハリサラダだが、そこに飾付けとして野菜彫刻で花や鳳凰をあしらってみたのだ。
こんな細工ならば、洞窟で散々やっていたので、やろうと思えば簡単に出来るのである。
そこにメッセージカードを添えるのも忘れない。もしかしたらトイレに行っている間に、戻って来ることも考えられたからだ。
とは言っても、ダイコンの薄切りをカードに見立てて『フェイクさん、おつかれさま』とシソを切り抜いて貼り付けておいただけなんだが。
因みに、平仮名書きが、この世界の人族の標準文字だ、片仮名は共通文字で漢字は魔法文字らしい。
「こんなことされたの初めてですよ。びっくりして、嬉しくて、感動して、思わず涙が出ちゃったじゃないですか。それに何も言わずに抱き締めてくれて……しかも私が泣くなんて、そんな恥ずかしいことを何も無かったことにしてくれるなんて……造り物の私に対してですよ。そんな事されたら、問答無用でジンをこの世界から消せないじゃないですか。覚悟を決めてまで許可を得てきたのにどうするんですか。責任を取ってください」
いきなり捲し立てられてしまい、何がどうして、どうなったのか、よくわからないけど、もしかしてフェイクさん用にサラダを準備して無かったら、問答無用でこの世界から消されてたってことなのか?
消すって言うくらいだから、単純に死とは違うってことなんだろ。それって死を受け入れない限り死なないという、魂の力で防げるものなのか。
わからないし、わかりたくもない。なんせわかるために賭けるのは自分の死だ。
それを避ける事が出来たのだから、今は喜ぶことにしよう。
でも、最後の責任を取れって、どう言うことだ。俺は抱きしめる以外に何もしてないぞ。
責任って……まさか、造り物だと言っていたけど、それは嘘だったのか。異世界は元の世界の常識と同じとは限らない。
考えたくもないが、もしかしてフェイクさんの種族は、抱き締めただけで妊娠する様な種族だったのかもしれない。
だから警告を兼ねて、そんな機能は付いていないって言っていたのか。
そんなこと知らなかったからと言っても、言い訳にもならない。きちんと警告まで受けていたのだから。だとしたら俺の見落としと言うか、やっぱり俺の責任じゃないか。
参ったな。異世界はなんて凄い所なんだ。俺はとうとう童貞のまま、お父さんになってしまうなんて。
でも、産まれるのは俺の子なんだよね……だとしたら男の子でも女の子でも、どちらでも良いな。この世界では意味がないと言われ、元の世界では出会いがないと半分諦めていたのに、親になれるなんて、なんだかすごく楽しみだ。
でもまてよ。フェイクさんは8頭身美人だけど、俺の遺伝子が混ざったら胴長短足になるんじゃないか? それってイジメの原因になりかねないかもしれないぞ。
でも服の上からしか触ってないから、遺伝子は混ざりようがないのかな。だとしたら男の子でも女の子でも将来は、美人になるに違いない。それなら、きっと産まれた時から可愛いんだろうな。
1.75倍の思考で、一気にそんな事まで考えが及んでいたので、顔が緩んでしまっていたらしい。
「な、なんで責任を取ってと私が言ったのに、そんなにも優しい笑みを浮かべる事が出来るのですか。ジンは、ほんとに状況がわかっているのですか」
フェイクさんに、怒られてしまった。
「そもそも御願いの代償を提示できない私は、ジンをこの世界から消しに来たのですよ。因果の元が消えれば、問題は何も無くなるから……だと言うのに、何故そんなにも優しい笑みを浮かべる事が出来るのですか。今更願いを言っても叶えることは出来ないのですよ。だって、その機能は喪われましたからね。それなのに、こんな事になって……私はもう後戻りすることが出来ない身体になってしまったのですよ」
それって。子供が出来たから、願いを叶える事が出来なくなったってこと? もしかしてフェイクさんは巫女さんとか神官さんで、子供が出来るって事は。良くあるパターンだけど、処女性が喪われると資格がなくなるとかって奴だろうな。そうすると……やっぱり俺の責任だよな。
フェイクさんと子供を養うお金は、今はシュンから貰った分があるから大丈夫だけど。それを使いきる前に甲斐性を見せてやるさ。金を稼ぐ方法なんて沢山あるんだから。って、なんか駄目な男の典型みたい事を考えているような……いや、俺なら大丈夫。元の世界でも、コンクリートジャングルを生き抜いて来たんだからやれるはずだ。いや、やらなければなるまい。
それが俺の取らなければならない責任だろう。でも大問題が……。
「どうなるかわからないけど、責任はとらせてもらうよ。でも、どうしようもない事が一つだけあるんだ。俺はスキルのせいで、戦うことが出来ないんだ。だから(フェイクさんとお腹の子供を)守ることが出来ないんだ。戦うことが無いような安全な場所まで、どうすれば戦わずに行けるのか、それだけが自信がないんだ」
そうこの世界は、魔物や天物が闊歩している世界だ。スズメさん達に手伝って貰ったとしても、俺一人ならともかく、フェイクさんを守りながらなんて無茶がある。
「私には戦う機能が有りますから、今でも安全な場所まで送ることは出来ますよ。でも戦う能力を与えることはもう出来ません。私は既にその機能を喪っているのです。そんな願いを言ってもらっても今更……ん? でも、これなら何とかなるかもしれません」
女性に戦わせるなんて情けない気もしたが、今までもミリィやチモシーに戦わせていたのだから、この世界では問題にならないのか。
ならば、ここは男らしく頭を下げてお願いしよう。それに、順番は逆になるけど、責任を果たすためには、これも言わなければなるまい。
「フェイクさん、迷惑をお掛け致しますが安全な場所まで連れて行って下さい。お願い致します。そしたら……けっ、けっ」
何故だ。何故、俺は結婚してくださいと言えないんだ。
くそっ、アリスに言われていたのに、まだしっかり悩んだり考えたりしていなかったせいなのか。
しかたがない、今はまだ、ストレートに言えないなら。
「けっ、結構、大変だけど、これから一緒に並んで歩んで行きたい。安全な場所に着いたら、それからは俺が(フェイクさんと子供を)しっかり守るから。どうかお願い致します」と言いながら右手を差し出し、頭を下げた。
プロポーズの言葉をストレートに言えなかったけど、これなら意味は通じるよね。
「ここまで、誠意を持って願いを言ってもらえれば、言い訳も効くしきっと大丈夫。わかりました。ジンの願いを叶えましょう。不束者ですが、此方こそ宜しくお願い致します」
そう言って、机越しであったが、手を握り返してくれた。
俺のプロポーズは成功したらしい。頭を上げると、フェイクさんは切れ長な瞳の目尻を下げながら、柔らかい笑みを浮かべていたのが印象的だった。
暫く手を握っていたのだが、今度は離すタイミングを間違えたみたいだ。
「せっかく準備して頂いたのだから、食べても良いですか」と、握っている手と逆の手で、皿を指差されてしまった。
俺は慌てて手を引っ込めて「どうぞ」としか言えなかった。
フェイクさんが、サラダに手をつけ始めたところで、再び温くなったジャスミンティーを飲み干し。ポットから温かいジャスミンティーを入れ直した。
食事中の女性を凝視するのは、マナー違反だからね。それくらいは一般常識だ。
俺は椅子に深く座り直して、結婚について考えることにした。
元の世界では、二人のサインと、友人にサインを貰って役所に紙切れ一枚持っていけば、取り敢えずは手続きが終わるけど。この世界では、どうしたら良いのだろうか。
まずはそこから調べなければいけないよな。
それでやっぱり友人のサインが必要なら、シュン達に頼むしかないのか。
この世界の知り合いは、シュン達以外に居ないし。でも、あんなに大袈裟に別れたのに、直ぐ様、どんな顔して会ってお願いすれば良いんだろう。
教会にチラッと行って、さらっと手続き出来れば良いけど。どうなんだろう。
でもその前に、今夜はやっぱり初夜だよね。それって一つのベッドで二人で寝るんだよね。そしたら……緊張する。
考えがアレな方に行きかけたところで、フェイクさんは、食べ終わったようだ。
「ごちそうさま。華やかな見た目も良かったし、食べたことが無い味付けだったけど、美味しかったですよ」
これから一緒に過ごす上で、味付けの好みは、重要になるから、気に入ってもらえて良かった。
「おそまつさまでした」
そう言うと不思議そうな顔をしていた。基本は日本語だけど、この世界には、こんな返事は無かったのかもしれない。
そんな事を思っていたら。フェイクさんは、まぁ良いかって表情をしてから真剣な表情に変わった。
それを見て、重要な話があるのだろうと思い、俺は椅子に座り直して、話を聞く体制を整えることにした。
「ジンの願いは叶えます。なので、私のお願いも叶えて下さい」
それは、当然だ。嫁さんのお願いを叶えられないなんて、俺が俺に至った卑下する切っ掛けだ。頼り無い自分を改める様に、そのためだけに頑張ったのだから。俺は短く。
「わかった」と言うと、フェイクさんは、お願いを言い始めたのだが、俺は打ちのめされた。普通に考えたら、そうだよな。勘違いも甚だしいよな。もしプロポーズの言葉をストレートに言っていたらと思うと背筋が凍る思いだ。
フェイクさんのお願いを簡単に言ってしまえば。
今のシュン達は、延び盛りなので、安易に手助けをしないで欲しいと言うことだった。
それだけ。ほんとにそれだけの理由で、俺は消されかけたのであるが、主と言う存在が強行手段に出るのも納得してしまった。
詳細は言えないけどと前置きしながら。
シュン達は主が注目している人族の一人で、魔王と戦わせて成長させているのだと言う。
予定では、魔神の守護竜戦でシュン達は新たなスキルを宿す事が出来るはずだったのに、俺の干渉により出来なかった。
しかし宿していればキリンの魔王戦では、俺の渡した道具なんて無くても、新たなスキルを駆使して大軍とも互角に戦い、多数対少数の戦い方の経験を得られた筈だったらしい。
そう言われれば、スズメさん達に宿ったスキルは凄い物ばかりだ。【絶対攻撃力1】スキルが無ければ、戦闘経験がまったくない俺でも、キリンの魔王くらいなら倒せたかもしれない。
それにスキル関連でのイベントを起こせなくなったらしい。生き物と意志疎通とか、竜を従わせるとか、そんなスキルだ。
俺が関わったせいで予定が変わってしまったが、まだ代案はあり、修正は出来る範囲らしい。
でも単純な話、シュン達に俺を倒させれば、予定通りシュン達にスキルを宿させることも出来る。
でも、偶然関わってしまっただけの、基本無害な人を、シュンが倒すと言うのは、将来的に見ると凝りを残し、良い結果に繋がらない。
それでも、偶然を装いミリィに強行させてみたものの、あっさり防がれてしまった。その時、俺の造った武器や防具の材質は、地上では最上級の材質の一つであるミスリルだということに気が付いたそうだ。
ミスリルで造られた防具を貫くには、同クラス以上の武器で攻撃しなければならない。なのでシュンの持つ、古の錬金術師が造ったと言われるバスタードソードで全力で攻撃したら貫くどころか逆に壊れてしまう結果となってしまうだろう。少なくとも今のシュンに、俺を倒すことは出来ない事がわかってしまった。
そんな強力な能力を有するミスリルだが、世界の理によって、魔法を放つ武具を造ることは出来なかったのだが、俺には【世界の理の免罪符】スキルがあるので、造れてしまったらしい。
シュンに渡した発電棒は、武器にもなるが、使用方法は基本的に丈夫な鈍器であるのでセーフだった。チモシーの盾は問題なし。バロンの手甲は抵触しそうだが、基本は防具であり、魔法の玉を放つことが出来ないのでギリギリセーフだったのだが。
ミリィのトンファーと言うか、予備の杖はアウトだったみたいだ。
基本的に造れてしまった物を所持しようが、使用しようが、世界の理から罰せられるようなことはない。
罰せられるのは、造った者に対してだけだからだ。そして【世界の理の免罪符】スキルが無ければ、天誅を受けていたらしい。
過去にも、ミスリルを扱えるほどの技能と技術まで登り詰めた鍛冶師が何人かいたが、そんな鍛冶師の最後は決まって最高傑作を残し、翌日の朝に満足そうな表情を浮かべた遺体で見つかるらしい。
なので天誅は確実に起こるし、この世界には幾つかのミスリル製の武器が残されているそうだ。
でもそれらの武器は、実際に使われたかどうかは不明だとのこと。存在がわかっている物は、鍛冶師の倉庫や、国の倉庫の奥深くで死蔵されているらしい。
確かにあの異常までの攻撃力は、世界を一変してしまう力を有している。この武器があれば、敵は居ないと思えてしまうくらいだ。
そうなると、シュン達を育てようとしているフェイクさんの主としては、邪魔なだけの武器だ。
だから、シュン達を使って普通の杖になるように、俺を誘導したと言う。
そして、そこまでしておきながら、俺から再び別の新たな強力な武器を渡されては育成予定が狂うので、簡単な望みと引き換えに、シュン達から引き離すことにしたのだと言う。
それならそうと早く言ってくれれば、俺は王都で別れたし、ハウスキーパーにもならなかったし、キリンの魔王戦にも参加しなかったのにと、そんなような事を言ったのだか。
俺の、別行動をしようとする意思は、王都で見ていたから知っていたので、後腐れ無く自然に別れさせようと、シュンに干渉していたと言う。
あの時、茶色いフード付きマントを被り、王都で俺を尾行してたのは、フェイクさんだったようだ。
だが、勇者の直感を信じて行動するシュンに何度干渉しても、シュンから俺との繋がりを切らせる事が出来なかったらしい。
これで一連の事は理解出来た。出来たのだが重要な事がまだ残っている。
それは最後まで話に登場してこなかった俺達の子供の事だ。これが原因で、願いを叶える機能が無くなった筈なのに何も言わないのはおかしい。
気になってしまい俺は、子供の事を聞いてみた。いや、聞いてしまった。
すると、フェイクさんは極上な笑みを浮かべて。
「最初に伝えた様に。私には、その様な機能はありませんよ。そんな事を考えても虚しいだけですから気を付けてね」
俺は、地下室に小部屋を2つ造って一人で眠った。
さすがに朝、顔を合わせるまでは、気まずい思いをしていたが、朝御飯を一緒に食べて、雑談して、一緒に地下室から出て歩き出した頃には、気分を入れ替えることが出来た。
これから安全な場所までの道中だけだとはいえ、神々しさを醸し出している、とびきり美人さんが傍らに寄り添うように歩いてくれるので、嬉しくない訳がない。
でも、恋人でもないのに、この距離感は近すぎて恥ずかしい。なので「距離が近すぎなんだが」と言う俺に対して。
「魔物や天物から、いつ襲われるかわからないでしょ。誰一人とて触れさせないわ。だって私が護るのだから」と言いながら微笑んでくるフェイクさん。
そんな理由だけで、傍らに寄り添うように歩かれているんだが。そりゃあ、フェイクさんに何かする気はまったくないけど。これじゃあ蛇の生殺し状態だ、本気で勘弁して欲しい。
これから、新しい旅が始まる。
フェイクさんの言う安全な場所まで、どれくらい掛かるのかわからないけど。
でも二人きりの旅だ、何も無い訳がない。何も起こらない訳がない。きっと何かが起こる。起こるよね。起こると良いな。
そこにたどり着くまでに、どんなアクシデントがあるのか、少なくとも俺は期待に胸を膨らませながら歩き続けた。
−−−第一章 完−−−




