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塔の地下部は、上が精々4階程度で終わっているのに対し、かなりの深さまで築かれ、しかも地上部と異なり全く傷みもなく延々と道が続いていた。その分闇を好む魔物も数を増していたが……それらはレディアの剣と、リンの魔法の前に次々と倒れ伏していっている。
「地上部分も、昔はもっと高くまであったらしいけどねー。この塔はそもそも、古代民族の信仰の場だったらしいから」
「信仰の?」
「うん。俗に“英雄達の墓”と言われてるピラミッドも、かつてはただの墓所って意味だけじゃなく、信仰に係わる部分もあったらしい。そして、この塔の方はその色を更に強くした、彼らにとって重要な星々の観測所及び宗教儀式の場であったみたいだよ」
「そんな話、今までは聞いた事がなかったけど……それってどこで調べてきたの?」
「あはは、まぁそこらはちょっとした“企業秘密”って奴かなー」
「素直に教えないと、マタタビ攻めにするわよ?」
「―― いや別に……僕は、性癖までが猫って訳じゃないんだけど……」
レディアの気配に、やや冷汗顔のリンの前で、だがレディアは彼が感じ取った以上に内心は不機嫌だったりした。
この一帯を支配していた古代民族が、星の運行に関しては現代人より知識が深く、その詳細を掴んでいた事は彼女も知っている。故に、リンが語った塔の用途も恐らく間違いではないのだろうと推測がつき ―― だからこそ、彼女は苛立ったのだ。研究者としての自分の能力・探究心が彼より下なのでは? と一瞬と言え感じさせられた事に。仮にも自分の地元周辺の遺跡知識で余所者に負けるというのは、どうにも自尊心が傷つけられる。早い話、眼前のネコ耳青年に結構なライバル心が発生したといえる事態だった。
「……あ。そろそろ、この塔の『中心部』が近いかな」
戦闘とはまた別種の緊張感が漂う中。リンがふと、前方を見て言った言葉に彼女もそちらへ注意を向ける。そこには今までには見なかった扉が、しかもかなりの大きさの、何やら不思議な力を宿したそれが奥の空間を隠して立っていた。
「ん~……何らかの封印魔法って感じね。解呪の術式は、幾つかなら知ってるけど……どれか当て嵌まるものがあればいいんだけどなぁ」
「あー、多分大丈夫だよ。ちょっと下がっててくれるかな?」
軽く扉に触れ、そう呟くレディアの脇で事も無げに言うと、リンは彼女が聞いた事のない、不可思議な旋律の歌を歌い始めた。意外にも上手いじゃないか、と心中で舌を巻いたのも僅かな間……その歌の巧みさより更に驚く出来事が眼前で起こる。
「……え?」
かちゃ、と微かな音がしたと同時。指一本さえ触れていないと言うのに、その扉は誰かが押し開けたかの様にゆっくりと、彼女達に新たな道を解放したのだ。流れて来るひんやりとした空気の中、レディアはやや鋭い視線をネコ耳青年に向ける。
「どういう事? あなた、特に魔法は使わなかったよね今?」
「うん、でもね。 ―― この塔は、かつてちゃんとした名前があった。『アリアの塔』という、ね……その名の通り、この塔の最重要箇所に潜り込むには、鍵となる“歌”が必要なんだ。逆に言えば、どんな解呪魔法でもこの扉は開けられないんだよ。ちなみに、君の町アリシアも、実はこの塔がその名の由来と言われている。まぁこれは、説の1つに過ぎないけどね」
よもや“歌の鍵”等と言う特殊技術を、古代民族が持っていたとは。道理で今まで、この塔の全てを探索できた冒険者がいなかった筈、とその点は納得したが……なら彼はどの様にその“鍵”を手に入れたのか、とレディアにはそれが大いに疑問だった。彼女とて、これまで多くの砂漠周辺の遺跡群を調査して来てはいる。けれどその中に、この塔に関する文献や資料は何ひとつ見出せなかったのだ。今までは塔への関心が薄かった、というのもあるにはあるが、それにしても何らかの文献なり発見していれば記憶に残らぬ筈がない。
「そもそも古代の歌なんて、歌詞はともかくメロディーは残らないと思うんだけど。あの民族、楽譜を記すなんて習慣はなかった筈じゃ?」
「今まではそう思われてたけどねー。意外にもここから遠く離れた地方に、その手がかりがあったんだ。……まぁ、とりあえず今は奥に進もうよ」
自分に向けられるライバル心に気づいているのかどうかは定かでないが、あくまで表面は何ら変化も見せずにそう促すと、リンは先に立って歩き出した。自然、後に続く形になりつつ……やはり、この青年は「猫」だな、との感想をレディアは抱く。一見、人懐こそうには見えるのだが、決して奥底までは覗かせない様な何かを感じるのだ。そして、そんな“謎”を感じるからこそ……周囲の者は外見以上に、彼に関心を持つ様になる。
―― はて。関心っていったい……?
自分の分析に、自分で首を傾げた時。前を行く青年の足が再び、予告もなく止まった。
「お、ここが最奥部かなぁ? でもちょっと、前より厄介な扉かもね」
「確かに……封鎖の力がさっきより強そうね。でも、あなたならちゃんと、ここの“鍵”も仕入れてきてるんでしょう?」
「それかなって思うものはね。ただ、流石に難しいんだよね~」
言いながらも、そう間を置かずにリンが歌を紡ぎ出す。それは確かに、特に音楽に興味がある訳ではないレディアにさえ、難解な曲だとすぐに解る技巧が各所に盛り込まれた歌だった。
「 いと高き星の道 奔る光は我らが道標
地に触れたなら新たな花を 天に在りては希望の風を
闇を祓い、時を越え尚 失せぬ光明こそを我らに
聞き届けよ、天なる星よ 聞かせ給えや、その祝福を 」
最後の一節が終わった、その時。先刻よりは大きな、軋む音を立てつつも扉が開き、その向こうには広大な、聖堂と思える程に神聖な“気”に満ちた空間が待ち受けていた。
「……ふぅ。何とかなったかな? やっぱり難しいや、この歌」
「男でその高音域は大変よね。あなた、探検家より歌手に向いてそうよ」
「あはは、遠慮しとくよ。……この『星空のアリア』はコロラトゥーラって言う歌唱技巧が盛り込まれてるからね、当時の神官でもごく一部しか歌いこなせなかったらしいよ」
―― だから、そこまで詳しい歴史をどこで調べてきた?
そんな視線を隠すでも無く向けるレディアだが、リンの方はおよそお構いなしで広い空間を歩いていく。止む無く後についていくと……大体ホールの中央かと思える辺りでリンが立ち止るや、その足元に淡い銀光を発する魔法陣が現れる。そして、光系とも神聖系ともつかぬ魔法力が集い始め、間もなく彼の爪先辺りに何かがせり上がってきた。動きの止まったそれを見るに、小さいながら祭壇であるらしい。その上には天鵞絨で覆われたクッション状の、さながらリングピローの様なものが、何かを乗せて置かれていた。
「わぁ……ずいぶん綺麗ね。でも見た事がない石だわ。それって一体?」
「これが、この塔の持ち主だった民族、その信仰の要を担っていた宝石『スターダスト・キャッツアイ』だよ。本来、キャッツアイって呼ばれる鉱物は金緑石の事で、その名の通り明るい緑色なんだけど、これって見た通り明るい蒼で珍しいよね。それに、この石には特殊な力も宿っているとされてて、その力が ―――― 」
「……さすがね、『金色の猫』。まさか星の神殿、その聖壇の封印を解けるなんて思わなかったわ」
滔々と語られる説明の途中、それを遮るかの様に別の声が割り入った。2人が振り向くとそこには、いつの間に現れたのか ―― 腕利きの冒険家たるレディアでさえ気配に気づかなかったと言う異常事態と共に出現した小さな影があった。




