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CROWN  作者: 緒俐
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第四十八話:準備は万端に

 一之瀬家はやはりすごい場所だと思った。風華に連れられて軽い部活後のシャワーを浴びるようにと杏達は言われたのだが、藍と真理の肌を見るなり風華はメイド達を呼びつけて徹底的にケアするように命じられ、彼女達は連行されていったのである。


 理由は簡単、魔法格闘技の練習で生傷絶えない毎日を送っているからだ。しかし、杏は全く問題なかったため、バスローブ姿でメイドに先導されながら衣装室へと連れてこられたのだった。


「杏様、こちらへ」

「ありがとうございます」


 メイドに扉を開けられ中に入った途端、彼女は最早挨拶と化している抱擁の洗練を受けることになった。


「キョウ! 来たかっ!」

「きゃっ!!」


 グリーンのイブニングドレスを着た金髪美女は待ちわびていたと言わんばかりに杏に飛び付いた。言わずもがな、EAGLE戦闘顧問のジェニーである。

 そして、そんな挨拶をかましてもがいている杏にすぐ気付いた奏はクスクス笑いながら彼女を宥めた。


「ジェニー、落ち着いて。杏ちゃん窒息してるから」

「ああ、スマンスマン!」


 奏に促されジェニーから解放された後、杏は少し息を整えて頭を下げた。


「ジェニーさん、奏さん、こんにちは」

「うん、こんにちは。今日はCROWNも含めうちの奴等が迷惑かけると思うけど宜しくね。さっ、メイクを始めようか」


 イケメンがメイク道具をもってイキイキしている、しかもいつもの倍だ。ただ、杏はキョトンとしてもっともな質問をした。


「えっと、奏さんがメイクを?」

「そうだよ。是非やらせて欲しいと思ってね」

「カナデは上手いからな! まぁ、ナツネのメイクは断ったみたいだが」

「そりゃね。昔ジェニーと約束しただろう? 初めてのブライダルメイクはジェニーにするってさ」

「ああ、そうだな」


 それも自分の花嫁として、と奏は心の中でも続けた。未だに弟子としか見られてないため早く男として意識してもらいたいとは想うのだが、やはり自分の師匠は一筋縄ではいかないらしい。


「それとアイとマリはどうした?」

「はい、お二人は風華様に捕まってまして……」

「ああ、だったらこっちでメイクは無理だな。残念だったな、カナデ」

「そうだね。桜ちゃんも東條家に取られちゃったからね」


 どうせなら全員可愛くしてあげたかったな、と奏は肩をすくめた。それから杏は奏に促されて鏡の前に座ると奏はさらりと前髪をピンで止めた。

 その手はとても魔法格闘技をやっているとは思えないほど綺麗だが、魔法を駆使して戦ってきたものだと杏は思った。やはり彼も努力を積み上げてきたタイプだ。


 そして、着々とメイクが施されている中、ガチャリと部屋の扉が開けられるとスーツ姿の美女が入ってきた。EAGLE戦闘指揮官殿だ。


「ジェニー、奏、失礼するわよ」

「あっ」

「杏ちゃん、前向いたままでね。うちのボスは基本、水庭上官と一緒で頭を下げて挨拶しろとか言わないから」


 他所は偉そうにするところが多いけどね、と奏は笑った。それに陽菜はその通りだからとクスリと笑う。


「気にしなくていいわ。EAGLE戦闘指揮官の結城陽菜よ。真央がお世話になってるわね」

「はいっ、こちらこそ真央監督にはいつも良くして頂いて……」


 やっぱりきちんと頭を下げて挨拶したいと思った。真央の母親というのもあるが、きちんとした挨拶をこちらがしなければならないと思わせる風格があるからだ。


「それよりヒナ、partyには参加しないのか?」

「いえ、するわよ。ただし、私も水庭君も戦闘指揮官の正装で参加するわ。何が起こるか分からないもの」

「あの二人だしな」


 ジェニーが苦笑してしまうのは仕方ないこと。只でさえ淳士と夏音の婚約を反対する勢力がいるというのに、それに輪をかけるかのように淳士自身がトラブルを持ってくるのだ。

 それが分かっているからこそ、陽菜も水庭も戦闘指揮官として警戒しておかないわけにもいかないのである。


「それとナツネの支度はまだ終わらないのか?」

「ええ、相当磨かれているようね。竜泉寺の婚礼の儀だと夏音のご両親がかなり力を入れてるみたい」

「ああ、アツシを昔から気に入ってるからな。やっとかと楽しみにしてるんだろ」

「そうね。まぁ、忘れてたんだけど普通に家柄も釣り合う相手なのよね、淳士も」


 陽菜の指摘どおり、魔法覇者で魔法界名門の冴島家次期当主という立場の淳士は申し分ない相手だ。ただ、それを忘れさせるのが淳士足る所以なのかもしれないが……


「ですがボス、淳士は戻って来るんでしょうか」

「CROWNの隠密部隊が動いてるし、師匠にも早く戻せと一報入れたから大丈夫よ。ついでにご馳走の写真送ったから」

「あと一時間で帰りますね」


 御馳走があって戻って来なければ淳士ではない。CROWN一の食欲大魔人は世界食糧危機の元凶にさえなりかねないほどの食欲だ。

 ただ、全く太らないどころか男が見惚れるほど綺麗な肉体をしているため、ダイエットをしている者達の敵だ。


「それより奏、杏ちゃんのメイクもっと大人っぽくしてもいいんじゃない?」

「そうですか? 可愛い感じの方が杏ちゃんらしくて良いかと思うんですけど」

「確かにね。だけど今日は他の令嬢を蹴散らせるように少し鋭さを入れて頂戴。アイラインは力強く、目は優しさを残しつつも少し大きく見せて」

「じゃあ、チークはうっすらにしましょうか。ハイライトは光を計算して入れていきます」

「おっ、だったらdressはblueだな。胸元を強調出来るもので、ネックレスはgorgeousに!」


 トントン拍子に杏のドレスアップ案が固まっていく。聞きなれないブランド名や専門用語はさっぱりだったが、ネックレスと言われて杏は遠慮がちに手を上げた。


「えっと、すみません。ネックレスでお願いしたいことが……」

「ん? 付けてみたいブランドが有るのか?」

「えっと、風雅様が野外活動のオリエンテーリングで優勝したと真央監督から伺っていまして……」


 ヤバい、可愛い……、というのが三人の感想だった。野外活動の恋愛成就のネックレスは非常に有名であり、淳士も夏音にそのネックレスを渡しているのだ。それを付けたいという気持ちは非常によく分かる。


「ですがやはりこういった正式の場ではきちんとしたものを……」

「それは良いね! 最強の蹴散らし効果があるよ!」

「もう何なのこの子! 可愛すぎるわっ!! 将来はCROWNじゃなくてEAGLEに来なさい!」

「ああ、それはいいな。うちの医療部隊はもう少し強化したいしな!」


 話が未来のEAGLEにまで進んでいく。さらにどうやって水庭から奪い取るかまで話し合われている辺り、さすがはEAGLE上層部ということか。


 しかし、本日はパーティーということは忘れていないため、陽菜がパンと手を叩くと話し合いはまとまった。


「決めたわ。EAGLEの総力を上げて杏ちゃんを仕上げる」

「ん? 何人か任務中で来れないだろう?」

「それでも充分だわ。それに今回は洋装だから烈がいなくても問題なし!」


 そう言えば烈さんは着付けが得意だと言ってたな……、と杏は先日宝泉家に泊まった時のことを思い出す。ただ、陽菜の言うとおり今回は洋装なので彼の手は借りなくとも何とかなるということだ。


「奏、EAGLEに召集命令を出しなさい。重要任務を言い渡されているものと沙里以外は衣装室に来るようにと」

「沙里義姉様はいらっしゃらないんですか?」


 すぐに会えるとは分かっていても早く会いたいと思う。それを感じ取った奏は彼女がすぐに来れない理由を簡潔に答えた。


「ああ、沙里は慎司とパーティーに参加するからね。だからあいつはあいつで磨いてるよ。パワーアタッカーで生傷耐えないから慎司が直々に傷を消してるからな」

「怒られてそうだな……」

「女の子で切り込み隊長を張ってるなんて沙里ぐらいなものだからね」


 何となく「嫁入り前に傷ばかり付けるな!」と慎司が怒鳴っているのが目に浮かぶ。ただ、沙里はカラカラ笑って「慎ちゃんを独占出来てラッキー」と言ってそうだと杏は思う。そういうところが沙里の魅力だ。


「でも、会場では会えるからもう少しだけ待っててね。さっ、うちの奴等が転移してくるから杏ちゃん、覚悟してよ」


 そう奏が告げた瞬間、EAGLEの匆々たるメンバーが現れた。全員の格好がパーティー客から掃除のおばちゃんなのは何故かと思うが、その目は美を追求する者達の本気を感じさせる。


「全員、一切の妥協をせず杏ちゃんを仕上げなさい」

「ラジャー!!」


 陽菜の命令に従い、彼らの任務は開始されたのだった。



 一方、奏の予想通り白衣姿の慎司に説教されながら杏の義理の姉である沙里は黄色のドレスを身に纏って磨かれていた。いや、正確に言えば治療だ。


「だから慎ちゃん、そんなに痛くしないでよ。凄く感じちゃう……!」

「へえぇ、だったらもっとしてやろうか」

「イヤン! そこはダメぇ……!」

「うん、本当に声だけ聞いたら真っ最中ですかって桐沢さんに説教されるから止めようか」


 和人が冷静な声で止めてしまうあたりいかにも真っ只中といった応酬だが、沙里は残念だと肩をすくめた。


「何だ、慎ちゃんがお説教止めてくれるかと頑張ってみたのに」

「頑張り方を間違えるな。それに医療戦闘官としてこれは和人でも怒るだろうが」

「まぁね。沙里、千波姉さんにきちんと最後まで治療させなかっただろ」


 図星だったらしく沙里は反論しなかった。命に関わるような怪我ではなかったものの、治るまでは大人しくしていなさいと言われることは間違いなかったからである。


「だって、うちは医療官少ないし私も切り込み隊長してたいし」

「九割その理由じゃなかったら怒らなかったがな」

「いっ……!」


 一気に魔力を使って傷跡を完全に消されるのはそれなりの環境やスキルがない限り痛みを伴う。慎司も痛みを和らげながら治療することは可能だが、聞き分けの悪い悪友には若干のお仕置きは必要だ。

 

 しかし、ちゃんとこの後のフォローを忘れないのが慎司である。


「まぁ、千波姉さんもさすがだから毒は全部取り除いてたみたいだが外傷は後日にする予定だったんだろうな。だが、この傷でパーティーに出すのは俺が許せなかったよ。千波姉さんが忙しかったら今度見せに来い。俺か和人なら空いてるだろうからな」

「ありがとう、慎ちゃん。本当、イケメンだよね!」

「うん、俺もお嫁に貰って欲しい」

「俺は桜を」

「シスコンは止めような」


 最早お決まりとなった応酬が一段落すると、扉がノックされて慎司のシスコンが一気にマックスになる人物が入ってきた。言わずもがな、妹の桜である。


「慎司お兄ちゃん!」


 桜色のショート丈のドレスにアップされた髪にも桜の髪飾り、靴も桜色と統一感に溢れながらも所々で金銀と白が光の加減で乱反射しているのが分かる。

 極めつけは桜の笑顔と東條家のスタイリスト達が親指を立てて送り出された少女は、慎司を破壊するには充分だった。


「桜、可愛い」

「良いから落ち着いて!」


 抱き締められたらドレスが着崩れると桜は慎司を止めた。この兄は本当にもう少し妹離れをして欲しいと切に思う。

 そして、桜がこの場所に来たのは当然慎司に会うためではなく、兄のパートナーを務める沙里に挨拶するためだ。


「桜ちゃん、久しぶり~」

「沙里さん!」

「桜ちゃん、はじめま」


 声を発した瞬間、和人の真横を千本針が豪速球で通り抜けた。もちろん、やったのはシスコンである。


「何すんだよ、慎ちゃん!」

「お前は話さなくていい。さっさと任務につけ」

「未来の後輩に挨拶ぐらい!」


 二度目の千本針は雷属性まで追加された。間違いなく黒焦げにするつもりだったのは壁に突き刺さった針の周りを見れば分かる。


「お前とは別部隊にする」

「いや、それは俺が医療戦闘官である時点で厳しくね?」

「お前は風雅の下に付けば良いだろう」

「風雅は戦闘部隊長だよな? 分野違うだろ」


 結局はCROWNのボスである水庭が決めるのでは……、と桜は内心突っ込んでいたが、そんなことより沙里と話すことにした。


「本当、慎ちゃんからシスコンとったらお嫁になるんだけどな」

「すみません、ご迷惑をおかけして」

「良いわよ。だけど桜ちゃんが妹になるのは大歓迎よ!」


 その笑顔に桜の妄想は膨らんだ。誰もが憧れる医療のスペシャリストの夏音、明朗闊達な沙里との日常となれば……!


「ど、どうしよう! 夏音さんと沙里さんがお義姉さんなんて嬉しすぎちゃう!」

「ん? 桜は夏音姉さんに会ったのは赤ん坊の時だけだろ? 覚えてるのか?」


 慎司の言うことはもっともで、桜もまた夏音と直接会ったのは彼女が赤ん坊だった時のみ。しかも桜が物心ついた頃には夏音は留学していたため、面識がなかったのである。


「覚えてないけど写真で顔は見てるよ。凄く綺麗な人だもんね!」

「ん? 桜ちゃん、パーティーとか出てないの?」

「はい。お兄ちゃん達が危ないからって親しい人達以外のものはお留守番してたんです」


 基本、桜はパーティーの類いは兄達が不快な思いをさせたくないからと出席させず、藍や真理とお留守番となることが多かったのだ。

 ただ、涼あたりがこの場にいたら「淳士兄貴が毎回デタラメなイタズラでクズに同情したくなるようなことをしていたから、本当に桜がいなくて良かった」といっているに違いない。


 そんな賑やかな応酬が繰り広げられていると、ガチャリと扉が開かれ、それは見た目麗しい美少年が入ってきた。


「失礼します」


 これは随分なイケメンだな、というのが和人の第一印象だった。東條家の次期当主である蓮は正にその名に恥じないスーツをきっちり着こなして登場した。


 そして、彼に恋し続けている桜は頬を赤く染め、高鳴る鼓動を抑えながらも蓮に近付いていった。


「蓮さん……」

「桜ちゃん、凄く可愛い」

「くたばれ!!」


 いかにも甘ったるムードを切り裂くかのように本日第三段目の千本針が蓮に向けて投げられたが、さすがは蓮と言うべきか、慎司のシスコンはいつものことだとあっさりそれを避けた。


「何するんですか、慎司さん」

「お前に桜はやれん!」

「何父親みたいなことを言ってるんですか」

「父親代わりだからだ。兄さんじゃ代わりにならないだろう」

「すみません」


 そこだけは素直に謝るんだな……、と和人と沙里は思った。淳士を出されてしまっては反論することが厳しいからである。

 しかし、そこで引き下がるつもりはなかった。蓮は最早シスコンを説得する術を昔から鍛え上げているからだ。


「ですが、桜ちゃんはエスコートさせて頂きます。慎司さん、沙里先輩をエスコートするのに桜ちゃんにベッタリって訳にはいかないでしょう?」

「……一緒に回れば」

「このパーティ、良秋さんからの任務も言い渡されてるんじゃないですか」


 二の句が告げられなくなった。任務を蔑ろにすることなど、CROWNに所属している以上有り得ない。当然、淳士でもやらない。そして、最後はこの言葉がトドメとなった。 


「CROWNが任務放棄しないですよね?」

「桜」

「なぁに?」

「出来るだけ近くにはいろよ」

「うんっ!」


 桜はニッコリ笑って答えた。毎回こうやって慎司のシスコンを抑えてくれる蓮には本当に感謝だ。出来るならいつかは自分をお嫁さんにしますと言って欲しいと思っているが、そこまではまだ無理かと残念に思う。


 ただ、当の蓮はといえば、桜と気持ちが通じているならいつかは慎司からかっさらってやりたいと思っているのだが……


「それより慎ちゃんと和ちゃん、そろそろ着替えなくていいの?」

「ああ、そうだな」


 さすがに白衣のまま出るわけにはいかないと二人が上着を脱いだところまでは桜も何も言わなかったが、ズボンまで手が掛かると慌ててそれを止めた。


「ちょっ、お兄ちゃん達!!」

「どうした?」

「沙里さんの前で平然と着替えないで!」


 見てるこっちが恥ずかしいと桜は抗議するが、高校生達はきょとんと目を丸くした後、そういえばと三人は納得した。


「あっ、普通はそうか」

「ゴメンね、というより桜ちゃんの前はまずかったよね」

「全くだ。まぁ、仕方ないから怒りはしないが」


 さすがに癖になってるものは慎司も怒ることが出来なかった。それにどういうことかと桜は目を丸くしていると、沙里が簡潔に答えてくれた。


「CROWNもEAGLEも任務となったら男女問わずその場で着替えるなんてザラなのよ。特に慎ちゃんや和ちゃんは医療戦闘官だから現場も医療も両方こなすしね」

「まぁ、医療現場にすぐ入るなら換装魔法使うけどな」


 オペの助手に入る時は着替える時間さえ惜しくなるから、と慎司は付け加えた。それだけ医療は時間との勝負だからだ。


 そして、慎司と和人は換装魔法を使って一瞬のうちにスーツ姿となり、サッと髪を整えただけで沙里から拍手が起こった。


「本当に慎ちゃんって何着てもイケメンよね。和ちゃんも似合ってるわよ」

「サンキュー!」

「俺は淳士兄さんの方がアレで何着てもイケメンだと思うがな。試しに俺と同じ格好で想像してみろ」


 慎司と同じ格好の淳士、そう言われて四人の頭の中には若干眉を顰めてしまう淳士の姿が出て来て後、動かない淳士の姿を思い浮かべた。


「確かに、黙っていればイケメンだな」

「うん、夏音姉さんと並んで絵になる」

「淳士お兄ちゃんがカッコいいなんて……」

「ああ、あるんだな、そんなことが……」


 最早怪奇現象かといった感想に辿り着いた後、彼等の上官が戦闘指揮官の正装をして部屋に入ってきた。


「オウ、お前ら着替えたか」

「ボス」


 相変わらずの貫禄だなと桜は思いながらも、少しだけ水庭のスーツ姿も見たかったと思う。

 しかし、CROWNのメンバーからすればどこかの組長になるのでスーツより戦闘指揮官の正装をしてくれた方が良かったと言うだろうが……


「ボス、CROWNの正装で出るんですね」

「まぁな。それより慎司、沙里の両親をどう蹴散らすつもりだ? 場合によっちゃ沙里との結婚は駆け落ちだぜ?」

「しないですから楽しまないで下さい」


 その前に恋仲じゃないとわかってるはずだ。だが、時々こうやってからかうのが水庭の楽しみになっているらしい。


「とりあえず、俺は真っ向勝負してくれと良秋さんに言われています。そっちの方が後々痛さが増すらしいんで」

「なるほど、相変わらずだな」

「相変わらずってどういう……、ボス!?」


 滅多に青くならない水庭の顔色が明らかに青くなったことに誰もが驚いた。しかも冷や汗まで掻くとは尋常ではない。


「良いか、ガキ共」


 ゴクリ、と全員が方唾を飲んだ。あまりにも重たい空気は下手すれば緊張感ある任務より重い。


「俺はそれなりの戦略は立てる。ただ、それはあくまでもお前らの機動力と淳士の出鱈目の上で成り立つもんだ」

「いや、ボスも毎回えげつない被害出してるよ?」


 和人は思いっきり突っ込んだ。水庭がムカついた時には相手がかなり不憫な目に遭わされており、医療戦闘官としての情が沸き起こってくることはしばしば。しかも東吾に命じてさらに情報面でも酷いことになっており、やった東吾でさえ自分が鬼だとぼやくほどだ。


「だが、良秋さんを本気で怒らせた場合、まともな人生を送ったのは冴島蒼士しか見たことがねぇ」

「父さん、何やって怒らせたんだよ……」

「風華に不細工な顔と言っただけだ」

「それって……」

「まぁ、それは良秋さんの誤解だと分かったから消されてないんだが、あの人だけは怒らせない方がいいな」


 自分の師匠が風華に何とかしろと情けなくなるほど懇願していたのは十年以上前のこと。その時の記憶は水庭でも恐怖を覚えるものだった。


 そんな重たくなった空気を突き破るかのように、新たな訪問者が資料とパソコンを抱え乱暴に扉を開いて入ってきた。


「ボス!!」

「桐沢さん」


 目の下の隈が隠しきれないほど疲労が溜まっていても、気力で乗り越えているCROWN情報部隊長殿は今日も変わらず部屋に入ってくる一言は「ボス!! 」になっている。

 しかし、彼が来た理由はしっかり把握している水庭はしれっとした態度で答えた。


「何だ、東吾」

「何だじゃねぇよ! あんたか良秋さんかは知らねぇが沙里の両親の取り巻き共、一気に葬るつもりか!! 日本経済がマジで混乱するだろうがっ!!」

「それを何とかすんのがお前の」

「するが仕事ばかり増やすなっ!!」

「だったらやれ。そのために蓮がいる部屋に来ておいたんだろうが」


 それって有難いと言われるレベルなんだろうか……、と学生達は思うが、最早東吾に関しては呪いかと言うほどの忙しさなため誰も突っ込まなかった。


 ただ、水庭の言うとおり蓮がいて助かることはある。彼の祖父が政界の権力者だからだ。


「東條、頼みがある」

「何ですか?」

「お前んとこの爺さんに報道規制かけさせろ。いくら何でも淳士の婚約パーティー時に逮捕者続出だけならまだしも、出席していた客まで全部報道されたら後々面倒だからな。あくまでもCROWNとEAGLEの任務としてやったことだと伝えてくれ」

「分かりました」


 それならば話は通じる。淳士や夏音が出て来ても問題はなくなり、良秋も妻が魔法覇者である風華の協力者として出席したで済む。中学生達もいずれはCROWNやEAGLEに入るならいてもおかしくない。


 しかし、ここで沙里は最もな質問を東吾にした。自分の両親のことは娘の自分がよく分かってるからだ。


「でも、何でうちにそんな取り巻きが?」

「そりゃ簡単だ。一気に葬るには集まった方が良いからだよ。まぁ、全てかどうかは分からないが良秋さんが仕掛けた部分はあるな」


 お陰でこっちはまた徹夜だったと東吾が開いたパソコン画面には有りとあらゆる情報の数々。さすがの学生達もそれは同情しか残らないほど、これから起こる内容は悲惨なものだった。


「えっと……」

「おい、時限爆弾かよ……」

「桐沢さん、俺が沙里とパーティーに出なくても……」

「良秋さんから言わせれば慎司がトドメらしいな。絶対逆だと俺も思うが」


 コクコクと頷いてしまうのは仕方ないこと。寧ろ今日はめでたい席だというのにそこまでやっていいのかと思う。

 もちろん、事前に淳士と夏音が構わないと二人して即答だったが……


「まぁ、沙里や杏には一切被害飛ばねぇから安心しろ。そこだけは作戦が出てきた最初から練り上げてたからな」

「ありがとうございます、そこだけは本当に」


 自分はともかく杏だけは本当に守ってもらいたいと思う。逆恨みで杏が危険な目に遭ってほしくないのはもちろんだが、出来れば知らないままでいてほしいと切に願う。


 その時、柱時計の音が鳴り響き出陣の時間だと告げる。どんな結果になろうとも自分達は守るべきもののために動かなければならない、それがCROWNとEAGLEに所属するものの定めだ。


「さて、それでは行きますかお姫様」

「うん! 宜しくね!」

「慎司、沙里、ヤバくなったらすぐに連絡しろ」

「ラジャー、ボス!」


 そう答えて沙里は慎司の腕を取ると、二人は瞬身でその場から消えた。その光景を苦笑しながら和人は最もなことを言う。


「パーティーだってのにやっぱり瞬身で行くんだなぁ」

「染み付いてたら仕方ねぇだろ。ボス、俺は三熊監督の元に行くが何かあるなら伝えとくぞ」

「そうだな、俺の席と陽菜の席は開けとくように伝えとけ」

「分かった」


 それだけで何を想定しているのか分かった東吾も、また瞬身で姿を消すのだった。そして、東吾達が消えたあと和人は水庭に尋ねる。


「何だ、やっぱボスも指揮執んのか?」

「場合によってはな。まぁ、淳士だからな……」


 こちらの予想の斜め上どころで済めば良いが……、と水庭にしては珍しく深い溜息を吐き出すのだった。 



数ヶ月ぶりの更新です。

今後もゆっくりだと思いますが、宜しくお願いします。


では、小話をどうぞ☆


~独り者ですから~


和人「はぁ~、やっぱり独身は辛いよなぁ」


蓮「当たり前ですよ。まだ未成年」


和人「そうじゃねぇよ。パーティーで相手がいないのは寂しいもんなの」


桜「CROWNとEAGLEの合同ですから誰かエスコートする人ぐらい」


和人「それがいないんだなぁ。それに姉さん達は強すぎてエスコートされちゃう方だし」


蓮「流石ですよね……」


桜「一般人って言うのも変ですけど、誰かいらっしゃらないんですか? 一応、両校共魔法議院の進学校ですから自分の身ぐらい……」


和人「うん、俺もそう思うんだけどさ、無理なんだよなぁ」


蓮「何故です?」


和人「うん、俺達は慣れすぎて気付かなかったけどさ、襲撃は当たり前なんて耐えられるか?」


桜「あっ……」


和人「ついでに周りは個性的過ぎる」


蓮「ああ……」


和人「おまけに淳士さん」


桜「すみません……」


和人「だから相手はいないわけ。俺が独り者な訳納得した?」


蓮・桜「「出来ました」」



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