第15話「残された者たち」
白い霧が朝の街を包んでいた。
その中を、軍用の黒塗り車列が静かに走っていく。
ユ―ジン・クラウザ―大尉。享年28。
国に忠誠を誓い、暗部の参謀として非公式任務を支え続けた男の身分は最後まで偽られた。彼の本当の姿を知る者は誰一人参加することは出来ない。
ベネット大将側からも特に参列者は居ないようだった。
その地位には似つかわしくない静かな葬式だった。
泣き崩れる彼の母親の声が室内から漏れる。
“イヌ”であるリツとジャックは、その扉の内に入ることを許されていなかった。
「………。」
言葉が出なかった。
扉の奥から聞こえる泣き声が、胸の奥に鈍く響く。
まるで自分が責められているようにすら感じる。
(なんで、こうなった……?)
彼の最期の言葉が、何度も脳裏をよぎる。
「お前たちでも、一日じゃ、辿り付けなかったな。」と「俺は、お前たちの、手のひらで踊らない。」と。
それが何を意味していたのか、今でも分からない。
(もし、あのとき。僕たちがもう一歩、踏み込めていたら状況は違ったんだろうか。)
悔しさと怒り、やり場のない罪悪感が胸を締めつける。
ユージンを追い詰めたのは、自分たちだった。
信じられなかった。
問いただした。
罠を暴いた。
そして、最後には裏切られ、撃たれて死んだ。
どうすべきだったのか、彼が亡くなってからずっと考えているが答えは出ない。
だけど、ひとつだけ確かなことがある。
向く方向は違ったとしても、命を懸けてまで、ユージンは国のためを思っていた。
本気だった。
―――そんな人間をベネット大将は切り捨てた。
(許せない。)
何度も深呼吸をして、それでもどうにもならない感情が喉を詰まらせる。
気付けばギリリと食いしばった奥歯から音が鳴った。
「…満足したか。」
ジャックはただ真っ直ぐ空を見ながら尋ねてきた。
「うん…行こう。」
二人は、葬儀場を後にした。
§
暗部へ帰還し、そのまま執務室へと向かった。
珍しく、リリスは窓の外を眺めながめている。
空はどんよりと曇っていて、見るべきものがあるとは思えなかった。
艶やかな黒髪は風もない室内で微かに揺れていた。
「リリスさん。」
「……戻ったのね。無断で抜け出したのは違反だけど、今回は黙認するわ。」
リリスの肩越しに見える空は、重く曇っていた。
まるで、ユージンの葬儀で立ち込めていた霧はそのまま空に映ったようだった。
「……なんで、あんなことになったんですか。リリスさんは分かっていたんですか?」
我慢していたはずなのに声が大きくなる。その声は震えていた。
怒っているのか、悲しんでいるのか、自分でも分からなかった。
リリスはしばらく背を向けたままだった。
そのまま、ポツリと呟く。
「可能性として考えていなかったと言えば嘘になる。そうね…あなた風に言えば、私たち全員が選んだ結果よ。」
彼女の声から感情は読めない。
それはいつもの事だが、それでもその奥に何かがある気がした。
「僕たちは止められなかったんでしょうか?」
心の中で何度も問いかけた言葉を彼女にもぶつける。
「僕たちに何か出来たことはー」
「無かったわ。」
リリスがコチラを向く。
その瞳に、口調に、確信が込められていた。
「彼は、彼の正義を選んだ。それだけよ。」
淡々とした口調だった。
隣のジャックは何も言わない。
「国のためって言えば、何でも許されるなんて、絶対に、断固として、間違ってます。」
この世界に来て初めての任務、拷問に向かう前に宣言した時を思い出す。
「僕は、そんなの認めない。絶対に、認めません。」
3人の間に沈黙が落ちる。
あの時と違うのは、リリスの視線はコチラを試すものでは無くなっていた。
そして何より、同調の言葉こそ吐かないが、隣にはジャックがいた。
「…ええ、それでいいわ。リツ君。」
リリスは、目を細めながら呟いた。
暗部に残されたユージンの私物は少ない。
彼の部下に混じって片付けをする。
1時間もせずに全て終わってしまう。
最後に、彼専用のモニターを情報管理室に持っていく。
「せっかく命を助けてあげたのに浮かない顔ね。」
セシリアだった。
拘束されていたのが嘘のように以前と変わらずこの部屋の主として働いている。
「レディーセシリア、命拾いをした。」
「まあ、いいのよ。2人には世話になったし。」
ジャックも、セシリアも、あえてユージンの話題には触れないようにしているようだった。
モニターを渡す。
「中身の確認するけど、あなたたちも付き合う?」
最後の別れをさせてくれるようだった。
「暗部の人間は、最後には表の経歴以外全てを消される。このモニターに何もない事を確認して、暗部のアカウントを削除すれば全ての記録が消えるわ。」
何とあっけない最後だろう。
葬式でも、電子状でも、まるで全てが無かったことにされるのだ。
セシリアが管理者権限でファイルを確認していくのを眺めていた。
「ん?これって…。」
彼女の言葉に顔を上げ、モニターへと近づく。
「隠しファイル…か。」
ジャックが隣で呟いた。
セシリアの手によって、隠しファイルが次々と開けられていくユージンが使っていた情報屋など個人的なツテに関するモノが多い。
ベネット大将についても何か情報が無いか、3人は真剣にモニターを眺めていく。だが、どれも断片的な情報で、ベネット大将を追い詰めるには至らないような情報が多い。
「ねえ、今回の件とは違うけど、第三国関連の団体に関する調査が目立つわね…。」
「え?」
「ここの条約とか、これも…あと、この財団も暗号化されてるけど、どれも第三国に関係あるものよ。」
そう言えば、フォスター博士の護衛で第三国に向かう際も、ユージンから妙に危機感を煽るような事を言われていた事を思い出した。
「個人的に調べてたって事ですか?」
「まあ、そうでしょうね。個人ファイルの中だし。」
「…ベネット大将と関連する可能性もあるだろうな。」
ジャックの言葉にハッとする。
「なるほどね…。」
セシリアも納得するように机をコツコツと叩いた。
「彼のアカウントをいつまでも残しておくのはリスクだけど、もう少し調べたほうが良さそうね。」
そう言うと、シッシと手を振る。
「一応これでも彼の事は買ってたのよ。リリスがいなければ時期暗部長官候補筆頭だったはずよ。」
「だから、直感なんかに任せず徹底的にやるから時間貰うってリリスにも伝えておいて。」
ユージンを切り捨てたベネット大将に関する情報も出てくるかもしれない。
ここ最近の数少ない吉報だ。
「分かりました!」そう言って扉を閉める。
「わざわざこんな所に証拠を残しておくなんて、らしく無いことして………。迷いながらも命を賭けるなんて…馬鹿ね。」
セシリアは1人画面に向かって呟くと解析を始めた。




