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第14話「ユージン」

「また、新しい記事出てるよ。」

「だな。上は、首が飛ぶって話しだぞ。」


軍部の中を歩いていると、大きな声で聞こえて来たのは軍を掌握している強硬派に関する新聞社記事についてだった。


ルードヴィヒ少将は、当初こそ彼の上官達が助けてくれるものと太々しい態度だった。


しかし、査問会が終わった時点で自身の今後を悟ったのだろう。少しずつではあるが、軍内部の裏資金の流れについて洗いざらい話し出した。


軍法会議だけでは、あくまで軍内部の話として揉み消される可能性を危惧していたが、何処からともなく一般にも情報が流布し始めた。


商人オルド・エルドリッジが居なくなった際には各個人レベルでの不正に関する者が主だったが、ここに来て軍での組織的な不正や裏社会との繋がりが判明したのだ。上層部から現場まで、混乱と緊張が走っている。


しかも、暴露を行う新聞社や政治家は明確な証拠付きである事に大きな意図を感じてしまうのは隣のジャックも同様なはずだ。


(リリスさん、だろうな。)


「まあ、テロリストに与するような人間が軍内部にいました。じゃ洒落になんないよな…。」


ぼそっとリツが呟く。


「いつの時代も権力や組織に腐敗は付きものだからな。」


ジャックも冷めた表情で同意する。


最近、2人は、軍内部の強硬派に繋がる人間を炙り出すため、連日にわたって対象リストの張り込みを続けていた。


と言うのも、“ゴルゴン・トレード”の取引データという思わぬ金の卵それにルードヴィヒ少将の自白もあり、芋蔓式に関係者が見つかっていた。


コトが事だけに、表は軍部の腐敗調査として監査部が、裏では暗部が奔走していた。


リツとジャックも裏付け調査や時には軍法会議に持ち込むための工作まで四六時中駆り出されていたのだ。


やっと対象リストの調査も佳境に入って来た。


リツは残り数名となった対象リストを思い浮かべながら、溜息を吐く。


「ベネット大将のことか?」


リツは頷く。ジャックも思うところがあったのだろう。2人の間に沈黙が落ちる。


ーーークレイブ・ベネット大将


長らくこの国軍の強硬派の重鎮として鎮座して来た人物だ。現在の軍のトップである総裁も易々とベネット大将には手を出せないと言われており、高齢ではあるが軍内最大派閥を形成していた。


周りに誰もいないことを確認するとリツは口を開く。


「ルードヴィヒ少将はベネット派の人間だったから、さすがにこの件に何も関わってないのは無理があると思うんだけど…。」

「何も出てこないな。」

「そうなんだよ!何か、見逃したのかな?」


正直言って、ベネット大将と裏社会との繋がりの証明は今最も頭の痛い問題だった。


もう数週間に渡って調査を続けているが、どこを洗っても証拠がない。


そもそもの情報が少ないのことも確かだが、ヂャオたち刑部からもたらされる有力なタレコミも不発に終わっていた。


誰かが“掃除”をしている可能性もあるが、今は様々な人物の思惑が交差しており、必ずしもベネット大将の差し金とは言い切れない。


「“会合”の噂はあるのに、誰かに指示を出したり、情報をもらってる様子もないんだよな。」

「ツテも多いだろうからな。」


たまたま会ったクレアに追加情報が無いか尋ねたが目新しい情報はなさそうだった。


「”たぬき親父“は伊達じゃないか。」

「…西では“きつね”だな。」

「んー日本だと“きつね”は神様の使いだから。」


頭を使っていない会話だが、雑談でもしていなければやってられない。


リツのジャックの距離間は気付けば、少しづつ変化していた。最初は、失礼な人間。そして連続殺人鬼であり医者。今はーーー何だろうか。


(“バディ“...か。)


いつのまにか彼との掛け合いも板についていた。



扉の前に着く。

ノックをして入るとそこにはユージンもいた。

奥からヒラヒラとリリスが手を振っている。


「ユージンさん、お疲れ様です。」

「ああ。来たな。」


てっきりジャックと2人のみが呼び出されたと思っていたので、想定外の人物が執務室にいたことに驚く。


まだ対象リストは残っているが、追加任務だろうか。


「新規の任務はないんだけど、2人ともベネット大将の件、手こずってる?」

「…まあ、そうですね。」

「他の対象者もいるからな。」


ジャックとリツが声を揃えて言う。


「と言うことで、ユージンと一緒に動いてちょうだい。」

「作戦は”全て“私の方で立てる想定でよろしいですか?」

「ええ、任せるわ。」


流石右腕と言うべきだろうか、今回はユージンの腕の見せ所だ。



§



リツとジャック、そしてユージンは作戦立案のために机を囲んでいた。


「古い地図ですね。」

「ああ、エルトリア共和国が建国する直前のものらしい。当時の配管地図だ。」

「これが何の役に経つんだ。」


いぶかしげにジャックがそれを眺める。


「二人はエルトリア共和国の建国の歴史は知っているか?」


授業でも始まったかのような雰囲気にリツは首を横に振り、ジャックはさあと言うように肩をすくめた。


「元々ヴェストリア連邦とエルトリア共和国は”アテナ連合国”という一つの国だったことは知っているだろう?」

「その時、貴族の腐敗が進みそれを是としなかった軍部と政治活動家が作ったのがこのエルトリア共和国だ。それに対して、貴族の一部から腐敗を正そうとした者たちが作ったのがヴェストリア連邦だ。」


「それだけ聞くと同じ目的だったならわざわざ別々の国にしなくたって良さそうですけどね。」


素朴な感想だった。


「リツらしい意見だな。だが、もしお前ならその状況で貴族を信用できるか?」


睨むような視線だった。


「まあ…難しいかもしれないですけど…。」


リツは言い淀みながらも答える。


「そうだ。だから、彼らは立ち上がった。今回相手にするベネット大佐は、昔はゲリラとして活動していたこともある人物だ。一筋縄では行かない可能性が高い。」


なるほど、少しだけ話が見えてきた。


「で、この地図との関係は?」


チャックが先を促す。


「これは彼らがゲリラとして活動していた時の地図だ。」

「…今だにこれを使っていると?」


ピンと来た様子のジャックの問いかけにユージンが力強く頷いた。

ベネット大将とその腹心たちとの定期会合場所への移動に古い地下通路を使っていると言うのが彼の仮説だった。

個人的な情報筋も含めた確度の高いものらしい。


「確かに、コレだけ隠されていれば尻尾を掴めないのも無理はないな。」


通りで自分たちの苦労が報われないわけだ。

連日の無駄に終わった尾行を思い出す。


「それで、作戦はどうするんだ?」

「今回、狙うのは、ベネット大将の”会合ルート”だ。会合そのものではなく、ルートでの襲撃を行う。」

「襲撃ですか?」


現在の任務の目的はあくまで強硬派の不正の証拠を掴むことであるにも関わらずわざわざ敵を襲うメリットはないように感じた。


「今だに、ベネット大将に関する情報を掴めていないのは彼らが完全に安全な場所から情報を動かしていないせいだ。今回襲撃することで追手である我々を意識させ、混乱を誘発する。」


考え無しではないようだが、ユージンにしては短絡的な発想にも思える。


「現状多少の揺さぶりは必要か…。」


ジャックも若干不信感はあるようだが、このまま手をこまねいている訳にもいかない事は3人の共通認識だった。


「既に、周辺の動線は全て把握済みだ。」


ユージンの方でもう既に下準備は終えているようだ。ここまで状況を詰められると反対のしようもない。


「やるか…。」


リツは視線を上げた。

ジャック、ユージンと目が合う。


緊張が走る中で、ユージンはほんの微かに顔を伏せた。


「……ああ。全ては、今日決める。」


その言葉に固い決意が込められているのを感じながら作戦の詳細の詰めに入った。



§



配管に足音が響く。風が吹き込んでいた。

古びたコンクリートの匂いが鼻を刺す。


リツとジャックは潜入ルートに沿って配置につき、ユージンは指揮官席として遠隔で指示を飛ばしていた。


「目標、到着まであと3分。リツ、ジャック、準備は?」

「問題ない。」

「大丈夫です。」


通信が静かに切れ、それぞれの鼓動が夜に響く。


ゾロゾロと人の動く気配がした。


(来た!!!)


完璧なタイミングだった。

ベネット大将の動向から利用される可能性が高いポイントを割り出したのはユージンだ。


「流石だな。」


ジャックに呟きにリツの頷く。

その言葉が合図だった。互いの心の中でカウントを行う。


―――1,2,3


リツは一瞬のためらいもなく影から飛び出した。

後方から音のする方へと無音のまま近づく。

ベネットの部下たちの後方からジャックが煙幕弾を投げた。


その瞬間にベネット大佐らしき黒い軍服のコートを着た人物を補足することは忘れない。

瞬時に、白煙が視界を塞ぐ。


―――ヒュン


ナイフが白煙の中を切り裂いて一直線にベネット大佐に向かう。


(え?当たったはずなのに…。)


悲鳴も何も声が上がらないことに違和感を覚えながらも、ベネット大佐の部下に向かって弾丸を放つ。

リツは、周辺の部下に対して致命傷にはならない程度の傷を与える手筈になっていた。


電気ショックで直ぐに数名倒れたはずだが、一、二名を除いて避けられてしまった。


(戦闘慣れしてる⁈)


残った部下たちが陣形を取っているのが分かる。

これまでの戦闘は訓練を除けば個人戦に近い形式が多く、組織立って動く敵を前に額から嫌な汗が噴き出た。

(ジャックは⁈)


煙が収まっていく。

リツの目に飛び込んで来たのは想定外の光景だった。


ジャックのメスを押してベネット大佐のサーベルが迫る。


「くっ…!本当にベネットか⁈ 」


ジャックの奥歯から声が漏れる。


彼の言葉にピクリとリツも反応した。


ジャックの位置からベネット大佐まで、ある程度距離があったはずだ。

それにも関わらず、ジャックが初撃を行ったポイントとほぼ同じ位置で、二人は交戦していた。


(まさか、攻撃が当たらなかったのか…⁈)


人体の構造を把握し、手術では寸分の狂いもない動きをする手を持つジャックだからこそできる、ミリ単位での正確なメスの投擲が当たらなかった可能性に目を見張った。


―――手持ちのメスと中距離に強いサーベル。


妙に速い動き、その差は歴然だった。

ジャックの肩口から血が滲み、動きが鈍る。


「ジャック!」


暗部としてはご法度だが、叫ばずにはいられなかった。


リツの叫び声と同時に弾丸がリツに向かって迫っていた。

避けることも叶わず太ももをかすめる。


ピーノに打たれた時より軽症なことは直感的に分かる。

しかし、状況は劣勢だった。


無情にも、ユージンからの撤退指示はいつまで経っても通信機器からは聞こえてこない。


作戦よりも早期だが、撤退のための発煙筒を握りしめる。

これを投げたら、撤退の合図だった。


「リツ、ジャック、下がれ!」


通信の向こうで、ユージンの声が聞こえた。

やっとの思いで煙を敵陣に投げ込む。



完璧すぎるほど完璧なタイミングだった。これ以上は二人とも命の保証が無かった。

(………。)


足を引きずりながら、悪い想像を払拭しようと首を振るが、この数カ月、戦場で生き延びてきた本能を無視することは出来なかった。



§



白い蛍光灯の下、医務室には薬品と消毒液の匂いが満ちていた。

リツは太腿を、隣のベッドでは、ジャックが肩の止血を終え、苦しげに座り直していた。


「なあ、ジャック。」


リツは言葉少なげに話かける。


「………俺のメスは、確実に大将の利き腕である右手に傷をつけたはずだった。だが、あいつはまだ動いていた。つまり、」


ジャックは口を噤んだ。


「影武者が用意されていた…可能性が高い…か。」

「顔も体格も一致していたが、あの年齢で、あのスピードは有り得ないだろうな。」

「でも、こんなにタイミングよく影武者が投下されると思うか?」


二人は黙り込んだ。

戦場を同じくしたものだからこそ分かるものがある。


<タイミングの良すぎる影武者、洗練された戦闘部隊と化した部下たち>


お互い声にこそ出さなかったが、同じ可能性に行きついているはずだ。


(違うと思いたいけど…作戦が漏れていた。)


ゲリラとしての知恵もあったかもしれないが、以前からリツたちの動きがベネット大佐側に盛れていたのであれば、しっぽを掴めなかったことも無理はない。

暗部の内部に内通者が紛れているのかもしれない。その事実に頭を抱える。


(仲間だと思ってたのに………。)



重たい雰囲気の中、ユージンが現れる。


「……想定以上に動かれたな。だが、結果としてよかった。」


ジャックが苛立ちを隠さず睨みつける。

ユージンは軽く顎を上げ、持ってきた地図を広げる。淡々とした声で告げた。


「敵の動きが見えたぞ。あの後、不審な搬出を確認している。」

「…もしかして、わざと俺たちをあそこに投下しましたか?」


リツがあえて仕掛けた。

何も尋ねないまま作戦を続行することは不可能だった。


「ああ。軍部に直前に噂を流しておいた。」


まるで悪びれた様子もなく答えた。


「何故か、教えて下さい!僕もジャックも……死んでたかもしれないんですよ!」


リツの声に怒気が混じる。

ユージンはこちらを一瞥したが、再度地図に視線を戻す。

その目には感情の色がほとんどなかった。


「暗部とは本来そう言う仕事だ。」

「…な⁈」


絶句する。ユージンが暗部の仕事に誇りを持っていたのは知っているが、ユージンは死すらも任務の一部として受け止めているようだ。


「国を最善な方向に導くために、命を賭す。本来、暗部とはそうあるべきなんだ。」


彼の国への忠誠心を表すような、初めて聞いたユージンの本音に近い部分だった。


「傲慢だな。」


ジャックが冷え冷えとした声で返す。


「―お前たち”イヌ”には分からない。」


強い拒絶の意識が込められたその言葉に、リツの感情も冷めていく。


「だが、心配するな。今回の襲撃で敵は、自陣に我々が迫っていることを認識した。そうでなければ、ただの噂話にあれほどの戦力を投入するはずがない。」


自分とジャックの命を囮として使われたことで不信感が募るが、ユージンの言うことは確かに的を射ていた。


「戦術学で、可動戦略M2Mを聞いたことは?」

「M2M?」

「ゲリラ戦の初動対応マニュアルだ。拠点が露見した際、数時間以内に物資と情報を敵の進軍に対して“逆方向”へ移動させる作戦。逃走先を囮に見せかけ、実際は敵陣側の薄い地点に潜り込ませる。ベネットの出身部隊がかつて使った戦術だ。」


そう言うとユージンは、指で地図の一点を示す。

地図上には、いくつかの印が書かれているが、そのうちの一つが太字になっていた。



「次の拠点を特定出来たんですか?」


ユージンは、無言で先日から見慣れた古い地図をテーブルに広げる。

最新版の地図を重ねると印の書かれたポイントは、配管直結の廃工場や廃ビルのエリアだ。


「いくつか候補地はあったが、この廃工場群。旧軍の弾薬庫跡だが、先週から搬入記録がある業者がいくつかあった。」

「まさか、そこに?」

「ベネットなら、選ぶ。あの男は過去にも“戦場にならない場所”を一時的な保管拠点にしていた。公式記録には載っていないが、過去の作戦分析と照らせばわかる。あの動きは——そう、あれは彼の癖だ。」


静かに地図の端を折り、ユージンは言う。


「明日、そこへ攻め込む。彼らの動きからして、今日中に現在の拠点から情報を動かし、以降は警備も堅牢なものになるだろう。明日がタイムリミットだ。……今回は、俺も前線に立つ。」

「ユージンさんが?」


これまでも、ユージンが前線に立つことなどなかった。

どちらかと言えば、暗部においてリリスの参謀的な役割にも関わらず前線を志願したことに驚く。


「お前たちが怪我をした以上、戦力の補強は必要だ。」


そう言い切るユージンの瞳には決意が浮かんでいた。



§



夜明け前の空は、鈍く灰色に濁っていた。

廃工場の周囲には霧がかかり、シンと静まり返っていた。

鳥の声すら聞こえない。


「配置につきました。南東ポイント、死角はなし。」


リツの声が通信に入る。


「こちらも完了。工場の屋根には目立った動きなし。」


ジャックが続けた。


ユージンは、所定通りのポイントについていた。

しかし、彼の視線は、襲撃する廃工場の侵入口とは別の場所”に向いていた。


(リツ、ジャック……。)


最初に違和感を持ったのは、リリスからのリツに対する寵愛とも言うべき反応だった。


彼女は歴代の暗部の長官の中で唯一の女性であると同時に、変人でも知られていた。

だが、圧倒的な実力で周囲を黙らせ、その座に昇り詰めたものの、長官になってからもただ淡々と任務をこなすだけで、国に対して積極的なアプローチをしようとはしなかった。


リリスに疑問を呈したこともあったが軽くあしらわれるだけだった。


国をより良くするため、ここ数年の幹部候補生の中でも一際高い成績を誇る自分があえて王道ではなく、暗部と言う道を選んだのも、裏からであればより自由にその実力を振るい、国に貢献できるという思いがあったからだ。

しかし、リリスは暗部での権限を対して使おうともせず、国をより良くしようと言う思いが見えないと不満を持ったのはいつの頃からだろうか。


せっかく、”イヌ”という強力な兵器を呼び出す権限も持っていながら、ジャックのような医者ともイヌともつかない宙ぶらりんな存在を認め、その数を増やそうともしない。


そんな彼女が、ジャックの後数年ぶりに”呼び出し”たのがリツだった。

しかし、どんな人間を呼びだしたのかと思えば、全くの甘ちゃんなのだ。


ユージンは内心、実力の伴わない理想主義者たるリツに怒りを覚えた。

関わってみれば、年の離れた弟のような部分のあるピュアな青年であることは分かったが、それもまたユージンの神経を逆なでした。


まるで、今の生ぬるい暗部の在り方そのものを擬人化したようだった。

かつて自分が守ろうとした国の姿と、リリスを長官とする暗部はあまりに乖離している。


(この国は、強く、強靭であるべきなんだ。)


焦燥感にかられたユージンが統合派の存在や関連する暗部に関わる噂まで到達するのにそう時間はかからなかった。


何より、暗部が統合派に組していることが分かれば、そこからは自ずと関連する人物は分かって来る。リリスに近く、そのスケジュールや任務の詳細、人間関係を見れば自ずと分かってくるのだ。


セシリアの件は、リリスの本当の右腕は彼女だろうと当たりを付け、揺さぶったに過ぎない。だが、そこでリツとジャックという駒を彼女が動かしたことで、一気に確信へと変わっていた。


(彼らが、”統合派の本命”だ。)


ユージンは静かに息を吐く。

リリスとセシリアが頭脳であれば、暗部における統合派の手足となる人物がいるはずだった。それが、リツとジャックなのだ。



―——彼らが敵ならば…。

「工場内部に搬入で入った人間の出入りは確認している。今は、業者はいないはずだ。残っているとすれば警邏の者だろう。全員排除して構わない。」


ここまでは、彼らに告げた作戦通りだった。


「突入まであと三十秒。リツ、ジャック、準備は?」

「はい。」

「問題ない。」


迷いのない声が返ってくる。


ユージンは静かに頷いた。

視線の先に向け、手をゆっくりと上げた。


―——それが「開始」の合図だった。



§



「作戦開始。」


ユージンの手が静かに下ろされ、狙撃班に命令が伝わる。

スコープ越しにジャックの頭部を正確に捉えた——その瞬間だった。


狙撃手の首が締め上げられる。


「…うぅ!」


ユージンが気づいた時には、リツたちと繋いでいる通信とは別の端末から衝撃音が聞こえる。


「……何があった?報告を、」

「狙撃手はもう無効化しましたよ。」



リツの声が背後から聞こえてくる。


「リツ…。」

「報告、ですよ。」


―――リツはまるで悲しんでいるような表情でそこに立っていた。


ジャックは低く続ける。


「お前の作戦、読み切っていた。」



ジャックの声が低く続いた。


「…本当は、信用したかったんです。でも、あまりにも出来過ぎていました。」

「どうして狙撃手の位置が分かった?」


ユージンが目を細める。


「暗部は彼らだけじゃない、からじゃない?」


通信機に声が響く。


「………セシリアか。」


ユージンの表情が歪む。

通信機越しにクスリと笑った彼女の声が聞こえる。


「可動戦略M2Mなんて聞いたのは授業以来で懐かしかったわよ。」


妙にスムーズな作戦運びだった。


「違和感を抱くなと言う方が難しかったか。」

「…はい。戦闘をしたからこそ相手が本気かどうかぐらい分かります。」


何より先日の逆襲撃は、罠にかけたとユージンは言っていたが、明らかに相手が完璧な準備をし過ぎていた。あれ程高度な影武者を使うなど、ユージンが言ったように数時間前に情報を流しただけで実現できるとは思えなかった。

加えて、リツやジャックの怪我を押してでも作戦を遂行しようとするのは戦術家であるユージンにしては冷静さを欠いている印象だった。


そこで頼ったのが、情報管理室だ。


セシリアの戦闘力は理解している。

しかも、横領事件で吊るし上げられた人物だからこそ、少なくともベネット大将の件においてあちらに取り込まれていることは無いだろうと判断した。


「情報管理室のクレアです。」


追加での通信が入る。

セシリアの無罪を証明したことで、クレアもリツたちに協力的だったことは大きなアドバンテージだった。


「セシリア中尉の事件の際、明らかに内部の人間でなければ改ざんできない情報に対しても改ざん記録が残っていたことが気になっていたんです。」


「暗部の全員の入退出記録含め調べさせていただきました。ほぼ全て完璧に情報は消されていました。ですが、綺麗過ぎたんです。機械的に焼き増しする際のパターンを発見しました。―――つまり、内部犯がいます。それは、ユージン大尉でしょうか?」


クレアの声から緊張していることが伝わってくる。

ユージンは拳銃から手を離し、両手を上げた。


「ユージンさん…何故だったんですか?」

「…。」


ユージンは、こちらに発破をかけては来るが、良い関係が築けていると思っていたのは自分だけだったようだ。

ユージンは何も答えようとしない。


「…拘束させてもらいます。」


リツがユージンに近づいた時だった。


―——パンッ!


想定外の音が鳴り響く。

目の前で赤い血が爆ぜるのが視界に映った。


「な、⁈」

「どこからだ!レディーセシリア、狙撃だ!」


ジャックの焦った声が響く。

リツは、ユージンの元に駈け寄り止血のため圧迫したが、血が止まらない。

医療従事者ではないが、ジャックの日頃の手伝いをしているからこそ分かってしまった。


(タスカラナイ。)


昨日までの仲間を本当の意味で失った。


「逃げられた。完全に別位置からの狙撃よ。」


セシリアの声が響く。


「逃走経路になりそうなルートを割り出します!」


クレアの音声も聞こえてきたが、ユージンは口から血を溢れ出させながらも口の端を緩めた。


「いい。俺はお前たちの仲間じゃないんだ。」

「ユージンさん…何で、何でベネット大将側についたんですか?国の最善な方向って、もっと他にあったんじゃないんですか⁈」


ジャックが、傷口を見る。

首を横に振る。

医学的に見て、もう助からない。診断だった。


「お前たちでも、一日じゃ、辿り付けなかったな。」


息を切らしながら、ユージンは馬鹿にするように言ってきた。


(煽っている場合じゃないのに。)


ユージンの走馬灯に浮かぶのは、温かい想いではなかった。

訓練のこと、全てを投げうって全身全霊で理想を追いかけた。


あんな母にはなりたくなかった。

感情に流され、政治に弄ばれ、何一つ守れなかった人間。

だから、自分は“正しい形”で、権力と距離を取り、国家を守る側に回った。

なのに、結局は自分も権力に近づき、ただ切られるだけの存在だった。

それなのにもかかわらず、心のどこかで“あの人に認められたい”と願っていることが、ユージンの自尊心を傷つける。

自分の目標が、リツのように誰もが認める眩しいモノだったら良かったのだろうか。


「俺は、お前たちの、手のひらで踊らない。」


彼の最後の一言だった。

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