第29話 こいつ、使えるかもな
【阿子木 迅──視点】
──ああ、おもんな……。
平日の昼間。
オフィス街を歩きながら俺は心の中で毒づいた。
周りは、談笑しながら歩く若いリーマンやOL。
食後の血糖値スパイクで眠そうにしながら歩く中年リーマン。
そんな中で私服姿の俺は、何とも居心地がわるい。
20代半ばの俺が、なんで平日の昼間に私服姿でブラついているかと言うと、無職になったからだ。
──たかが、オモシロ動画をネットに上げただけで、退職はねぇだろうよ。
通勤の電車内で、ヤンキーがイケメン男子高校生を……ああ、実は男装してる女子高生だったらしいが、電車内でケンカしてるのを見て、俺は思わず手に持ってるスマホで動画を回した。
──SNSでよく観る奴じゃん。これで、会社の愚痴しか書かねぇ俺のアカウントも万バズだな!
とネットに上げたら、事が思った以上に大きくなった。
意気揚々と、ネットで話題になっている動画は俺が上げたんだぞと周りに吹聴したら、親父の耳に入り、謝罪、謝罪、謝罪……。
通勤中の所業という事で、会社からも処分を受けるという事になり、元々親の会社のコネで入社した会社という事もあって、親父に半ば無理やり依願退職させられた。
別に、親の会社を継ぐ前の腰掛で入っていた会社だから、大して未練はないが、こうしていざ無職になってみると、やる事がねぇ……。
という訳で、こうして昼間から街中をブラブラして、オフィス街でリーマン行きつけのランチの店で酒を飲んで社畜煽りをしたら、やることがねぇ。
──とっとと帰るか……。でも、実家に帰ると親がうるせぇんだよな。
家に帰りたくない俺は適当にぶらついていた。
颯爽と歩いているビジネスマンを視界に入れたくない俺の足は、自然と夜の街の方へ向かう。
ガムがへばりついた跡がいくつも残る路地に、ポリバケツを漁るカラス。
今は、こっちの方が俺の気持ちを落ち着かせてくれる。
下には下が居るんだと。
「おい、新入り! てめぇ、なんだこのマズい賄い飯は!」
「す……すいやせんっ!」
突如、路地の方から怒号が飛んで来て、ビクッ! となる。
なんだ?
「料理人が、こんなマジィもん食ったら、大事な舌がバカになる! おい! 外に食いに行くぞ」
「「「う~~~っす」」」
怒号の後に、裏路地から何人かの男たちが出てくる。
どうやら、飲食店の裏口のようで、出てきたのは料理人たちみたいだ。
呆気にとられて見ていると。
「う……グスッ……」
男たちが出てきた飲食店の裏口ドアから、いかにも新人っぽいコック服の男が半べそで出て来て、裏路地に置かれたポリバケツに料理を捨てていた。
ははーん……。新人いびりって奴か。賄いの昼飯を作ったけど罵倒されたって所か。
こういうの、今でもあるんだな。
大変だね~。って、ん?
あの顔は……。
黙々と皿の料理をポリバケツに捨てている男の横顔に強烈な既視感を覚えた俺は、こっそりと裏路地に近づく。
「なぁ、アンタ。ひょっとして、例の動画の奴か?」
項垂れていた新人男はビクッ! と肩を震わせてその場に固まった。
別に野郎相手だし、無遠慮に顔を覗き込む。
「おー! やっぱりそうだ」
「ちがっ……す……」
相手はオドオドしながら否定する。
厨房仕事で衛生面からなのか、それとも変装目的か、はたまた反省のためなのか、動画の時のイキった髪型でなく坊主頭だが、間違いない。
何せ、俺が動画サイトに上げて、『いいね』数やコメントを見て何度もニヤニヤしてたしな。
動画のサムネも君の顔にしてたから忘れんよ。
こうやって実際にマジマジと見ると、マジでガキだな。
「ちょうどいいや。さっき、一部始終見てたけど、君、昼ご飯まだだろ? お兄さんが奢ったる」
困惑するガキを尻目に、俺は少年を連れ出した。
◇◇◇◆◇◇◇
「ありがとうございました~。今日は天気がいいですね」
「閉店間際に色々買っていただいて、ありがたいです」
「そうですね~。それでは」
愛想のいい、キッチンカーの男性店主と若い奥さんと適当に言葉を交わし、袋を受け取った俺は公園のベンチに向かった。
「あの……俺、財布持ってきてなくて」
「こんなん奢りだよ。ほら、食え」
無職の身の上だが、流石に未成年者から金を貰う程、俺も落ちぶれちゃいない。
「いただきます……。モグ……むしゃ……」
「おお、食いっぷりいいね。こっちのサンドイッチも食べぇ」
「ありがとうございまっす!」
俺の分のクラブサンドイッチを渡すと、少年は貪るように食いだした。
流石は未成年。
よく食べるな。
「そっか~。あの件で仕事は辞めて、今の仕事はじめたんか~」
「はい……。前の職場は、客先から現場に俺が入る事拒否されちゃって居づらくなっちゃって……。親方には止められたんっすけど……」
「で、今の飲食店か」
「前の親方の知り合いの店を紹介してもらって……。キッチンなら客前に出る事は無いからって。俺、親が離婚してて、どっちの家にも帰れないんで、住み込みで働かせてもらってて。でも、俺正直、この仕事向いてなくて……」
「ほ~ん……」
料理人何て、料理が元々好きとか、将来店を持ちたいとか夢が無いと続かないって聞くからな。
成り行きでなったんじゃ辛いだろうな。
それにしても、色々と苦労してんだな、このガキも。
まだ未成年なのに。
俺が同じ歳の頃なんて、ダチと一緒に遊び回る事しか考えてなかったが。
「そういや、あの時は何で殴ったんだ?」
「そ、それは……」
「奢ったんだから、それ位は教えてくれよ」
ここで、俺は奢った飯を引き合いに出す。
こうしてノーと言いにくい状況を作るためだったのだから、タダより高い物は無いって奴だ。
「あの日は……。珍しく電車で行く現場だったら、歳の頃は同じくらいの奴が、綺麗な制服着てノー天気に学校に通ってる女子高生たちを目の当たりにして。そしたら、あの王子様気取りな奴がこっちを睨んで来て、そしたら自分が急に惨めに想えてイラついてつい……」
所詮はガキだから、衝動的に動いちまったって訳か。
さっきから目の前にいるオドオドしたコイツは、見た目よりは小心者だ。
でも、癇癪持ちで時折爆発する。
人生で損ばっかりして、どんどん自分で自分を不幸に陥れていくタイプだ。
──こいつ、使えるかもな……。
ここで俺は一応、周囲をキョロキョロと見渡す。
すでにランチタイムをとうに過ぎた公園は、人もほとんどおらず、先ほどパンを買ったキッチンカーも夫婦で店じまいをしている所だった。
「そういやさ。例の動画の件で、ちょっと小耳に挟んだんだけどさ」
そう言って、俺はガキにある話をするのであった。
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