第28話 愛梨の家出
「はふ……」
「むにゃ……」
「玲も凛奈も寝たか」
玲も凛奈も、何やかんや昼間の叡桜女子高校での文化祭で疲れていたのだろう。
ボドゲから1人抜け、2人抜けで電池が切れるようにそのまま寝てしまった。
なお涼音さんはお酒を飲みながらボドゲをしていたので、いの一番に撃沈していた。
寝落ちするなら、たしかに皆で雑魚寝形式は良かったかも。
「才斗兄ぃ……」
「なんだ愛梨。よその家の布団だから寝れないか?」
「そっち……行っていい……のじゃ?」
照明を落として薄暗いリビングの中で、モゾッと小さな塊が動き、遠慮がちに訊ねてくる。
「いいぞ」
「エヘヘ。お邪魔しますなのじゃ」
掛け布団を上げると、猫のように愛梨が潜り込んでくる。
「なんだかお盆の帰省の夜を思い出すな」
「むむ……! 才斗兄ぃ、今、痴女王子と痴女お嬢のエッチな寝巻の事を思い出しておるな⁉」
「な、殴んなっての愛梨」
図星を突かれて狼狽える俺。
「まったく、才斗兄ぃは」
「しかし、愛梨も女になったんだな」
「え? そ、それは、ついに才斗兄ぃが我の事を一人の女性として見るようになって……」
「いや、バシバシ俺の心の中を読んでくるからさ。女の人って、そういう所、本当に鋭いよな」
俺が色々と分かりやすいだけなのかもしれないけど。
「なんじゃ、それは。期待して損したのじゃ」
またもや不満顔な愛梨がポカポカと俺の胸を殴って来る。
「で、だ。エスパーな愛梨ならもう気づいてると思うけど、皆、あえて愛梨に家出の事は聞いてなかったよな?」
突然、聞かれたくない所に水を向けられて、胸の中の愛梨の身体が硬くなる。
「…………」
「別に話したくないなら話さなくてもいいぞ」
強張った愛梨の頭をポンポンと軽くたたく。
「……いや、話すのじゃ。確かに、聞かれないからと言って、己の言いたくない事から逃げるのは、番長総代の名折れ……。地元の舎弟達に示しがつかないのじゃ……」
実は、英司からスマホにメッセージが届いていて、俺は大方の事情は把握している。
でも、愛梨はきちんと立ち向かう覚悟を示した。
そんな愛梨に俺は心の中で敬意と、いつも心のごく表層だけをわざとらしく晒す己の弱さを恥じ入る。
「父ちゃんが……。高校は地元の公立の職業科の高校へ行けって言ってきて……」
「親父さんは相変わらずなのか……」
英司と愛梨の親父さんは、良く言えば昔気質、悪く言えば頑固で偏屈な、典型的な田舎の親父だ。
「女は手に職つけて卒業後は地元で就職か家の田畑を手伝えって……」
無論、技能を身につけて、地元を守るために実家に残る選択をすること自体は、何も間違っていないし、素晴らしい選択肢の内の一つだと思う。
でも、それは本人がきちんと納得して、自分でその進路を選んだ場合だ。
「成績も良いんだから、隣の学区の進学校に行きたいって、親父さんには言えなかったのか?」
「言ったけど、でも『うちにそんな金は無い』って一蹴されて……。それで、お年玉貯金を抱えて飛び出してきちゃったのじゃ……」
「そうか……」
子は親を選べない。
どんなに才能という芽があっても、根を張る土に水や栄養が不足しているどころか、その芽を踏みつけようとしてくる親もいる。
絶賛、親とケンカして家出中みたいなもんの俺だが、愛梨とはまるで状況が異なる。
──所詮、俺のしてる事って、ボンボンの坊ちゃんの拙い反逆でしかないのかな……。
今の愛梨を見ていると、『恵まれた環境にいるくせに』、『九条家に何の不満があるんだ』と外野から言われ続けた時の苦しさが、まるで過剰な胃酸のようにこみ上げてくる。
「う……グスッ……」
「愛梨、泣いて……って、ん?」
慌てて慰めようとしたが、涙ぐむ音が別の方向から聴こえたぞ。
「愛梨ちゃん……辛かったね……グズッ……」
「って、玲が泣いてるのかよ⁉」
てっきり、愛梨が感極まって泣き始めてしまったのかと思っていたら、モゾモゾッと隣の布団から玲が這い出てきた。
起きてたのかよ。
玲の顔は涙でグシャグシャである。
「愛梨ちゃん。ボクの家にいつまでも居てくれていいからね」
「いや、玲……。そういう事を軽々しく言っちゃ……。第一、家主である涼音さんが」
「愛梨ちゃん辛がっだね……。いつまでも居ていいのよ。うちは、全然大丈夫だからね」
「って、涼音さんもですか」
お酒も入ってたからか、涼音さんも大号泣である。
この人、本当によく泣くな。
「うるさいわね。あと、布団がヘタレ王子の涙で濡れて汚いから、しばらく布団は貸しておくから」
「凛奈も起きてたんかい」
結局、皆何やかんや、愛梨の事が心配だったんだな。
「当たり前でしょ。全員寝たら、才斗を襲おうと思ってたのに」
「おい! って、スルリと入ってくんな凛奈!」
「愛梨ちゃんだけズルい。ボクもそっちで寝る!」
「どさくさまぎれに私も~♪」
「痴女お嬢も痴女王子も、ついでに痴女王女様も暑いのじゃ!」
結局、その夜は文字通りの団子状態で寝る事になった。
もう秋だって言うのに、皆からの抱き枕と化した俺と愛梨は汗だくだくになったのであった。
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