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地味な読書少女と、世界を綴る本 ~静かに始まる小さな奇跡  作者: 秋月心文


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18/20

世界を救えない私

 私は読みかけだったグリモアを閉じた。


 さっきから同じページを眺めているのに、

 まったく頭に入ってこない。


「私って、冷たいのかな?」

 圭佑は首をかしげる。

「どうして?」


 私は妹が傷つくことだけは、絶対に許せない。

「妹が傷つけられると……」

「うん」


「私、ブチ切れて冷静な判断ができなくなる」

 ブチ切れると、無意識のうちにグリモアの力を使っていた。


「確かにやりすぎてたな。人も国も消しちゃったっけ?」

 人も、国も、歴史さえも消してしまうほどに。


「でも、俺だって、妹のためなら、世界を敵に回す気だった……」

 圭佑は、妹さんを助けるため、

 以前、そういう組織に所属していた。


「ふふっ……。あぁ、そういえば、そうだったわね」


「で、何を気にしているんだ?」

「グリモアは、私が関係しない出来事は見せないんだけど……」


「晶自身のことで、

 悩むとは思えないから、身近な人が関係する話だな」

「うん、大地震が起こって、大津波が発生するらしいの」


 圭佑は少し考えた末に、口を開いた。

「それなら、例の国家情報局だっけか、

 国家の力で、先に手を回してもらうのがいいんじゃないか」

「なるほど……」


 私は、国家情報局の水瀬さんに電話をかけ、

 その情報を伝えた。

 場所と、日時と、大津波が広がっていく経緯を……。


 それは「球技大会」の際に一緒だった

 名塚さんの実家のある地域で発生するものだった。

 普段、寮暮らしの彼女は夏休みで帰省するらしい。


 だから、グリモアは、その様子を見せてきた。

 もうじき夏休みが始まる。


 大地震そのものを消してしまえばいい。

 そう願えば、おそらくグリモアは叶えてくれるだろう。


 でも──。

 私は、そこまで願えなかった。


 名塚さんには、助かってほしい。


 だけど、世界中の誰もが助かってほしい、とまでは思えない。

 そんな自分が嫌だった。


 せめて、情報だけでも伝えておこうと思った。

 LI〇Eアプリを開いて、

 名塚さんに、メッセージを書いてみる。


=8月3日10時23分に地震が起きる。

 その数分後に津波が来るから、急いで避難して!=

 ダメだ。こんなこと書いても信じてもらえないだろう。

 メッセージを消す。


 でも、やっぱり、

 もう一度同じ趣旨のメッセージを書く。


=8月3日10時23分に地震がくるから、

 高いところまで避難して!=

 だけど……。余計に伝わらない気がしてくる。

 今度は、送信ボタンに指を近づけることができたが、

 結局、押せない。

 また、メッセージを消す。


 だけど、また同じ趣旨のメッセージを書いていた。

=8月3日10時23分の地震の後に

 すぐ津波が来るから、高いところに避難して!=

 やはり、送れない。

 画面を閉じた。

 メッセージは送信されないまま、残っていた。

 指先は、最後まで送信ボタンに触れられなかった。


 一応、国がなんとかしてくれるとは思う……ことにした。

 とはいえ、津波が起きるとわかっていて、

 国が事前にできることって、何があるんだろう?


 そう思っているうちに夏休みが始まった。

 せめて、彼女のまわりだけでも、被災しないように願った。


 ・ ・ 8月3日10時23分 ・ ・


 名塚さんの実家は遠く離れている。

 それでも、この街まで大きな揺れが伝わってきた。

 現地では、相当大きな揺れだっただろう。


 テレビをつけると、津波警報が出されていた。

 今回は、地震からあまり間をおかずに津波が来た。


 ニュース番組では、ヘリコプターからの映像が流れる。

 車が、船が、まるで模型のように押し流されていく。

 家が、ぐしゃぐしゃと壊れながら流されていく。


 そんな中、不自然な家が映っていた。


 両隣の家が、津波の力で押し流されているのに、

 1軒だけ、押し流されていない。


 流された車がぶつかりそうになっても、

 車が方向を変えて、その家には直撃しない。


 しかも、その家の中には浸水もしていないようだ。


 翌日、津波が引いた後のヘリコプターからの映像でも、

 その家以外、周囲はすべて更地になっていた。

 あきらかに不自然な残り方だった。


 そのため、その家には、マスコミが押し寄せた。

 だけど、その家の人たちは、それどころじゃなかった。

 周辺が流されたことで、

 停電、断水、もちろん、ガスも止まった。

 近隣の人たちとも連絡がつかない。


 インタビューに応じる名塚さんがテレビで流れていたが、

 彼女は今回の津波で、親しかった友人を失ったようで、

 泣きじゃくっていた。

 時々、言葉を失いながら、友人の死を嘆いた。


 その映像と言葉は、人の涙を誘った。


 どの局も、

 彼女が友人の死を語る場面を、

 何度も、何度も、繰り返し流していた。


 それを見ていて思ってしまう。

 どうして、あの津波自体を無くせと願えなかったんだろう。


 私は、世界を救いたいとは思えない。

 ただ、本が読めて、

 身近な人が無事でいてくれたら、それで十分だ。


 それ以外は、どうでもいい。

 ……そんな自分を、冷たいと思う。


 世界では、

 事件も。

 事故も。

 災害も。

 紛争も。

 飢えも。

 とめどなく起きている。


 もし世界中の人を救いたいと願う人間だったなら、

 それらを止めるために、

 毎日世界を書き換えてしまうのだろう。

 グリモアなら、それができるのだから。


 だからこそ、グリモアは、

 世界を背負おうとしない私を、

 選んだのかもしれない。


 ※あとがき

 本作には災害を扱う描写がありますが、現実の災害を題材にしたものではなく、被災された方々を傷つけたり、軽んじたりする意図はありません。

 熊本地震で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げるとともに、亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。

 お読みいただき、ありがとうございます!


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