第59話 戴冠と学生生活
革命の夜が明け、王都に新しい朝が訪れた。
王城のバルコニーの下、広場を埋め尽くす民衆たちは、不安と期待が入り混じった表情で、固く閉ざされた扉を見上げていた。
朝日が昇りきった、その時。重厚な扉が開き、あの大神官が姿を現した。
「――民よ、聞くがいい!」
大神官の声が、魔法によって王都全域に響き渡る。
「昨夜、天より『神託』が下った! 古き王家は去り、この国は生まれ変わる! 神が選びし、新たな『王』……。それは、国を救いし英雄、『アベレージ・ワン』を率いる少女!」
大神官が、恭しく脇へ退く。そこへ、純白のドレスと、煌びやかな王冠を身につけたシノンが、ゆっくりと姿を現した。
その隣には、それぞれ宰相、将軍、財務大臣の正装に身を包んだアリアナ、エルザ、リリィが控えている。
「……新女王、シノン陛下である!」
ワァァァァァァァッ!!!!! 地響きのような歓声が上がった。昨日、絶望の淵から国を救った少女。彼女が王になることに、異を唱える者はいなかった。
シノンは、手すりに手をかけ、震える足を必死に抑えながら、民衆を見渡した。
(すごい数……。みんな、見てる……言わなきゃ。私の、言葉で)
「……王都の、皆さん」
シノンの声は、最初は小さかったが、次第に力強さを帯びていった。
「私は、政治のことも、難しいことも、まだよく分かりません。ただの、田舎から出てきた学生でした。でも……私は、この国の日常が大好きです。皆さんが笑って、ご飯を食べて、明日を楽しみにできる……そんな普通の幸せな日々が、何よりも大切だと思います」
シノンは、胸に手を当てて言葉を続けた。
「だから、私は誓います。その日常を脅かすものからは、私が……私たちが、全力で皆さんを守ります! 人間とか、魔族とか、古の竜族とか関係なく……みんなが手を取り合って笑える国を、作ります!」
飾らない、しかし心からの言葉。それが、民衆の心を打った。
「女王陛下万歳!」「シノン様ー!」「アベレージ・ワン万歳!」
熱狂の中、シノンは振り返り、仲間たちと頷き合った。そして、歴史的な瞬間が訪れた。
空が暗転し、黒い太陽のような闇が、王都の上空に出現した。民衆がどよめく中、そこから静かに降下してきたのは、魔王ディアブロと、三魔将たちだった。
侵略者としてではない。一国の王と、その使節団として。彼らは、堂々と王城のバルコニーへと降り立った。
「……約束通り、来てやったぞ」
ディアブロが、シノンの前で立ち止まる。その顔には、いつもの不敵な笑みと、隠しきれない《《愛おしさ》》が浮かんでいた。
「はい。……お待ちしていました。ディアブロさん」
シノンも、女王として、そして恋人として、彼を見つめ返す。
二人の間に、一枚の紙が広げられた。
『恒久平和条約』
不可侵、通商、技術交流。長きにわたる戦いの歴史を終わらせる、誓いの書。
シノンとディアブロは、サインを交わし、そして、固く握手をした。
(その際、ディアブロの人差し指が、こっそりとシノンの掌をくすぐったのは、二人だけの秘密だ)
同時に、後ろに控えるアリアナとグレイ、エルザとゼスト、リリィとマモンも、それぞれの立場で握手を交わす。
ワァァァァァァッ!! 王都は、かつてない祝福の鐘の音に包まれた。平和が訪れたのだ。
◇
……と、そこまでは、感動的な『大団円』だった。問題は、その直後である。
即位式の興奮も冷めやらぬ控室で、宰相に就任したアリアナが、青ざめた顔で一枚の書類を見ていた。
「……シノン陛下。大変なことに気づきましたわ」
「え? 何、アリアナさん?」(陛下って呼ばないで……)
「私たち……まだ、卒業してませんわ」
「「「…………へ?」」」
シノン、エルザ、リリィが固まる。
「王国の法典、第128条。『王族、及び要職に就く者といえども、未成年の場合は学業を修める義務がある』……」
アリアナが、震える声で読み上げた。
「つまり……明日から、『女王』兼『学生』として、学校に通わなければなりません」
「えええええええええ!?」
シノンの絶叫が、王城に響いた。
◇
翌日。王立学園の校門前に、異様な集団が現れた。
完全武装した近衛騎士団の列。その中央を歩くのは、王冠を被り、制服の上に王家のマントを羽織ったシノンと、閣僚だった。
「……お、おはようございます、陛下!」
「おはよう!」
すれ違う生徒たちが、直立不動で最敬礼をする。 先生たちも、冷や汗をかきながら道を開ける。
「(やりにくい……! すっごく、やりにくいよぉ……!)」
シノンは、引きつった笑顔で手を振りながら、教室へと入った。
授業が始まる。
「えー、では教科書を……。あ、陛下、ご質問でしょうか?」
「い、いえ! 普通に当ててください!」
教師がビビりすぎて授業にならない。
休み時間。 アリアナの席には、城からの早馬で、山のような『決裁書類』が届く。
「……ッ! 次の法案のチェック、予鈴までに終わらせますわよ! シノンさん、ここハンコ!」
「は、はいっ!」 宰相アリアナは、教科書と公文書を二刀流でさばいていた。
体育の時間。
「将軍エルザ! 準備運動は完了しました!」
「うむ! では模擬戦だ!」
エルザが張り切りすぎて、校庭の地面をクレーターだらけにする。
「こらエルザ! 修理費は国庫から出るのよ!?」
財務大臣リリィが悲鳴を上げる。
そのリリィはといえば、購買部を勝手に『国営化』し、魔界からの直輸入品を並べて、学生たちから小遣いを吸い上げていた。
「ふふふ。これも国家予算のためです」
そして、放課後。四人は、逃げるように王城の執務室へと戻る。だが、そこにも『安息』はなかった。
「よう。勤勉だな、我が恋人」
執務室のソファには、魔王ディアブロが我が物顔でくつろいでいた。その横では、グレイ、ゼスト、マモンも、それぞれのパートナーを待ち構えている。
「ディアブロさん!? なんでここに!?」
「『外交官』として、駐在することにした。……文句はあるか?」
ディアブロは、仕事中のシノンの隣に椅子を持ってきて、ぴったりとくっつく。
「さあ、仕事など放っておいて、構え」
「無理です! この書類、今日中なんです!」
「ならば私が消してやろう」
「やめてください! 国が滅びます!」
アリアナのデスクでは、グレイが「非効率ですね」と言いながら魔法で書類を自動処理してはアリアナがときめき、エルザはゼストと中庭で『将軍の稽古』と称した乱闘を始め、リリィとマモンは、国の予算を『魔界ファンド』に投資する相談をしていた。
「(……忙しすぎるー!)」
シノンは、ペンを握りしめて天を仰いだ。平凡な日常? そんなものは、もうどこにもなかった。
あるのは、国の命運を背負い、最強の彼氏に振り回され、課題と公務に追われる、 世界一特別で、騒がしい毎日。
「……でも」
シノンは、ふと、隣で自分の髪をいじっているディアブロを見た。そして、周りで騒いでいる、大好きな仲間たちを見た。
大変だけど……みんな、笑っている。
「……ま、いっか」
シノンは、小さく笑った。
「みんなー! これ終わったら、お茶にしましょう!」
「おお! 賛成だ!」
「リリィ、最高級の茶葉を出しなさい!」
「経費で落としますね」
女王陛下の学生生活は、まだ始まったばかり。卒業までこの『最強のチーム』が、世界をどう変えていくのだろうか。




