第60話 卒業、そして未来へ
季節は巡り、二年後。王都は、かつてない活気と繁栄の中にあった。人間と魔族の交流は進み、街には魔道具や魔界の食材が溢れ、人々の笑顔が絶えない。
そして今日。 王立学園の講堂には、厳かな空気が流れていた。
「――卒業生代表、シノン」
学園長の声が響く。席を立ったのは、この国の女王であり、同時に、学園一のトラブルメーカーでもあった少女。
シノンは、壇上へと進んだ。王冠も、豪奢なドレスも身につけていない。着古した、思い出の詰まった制服姿。
「……はい」
シノンは、学園長から卒業証書を受け取った。二年前、震える足で民衆の前に立った少女は、もういない。数多の公務と、課題と、魔王との外交を乗り越え、彼女は、真の王者の風格を身につけていた。
証書を受け取り、振り返る。そこには、苦楽を共にした仲間たちがいた。
アリアナ、エルザ、リリィ。そして、在校生や教師たち、来賓席のディアブロたちまでもが、惜しみない拍手を送っている。
▶(シノン)◇
(……終わったんだ)
長かったようで、あっという間だった二年間。勉強して、特訓して、国を動かして。普通の学生生活とは程遠かったけれど。
(……最高の、学生生活だった)
私は、証書を胸に抱き、深く一礼した。女王としてではなく、一人の卒業生として……。
▶◇◇◇
「ありがとうございました!」
◇
その夜。 王城の大広間で、卒業記念の謝恩会……という名目の、『アベレージ・ワン』と『魔王軍幹部』の合同パーティーが開かれていた。
「卒業、おめでとうございますわ、シノンさん」
アリアナが、グラスを掲げる。彼女は、宰相としての激務をこなしながら、学年首席の座を守り抜いた。その隣には、当然のようにグレイがいる。
「……よくやりましたね、アリアナ」
グレイが、愛おしげに彼女の髪を撫でる。「
「貴女の魔術理論は、もはや私の修正を必要としないレベルです。……これからは、対等の研究者として、共に歩んでいけますね」
「はい! 先生……いえ、グレイ様!」
二人の薬指には、お揃いの指輪が光っていた。
「わははは! やっと卒業だぞ!」
エルザが、山盛りの肉を頬張りながら叫ぶ。将軍職と道場経営、そして学業。全てを体力でねじ伏せた彼女の筋肉は、さらに洗練されていた。
「食い過ぎだ、エルザ」ゼストが、ナプキンで彼女の口元を拭いてやる。「だが、悪くない食いっぷりだ。……そろそろ、私の魔界にも顔を出せ。弟子たちがお待ちかねだぞ、若女将」
「おう! いつでも行ってやるよ!」
二人の間には、言葉以上の信頼……拳で語り合った絆があった。
「ふふふ。卒業はゴールではありません。新たな商戦のスタートです」
リリィが、手帳を開く。財務大臣として国の経済を立て直した彼女の手腕は、他国にも轟いている。
「これからは、外交特権を使って、大陸全土に『コレット商会』の支店を展開しますよ」
「お供しますよ、リリィさん」
マモンが、恭しく頭を下げる。
「貴女の強欲が尽きるまで、どこまでもお供します。……私の全てを、貴女に投資済みですから」
「あら。リターンは大きくお返ししますわよ?」
最強のビジネスパートナーにして、最愛の強欲者たち。
そして、バルコニーには、シノンとディアブロの姿があった。喧騒から離れ、二人きりで夜風に当たっている。
「……卒業、おめでとう。シノン」
ディアブロが、優しく声をかける。
「ありがとうございます。ディアブロさん」
シノンは、夜空を見上げた。二年前に誓った日を思い出す。あの時は、不安でいっぱいだった。でも今は、隣に彼がいることが、何よりも心強い。
「……早かったな」ディアブロが、シノンの肩を抱く。「人間にしては、よくやった。国を治め、魔界との架け橋となり……。貴様は、私が選んだ通りの『嫁』になった」
「ふふ。ディアブロさんが、支えてくれたおかげです」シノンは、彼の胸に頭を預けた。「外交官として、毎日来てくれて……。仕事の邪魔ばっかりされましたけど」
「クク……。あれは『視察』だ」
ディアブロは笑って、シノンの左手を取った。そこには、あの『魔力石』が加工された、黒い指輪が嵌められている。
「さて、シノン。学生という枷は外れた。 ……そろそろ、約束を果たしてもらおうか」
「約束?」
「とぼけるな。結婚の返事だ。……恋人の期間は、もう十分だろう?」
シノンは、顔を上げた。彼の赤い瞳が、真剣な光を宿して、自分を見つめている。もう迷いはなかった。平凡への未練も、種族の違いへの不安もない。ただ、この人と、生涯を共に歩みたいという想いだけ。
「……はい」
シノンは、満面の笑みで答えた。
「喜んで。……私の、生涯の相棒」
ディアブロは、満足げに頷くと、シノンを抱き寄せた。月光の下、二人の影が重なる。誓いのキスは、以前よりも深く、長く続いた。
「あー! また二人だけでイチャイチャしてる!」
「まったく……。主役が不在では、パーティーが締まりませんわ」
「ふふふ。新婚旅行の予算も、計上しておかないといけませんね」
会場から、アリアナたちの温かくも呆れた声が聞こえてくる。シノンとディアブロは顔を見合わせ、吹き出した。
「……行くか」
「はい!」
二人は手を取り合い、光の溢れる会場へと戻っていく。そこには、大切な仲間たちが待っている。
女王として。魔王の妻として。そして、『アベレージ・ワン』の一員として。シノンの新しい物語は、ここからまた始まっていく。笑顔と、愛と、ほんの少しの『狂騒曲』を乗せて。




