第54話 剛剣の乙女
絶望に沈む王都の広場。空間が裂け、漆黒のゲートが開いた。そこから現れたのは、四人の少女たちだった。
「……戻ったぞ」
エルザが、地面を踏みしめる。懐かしい王都の空気。だが、そこには重苦しい絶望が漂っていた。
王都の東西南北、四方を囲むように聳え立つ、四つの巨大な石柱の塔。それぞれの頂上には、人類の英雄たちを葬り去った竜人たちが鎮座し、さらにその遥か上空には、古の竜王が、冷酷な瞳で地上の静寂を見下ろしていた。
『……ほう。もう終わりか?』
竜王の声が、都全体に響き渡る。生き残った全ての人類に対する、失望の宣告だ。
『我らを退屈させる有象無象すら、尽きたか。……ならば、裁きを下すとしよう』
竜王の周囲に、滅びの光が集束し始める。民衆は悲鳴を上げることさえ忘れ、ただ震えて蹲っていた。
その時。
「待て!」
死に絶えた広場に、凛とした声が響いた。瓦礫を踏み越え、四人の少女が前に出る。
『……ん?』
竜王が、僅かに視線を動かす。そこには、恐怖に震える民衆の中で、唯一、武器を構えて空を睨む『アベレージ・ワン』の姿があった。
『……まだ、死に急ぐ羽虫が残っていたか』
竜王にとっては、彼女たちもまた、これまでに挑んで散っていった数多の挑戦者と同じ、取るに足らない存在でしかない。
「羽虫じゃない!」
エルザが、大剣を担いで叫ぶ。
「私たちは『アベレージ・ワン』! この国を守る、最後の砦だ!」
『……威勢だけはいい。だが、言葉で我らは止まらん』竜王は、興味なさげに告げた。『止めたいなら、示してみせろ。その小さき命を燃やしてな』
「言ってくれるじゃねえか……!」
エルザは、ニカっと笑った。恐怖はない。体の中に、師匠としごき抜かれた力が漲っている。
「一番手は、私が行く!」
エルザが指差したのは、東の塔。騎士団長と国王を、傷一つ負わずに返り討ちにした、物理防御最強の竜人が待つ場所だ。
「あいつは、私がぶっ飛ばす!」
◇
東の塔、頂上闘技場。 転移の光と共に、エルザが姿を現した。
対峙するのは、全身を黄金の鱗で覆われた巨漢、『金剛の竜人』。その体は、ダイヤモンドよりも硬い金剛石の組成を持つ生ける要塞だった。
『……また、ちっぽけな娘か』金剛の竜人は、エルザを見下ろし、鼻を鳴らした。『先ほどの剣聖とやらの剣すら、我の鱗には傷一つつかなんだ。貴様のような細腕で、何ができる?』
「細腕かどうか、試してみろよ!」
エルザは、大剣を構えた。
(……感じる。以前とは、世界の重さが違う。大剣が、羽のように軽い。地面を蹴る足に、無限の力が湧いてくる。視界がクリアになり、敵の呼吸すら聞こえるようだ)
「行くぞ! うらああああ!」
エルザが、地面を爆散させて突っ込んだ。以前の彼女とは比較にならない音速の踏み込み。
『……!』
竜人が、わずかに目を見開く。だが、彼は動かない。避ける必要などないからだ。 彼は、ただ腕を組み、胸を張ってその攻撃を受けた。
ドガァァァァン!! 大剣が、竜人の胸板に直撃する。凄まじい衝撃音が響き渡り、衝撃波が闘技場の壁を震わせた。
「……どうだ!」
エルザが叫ぶ。だが……
『……蚊が止まったかと思ったぞ』
砂煙が晴れると、そこには、傷一つついていない竜人の姿があった。黄金の鱗は、エルザの渾身の一撃を、完全に無効化していた。
「なっ……!?」
『硬度、質量、魔力密度。全てにおいて、貴様ら人間とは格が違うのだ』
竜人が、退屈そうに腕を振るう。ただの裏拳。だが、それは大砲のような威力を持ってエルザに迫る。
「っと!」
エルザは、紙一重でバックステップし、回避する。風圧だけで、頬が切れ、血が滲んだ。
『ほう。避けたか。……だが、逃げ回るだけで勝てると思うなよ』
竜人が、一歩踏み出す。その重量だけで、闘技場が揺れる。
(……硬い。硬すぎる!)
エルザは、冷や汗を流した。今の私は、人間じゃない。半魔人のパワーがある。 それでも、この金剛の装甲は抜けないのか。
▶(エルザ)◇
諦めるわけにはいかない。他の塔では、シノンたちが頑張ってるんだ。そして何より……。
『貴様は私を超える男になるのだろうが!』
師匠が見てる気がする。あの人がくれた力と技。それが通じないなんて、私が認めない!
(思い出せ。師匠との組手を。師匠の体は、鋼鉄より硬かった。でも、師匠は言ってた。『硬いものほど、一点にかかる衝撃には脆い』。貫け、表面を叩くのではなく、その奥にある芯をブチ抜くつもりで!』)
▶◇◇◇
「……へへっ」
エルザは、剣を構え直した。今度は、力任せに振り回す構えではない。剣先を、竜人の『心臓』一点に定める、突きの構え。
『……無駄だと言っている』竜人が嘲笑う。『何度やろうと、我の鱗は……』
「うるさい!」
エルザの体から、紅蓮の闘気が立ち上る。それは、師匠ゼストと同じオーラ。だが、そこにはエルザ自身の『守るための意志』が混ざり合い、より鋭く、強靭な輝きを放っていた。
「私の剣は、ただの鉄の棒じゃない! 師匠と、みんなと……この国を守るための、牙だ!」
エルザの筋肉が魔力で膨張し《《きしみ》》を上げる。限界を超えた力の収束。大剣が、悲鳴を上げるように振動する。
「行くぞ! これが私の、全力だぁぁぁぁ!」
ドンッ! エルザが、空気を蹴って加速する。大剣の切っ先に、すべての魔力と闘気を一点集中させる。師匠直伝、『一点突破・螺旋撃』!
『小賢しい!』
竜人は、あえて避けなかった。自慢の胸板で、その攻撃を受け止める構えを取る。 最強の盾と、最強の矛の激突。
ズドンッ!!!!!! 接触の瞬間、世界が白く染まった。
キィィィィン! 耳をつんざく高音。剣先が黄金の鱗に食い込む。鱗が火花を散らして抵抗する。
「うおおおおおおお!」
エルザが吼える。まだだ。まだ届かない。もっと深く。もっと強く。師匠の拳のように。すべてを貫け!
ピキッ。竜人の顔色が変わった。
『な、に……!?』
絶対無敵を誇った黄金の鱗に亀裂が入ったのだ。エルザの闘気が、ドリルのように回転し、硬度を凌駕していく。
「貫けえええええええ!」
パリンッ!!!! 砕け散る音。黄金の欠片が舞い散る。エルザの大剣は、鱗を突き破り、その下の肉を、骨を、そして心臓を、深々と貫通した。
『ガ、ハッ……!』
竜人が、血を吐いた。その瞳には、信じられないという驚愕の色が浮かんでいた。
『……ま、まさか……。 人が……金剛を、砕く、とは……』
ズズ……ン……。 巨体が、ゆっくりと後ろに倒れる。地響きと共に、金剛の竜人は沈黙した。
勝負あり。エルザは、突き刺さった大剣を引き抜き、高らかに掲げた。満身創痍。だが、その立ち姿は、誰よりも勇ましかった。
◇
一方、王都の広場は、死のような静寂に包まれていた。ただ、絶望に打ちひしがれ、時間の感覚すら失っていた。
その時。東の塔の上空が、カッ! と輝いた。敗者を排出する無情な転移の光だ。
「……あ」「また、誰かが……」「もう見たくない……」
民衆が力なく空を見上げる。どうせまた無謀な挑戦者が変わり果てた姿で降ってくるのだ。誰もがそう思い、目を背けようとした。
だが。
ドサァァァァン!!
広場の石畳を揺るがす、かつてないほどの重量音と地響き。舞い上がった土煙が晴れた時、そこに横たわっていたのは、人間ではなかった。
胸に風穴を空けられ、白目を剥いてピクリとも動かない……巨大な黄金の竜人だった。
「…………は?」
誰かの、間の抜けた声が響く。民衆は、我が目を疑った。落ちてきたのは、英雄たちを瞬殺した怪物の方だ。紛れもなく敗者の姿で。
「り、竜人が……負けた……?」「誰が……一体、誰が……!?」
どよめきが広がっていた。
東の塔では、エルザが大の字になって寝ころんでいた。
「……へへっ。勝ったぞ……! あとは頼んだ」
東の塔、勝利。だが、戦いはまだ終わらない。同時刻、西の塔には、すべてを焼き尽くす炎の竜人とアリアナの戦いが待っていた。




