第50話 古の竜王
学園祭の熱気も落ち着き、季節が巡ろうとしていた、ある晴れた日の午後。王都の空が、唐突に割れた。
ガラスが砕けるような甲高い音が王都全域に響き渡る。
見上げた市民たちの目の前で、青空に巨大な亀裂が走り、そこから、圧倒的なプレッシャーと共に舞い降りたのは、五つの巨大な影だった。
中央に、黄金に輝く巨体を誇る『古の竜王』。その脇を固める、紅蓮、蒼穹、翡翠、金剛の色を纏った四体の『古の竜人』。神話の時代より生きる、世界の管理者にして最強の種族。
彼らは、王城の尖塔よりも高く浮遊し、都中に響き渡る声で宣告した。
『――聞け、短命種どもよ』
その声には、生物としての絶対的な格の違いが含まれていた。聞くだけで膝が震え、生存本能が平伏を強要するような、絶対者の響き。
『我らは古の竜人族。貴様ら人間の身勝手な振る舞いが、世界の均衡を崩している状況を、我らはもはや看過できない』
王都の民衆は、何が起きているのか理解できず、ただ呆然と空を見上げた。
『弱き者が、分不相応な力を求め星を汚す……。 我らも、我慢の限界だ』
竜王の瞳が、冷酷に輝く。
『我らに強さを示せ。示せぬならば……古の竜人族は、人間に対し『全面戦争』を持ちかける。それはすなわち、この国が地図から消滅することを意味する』
悲鳴が上がる。パニックになりかけた民衆を、竜王の次の言葉が制した。
『だが、慈悲を与えよう。我ら代表4人を『決闘』にて倒せば、貴様らを強き者と認め、今回の件は見逃してやる』
ズズズズズ……!
竜王が腕を振るうと、王都の東西南北、四箇所の広場の大地が大きく隆起した。土煙と共に現れたのは、天を衝くような巨大な石柱の決闘場だった。それぞれの塔の頂上には、四体の竜人が一人ずつ降り立つ。
『ルールは単純だ。塔の基部にある『扉』より入れ。中は転移の術式により、頂上の闘技場へと繋がっている。挑めるのは一人ずつ。……勝てばよし。負ければ……』
竜王は、ニヤリと笑った。
『屑くずとして、外へ掃き出されるのみ』
◇
事態を受け、王宮は即座に反応した。相手が伝説の竜人族である以上、生半可な戦力では話にならない。国が誇る、正真正銘の『最強戦力』が招集された。
「東の塔へは、私が向かう」
名乗りを上げたのは、王立騎士団長、剣王ガレイン。歴戦の英雄であり、その剣技は国内随一と謳われる猛者だ。
「西は、儂が引き受けよう」
宮廷魔術師団長、賢者エルロン。数々の禁術を操る、王国魔法界の最高権威。
南と北にも、ギルドのSランク冒険者や、近衛隊長といったトップエリートが配置された。王国の威信をかけた、ドリームチームの結成である。
彼らなら、きっと勝ってくれる。人類の意地を見せてくれるはずだ。
「行くぞ! 竜人ごときに、人間の底力を見せてくれるわ!」
騎士団長ガレインが、東の塔の扉をくぐる。重厚な扉が、ズン、と閉ざされた。同時に、他の塔でも代表者たちが突入していく。
それぞれの塔で、決戦の火蓋は切られた。
1秒。 2秒。 3秒。
誰もが、激闘を予想していた。数時間、あるいは数日に及ぶかもしれない、伝説に残る戦いを。
だが。
カッ!! 塔の上空に、魔法陣が輝いた。突入から、わずか数秒後。
ドサッ。王国広場の石畳に、ボロ雑巾のような『何か』が落下した。
「……え?」
民衆が、目を凝らす。そこに転がっていたのは、全身の鎧を砕かれ、愛剣をへし折られ、白目を剥いて気絶している、騎士団長ガレインの姿だった。
「う、嘘だろ……!?」
「あの剣王が……瞬殺!?」
悲鳴が及ぶ間もなかった。続いて、西の塔に向かった、魔術師長も、黒焦げになって折れた杖を持ったまま、王国広場に転送(排出)された。
南も、北も。王国が誇る英雄たちが、扉に入って数秒と経たずに、敗者としてゴミのように吐き出されたのだ。
『……弱い』
空から、竜王の声が降ってくる。
『これが、人間の最強か? 口ほどにもない。 ……退屈しのぎにもならん』
絶望が、王都を包み込んだ。勝てるわけがない。相手は神話の怪物だ。人類の到達点であるはずのエリートたちが、指先一つで蹴散らされたのだ。
「そんな……」「終わりだ……。国が、滅びる……」
広場に、すすり泣く声と、絶望の沈黙が広がる。誰もが、顔を上げる気力さえ失っていた。
◇
その光景を、路地裏から見つめる四人の少女がいた。チーム『アベレージ・ワン』。
「……なんて強さ」
アリアナが、震える声で呟く。
「あの有名な騎士団長が、一撃……? 師匠クラスの怪物が、四人も……」
「冗談きついぜ……」
エルザが、大剣を握る手に汗を滲ませる。
「あんなの、どうやって勝てばいいんだよ」
リリィも、青ざめた顔で計算を放棄していた。
「戦力差が、桁違いすぎます。……これは、勝負にすらなっていません」
シノンは、黙って塔を見上げていた。
エリートたちの敗北は、王国民に重い現実を突きつけていた。王国の権威たちが次々と敗北した現実。それは、この国の守りが、薄紙のように脆いものであることを証明してしまった。
だが、絶望はまだ終わらない。
王国の『最後の希望』が、まだ残されていることを、民衆は思い出そうとしていた。現国王の出陣。数十年前に災厄から国を救った時のように。
国の未来は明るかった。




