第48話 招かれざる客
『休息の剣』の特別席。そこは、周囲の喧騒から切り離された、異様なオーラに包まれていた。
「アリアナ。この紅茶はぬるい。78度と言ったはずだ」
「申し訳ございません、グレイ様。すぐに淹れ直しますわ」
アリアナが、完璧な執事姿で恭しく頭を下げる。氷の魔将グレイは、白衣のポケットから懐中時計を取り出し、0.1秒単位でアリアナの動きを採点していた。
(一見冷酷だが、その目は愛弟子の成長を楽しむ慈愛に満ちている)
「肉だ! 肉を持ってこい!」
「へいお待ち! 特大骨付き肉だぞ!」
闘将ゼストと、メイド服のエルザが、テーブルを挟んで肉の山を築いている。ゼストはナイフを使わず、素手で肉を引き裂いて食らっていた。
「ふん。焼き加減は悪くない。……だが、まだ骨離れが悪いな」
「むー! 次はもっと叩いて柔らかくしておく!」
(ワイルドすぎる食事風景に、周囲の客が引いているが、二人は気にしていない)
「マモン様。本日の売上予測と、損益分岐点のグラフです」
リリィが、メニューの代わりに分厚い資料を提示する。
「素晴らしいですねぇ。この客単価なら、目標利益は余裕でしょう」
闇の魔将マモンは、高級スーツの袖から金貨を取り出し、チップとしてテーブルに積み上げた。
「これは、貴女への『先行投資』です」
「ありがとうございます! 有意義に使わせていただきます!」
(金貨の山に、周囲の貴族客たちが目を丸くしている)
そして、最奥の席。魔王ディアブロと、シノン。
「……騒がしいな」
ディアブロが、ふっ、と笑いながら紅茶を飲む。
「悪くない。……貴様の日常を、こうして肌で感じるのも」
「あ、ありがとうございます……」
シノンは、給仕をしながら、ドキドキしていた。ディアブロの纏う空気が、以前よりも柔らかい気がする。恋人として、自分の世界に歩み寄ってくれているのが分かる。
「おい、あの人……すごくないか?」
「ああ。どこの国の王子様だよ……」
遠巻きに見ている女子生徒たちが、ディアブロの美貌に見惚れてため息をついている。シノンは、少しだけ優越感と、独占欲を感じた。
そんな、奇妙だが平和な時間が流れていた、その時。
「――おい、店長を出せ!」
入り口の方で、怒鳴り声が響いた。空気が凍りつく。
入ってきたのは、金ピカの服を着た肥満体の男と、その取り巻きの不良学生たちだった。男は、王都でも有名な大商会のドラ息子、成金のバロン。父親の権力を笠に着て、学園祭で傍若無人に振る舞っていた。
「けっ、なんだこの店は! 俺様を待たせるとは何事だ!」
バロンが、近くのテーブルを蹴り飛ばす。クラスメイトたちが怯える。
「ご、ご予約のお客様で満席でして……」
男子生徒が必死に説明するが、バロンは聞く耳を持たない。
「知るか! 俺はゴールド商会の跡取りだぞ! そこの席を空けろ!」
彼が指差したのは、あろうことか、ディアブロたちが座っているVIP席だった。
「「「…………」」」
VIP席の空気が、一瞬で絶対零度まで下がった。グレイが眼鏡を直し、ゼストが肉を置く。マモンの目が細くなる。
「(ひいいいい!?)」
シノンは、バロンの命運を悟った。(あの人たちを怒らせたら、学園が消し飛ぶ……!)
「……お引取りください」アリアナが、毅然とした態度で前に出た。 「当店は、品位を重んじております。他のお客様のご迷惑になる行為は、看過できません」
「なんだと!? たかが学生風情が!」
バロンが、アリアナに手を上げようとした。
その瞬間。
ドンッ! エルザが、バロンの前に立ち塞がった。
「おいっ! アリアナに触るな。……私の大事なお客の食事を、邪魔するな」
エルザの手には、フライパンが握られている。だが、そこから放たれる殺気は、大剣を持っている時以上のものだった。
「ひっ……!」バロンが怯む。だが、すぐに取り巻きたちに合図を送る。 「や、やっちまえ! 店ごと壊してやれ!」
不良たちが魔法や武器を構える。店内がパニックになりかけた、その時。
「……騒々しい」
凛とした声が、響いた。ディアブロが、席を立ったのだ。彼は、ゆっくりとバロンたちの前まで歩み寄る。
「て、てめぇは誰だ!」
バロンが喚く。
ディアブロは、何も言わなかった。ただ、その赤い瞳で、バロンを見下ろしただけ。魔王としての威圧を、ほんの少しだけ漏らした。
ズンッ……。 空間が歪むほどの重圧。生物としての格の違い。死そのものに見つめられたような恐怖。
「あ……あ……」
バロンたちは、泡を吹いて腰を抜かした。言葉を発することすらできず、ガタガタと震えながら後ずさる。
「……失せろ」
ディアブロの、静かな一言。
「ひぃぃぃぃぃ!!」
バロンたちは、悲鳴を上げて逃げ出した。二度と、この店の敷居を跨ぐことはないだろう。
一時の静寂。そして、ワァァァァッ! と歓声が広がった。
「すげえ! あいつらを追い払ったぞ!」
「あのお客様、何者!?」
クラスメイトたちが、ディアブロを英雄を見る目で見つめる。ディアブロは、フンと鼻を鳴らし、席に戻った。
「……つまらん余興だったな」
「あ、ありがとうございます、ディアブロさん……」
シノンが、安堵して駆け寄る。
「礼には及ばん。……私の恋人の店が、汚されるのは不愉快だからな」
ディアブロは、シノンの頭をポンと撫でた。
「それに……貴様の友達も、なかなかやるではないか」
アリアナたちは、誇らしげに胸を張った。
「ふふふ。当然ですわ」
「おう! 次はフライパンでホームランだ!」
「修理費を請求できなくて残念ですが……まあ、宣伝効果は抜群ですね」
トラブルは去り、店は再び活気を取り戻した。シノンは、賑やかな店内を見渡し、心から笑った。最強の彼氏と、最高の仲間たち。この幸せな時間が、永遠に続けばいいと思っていた。




