第46話 機神
シノンの言葉通り、祭壇は砕け散った。だが、崩壊はそれだけでは終わらなかった。
ゴゴゴゴゴ……! 塔全体を揺るがす地響きと共に、祭壇があった床が大きく陥没した。
その穴から巨大な音が響いてくると、黒い箱に収まっていた魔力など比ではないほどの圧倒的な質量の絶望が沸きあがってきた。
「グオオオオオオオオ!!」
咆哮が、空気を震わせる。這い上がってきたのは、全身が黒い金属と、蠢く粘膜のような生体組織で構成された異形の巨人。
「あれ、教科書で見たことあるぞ」
古代対魔兵器『機神』。かつて魔族を滅ぼすために作られ、敵味方の区別なく暴走し、古代文明そのものを滅ぼしたとされる『負の遺産』である。
「な、な、なんだこれはぁぁぁ!?」
ボルペが、腰を抜かして絶叫する。宰相からは「生贄を使えば制御できる」と聞いていた。だが目の前の怪物は、制御どころか、周囲の魔力を無差別に喰らい尽くそうとする、ただの『災害』だった。
「ひ、ひぃぃ! 逃げろ! 食われるぞぉぉぉ!」
ボルペと騎士たちは、武器を捨て、我先にと出口へ殺到しようとした。
――その時。
騎士たちの足元の影が、音もなく膨れ上がった。ぬらり、と漆黒の手が伸び、騎士たちの意識を刈り取る。
「……がっ」
ボルペを含む騎士団全員が、悲鳴を上げる間もなく白目を剥いて倒れた。現れたのは、ディアブロの側近である上級魔族だった。
「(やれやれ。魔王様の『花嫁』に、随分な口を利いてくれたものだ)」側近の一人が、冷ややかな目で倒れたボルペを見下ろす。「(殺すのは容易いが……それでは人間界との『火種』になる。……『記憶』をいじって、放り出しておくか)」
彼らは、熟練の手つきで騎士たちに『偽の記憶』を植え付け、塔の外へと転移させた。これで、この場には『アベレージ・ワン』と『機神』しかいない。 誰にも見られず、心置きなく暴れられる『舞台』が整った。
「……ふぅ。やっと静かになったわね」
アリアナが、杖を構え直す。彼女は、護衛たちの介入に気づき、感謝しつつも目の前の敵に集中した。
「あいつら、逃げ足だけは速いな! ま、足手まといがいなくてせいせいするぜ!」
エルザが、大剣を肩に担ぎ、ニカっと笑う。
「ふふふ。あの機神……パーツ単位で解体すれば、一体いくらになるでしょうか」
リリィが、ナイフと解体用工具を取り出す。
シノンは、三人の背中を見て、嬉しくなった。誰も、逃げようとしていない。このの怪物を前にして、一歩も引いていない。
「行くわよ! 総員、戦闘配置!」
アリアナの号令が飛ぶ。
「おう!」
エルザが、爆発的な加速で機神の懐に飛び込む。
「硬そうだな! 試してやるよ! 『剛撃』!」
ドォォン! 大剣が機神の脚部装甲に直撃する。鋼鉄よりも硬い魔導合金が、ひしゃげ、亀裂が入る。
「ギギギ……!」
機神の腕が、エルザを薙ぎ払おうと迫る。
「させません! 『氷城壁』」
アリアナが杖を振るう。エルザと機神の間に、分厚い氷の壁が出現し、機神の腕を受け止める。
バギィン! 壁は砕けたが、衝撃は殺された。
「ナイス、アリアナ!」
エルザはバックステップで距離を取る。
「解析完了。……あの機神、外部からの魔力攻撃を『吸収』する性質があります!」 アリアナが叫ぶ。 「生半可な魔法は逆効果よ! 物理で『核』を砕くしかないわ!」
「了解です。……なら、動きを止めましょう」
リリィが、鞄から無数の『小瓶』を取り出し、投擲した。
パリン、パリン! 機神の関節部分で瓶が砕け、中からドロリとした紫色の液体が広がる。マモン直伝の『超速硬化粘液』だ。機神の動きが鈍くなる。
「今だ! シノン!」
エルザが叫んだ。
「はい!」
シノンが、前に出る。今回は、一人で倒したり、ただ見守ったりするだけじゃない。チームの一員として、一緒に戦う。
▶(シノン)◇
(魔力は吸われる。なら……!)
私は、魔力を一切使わず、純粋な『身体能力』だけで加速した。音速を超える踏み込み。機神のセンサーすら反応できない速度で、懐に潜り込む。
じいちゃん直伝、『基礎』体術。
(ここ!)
▶◇◇◇
「『基礎』……崩拳!」
ドッッッ!!!! シノンの掌底が、装甲の継ぎ目に突き刺さる。衝撃が内部に浸透し、魔力吸収機関そのものを物理的に破壊する。
「グオオオオ!?」
機神が、初めて苦痛の声を上げた。魔力供給が途絶え、その動きがガクンと止まる。
「隙あり! 畳み掛けるわよ!」
アリアナが、最大出力の魔術を練り上げる。吸収機関が壊れた今なら、魔法も通じる。
「『極光の氷槍』!」
「トドメだ! 『一刀両断』!」
エルザが、跳躍し、上空から大剣を振り下ろす。
「おまけです!」
リリィが、露出した装甲の隙間に『爆裂魔石』を投げ込む。
ズドォォォォォォン!!!!!
氷と、斬撃と、爆発の同時攻撃。古代の最強兵器は、断末魔を上げる間もなく、内側と外側から同時に粉砕された。黒い巨体が崩れ落ち、土煙の中に消えていく。
……静寂。そして、塔全体が、崩壊を始めた。
「脱出するわよ!」
四人は、崩れゆく塔から、間一髪で外へと飛び出した。
◇
塔の外。気絶から目覚めたボルペたちが、呆然と、崩落する『黄昏の塔』を見上げていた。そこへ、夕日を背に、四人の少女たちが降りてくる。多少の汚れはあるが、大きな怪我はない。
「き、貴様ら……! 生きて……!?」
ボルペが、信じられないものを見る目で叫ぶ。
彼の脳内には、すでに護衛たちによって『都合の良い記憶』が書き込まれていた。
――塔の道中の魔物は、騎士団が奮戦して一掃した。
――最上階で、シノンに魔力を注がせた瞬間、兵器から『故障音』が鳴り響き、直後に爆発した。
――その爆発の連鎖で塔が崩壊し、自分たちは命からがら脱出した。
ボルペは、その『記憶』と、目の前の『現実』を照らし合わせ、結論を出した。
「……くそっ! やはりあの欠陥兵器め! 俺たちの活躍を無にしやがって!」
ボルペは、地面を蹴りつけた。彼の認識では、自分たちは任務を遂行しようとしたが、兵器の老朽化による事故で失敗した、ということになっている。
「……あ、あの」シノンが、おずおずと声をかける。 「大丈夫ですか? 隊長さん」
「……ふん! 貴様、運が良かったな」 ボルペは、忌々しそうにシノンを睨んだ。「魔力だけは規格外だが……兵器が故障していなければ、今頃は干からびていたところだぞ」
「は、はい……。本当に、ラッキーでした」
シノンは、ほっと胸を撫で下ろした。(側近さん、ありがとう)
アリアナ、エルザ、リリィも、顔を見合わせて、こっそりと笑った。
アリアナが、すっと前に出て、優雅に一礼する。
「隊長殿。騎士団の皆様の『奮戦』と『庇護』のおかげで、私たち学生も無事に帰還できました。 ……このことは、学園長にも『ありのまま』報告させていただきますわ」
「う、うむ。……まあ、そういうことにしておいてやる」
こうして、今回の『特務』は終了した。王国側への報告は、「古代兵器は老朽化により自壊」。そしてシノンは、「魔力は多いが、兵器の故障のおかげで助かった、運の良い学生」として処理された。
かつての魔人幹部遭遇戦と同じ。『アベレージ・ワン』は、更に運が良いチームとして処理されたのだった。
帰りの馬車の中。四人は、泥のように眠っていた。シノンは、薄目を開け、窓の外を見る。
(ありがとう、ディアブロさん。……護衛のみなさん)
シノンは、胸の内の魔力石を握りしめ、再び眠りに落ちた。
今の彼女たちには、頼もしい『仲間』と、最強の『パートナー』たちがついている。どんな困難も、きっと乗り越えられる。シノンの寝顔は、安らかだった。




