第45話 生贄
王都を出発してから三日。国境付近の険しい山岳地帯を抜けた先に、その異様な建造物は姿を現した。
『黄昏の塔』
古代の魔法文明が遺したとされる、天を衝くほどの巨大な黒い塔。周囲には、生物を拒絶するかのような濃密な魔素が渦巻き、空すらも淀んだ紫色に染まっている。
「……到着したぞ。降りろ、学生ども」
先導していた王立騎士団の小隊長、ボルペが、馬車のドアを乱暴に叩いた。彼は、宰相から極秘任務を帯びた、出世欲の強い男だ。
「うわぁ……。大きいですね」
シノンが、馬車から降りて塔を見上げる。その表情には、恐怖よりも純粋な驚きが浮かんでいた。
「ふん。田舎娘が。……ビビって腰を抜かすなよ」
ボルペが鼻で笑う。彼の目には、シノンは「魔力量だけは多いが、使い方も知らない田舎者」にしか映っていない。
(宰相閣下の仰る通りだ。こんな芋娘が、『鍵』になるとはな。……まあ、使い捨ての電池だが)
「……隊長殿」
アリアナが、シノンを庇うように前に出た。
「ここから先は、魔物の出現が予想されます。隊列はどうしますか?」
「はんっ。学生風情が口を出すな」
ボルペは、伯爵令嬢には一応の敬意を払いつつも、尊大な態度は崩さない。
「我々正規騎士団が前衛を務める。貴様ら『アベレージ・ワン』は、最後尾でその『シノン』を守っていろ。……おい、そこのシノン。貴様は絶対に魔力を使うなよ? 制御できずに暴発されたら迷惑だ」
「あ、はい。分かりました」
シノンは、素直に頷いた。(よかった。私が戦わなくていいなら、ボロが出ないですむし)
「行くぞ! 魔導具の回収だ!」
ボルペの号令で、騎士たち十数名と、最後尾のアベレージ・ワンは、塔の内部へと足を踏み入れた。
塔の内部は、迷宮のように入り組んでいた。壁や床は、現代の技術では再現不可能な『魔導合金』で覆われ、薄暗い通路を、魔導ランプの光だけが照らし出す。
「……キヒヒッ!」
侵入者を感知し、壁の至る所から、防衛機構である『自律稼働鎧』や『石像鬼』が襲いかかってきた。
「敵襲! 構えろ!」
騎士たちが剣を抜き、応戦する。だが、古代の防衛機構は強力だった。騎士たちの剣は硬い装甲に弾かれ、逆に鋭い石の爪で鎧を切り裂かれる。
「ぐわっ!」
「硬い! 魔法部隊、援護しろ!」
騎士団が混乱に陥る中、最後尾のアベレージ・ワンは、あまりにも『平和』だった。
「むー。前衛は楽しそうだな」
エルザが、大剣を杖代わりにして欠伸をする。
「ゼスト師匠との組手に比べれば、あんな石ころ、止まって見えるぞ」
「ええ。魔力回路の効率も悪いですわね」
アリアナが、冷ややかな目でガーゴイルを分析する。
「今の私なら、氷結魔法で関節を砕いて、3秒で終了です」
「この壁の素材……剥がして持ち帰れませんかね?」
リリィは、戦闘そっちのけで壁をナイフでガリガリ削っている。
彼女たちにとって、この程度の敵は、もはや『脅威』の範疇に入らなかった。既に奈落の渓谷の上層を踏破した彼女たちには、ただの『散歩道』に過ぎない。
「……おい! 貴様ら、何をしている!」苦戦するボルペが、怒鳴り散らした。 「こっちは手が足りないんだ! 貴様らも少しは戦え! ……ただし! シノン、貴様だけは何もしなくていい! 後ろで震えていろ!」
「(震えてませんけど……)」
シノンは苦笑しながら、アリアナたちを見た。
「……だそうです。皆さん、お願いします」
「了解! 待ってました!」
エルザが、弾かれたように飛び出した。
「どけ、雑魚ども!」
ドガァァァン!! エルザの『ただの素振り』が、騎士たちを苦戦させていたリビング・アーマーを、鎧ごと粉砕した。斬ったのではない。質量と速度で『爆散』させたのだ。
「なっ……!?」
騎士たちが目を剥く。
「援護します」
アリアナが、杖を一振りする。『氷縛』。天井を飛び回るガーゴイルの群れが、一瞬にして氷漬けになり、ボトボトと地面に落ちて砕け散った。
「回収、回収~♪」
リリィが、戦場のど真ん中を優雅に歩きながら、倒された敵の『魔石』を瞬時に抜き取っていく。
あっという間の掃討劇。騎士団が数分かけて倒せなかった敵の群れを、学生三人が、数秒で全滅させた。
「……な、なんだと?」
ボルペは、開いた口が塞がらなかった。
(報告では、『優秀な学生』とは聞いていたが……これほどとは! 特に、あの剣士と魔術師……。正規騎士団のエース級以上ではないか!)
ボルペの視線が、シノンに向く。シノンは、戦いが終わった後方で、ただニコニコと立っていた。
「(……ふん。やはり、シノンだけは『お荷物』か)」
ボルペは、都合よく解釈した。
(周りの友人が優秀だから、守られているだけ。本人は、魔力だけのウドの大木。……計画に変更はない)
「……ふん。学生にしてはやるようだな」ボルペは、動揺を隠して尊大に言った。 「だが、調子に乗るなよ。先を急ぐぞ!」
一行は、さらに塔の上層へと進んだ。
▶(シノン)◇
上に行くほど、魔素が濃くなっていく。騎士の人たちは、息苦しそうにしてる。魔界に比べたら、こんなの、そよ風みたいだ。
それに……ディアブロさんが、私たちに護衛をつけたみたいね……心配性なんだから。
『……魔将の花嫁に、指一本触れさせるな』
『御意。影よりお守りします』
さっきから、騎士の人に斬りかかろうとしたガーゴイルが、勝手にずっこけたり、天井から謎の氷柱が落ちてきて敵を串刺しにしたりしてる。
私は、こっそりと天井に向かって小さく手を振った。
▶◇◇◇
最上階。そこは、ドーム状の広大な空間だった。中央には、禍々しい光を放つ巨大な『祭壇』があり、その上には、複雑な封印魔法陣が何重にも施された、黒い『箱』が安置されている。
「……これだ」
ボルペの目が、欲望にギラついた。
「古代兵器の制御ユニット……。これさえあれば、魔王軍など……!」
「隊長。回収しますか?」
部下の騎士が尋ねる。
「馬鹿者。封印が掛かっているだろう。……これを開くには、膨大な魔力が必要なのだよ」
ボルペは、振り返り、シノンを指差した。
「おい、シノン。貴様の出番だ。 その祭壇の前に立て」
「え? 私ですか?」シノンは、きょとんとする。「魔力を使っちゃいけないって、言われたんじゃ……」
「ここは特別だ!」
ボルペは、ニタリと笑った。
「貴様のその、無駄に膨大な魔力を、この祭壇に注ぎ込め。そうすれば、封印は解ける。……国の英雄になれるぞ?」
「……ちょっと待ってください」アリアナが、鋭い声で割って入った。「その祭壇……。魔力回路の構造がおかしいわ」
グレイとの特訓で魔眼に近い洞察力を得たアリアナには見えていた。
「それは、『解除』の術式じゃない。魔力を、対象者から強制的に吸い尽くす……『搾取』と『生贄』の術式よ!」
「なっ……!」
エルザとリリィが色めき立つ。
「チッ。……勘の良いガキどもだ」
ボルペは、芝居を止めた。合図を送る。
ジャキッ! 周囲の騎士たちが一斉に剣を抜き、アベレージ・ワンを取り囲んだ。
「聞こえたか? これは『国』の命令だ。その娘は、この兵器を起動するための『生贄』となるのだ。貴様らも、大人しく従えば、悪いようにはしない。……勲章くらいはくれてやろう」
「ふざけるな!」エルザが、大剣を構える。 「シノンを犠牲になんか、させるか!」
「……お断りします」リリィも、ナイフを抜いた。「そんな『大損』な取引、応じるわけがありません」
「愚かな……。騎士団に逆らって、ただで済むと……」
「あの」
一触即発の空気の中、シノンが、おずおずと手を挙げた。
「その祭壇に、魔力を入れればいいんですか?」
「シノンさん!?」
アリアナが驚く。
「ダメよ! 吸い尽くされるわ! 命に関わるのよ!?」
「大丈夫です」
シノンは、ボルペに向かって、少し困ったような顔で言った。
「あの……私、魔力の『調整』が苦手で……。壊しちゃうかもしれないですけど、いいですか?」
「ハッ! 壊すだと?」ボルペは、鼻で笑った。 「古代の魔導具だぞ? 貴様ごときの魔力で壊れるものか。いいから、さっさと全魔力を注ぎ込め! ……死ぬ気でな!」
シノンは、「はぁ」とため息をつくと、祭壇の前に立った。
(全魔力……か。じいちゃんとの『基礎訓練』で、毎日魔力を空っぽになるまで絞り出されてたけど……この祭壇、そんなに入るのかな?)
シノンは、そっと祭壇に手を触れた。そして、体内の魔力のごく一部……『コップ一杯分』程度の魔力を、流し込んだ。
――ドクン。祭壇が脈動した。黒い光が、瞬時に赤く変色し激しく明滅を始める。
「お、おお! 起動したか!」
ボルペが喜んだのも束の間。ピキッ……。祭壇に、亀裂が入った。
「あ」
シノンが、手を引っ込める。
バチバチバチッ!! 祭壇は、シノンの魔力濃度に耐えきれず、許容量を一瞬でオーバーフローした。吸い取るはずの魔力が、逆に逆流し、内部構造を焼き尽くしていく。
「ま、待て! 何が……!」
ドカァァァァァン!!!!! 祭壇が、内側から爆発した。衝撃波が広がり、ボルペと騎士たちを吹き飛ばす。黒い『箱』も、中身ごと粉々に砕け散った。
「……あーあ」
煙が晴れた後。シノンは、無傷で立っていた。(やっぱり、壊れちゃった)
「な、な、な……」
壁に叩きつけられたボルペが、瓦礫の山となった祭壇を見て、白目を剥いた。
「古代兵器が……! 俺の出世が……! き、貴様……! 一体、何をしたんだ!?」
「え?」
シノンは、申し訳なさそうに頭をかいた。
「だから、言ったじゃないですか。 『壊しちゃうかも』って」
その言葉は、王国側のシノン=無能な電池という認識を、根底から覆すものだった。アリアナたちは、呆れつつも、頼もしい背中を見て微笑んだ。
「……さすが、シノンさんね」
「魔王の嫁は伊達じゃないな!」
王国の『闇』の計画は、シノンの魔力の前に、あっけなく崩れ去った。




