31、相棒
この数日間、チギルは学校が終わるとドーラの家に通っていた。
「ありがとな、付き合ってもらって。」
プラスチックに沿わせて導線をセットしながらチギルが言う。
「別に、材料費は貰ってるし。」
布を縫い合わせながらドーラが言う。
「それでもさ、放課後に態々付き合ってもらっちゃって、やっぱ迷惑だよな? とくにこれはドーラちゃんの専門範囲を超えてるし。」
「それは確かに大変だけど。でも……」
ドーラは心底嬉しそうに言った。顔もいつもより緩んでいる。
「誰かと誰かを結びつける贈り物に携われるなんて、最高。」
それはきっと嘘はない、ドーラの本心なのだろう。
「そっか、ホントに優しいんだな。」
チギルが素直にそういうと、ドーラは少し恥ずかしそうにした。
「それほどでもないから……続けましょ。」
彼らはプレーンの説明書を見ながらジョイントの位置や電極の位置を確かめて、それを元にギミックを組み立てている。
初めは普通に服をデザインしていたのだが、ドレスはどうかという話になった際に内部に骨組みが必要だと聞いたチギルが折角だから骨組みに何かを仕込めないかと言い出し、そしてこの通りやたら複雑な代物を作り始めるに至った。
ドーラは、これが終わったらこの経験をフィードバックしてドルチェの衣装をバージョンアップしようと考えてもいた。
そうして数日間の作業の末、ヘラのための衣装が完成した。
「うん、中々悪くない。」
「ほんとにありがとうな。ドーラちゃんが居なかったらここまで出来なかったよ。」
「いいから、早く行ってあげて。」
ドーラに送り出されて、チギルは家まで走った。
「ただいま!」
「あらチギル、今日は早いのねー?」
不思議そうな母を余所に、チギルは勢いよく階段を駆け上がった。
「ヘラ!」
「ギャー!」
ランナの部屋のドアを勢いよく開くと、驚いたランナのニッパーがずれて、またプラ棒の切り出しに失敗した。
ランナは持ち手側で指を挟んだ痛みに耐えながら振り向き、文句を言おうとしたが、兄の真剣な表情を見て、それは後にすることにした。
「ち、チギルさん……」
ヘラはチギルが会いに来てくれて嬉しかったが、すぐに気まずそうに顔をそらした。
まだ許すわけにはいかない。これはなぁなぁで済ましていい問題ではない。ヘラは憮然とした態度を取った。
「な、何しに来たんですか? 私に何か用ですか?」
「お前に、謝りたくって。」
チギルは呼吸を整えて続けた。
「すまなかった。俺、シザーのことと、自分の事ばっかり考えてて、お前のことちゃんと考えてなかった。」
確かに、それらはヘラの心を傷つけた原因だ。
でも、それは私の欲しかった言葉じゃない。ヘラは分かってもらえていないのかと不安になった。
「だからな、これ。お前のために作って来たんだ。」
チギルは、ドーラと一緒に作ってきたドレスを取り出した。
「それ……私のために……?」
「お兄ちゃん、いつの間にそんなものを!?」
「帰りが遅かったのは、そのためだったんだ。」
チギルは、立ち尽くすヘラの体をやさしく持ち上げ、腰部の端子カバーを剥がす。
「んっ……」
ドレスの骨組みに仕込まれたプラグを腰部に差し込み、骨組みを他のジョイント穴にも引っ掛ける。
そして、紐を首の後ろで結んで、完了だ。
短めの丈で、背中が大きく開いたオレンジ色のドレスがヘラを包み込んでいた。
「これ、私の……私のためだけに……」
着せられるときに気づいたが、チギルの指には絆創膏が貼られ、針で刺したと思しき血がガーゼに浮いていた。
慣れないながらも頑張ってくれたのだ。ヘラには、その縫い目の一つ一つも愛おしく思えた。
「ドーラちゃんに、その腕は大事に思ってくれてるって、聞いたからさ。干渉しないように考えたんだ。」
「はい、私、受け継ぐことは嫌じゃありません。一緒に生きて、勇気づけてくれます。私が私であるように、傍で支えてくれます。」
もしも新しい腕を持ってこられたら、もしもこの武器を捨てなければならないものを持ってこられたら、こんなに素直に笑えなかっただろう。
だから、それを考えてくれたことがうれしい。
「凄く、凄く嬉しいです……!」
チギルが、自分の事を考えて、自分のためだけに作ってくれたのだ。こんなにうれしいことが、他にあるだろうか。
喜んでいたヘラだったが、自分の腕を見て自分のしたことを思い出してしゅんとなった。
「あの、わたしもごめんなさい。シザーのパーツを……」
「いや、いいんだ。俺も前に進まないといけないからな。それに、綺麗に箱に戻してくれたし。……それで、だ……」
チギルは、照れ臭そうに頬を掻きながら、手を差し出した。
「ヘラ、俺の相棒になってくれないか?」
成り行きで仕方なくじゃない。誰かの代わりにでもない。ヘラにそう言ってくれるのを、ヘラはずっと待っていた。
「はい、もちろんです!」
ヘラは笑顔で、その手の平に乗った。
手のひらの上の相棒を、チギルは優しくなでた。
「ありがとう、よろしくな、俺の相棒。」




