23、和解
扉が開く音がする。チギルが忘れ物でもしたのだろうか。
ヘラは、ボックスから出ようと伸ばした手を引っ込める。
「ヘラー……? 居ないの……?」
部屋に入ってきたのは、ランナだった。部屋に染み付いた塗料の溶剤の臭いに一瞬顔をしかめる。
「……いません。」
彼女は部屋を見回し、机の上に置かれたボックスを見つけた。
「そこにいるのね? ねぇ、私、あなたに謝りたいの。お願いだから、顔を出してくれないかしら?」
ヘラはボックスの扉を少し開いて、外のランナを軽く睨んだ。
「……居ないって言ったじゃないですか。私の事なんて放っておいて、大事なリルちゃんを探しに行けばいいじゃないですか。」
そういわれると、ランナは困った顔になった。
「……それもそうなんだけど、あたしはあたしで、ちゃんと自分の問題を片付けないと、あの子に顔向けできないもの。勝手だけど、謝らせてほしいの。」
「……手短にお願いします。」
ランナの表情はとても穏やかで、真剣だった。騒がしく、粗野な普段の彼女とは違う。
ヘラは、真剣な相手には真摯に向き合おうと思った。ボックスから出て正座する。ヘラの後ろから、ボックスの中に入れてあった装甲パーツがこぼれる。
ランナは右腕を見て、一瞬その腕から滴る鮮血を思い出すが、今の相手はシザーではない。その恐怖を飲み込み、ヘラに相対する。
「あれ、その体……それにその足……」
装甲を外したヘラを見て、ランナは驚き目を見張る。
「気にしないでください。」
ランナは、一度咳払いをして、呼吸を整えて……バッと頭を下げた。
「ごめんなさい! あたし、あなたの事、勝手に昔の友達に重ねてた。あなたは何にも悪くないのに、あなたがどう思うかも考えずに、一杯酷いことも言った。」
昔の友達。その言葉に、ヘラは目を見開いた。
ランナは、今、昔の誰かではない、ヘラを見てくれようとしているのだ。ヘラは、暗い雲間に光が差したかのように、気持ちのもやが晴れるのが分かった。
「あたし、あなたやお兄ちゃんの気も知らないで、あなたを拒絶して、本当に、ごめんなさい。辛かったよね。昨日帰ってきて、ぼんやり考えて、思ったの。マスターがあなたたちの、帰る場所なんだって。拒絶されることは、私が思っていた以上にすっごく辛いことなんだって。だから、謝るわ。ごめんなさい。」
机ぎりぎりで頭を下げるランナに膝立ちで近づき、ヘラは思わずその頭を撫でた。
思わず顔を上げるランナから慌てて飛び退く。
「私、別に怒ってはいないんです。あなたは、あなたの出会いがあった。私にも、私の出会いがあった。悲しかったけど、それ自体悪い事でもないと思うんです。酷いことも言われましたけど、あなたはちゃんと考えて、反省して、謝ってくれましたから、私はあなたを許します。」
ほぅと安堵の息を吐くランナに対して、ヘラの表情は晴れない。
ランナは、チギルが彼女を置いて行ったこと、パーツを外していることから、何かあったと思った。
「……何かあったの?」
「……聞いてくれますか?」
膝立ちを崩して、ヘラは思いを吐き出し始める。
「私は、愛されたかったんです。私を、愛されたかったんです。チギルさんは、私を愛してくれていると思ってたんです。でも……」
ランナはヘラの腕を、辺りに散らばるパーツを見た。
「そっか、それ……シザーのものだものね。」
何故自分がヘラに対して当たりが強かったのか、今ならわかる。
いなくなってしまった友達に、重ねていたからだ。
鮮血の滴るあの腕が、心にこびり付いていたからだ。
兄を変えてしまった関係を、怖がっていたからだ。
だから、あの腕が嫌だった。友達になるのが怖かった。
「結局私は、代わりでしかなかったんです。」
ヘラは、左手でぎゅっと右腕を握りしめた。
「なら、どうしてその腕も外してしまわないの?」
ヘラは、自分でも不思議そうな顔をした。
「何故でしょう、彼の……シザーの事は、憎いはずなのに、不思議と嫌いになれない気がします。まぁ、話したことはないんですけど……」
そういって、腕をそっと撫でた。
「そっか……」
ランナも何と言っていいかわからず、手持ち無沙汰に引き出しを弄った。その隙間から、肌色のパーツが見えたので、引き出しを大きく開ける。
「あ、これ、あなたの足だ。つけちゃおうよ。ずっとそのままは……ん?」
ランナはその奥、金属製の箱を見つけた。ずっと昔に見たことがある、それは……
「どうしたんですか、ランナさん?」
ランナはおもむろに箱を取り出し、蓋に手をかけた。
ふたを開けると、中には1体の骸が横たわっていた。
外身を剥がされ、黒く細い骨組みだけになった体。右腕や、いくつかの部位は完全に欠損している。そして、胸にぽっかり空いた穴。
「シザー……久しぶり、だね……」
そこに居たのは、かつての友人だった。
「彼、が……」
足首から下をはめ、NISが足りないながらも義足並みには動けるようになったヘラも、箱を登って中を見る。
ランナは、ポケットから一つの王冠を取り出した。メッキが剥げて、ボロボロの王冠のキーチェーンだ。
「ごめんね、遅くなっちゃった。……日本一おめでとう、シザー。」
「それは……?」
ランナはそれを、棺の中にそっと置いた。
「私ね、優勝したシザーに、贈り物をしたかったの。お年玉を崩して隣町まで行って、ショッピングモールで探したの。それで、ガチャガチャを見つけて、素敵だなって思ったから、頑張って引いて、それで……渡してあげたかったの。おめでとうって、言いたかったの。やっと、言えた。」
ヘラの目には、そのボロボロの王冠が誇らしく輝いて見えた。
「……欲しい?」
ヘラは首を振る。
「いいえ、それは、彼のものですから。私は彼じゃありません。」
やっと肩の荷が下りたかのように、ランナは気持ちのいい顔をしていた。
ヘラは箱の中に入り、彼の顔に近づく。
様々なパーツをはめるための基盤として作られた頭部はげっそりとしたフォルムで、近くで見るとまさにしゃれこうべと言うのがふさわしい。
ヘラのものとは随分と違う、機械然としたフォルムのカメラアイは、生前と違わぬ様子で虚空を映す。
人間が死人の瞼を閉じるように、自分のヘッドギアのバイザーを返してやろうかとそれを頭から外し、そして気づいた。
「そっか……あなたも、ずっと一緒だったんですね。」
「どういうこと?」
ヘラはランナに振り向く。穏やかな顔をしていた。
「生まれた時から、ずっと一緒に居たんです。私を支えてくれて、同じ景色を見ていたんです。彼は、私にとっても相棒だったんです。彼は私を助けてくれた。嫌いになんてなれないです。」
ヘラは、再びバイザーを被り、シザーの骸に抱き着いた。
「私はあなたになれません。きっとあなたも、私をあなたにしたくない。でも、一緒に生きていく事はできます。マスターと一緒に居たいのはあなたも同じ。なら少しだけ、分けてあげてもいいです。」
ヘラは抱擁をとくと、箱から出てシザーのパーツを箱に戻し始めた。ランナもそれを手伝う。
「ありがとうございます。」
「ううん、わたしもそうしたかったから。」
そしてそれが終わるとヘラは、顔を上げてランナに呼びかけた。
「さぁ、探しに行きましょう。あなたの迷子の相棒を!」




