21、我楽多
「んむぅ……ぷっ。」
口に差し込まれていたプラグを吐き出し、体を起こす。
「うぅ、ここは……?」
リルが目を覚ますと、古びた充電スタンドの上だった。
口の中に残った錆の感覚が気持ち悪く、せめてスピーカーの振動で落とそうと咳き込む。
立ち上がると、ふらふらと暗い空間を見回す。埃が舞う広い空間、プラモたちが行きかう空間のその隅に並べられたスタンドに寝かされていたらしい。
「私、ランナちゃんを追いかけて、それで……」
そう、ランナを追いかけ、店を飛び出した矢先、通行人に蹴飛ばされ、坂道を転がり落ち、ゴミの山に突っ込み、カラスに攫われ、そして……
「やぁ、お目覚めかい?」
スピーカーが劣化し、ノイズ交じりの低い声のプラモが、歩み寄ってきた。戦闘機の翼を持った藍色のロボットのプラモだ。
「あなたは……?」
「私は、フリー。このガラクタ村の中でも、最古参になるプラモさ。」
彼は、老人のようなゆったりした口調でそう言った。
「ガラクタ村……」
確かに、辺りにいるのはプラモのみ、この天井の低い部屋に、人間の姿はない。
「君は?」
言われてリルは、自分が名乗っていないことを思い出した。
「わ、私は、リルです……あの、助けてくれたんですか?」
彼はガラガラとノイズを発した。笑っているのだと、数瞬遅れてリルは気付いた。
「散歩をしていたら、いきなり木の上からかわいらしいお嬢さんが落ちてきたからね、驚いたよ。」
可愛いと褒められて少しうれしくなったリルだが、すぐに自分の状況を思い出しハッと顔を上げた。
「そ、そうだ。私、ランナちゃんの……私のマスターのところに帰らなきゃ!」
そういって駆け出そうとするランナを、フリーは引き止める。
「君、家がどっちかわかるのかい?」
「あ……」
転がり、攫われ、気を失い、自分の居場所なぞさっぱりわからなくなってしまっていた。
「もう外は暗い。今夜は泊まっていくと良い。歓迎しよう客人よ。」
ひと眠りするするというフリーと別れ、リルはガラクタ村の中に取り残された。
周りにはプラモしかいない。彼らは、ランナの相手をするのに疲れ切ったリルからすると、とても安らいでいるように見えた。
充電が終わったばかりで眠くもないので暇なリルは誰かと話してみたいと思った。
「あ、あのっ。」
リルは、近くを通りかかったプラモに声をかけた。
「はぁい? だぁれ?」
見慣れたPVCの肌色が見えたので思わず声をかけたが、彼女はどうやら、隣を歩く古いロボット型のプラモを支えながら歩いているようだった。
「あ、ごめんなさい。お忙しいですか?」
「いいや、ここらで座って休憩するのもいいさ。」
古いプラモは、フリーのようなノイズ交じりの声で言った。
少女とロボットは腰を下ろした。リルも一緒に腰を下ろす。
「見かけない顔ね……あなた、新入り?」
「あ、いえ、私、迷子で……今晩泊めてもらうことになったんです。」
そういうと、彼女は驚いた顔をした。表情は分からないが恐らくもう一人も驚いているのだろう。
「あら、じゃあ、お客さんってこと? 珍しいー! ねぇねぇ、お名前は? 私はアス。」
本当に珍しいのだろう。途端に彼女は大騒ぎを始めた。
「り、リル……」
「俺はローダ。してお嬢さん、いったい何用だい?」
「あ、いえ、用ってほどじゃないんですけど……ここって、どういう場所なんですか?」
アスはちょっと悲しそうな顔になった。
「ここは、いろんな事情で人間と別れたプラモたちが集まる場所よ。」
「村のものに拾われて、人間と別れてもまだ死にたくないって思ったやつが、ここに暮らしてるのさ。」
「別れた……」
人間と別れて暮らす場所があるというのは、リルにとって衝撃的だった。
この場所は、壁にあるコンセントから充電ができるし、人間が居なくても暮らしていける場所だ。今まで帰ることしか選択肢になかったが、視野が開けた気がした。
アスは髪を弄りながら、ふぅとため息をついた。
「私は、捨てられたの。飽きられちゃったから。それで、この人に拾ってもらったの。」
「拾われた……」
リルはローダを見た。肩や足についたタイヤ、荷台のような部品、おそらくトラックに変形できる、いや、出来たのだろう。今は、動くたびに関節が軋む音がする。
「この人も、昔はもっと動けたのよ。だんだん、体のABSが休眠してきちゃって、もうアレだけどね。」
プラモロイドは軟質ABSの伸縮や、硬質ABSの接合部の微細な高速振動で動く。それらはBISとのリンクで活性化したABSに信号を送ることで成り立つ。
しかし、時々NISを塗りなおさないと段々ABSが休眠していってしまい、体が動かなくなっていくのだ。
「アレとはなんだアレとは。」
ローダは怒って腕を大きく振り上げたが、力がもたずにすぐに腕が下に垂れてしまった。
「もう、無理しないで。老い先短いんだから。」
「ふん……最古参も、もう俺とフリーくらいしかいなくなってしまったな。」
「最古参……何年前くらいからあるんですか、ここ?」
彼は、指折り数えた。
「ああ、5年前の事だったな。プラモが暴れた事件があったの、知っているか?」
「いえ、知りません。」
「あったんだよ。あのな……」
リルは、プラハザードのあらましを聞いた。
「そんなことが……」
「プラモは危険だからって、たくさんのプラモが、大人に捨てさせられてさ。その時の坊主のあの泣き顔ったらよぉ……」
ローダは宙を見上げながら言葉を絞り出した。ガラガラと不安定なスピーカーが、まるで泣いているかのように耳障りな高音を立てた。
「そん時の仲間も、みんな死んじまったよ。そんで、俺も滅びを待つだけさ。」
「滅びを待つのは、ここにいるみんな一緒だけどね。人間と違って未来なんてないから。」
「未来なんてない、か……」
ここに居れば、確かに安らかなのだろう。でも、ここには何もない。あるのは傷の舐め合いだけだ。人間じゃないから子孫を残して未来を作ることもないし、人間がいないから戦うことも、新しく何かを始めることもできない。
結局、ここはゆったりと終わりを待つだけの死の揺り籠なのだ。
「お嬢さんは、どうだい? 人間との暮らしは、楽しいかい?」
急に話を振られて、リルは慌てた。
「あ、それは……どうだろう、ランナちゃん、言葉がきつくて、臆病で、泣き虫で、乱暴で……」
楽しいなんて、素直には言えない。今ランナと一緒にいるのは、疲れる。
いっそ逃げてしまえば楽なのかもしれないと、リルは思った。
「その子と居るの、辛いの?」
「えっと……それも、どうだろう。」
辛いなんて、軽々しく口にできない。ランナの垣間見せる優しさや、陰のある表情が、とても愛おしいから。支えてあげたいと思えるから。
「私、ランナちゃんの悪いところ一杯見てる筈なのに……いくらだって悪口言えちゃうのに。なんでだろ、辛く無くはないけど、でもやっぱり辛くは無いのかも?」
「あなた、幸せなのね。」
あいまいなリルに、アスは暖かい目を向けた。
「え、そんな……」
リルが戸惑っていると、ローダがガラガラと笑った。
「俺も昔は、坊主と笑ったり、喧嘩したり、泣いたり、毎日騒がしく過ごしたものさ。」
「面倒くさいと思う相手でも、一緒に居られるってすごく幸せなのよ。もう会えない今になって、ようやく気づくんだから。」
リルはランナと別れてここで暮らすした場合のことを考えた。
それはきっと、面倒な彼女に煩わされることのない安らかな生活だろう。ガラクタ村のプラモは、出会った者たちを見る限りでは人がいいし、他の者も遠めに見る限りではそう変わらない。平和な場所だ。
でも、それはきっと単調で退屈だろう。彼女の涙を慰めたいという思いが湧くことも、少しずつ彼女の心に近づいていく喜びも、その先にあったであろう幸せも、もうない。
きっとそれは、死んでしまったようなものだ。
考えているうちにリルは、思った以上にランナの事が好きになっていた自分に気が付いた。
早く帰って、仲直りしたいなと、これからの事を考えると、絶対に大変で面倒くさいのに、自然と顔がほころんだ。
「なんだ、やっぱり大好きなのね、その子の事。」
「えっ、顔に出てました?」
思わず頬を押さえるリル。
「もう、うらやましいわねぇ、このこのぉ。」
「きゃあっ、もう、やめてくださいよぉ!」
アスがつんつんとわき腹をつついてくるこそばゆさに、身をよじる。辺りには、ローダのぎぃぎぃと耳障りな笑い声が響いた。
「なんだなんだ? 楽しそうじゃないか。」
「何々? 新しい子?」
騒ぎを聞きつけた他のプラモがやってきて、リルは彼らとも、沢山お喋りした。
変化に乏しい生活を送るガラクタ村の住人たちは、リルの話に興味津々だった。人間と喧嘩することも、一緒にバトルすることも、もう彼らには再び手にすること叶わぬ輝かしい思い出だった。




