20、過去
昔話を始めるのに立ち話もなんだと、彼らは近くの公園の四阿に移っていた。
「シザーは、俺が初めて手に入れたプラモのBISにつけた名前だ。クワガタ型だったから、シザー。あいつは安直だって文句言ってたけどな。あいつってば、結構わがままで口が悪かったんだよな。」
チギルは当時を懐かしみながら話し始めた。
「うん、そうだ……覚えてる……あたし、彼と一杯お話しした。」
「そうそう。あいつ、ランナとも仲が良くってな。俺がいないときにはシザーがランナの相手をしてた。」
ランナは、最近プラモを見ると誰かとの会話を思い出していたことに思い当たる。あれは、小さなプラモと話すことで、当時の記憶が蘇っていたのだろう。
「自慢じゃないけどな、俺とシザーは、いいコンビだったよ。ハルトとリエと、二人のプラモとチームを組んで、全国優勝までしたんだぜ?」
「マジか、すっげー!」
「でも、どうしてランナちゃんはそれを忘れてたの?」
ランナもまだ、もやもやとした気持ちが晴れていない。
「そうよ、昔はプラモと友達になれたのに、どうして今は仲良くなるのがこんなに怖いの?」
チギルは、重々しく口を開いた。
「全国大会が終わって少し経った夜の事だ、プラモが暴れて人を襲う事件……プラハザードを知ってるか?」
首をかしげる小学生の中で、オトだけがあっと声を上げた。
「昔プラモバトルに使われてたプラミストを、街中に撒いて暴れまわったっていう事件があったんだよね。」
「ミスト……? 霧……」
「そう、前はABSと反応して出力や耐久力を向上させるために、空気中に散布する薬剤が使われてたんだって。っていっても一部のショップの対戦ブースや大会でしか使われてなかったらしいけどね。」
うんちくを始めたオトを感心したようにハルトが言う。
「お前詳しいなぁ……まぁ、そういうことだ。あの事件の時、俺たちは暴れるプラモを止めに出たのさ。」
「ヒーロー願望か? 普通に警察の案件じゃねぇのかよ?」
ヤスリが言うのも尤もである。そんな大事件なら一般人の出る幕はないだろう。
「ヒーロー願望は否定しないけど……まぁ、普通はそうよ。でも、プラミストで強化されたプラモは、通常の拳銃では破壊できないほどの耐久力を得る。それに武装によっては車も破壊できる破壊力も持ってる。対抗できるのは、同じく強化されたABS兵器とプラモロイドだけ。」
「そんな薬剤、危険すぎる。」
「だから、当時もABS技術を作った大盤ケミカルの子会社、大盤トイズ社と契約した一部の店や、公式大会でしか使え無かったんだ。今じゃ製造も禁止されちまったがな。」
「パティちゃん家の会社だ。」
プラミストについての話を聞いていたランナは、少しイライラしてきたようだ。
「前置きはいいから、本題に入ってよ!」
チギルは、ふぅと息を吐いて、話を再開した。
「その事件が起こったとき、ランナは出かけてたんだ。どこに行くのかも言わずに、内緒でな。」
「……ッ!」
記憶がよみがえってきたのか、ランナの息が詰まる。ドーラがそっとその手を握る。
「街に飛び出した俺たちは、暴れるプラモを倒しながら必死に探し回って、白いプラモに襲われているランナを見つけた。」
「そうだ、それで……あたしを庇って……」
「そう、あいつは死んだんだ。」
その一言で、場が沈黙した。
「そ、そうだったのか……」
みんな、何と言っていいのか分からなかった。
「そう、だったけど、それだけじゃなかった……あの後……」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
霧深い路地に、赤い肢体がからんと投げ出される。
「シザー……嘘……」
幼いランナは、目の前の光景が信じられず、すとんと崩れ落ちてしまった。
「お、おい! 起きろよ、シザーッ!」
駆け寄ろうとするチギルの前にしかし、今しがた彼の相棒を屠った怪物が立ちふさがった。
「チギルーッ! 一人で突っ走りやがって!」
「離れやがれ!」
チギルの後ろから、いくつもの弾丸が怪物に向けて飛ぶ。意識外からの攻撃を、怪物は辛うじて回避する。
ハルトと、彼の相棒であるドラゴンを象った射撃機体のアルマが不意打ちで攻撃を仕掛けたのだ。
「世話が焼けるんだから!」
リエが、当時は今よりも古い型だったマチルダを投げて加速させる。
「死に晒しなさい!」
弾丸を空中に回避した怪物に、マチルダとアルマがミサイルを浴びせかけ、とどめにマチルダがレイピアを突き刺す。
「ギギ……ガガガッ……」
怪物は痙攣し、活動を停止した。
「おい大丈夫か……なッ!?」
「嘘……」
駆け寄ってこようとした彼らだったが、チギルとランナの視線の先を見て、絶句した。
彼らの戦友の無残な姿に、二人の相棒も衝撃を受けた。
「遅かったってのかよ……」
「シザー……」
おのれの無力さを噛みしめ、涙する彼らは、気が付かなかった。
「シザー……?」
友のあまりにも呆気ない死に、涙も流さずに呆けていたランナは、シザーの腕がわずかに動いたことに気が付いた。
「生きてるの……?」
歩み寄り、思わず手を伸ばしたランナは、突然手の平に痛みを感じた。
「え……?」
シザーが上半身だけガバリと起き上がり、その右腕のブレードの先には血が滴っている。
手のひらを翻すと、バッサリ切れた傷口から血がどくどくと流れている。
シザーが跳躍し、右腕を振りかぶる。訳も分からないまま、ランナはそれをぼぅっとみていた。
「ランナ!」
チギルがランナを庇い、背中を刺される。
「ぐふっ……」
「お兄ちゃん!」
我に返ったランナの悲痛な悲鳴が響く。一歩遅れてハルトたちが動く。
「やめろシザーッ!」
アルマの両腕の銃が火を噴く。シザーはチギルの背中から離れ、どさりと着地した。
「暴れまわっているプラモは、そういうことかよ……」
シザーの胸の穴には、さっきの怪物の表皮のような、柔らかな白い素材がへばりついている。そして、白い素材の中心にデータチップが埋もれているらしい。これが彼を操っているのだろう。
その柔らかい素材は、当時は世に出ていなかったが、PVCのような質感で、ぶよぶよした肉のような印象を与えた。
「そんな、彼と戦わないといけないの……?」
ハルトたちが戸惑っていると、刺された傷の痛みで脂汗を垂らしながら、チギルが言葉を絞り出した。
「……て……れ……」
「お兄ちゃん、血が……」
「やってくれ! 頼む……!」
始まる悲しき戦いの光景を見ながら、ランナは意識を手放した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「そのあとは、私とハルトがシザーと戦ったの。私のマチルダがレイピアで、シザーを操っていた部品を貫いて、とどめを刺した。」
ランナの記憶が途切れた後のことを引き継いで、リエが締めくくった。
「一通り収まった後、その白い機体の出所の廃工場に行ったんだけど、もうほとんどもぬけの殻だった。誰があんな事件を起こしたのか、今でもわかってねぇんだ。」
話を聞いたランナは、涙を流しながらも、しっかりと目を開いて、記憶を辿った。
「そうだ、それから、お兄ちゃん、毎日塞ぎ込んでたんだ。ご飯もほとんど食べないで、友達とも遊ばなくなって、ずっと……」
「ああ、あの時は、みんなに心配かけちまったな。」
そこで、ドーラが合点がいったというように頷いた。
「なるほど、それで怖がってた。友達の、その果てを見ちゃったから……」
ランナは俯いて黙っていたが、大きく息をついて、顔を上げた。
「お兄ちゃん、話してくれてありがとう……みんなも、探してくれてありがとう。こんな遅くまで、ごめんね。」
寂しげなランナを慰めるように、ハルトが言う。
「まぁ、気にすんな、ランナちゃん。明日休みだし、また明日、探してみるからさ。」
「大丈夫。きっと見つかるから。」
ドーラは優し気な笑顔で、努めて平静に言った。
そうして、その日は解散になった。




