15、人形
『あのワイヤーを破るなんて、あの子、結構侮れないね。でも、向こうは遠隔武器を失ってるから、距離を取れば……マチルダ?』
リエの言葉も聞かず、ワイヤーを収納し終えたマチルダはヘラに向かって歩き出していた。
「認めない、認めない、認めない!あんたみたいなのが、シザーの代わりなんて、認めない!」
マチルダが左腕を振ると、太めのレイピアのような刺突兼斬撃用の武器が伸びた。そして、マチルダはそのままヘラに切りかかる。
ヘラは右腕のブレードで受け止める。プラスチック同士のぶつかり合う高い打撃音が響く。
「代わり……? どういう、事です?」
戸惑うヘラに、マチルダはさらに畳みかける。
「アナタ、何にもないのにパーツだけ湧いて出てくるとでも思っているの? アナタがつけてるそれ、どこから来たか、考えたことないの?」
『ちょっとマチルダ、今試合中よ! やめなさい!』
「別に……聞きたくない、です。」
「あら、どうして?」
激しく打ち合いながら、2機は言葉を交わす。
「だって、マスターは、行き場のなかった私を引き取ってくれて、それで……私は、マスターの相棒で……」
ヘラの言葉は、だんだん弱くなって、最後にはステージ内の機械音にかき消されてしまった。
この腕は壊れた腕の代わりだというから、多分元々持っていた何かの腕を使ったのだろう。その後、ランナとのことがあってから、それについて考える余裕はなかったが。あの時ランナは腕に特別な反応をしていたようにも思えた。
そして、その後あてがわれた装甲は、傷跡が目立つ古びたものだった。見た目だけでなく、BISとリンクして読み取れる情報でも、その古さが分かる。
本当のところ、その時点で、この古いプラモがチギルやランナのなんなのかという疑問が湧き出た。
しかし、それを聞くのはやめた。怖かったのだ。
ランナに拒絶されて、足場のない暗闇に放り出されたように心が宙ぶらりんになってしまった彼女を、掬い上げてくれたのがチギルなのだ。
彼にすら、誰かの代わりとしか見られていないとしたら、自分の存在意義が分からなくなってしまう。だから、考えたくなかった。
迷いを断ち切ろうと、ヘラが強く踏み込む。
「だからッ、だからッ!」
会話をやめさせようと、ヘラは攻撃のペースを上げる。
『落ち着け、焦るんじゃない!』
「私はっ、マスターの相棒です! 私は……ッ!?」
右腕のブレードで繰り出した攻撃を受け流され、ヘラが前につんのめる。
「お馬鹿さん。」
ヘラが地面に手をついたところを狙い、マチルダはレイピアで右腕の接合部を破壊する。
「ひゃあっ!?」
支えを失い、ヘラが地面に突っ伏す。左手で立ち上がろうとするところで、背中から肩にかけての装備の接合部を破壊した。
「し、シールドが……きゃあっ!」
レイピアがヘラの眼前に迫り、体が恐怖にすくむ。しかし、それは頭部を突き刺さず、アンテナとバイザーを破壊しただけだった。
ヘラが動けないでいる間に、マチルダは他の部位もパーツの接合部に剣を突き立て、捻り、切り裂き、ヘラの装備を剥がしていった。
「こ、このっ……あうっ!」
ヘラはマチルダを止めようとするが、動こうとすると顎に蹴りを入れられた。ヘラを押さえつけ、マチルダは作業を続行する。
残されたのは、白いインナー状の塗装が施されただけの、か細く頼りない少女だけだった。その右腕は失われ、更に、足首から下も大きさの関係でアーマーを外につける形ではなく、パーツ自体を換装していたので今は失われている。
ヘラは、立ち上がることも出来ずに左手で体を支え、マチルダを睨んでいる。
「どうかしら? すっぽんぽんの姿にされた気分は。」
「最悪です……こんなことして何になるんです? 遅延行為ですか?」
『マチルダ、ちょっと、聞いてるの? ここまでやる必要ないでしょう?』
「リエはちょっと黙っていて。……ねぇ、しってる? チギルさんは前にもプラモバトルをやっていたことがあるのよ?」
それは、少しだけ聞いたことがあった。だからこそ、マチルダは只の精神攻撃ではなく、自分が考えたくなかった事実を突きつけようとしているのだと分かってしまった。
マチルダは落ちている右腕を拾うと、それを撫でる。
「この装甲は、その時の彼の相棒のもの。彼はあなたを、昔の相棒、シザーに見立ててお人形遊びしてるだけなのよ。」
「え……」
「チギルさんのあなたへの愛情も、何もかも、かつて失った相棒の代用品としての人形に向けられていただけなのよ。」
その言葉に、ヘラはBISを締めつけられたかのような息苦しい感覚を覚えた。
「そ、そんな……嘘ですよね、マスター……」
震える声で、マスターに問いかける。否定してほしかった。そんなわけないと、力強い言葉が聞きたかった。
『……』
『ちょ、ちょっとチギル! 何とか言いなさいよ!』
チギルは答えない。その沈黙は、どんな言葉よりも雄弁に、マチルダの話が真実だと語っていた。
「マス……ター……」
一番信じていたかったマスターとの関係すらも信じられなくなり、ヘラはその場に崩れ落ちた。
「私……私は……」
「ふん、哀れね。」
マチルダは自分の右腕を切り離して、ヘラの……シザーの右腕を接続した。
「この腕も、元々あなたのためでも何でもないのよ。丁度いいわ、これで止めを刺してあげる。」
しかし、接続した右腕は、マチルダの意志に反してブレードを展開した。そして、その腕は勝手に曲がり、自刃しようとする。
「え、ちょっと、何よこれ!?」
『シザー……?』
チギルは、その腕の力強い動きにかつての相棒を幻視した。
マチルダは慌てて右腕を切り離す。地面に落ちた腕はもう動かない。
「ちょっと、どういうことよこれ……」
マチルダが呆然としていると、リエの怒声が頭に響いた。
『いい加減にしなさい!』
同時に、リエはギブアップ操作の存在を思い出し、それを行ってマチルダを強制的に退場させた。
残されたヘラは、装甲を拾うでもなく、只々呆けていた。
『おい、呼び戻すぞ、おい!』
「……」
返事のないヘラを、チギルは強引に現実世界に呼び戻した。
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ヘラが現実世界に戻ると、元の通り、赤い装甲がついていた。ヴァーチャル空間で負った傷は、現実世界には影響を及ぼさない。
「おい、ヘラ……?」
ふらりとボックスから出てきたヘラにチギルは手を伸ばしかけたが、すぐに手を引っ込める。
「へ、ヘラちゃん、うちのマチルダが、本当にごめんなさい。この子の言ったことは、気にしなくていいから……」
マチルダは、ヘラが出てくるまでの間にリエにこってりと怒られていたが、謝るでもなくそっぽを向いている。
「あんたも謝りなさいよ。」
マチルダは、むっすりと口を開いた。もとい、スピーカーを鳴らした。
「だって、どうせあのままでも遅かれ早かれ自分で気づいたわよ。」
「そうかもしれないけど、それは今じゃなくていいし、やり方ってものがあるでしょ! 人には人の事情があるの、わからない?」
リエに強く言われて、マチルダは渋々頭を下げた。
「……ごめんなさい。」
虚ろな目を向けていたヘラだったが、ようやく口を開いた。
「いえ、いいんです。私だって、本当は気付いてる筈だったんです。それでも、マスターの傍は暖かくて居心地がよかったから……」
力なく笑いながらそういうと、ヘラは、右腕のブレードを自分の左腕に突き立てた。そして、パーツの接合部を、接着剤をべりべりと剥がしながら乱暴に破壊し、装甲を外した。
「へ、ヘラ……」
チギルも、リエも、マチルダも、止めることも出来ず、自分に刃を突き立てる彼女を呆然と見ていた。
「あなたが……あなたが、居るから……ッ!」
さっきのマチルダの様に、装甲の接合部を武器で乱暴に破壊していく。違うのは、ここは現実の空間で、欠けたり歪んだりした部分は戻らないということだ。
プラモロイドに涙を流す機能はないが、今にも泣きそうな顔で、引きはがし、投げ捨て、触角を折り取り、彼女はほとんどのパーツを破壊し終えた。
「はぁ……はぁ……」
ヘラは、左手で右手の付け根をつかんだ。しかし、すぐに力を抜き、手で顔を覆う。
強い感情の波に、CPU制御が不安定になり、嗚咽を漏らすように声が詰まる。
「……なんで、何でよぉ……」
リエは、何か言えとばかりにチギルを睨むが、チギルも何といえばいいのか分からなかった。
だから、丁度鳴り出した電話に逃げた。
「あ、ごめん、電話だ……」
ランナからの電話だと通知が出ていたので、努めて気楽に話す。
「おう、どうかしたか?」
しかし、電話の向こうの声は今にも泣きそうな声だった。
『お兄ちゃん、助けて……リルが……リルが居なくなったの!』




