14、形見
翌日、チギルが学校に行くと、教室の前に一人の少女が立っていた。
さらりとした髪を伸ばし、眼鏡をかけた彼女を見たチギルは手を振りながら歩み寄る。
「リエじゃないか。どうしたんだ、お前のクラスは隣だろ?」
チギルが話しかけると、彼女は単語帳から顔を上げた。
「やっと来た。始業までもっと余裕持ってきなさいよ。」
「まだ5分もあるだろ。30分も前に来るお前と一緒にすんな。で、何だ?」
「ハルトから聞いたわよ。また、プラモバトルを始めたんですって?」
「へぇ、耳が早いな。」
チギルがそういうと、リエはスマホのメッセージアプリの画面を突き出してきた。ハルト、チギル、リエの他、数人が入ったグループのチャットだ。ハルトのチギルについての発言が表示されている。
「あんたが聞いてないだけでしょう?よっぽど新しい子に夢中なのね。まぁ、高校男児としてはある意味健全だけど。」
「そこも聞いてるのか……」
からかうように言われてため息をつくチギルに、リエは一転して優しい口調になる。
「まぁ、嬉しいわ。あんなことになって、一緒に遊ぶこともなくなって、寂しかったから。」
「そっか、心配かけて、すまなかったな。」
リエは笑って、こう言った。
「それじゃまた、一緒に遊びましょう。今日、あなたの相棒は連れてきてる?」
「ああ、一応な。」
「じゃあ、放課後、バトルしましょう!そっちの教室に行くから、逃げるんじゃないわよ!」
「おう、待ってるぜ!」
そして放課後、宣言通りに彼女はやってきた。
いそいそとバトルの準備をする彼女に、チギルは率直な疑問をぶつける。
「そういえばお前、部活とかいいのか?」
「面倒じゃない。なんで態々周りの奴らと示し合わせて大人が言うタメになる活動しなきゃいけないのよ。」
「お前、友達居ないだろ。」
「作らないだけよ。」
そんなマスターたちが話している下で、プラモたちも向かい合っていた。
「ふぅーん、アナタがチギルさんの新しい相棒ねぇ……」
大きな二つのカメラアイが無遠慮にヘラの全身を眺める。首をかしげると、頭についた大きな触角のようなパーツと、銀に輝くツインテールのようなパーツが揺れた。
「は、はい……ヘラと言います。よ、よろしくお願いします……」
ローラーで滑走してヘラの周りをぐるっと回り、360度から眺め終えてから、彼女は思い出したように自己紹介した。
「ワタシは、荒井理恵の相棒、マチルダよ。宜しくね、お人形さん。」
「お、お人形……? あ、あなたは、女の子だけどBCGシリーズじゃないのね。」
ヘラの言葉に、マチルダは心外だというように肩をすくめた。そして、ヘラの顔に向けてピンと指を1本伸ばす。5本の指が揃った人間の手をかたどったものではなく、3本の指を持った機械らしい手だ。
「あなたみたいな都合のいい着せ替え人形と一緒にしないで頂戴。あなたの全身を覆う脆弱なPVCのように、CPUまでゆるゆるだから分からないのね? この美しいメタルシルバーの体、しなやかな肢体の機能美。美しい設計の素体に、リエがさらに私に合わせてカスタマイズして磨きをかけたの。あなたみたいなお仕着せの人形とは違うのよ!」
透き通った合成音で一息に言い終えると、ヘラにピンとデコピンをかました。
「あうっ!」
そこに、リエが割込み、マチルダをヘラから引き離す。
「もう、言い過ぎよ、マチルダ。ごめんなさいね、ヘラちゃん。」
涙目で顔を押さえるヘラの頭をなでながら、チギルはマチルダをじっと見つめる。
「なぁ、マチルダ、また性格が悪くなってないか?」
リエはチギルを軽く睨んだ。
「だって、彼と直接肩を並べた戦友よ、それに、最後だって……私だって、そのパーツを使ってくるとは思わなかったし。」
「ああ、確かに、そうだな。すまない。」
「謝ることじゃないわ。マチルダも、そのうち落ち着くから。」
マチルダはふいと顔をそらした。
痛みが引いたヘラが顔を上げた。二人の会話を話半分に聞いていたが、自分に何かあるのは分かったらしい。
「マスター、どういうことですか? 私、マチルダさんに何かしてしまいましたか?」
「いや、お前は悪くない。それより、待たせたな、バトルしようぜ。」
チギルは笑いながらヘラをボックスに入るよう促した。
「はい……」
釈然としないながらも、ヘラはボックスに入り、対面のマチルダの表情の読めない顔を見つめながら、バーチャル空間に入った。
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ヘラが目を開けるとそこは、鉄と油に満ちた屋内空間だった。周囲ではベルトや歯車が回転し、どこからか熱気が漂ってくる。
『ファクトリータイプのフィールドか。』
「レーダーを使いますね。」
ヘラはバイザーを下し、アンテナで周囲を探る。
しばらくそうして索敵しながら歩いていたが、後方から来る飛翔体に気づき、咄嗟に物陰に隠れてやり過ごす。
複数の飛翔体は遮蔽にしたコンテナにぶつかり、爆発してコンテナをべこべこにへこませた。
『今のは、マチルダのミサイルだ。もう見つかっているらしいな。』
「でも、どこですか……?」
ヘラのレーダーには今のところ敵の存在は感知できていない。
『あいつのレーダーは優秀だからな。』
『お褒めにあずかりどうも。さて、話している場合?』
ちょうど今、ヘラは高速でレーダー圏内に入ってくる存在を感知した。そして、ヘラの耳に滑走する音が届く。
「近い!?」
ヘラは右脚についたライフルを左手で構え、シールドもいつでも前に回せるように浮かせる。
吹き抜けの二階通路についた鉄柵の上を滑走していたマチルダは、ヘラのライフル射撃を跳んで回避し、そのまま飛び降りながらヘラに向けて左腕についた銃口からマシンガンを撃ってくる。
「へぇ、それなりにうまく使えているのね。」
弾丸の雨を、ヘラはシールドを構えて防いでいた。
「次はこっちの番です!」
ヘラはブレードを展開し、落ちてくるマチルダを待ち構えて斬ろうとする。
「そんな借り物の剣で、ワタシを捉えられるとでも?」
マチルダは右腕から太いメタル塗装の先端に鉤が付いたワイヤーを出し、ヘラの右腕に巻き付けた。それを引っ張って体勢を崩し、攻撃をかわしつつ着地する。ヘラはライフルを捨て、左腕でも苦し紛れの攻撃を行うが、ジャンプして回避されてしまった。
『ワイヤーを外せ!』
「はい!」
ヘラはブレードを戻す勢いで切断しようとするが、ワイヤーが頑丈過ぎて斬ることができない。単なるゴムや繊維にABSを混ぜた紐等ではなく、硬質のパーツを組み合わせて作られたものなので簡単には切断できないのだ。その太くて長いワイヤーは、普段はマチルダの末広がりの太い袖のような腕パーツの内側に巻き付けるように収納してある。
『このワイヤー、組み立てるのにすっごく苦労したんだから。簡単に切れちゃ困るわ。』
『だが、接合部ならどうだ?』
『やってみれば?』
連なった円錐状のパーツ同士の接合部に左のブレードを突き立てようとしたところで、右腕を強く引っ張られ、ヘラの体が宙に浮く。
マチルダは空中のパイプの上を通過し、それにワイヤーを引っ掛けることで自分の体重でヘラを吊り上げたのだ。
「ぐ、うぅ……」
「お人形さんは私と違ってか細いからこんな簡単に吊り上がっちゃうのね。マスターにもっと大きなお胸でもつけてもらったら?」
挑発を歯を食いしばって流し、ヘラは左脚を上げて左手で足についていたランチャーを持ち、マチルダに向けて撃った。
細長いミサイルが飛んでいくが、マチルダが少し動くとミサイルは追従することなく彼女の後方で爆発した。
「お馬鹿さん、アンチエアミサイルはPAを使ってない相手に撃ってもなぁんの意味もないのよ。あっと、ランチャーまで投げてくるなんて、怖いわぁ。」
『油断しないで、ヘラをよく見て。』
飛んできたランチャーを左腕でガードしたマチルダは、ヘラが左腕のブレードをワイヤーの隙間に刺し込もうとしているのを見た。
ヘラも考え無しに撃ったわけではない。3発の遅いミサイルと、撃ち切って投げたランチャーにマチルダがかまけている間に、ワイヤーをどうにかする算段だったのだ。
『よし、上手いぞ!』
「へぇ、意外とやるじゃない。でも、させると思って?」
マチルダは左手のマシンガンを構え、空中のヘラに狙いをつける。
『揺れろ!』
「了解です!」
チギルの言葉に、ヘラはハッとして身を縮めて脚を勢いよく振り、ブランコの様に漕いだ。
「ハチの巣よ!」
マチルダのマシンガンが発射される。しかし、振り子のように揺れるヘラにうまく狙いがつけられない。勢いがついたヘラは体を縮め、更に被弾を減らす。
更に、ヘラは運動を制御しきれず回転しながらも、シールドを必ずマチルダとの間に置いて、致命的な部位への弾丸はこれでほとんど防いでいた。コンピュータ頭脳を持つプラモロイドだからできる動きだ。
途中、数発の弾丸が顔を掠め、バイザーを割ったが、致命傷には至らない。
「なっ、短い指示なのに、もうこれだけ動けるくらいの信頼関係があるの!?」
マチルダが驚いている隙に、ヘラは回転しながらパーツの接合部を削り取り、ワイヤーを切断した。
「きゃっ!」
ワイヤーが急に切断されたので、体を縮めていたヘラはお尻から墜落した。
『よくやった!』
「えへへ、マスターの指示のお陰です。」
『何言ってんだ、ほとんど自分で考えてたじゃねぇか。』
チギルと笑い語らうヘラを、マチルダはもしも自分に肉体があれば、ギリリと歯噛みしていたことだろうと思った。
愛を受け、何も知らずに、幸せそうで、だからこそ、そこにいるのが自分の思う者でないことへの強烈な違和感にいら立った。
そして何より、それにのうのうと甘んじる彼女が気持ち悪かった。




