11、決着ー チギルVSドーラ ー
チギルとヘラが、これは決まったと思ったとき、ドーラの鋭い指示が飛ぶ。
『自切!』
ドーラの指示で、ドルチェは右手首を切り離して後転して串刺しを回避する。ヘラのもとに残されたのは手首から先のパーツと、だらりと垂れ下がった長手袋だけだ。
シールドを解除すると、それらがパサリと地面に落ちた。
『パーツの自切だとぉ!?』
戦闘が終われば元通りのバーチャル空間とはいえ、自分の手を戸惑い無く切断したドルチェに、チギルは驚愕を隠せない。
「マスターを信じているのは、ヘラちゃんだけではないのですよ。」
エプロンのポケットから取り出したナイフの柄を手首のジョイントに挿し込みながら、ドルチェが言う。
『油断してた……でも、楽しい……』
ドーラは思わぬ苦戦に、闘争心を掻き立てられているようだ。口角を上げて息を弾ませ、笑っている。珍しいことだと、ドルチェは驚いた。
なんにせよ、片手を失ったことで、ドルチェは行動を大きく制限された。これでヘラは大幅に攻めやすくなったはずである。
『チャンスだ!畳み掛けろ、ヘラ!』
「はい!」
ヘラは両腕のブレードを展開し、踏み込んで右のブレードを振り下ろす。
「はっ!」
ドルチェは左腕をかざしてブレードを受け止めた。手をひねって、腕の内側の方を外に向けるような奇妙な角度だ。
「んな!?」
確かに何かを破壊した手ごたえはあったが、腕の破壊には至っていない。
ブレードで破れた服がはためき、中に収納された武器が見える。
『中に武器を……それに、補助腕!』
ドルチェの腕に沿うように、骨組みだけの簡素な補助腕が付いている。武器を保持して袖口に持っていくだけの簡素な機構で、今はブレードを受け流したために壊れてしまっている。この補助腕にブレードを食いこませ、補助腕を腕に沿ってスライドさせることで受け流したのだ。
「ドーラ様の服を壊していくのは忍びないのですが……」
『いいよ、ドルチェ。』
ドルチェは右手のナイフでもう一本切れ込みを入れた。
『これで左手の防御がなくなった、行け!』
「はい、決めます!」
ヘラが右腕のブレードを大きく横なぎに振って攻撃を仕掛ける。
「甘いのですよ!」
ドルチェはバックステップを踏みながら、左手をヘラの右腕に向けて振る。
すると、切れ込みの入った服が収納された武器の遠心力で破れ、帯の様に裂ける。
裂けて伸びた布が、武器の重さで勢いよくヘラの右腕に巻き付き、ドルチェが完全に服から破れて分離した布をつかんで引っ張る。
『ブレード収納の勢いで切断しろ!』
「あ、は、はい!」
ヘラが体勢を崩しそうになった瞬間にチギルの指示が飛び、ヘラはその通りに右腕のギミックを動かして布を切断しようとする。しかし、その時にはもうドルチェは布から手を離し、ヘラに肉薄していた。
「マスターに従順なのは美徳ですが、自己判断が遅いのですよ!」
チギルの判断が間違っていたわけではない。拘束を早く解かなくては、相手に有利になっていく。
しかし、今回のドルチェの狙いは、チギルにその指示を出させ、ヘラをそれに集中させることだった。
チギルは優秀なマスターだろう。ヘラのパーツの状態を見ても、これまでの指示からも、全力でプラモを組み立て、戦う姿勢が見て取れる。しかし、ヘラの方がそれに甘えているのが彼らの弱点だと、ドルチェは感じたのだ。
チギルの指示には、言外に左腕で牽制しながらやれという前提あったはずだが、ヘラは字義通りの行動に集中してしまった。実際には、ヘラとチギルの初戦闘なので仕方のないことではあるが。これは、初戦闘のヘラに多くを求め過ぎたチギルのミスでもある。
『挟み込め!』
ヘラは再びガードしながら、背部のシールドを展開してドルチェを挟み込もうとする。
『2度は通じない。』
ドルチェはその場でしゃがんでシールドをかわし、手を地面についてヘラに足払いをかける。
「かはっ!」
ヘラは背中から地面にたたきつけられ、ドルチェがその上にのしかかり、ナイフを付けた右腕を振り上げる。
ヘラとチギルは、必死で逆転の手立てを考えた。シールドが背中にあれば、転倒のダメージを防ぎ、さらには激しく動かすことでひっくり返った甲虫が起き上がるが如く切り返すことができただろうが、シールドは前に回してしまっている。それも補助腕を体の下敷きにしたせいで可動範囲が狭まっている。
「とどめなのです。」
せめて両手で迎え撃とうとするヘラだったがすでに遅く、その首にナイフが突き立てられたことでCPUとバッテリーの接続を絶たれ、機能停止してバーチャル空間から消滅した。
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「お帰り、ヘラ。」
ヘラが目を覚ますと、バーチャル空間に入る前の筐体の中だった。
チギルがヘラを筐体から出して持ち上げる。
「ごめんなさい、負けてしまいました……」
しゅんと沈み込むヘラに、チギルはやさしく声をかける。
「初めてはこんなもんさ。これから強くなればいい。」
その言葉に、向かいのドーラが驚く。
「初めてだったの!?」
「ヘラがな。俺は昔にやってたことがある。」
「昔……」
ヘラは自分の右手をじっと見てから、頭を振り、それについての思考を辞めた。
昔やっていたということは、昔一緒に戦った誰かがいたということ。しかし、自分の拠り所であるチギルの、自分以外の相棒について考えるのは、怖かった。
「それでもすごい。もう少し経験を積まれてたら負けてたかも。」
ドーラの言葉に肩の上のドルチェもうなずく。
「ええ、かなり賭けだったのです。」
ドーラは少し考えて、チギルに尋ねた。
「ねぇ、チギルさんって経験豊富よね?PEの組み方ってわかる?」
「ん?まぁ、何回か組んだことはあるな。」
チギルは最近人型プラモは組んでいなかったが、銃器などの光るパーツなどがPEだし、それの光り方の調整をしたことがあった。
すると、彼女はチギルの方に近づいて、チギルの手を取った。
「チギルさん、私にPEパーツの組み方を教えて。」
「お、おう?」
「私、新しいパーツに挑戦したいの。クリアパーツとか、エネルギー武器とか、覚えたらもっとドルチェを可愛く、強くできる。」
チギルは驚いたが、すでにバトルを通じて彼女に友情を感じており、協力してあげたいと思った。
「わかった。俺がパーツを組むついでに、PEと制御回路の組み方について教えてやる。」
「ありがとう。」
作業スペースに歩く二人を見て、ハルトが冷やかす。
「おー、チギルがいたいけな少女を部屋に連れ込んでる。」
「変な言い方するんじゃねぇ!」
その後、チギルはライフルを修理するために手ごろなPEと制御回路を買い、それを作業スペースのコンピュータに接続してプログラムの仕方を教えた。
プログラムといっても、このコンピュータには専用のツールがインストールされているので、一度覚えてしまえばさほど難しくはない。
そうしてプログラムした回路にPEをつなぐことで、回路に入れたとおりの挙動でPEのエネルギーを発射したり、収束させて剣や盾にしたりできる。更にPEの表面の形を削ったりして整えることで、エネルギーの形状や軌道を大きく変えることができるのだ。
ドーラが一通りPEの扱い方を覚えたところで切り上げ、チギルはドーラを家まで送っていた。
「すっかり夜になっちゃったな。ごめんな、気が付かなくって。」
時間は午後7時半を回っている。作業に夢中になっていたが、親が心配する時間だろう。
「大丈夫。メールで連絡は入れてあるから。家も近いし。」
「そっか、しっかりしてるな。」
二人は話題が続かず、少し黙って歩いた。何かプラモの話題でも出そうかとチギルが思ったところで、ドーラが口を開いた。
「あのね、チギルさん。私の友達が、最近プラモを始めたの。」
「そうなのか?やったな、プラモをやる仲間が増えて。」
うれしいことのはずだが、ドーラの顔は曇っていた。
「でもあの子、バディと上手く行っていないみたい。」
「どういうことだ?」
「なんて言うか、ギクシャクしているって言うか……壁がある感じ。」
「壁……?」
ドーラの方の上のドルチェが答える。
「ええ、お互いにお互い、距離を置いているような感じなのです。」
「わたし、もっと二人には仲良くなってほしい……」
どうしたらいいのかわからない、ということらしい。
「そうだな……俺の妹も、最近始めたんだが……」
「なんだか、様子が変でしたね……でも、プラモは自分から始めたんですよね……?」
「そっちも?」
チギルとヘラの言葉を聞いて、ドーラはなにか合点がいったというような顔をしたように、ドルチェには見えた。
「やっぱり、あいつことが引っかかってるのかな……」
「あいつ?」
ドーラは首を傾げ、ヘラが不思議そうな顔をする。
「すまん、こっちの話だ。……まぁ、人にはそれぞれ理由があるもんだからな、焦らずにゆっくりとわだかまりを取っていけばいいさ。」
「ふーむ?」
微妙な声を出すドーラに、チギルは頭を掻いて続ける。
「まぁ、ゆっくり悩みを聞いてやれば、いいんじゃないかな?焦ることもないさ。こんな微妙なことしか言えなくて、悪いな。」
ドーラは首を横に振った。
「ううん、聞いてくれてありがとう。ここ、私んち。」
そういって、彼女は足を止めた。
「喜飾古着・手芸店」という看板がかかった店だ。喜飾憧羅はこのお店の娘なのだ。
「今日は、ありがとう。」
「いや、俺も楽しかったぜ。」
ドーラはにんまりと笑って手を振った。
「またあそぼ、ばいばい。」
彼女が家に入るのを見届けて、チギルも家路についた。




