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白い結婚ですが、旦那様と工房を共同経営しています ~寝室は別、決算は一緒。封じられた没落令嬢の才能に、初めて値が付きました~  作者: 月守いとは


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第3話:「妻」ではなく「共同代表」として

三日目の朝、工房に人が駆け込んできた。


「た、頼む! 助けてくれ、ヴェルク工房!」


ロズヴェル準男爵家の家令だという初老の男性は、息も整えず、作業台に縋りついた。


「三日後、お嬢様の婚礼なんだ。祝宴の銀器一式、ギヨーム工房に頼んであったのに——昨日になって『納期には間に合わない。急がせたいなら追加で金貨二十枚』と……! そんな金、うちには」


「お待ちください」


アーロン様が帳面を開いた。


「ロズヴェル家。……ああ、記録があります。その注文、半年前、元はうちに内定していたものですね。『ヴェルク工房はもう長くない』とどこかで聞かされて、ギヨーム工房に替えられた」


家令の顔が、赤くなった。


「……面目ない。その通りだ。都合のいい話だと、わかっている。だが、他はどこもギルドの顔色を見て受けてくれん。お嬢様は、銀器なんてなくていいと笑うんだ。倹しい家の、たった一度の婚礼なのに……!」


工房が静まり返った。マルセルさんが小さく吐き捨てる。


「横取りされた注文の尻拭いかよ」


その通りだ。断る理由なら、山ほどある。


「——お受けします」


わたしは、自分でも驚くほど迷いなく言っていた。全員がこちらを見る。


「ただし、道具ではなく、婚礼を作らせてください。お嬢様に会わせていただけますか。今日、今から」


ロズヴェル家の令嬢エリーゼ様は、庭で会ってくれた。飾らない、よく笑う方だった。


「銀器なんて、本当にいいんです。あの人と暮らせれば」


そう言いながら、彼女の目は、庭の隅の小さな白い花を追っていた。


「……スズランがお好きなのですか」


「亡くなった母が植えたんです。私の名前の花なの。エリーゼって、この地方の古い言葉でスズランのことだって、母がいつも」


帰りの馬車で、わたしは膝の上で図面を引き続けた。


祝宴の銀器一式。皿の縁にスズランの線彫りをひと巡り。杯の脚に、蕾をひとつずつ。中央の燭台にだけ、透かし細工の花を三輪咲かせる。


「クラリス様。積算しました」


隣でアーロン様が帳面から顔を上げた。


「一式を新規で作れば、どう急いでも六日。三日では物理的に不可能です」


「新規では作りません」


わたしは図面を見せた。


「工房の棚に、売れ残りの銀器の在庫がありました。型は古いけれど、地金も仕事も確かなものです。あれを磨き直して、彫りを足すんです。皿の縁に線彫りを巡らせれば古い型は隠れます。杯も同じ。一から作るのは燭台の花だけ」


「……在庫の再生。仕入れゼロ、工数は三分の一」


アーロン様のペンが、くるりと回った。


「これは……儲かりますね」


「ふふ。儲けましょう」


工房に戻って図面を広げると、テオバルトさんが真っ先に手に取った。


「皿の線彫り、誰がやる。二十四枚だぞ」


「頭とわたしで十二枚ずつ。マルセルさんは杯の蕾を。ブルーノさんは燭台の鋳込みを。サシャさんは全部の磨き直し——一番つらい役です。お願いできますか」


「ぼ、僕、磨きだけは、誰にも負けません」


サシャさんが袖をまくった。マルセルさんが「はっ」と笑って、それでも道具箱を開けた。


「奥方様の腕、見せてもらうぜ。皿一枚でも震えたら、俺は寝る」


「どうぞ。震えませんので」


炉に火が入り、工房に、三日間眠らない灯りがともった。


わたしは彫った。手袋を外し、袖を括り、祖母に習った通りに。スズランの茎は、ためらうと線が濁る。一息で、まっすぐ、しなやかに。一枚、二枚、五枚。夜半、ふと顔を上げると、テオバルトさんがわたしの皿を検分していた。


「……線は、いい。だが三枚目、花柄の起こしが浅い」


「直します」


「いや。浅い分は、俺が深く受けて揃える。それが工房仕事だ」


初めて、「遊び」と言われなかった。


アーロン様は眠らない工房の隅で、算盤も置かずに帳面を付け、湯と食事を絶やさず手配し、二日目の朝にはどこからか替えの磨き粉を抱えて戻ってきた。冷たい人だと思っていた。冷たい人は、職人の湯冷ましの温度なんて覚えない。


三日目の夜明け。


最後の燭台にスズランの透かしが三輪咲いたとき、工房の窓から朝日が差した。並んだ銀器一式が、いっせいに白く光った。


誰も、しばらく声を出さなかった。


婚礼の朝、祝宴の間に銀器を並べ終えると、花嫁姿のエリーゼ様が入ってきて——皿の縁を見て、動けなくなった。


「これ……スズラン……」


「お母様の花を、お席にお招きしました」


エリーゼ様は、化粧が崩れるのも構わず泣いた。家令が深々と頭を下げ、約束の代金に、断るのも聞かず銀貨を上乗せした。


「納品書に、署名をいただけますか」


アーロン様が書面を差し出す。署名欄は、二つあった。


アーロン・ヴェルク。その隣に、わたしはペンを置いて、一度だけ深く息をした。


——クラリス・ヴェルク。ヴェルク工房、共同代表。


生まれて初めて、自分の仕事に、自分の名前で署名した。


「代表、帰りますよ」


道具箱を担いだマルセルさんが、振り向いて言った。奥方様、ではなく。


「……ええ。帰りましょう、うちの工房へ」


そのときだった。祝宴の間の入り口から、ギルドの徽章を付けた男が、つかつかと歩み寄ってきた。


「王都金銀細工ギルド連合、査察官のレグルと申します。……この銀器、拝見しました。見事なものですなあ」


男は皿を一枚持ち上げ、スズランの線彫りを撫でて、にこりともせずに言った。


「意匠登録第百十七号『花草文様の器物への彫刻的応用』——独占登録への抵触の疑いあり、として、正式に照会させていただきます。ヴェルク工房の、共同代表殿?」


お読みいただきありがとうございます。第3話、工房の初仕事は徹夜の三日間でした。「奥方様」が「代表」になった回です。


そして納品先に現れた、ギルドの査察官。「花の彫刻」ごと独占するって、そんな登録があり得るのでしょうか? ——あるんです、この王都には。次話、ギルドの独占登録の正体と、微笑まない議長が出てきます。


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