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恵の物語  作者: リンダ


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お父さんへの報告

夕暮れ。


恵と光希は、近所へ挨拶に出かけていた。


家の中には、雪一人。


仏間には、層一の遺影が静かに微笑んでいる。


雪は座布団に正座し、ゆっくりと線香を供えた。


細く立ちのぼる煙を見つめながら、小さく語りかける。


「そうちゃん……。」


「今日ね、めぐが婚約を報告したよ。」


「三冠も取って、本当に立派になった。」


「あなたが生きていたら、どんな顔をして喜んでいただろうね。」


遺影は、あの日のまま優しく笑っている。


雪も、そっと微笑んだ。


「あなたがいなくなってからね。」


「再婚のお話も、何度かあったの。」


「ありがたいことに、皆さん本当に優しい人だった。」


少し間を置く。


「でも、ごめんなさい。」


「私には無理だった。」


「生涯をかけて愛した人は、あなただけ。」


「層一だけだった。」


雪の頬を、一筋の涙が伝う。


「だから、一人でめぐを育てるって決めた。」


「大変だったけど、不思議と後悔はなかった。」


「あなたとの約束を守っているような気がしていたから。」


静かな部屋に、時計の音だけが響く。


雪は遺影を見つめた。


「めぐも、これからは光希くんと二人で歩いていく。」


「もう私は安心して見送れる。」


少し笑ったあと、その笑顔が少しだけ寂しそうに揺れる。


「でもね……。」


「正直に言うと……。」


「あなたに会いたい。」


「もう一度だけでいい。」


「あなたの声を聞きたい。」


「『雪、お疲れさま』って言ってほしい。」


涙が止まらない。


「私、頑張ったでしょう……?」


「ちゃんと、お母さんできたでしょう……?」


しばらく俯いたまま涙を流していた雪だったが、やがて涙を拭き、静かに顔を上げた。


「まだ、そっちへ行くわけにはいかないね。」


「めぐたちの幸せも見届けたいし、その先に生まれてくる子どもたちの笑顔も見たい。」


「だから、もう少しだけ頑張るよ。」


そう言って手を合わせた、その時。


窓の外から、やわらかな風が吹いた。


カーテンがふわりと揺れ、線香の煙が穏やかに天へ昇っていく。


雪はそっと微笑んだ。


「ありがとう、そうちゃん。」


「もう少しだけ待っていてね。」


「いつか会えたら、その時はまた、昔みたいに二人で笑おう。」


仏間には、夕陽のぬくもりと、穏やかな静けさが満ちていた。



夕方。


玄関の戸が静かに開いた。


「ただいま。」


恵の明るい声が響く。


「おじゃまします。」


少し緊張した様子で光希も続く。


雪は慌てて涙を拭き、いつもの優しい笑顔に戻った。


「おかえり。」


「近所のみなさん、喜んでくれた?」


「うん!」


恵は大きくうなずく。


「みんな『テレビ見たよ』『金メダルおめでとう』『婚約おめでとう』って。」


「花束までいただいちゃった。」


光希も照れ笑いを浮かべる。


「北海道のみなさん、本当に温かいですね。」


雪は二人を見つめながら、ゆっくりとうなずいた。


「そう。」


「この町のみんな、本当にめぐのことを家族みたいに思ってくれているから。」


恵は仏壇の前へ歩いていく。


金メダルをそっと並べ直し、写真立てに収めた婚約会見の写真も飾った。


そして、静かに手を合わせる。


「お父さん。」


「さっきは慌ただしく報告したけど……」


「もう一回、ちゃんと報告するね。」


光希も隣へ正座した。


「お義父さん。」


「初めまして。」


「直接お会いすることはできませんでしたが……」


「今日、こうしてご挨拶できることを、とても大切に思っています。」


部屋には静かな時間が流れる。


光希は遺影をまっすぐ見つめた。


「恵さんを、生涯大切にします。」


「嬉しい時も、苦しい時も、どんな時でも隣で支えます。」


「そして、競技人生が終わったあとも、二人で笑って暮らせる家庭を築いていきます。」


「どうか、見守っていてください。」


恵は光希の言葉を聞きながら、そっと手を重ねた。


「お父さん。」


「光希なら大丈夫。」


「私、この人となら幸せになれる。」


雪は少し離れた場所から、その二人の姿を静かに見守っていた。


涙はもう流れていない。


その表情には、母としての安心と、亡き夫へ「約束を果たせたよ」と伝えるような穏やかな笑みが浮かんでいた。


窓の外では、北海道の夕暮れがゆっくりと町を包み始めていた。

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