金メダルのその先へ
『恵の物語』
第71話 金メダルのその先へ
インスブルックオリンピック。
すべての競技が終わった。
上川恵は、女子スキージャンプで二大会連続三冠。
青柳光希は、ノルディック複合で金メダル二個、銀メダル一個。
競技最終日。
ノルディック複合団体で、光希はアンカーを務めた。
前半ジャンプで日本はドイツから四十五秒差。
相田飛竜、佐々木正嗣、森崎岳人が、その差を少しずつ削った。
第三走者の後半で、ついにドイツへ追いつく。
アンカーは、再び光希とフェリックス・アドラー。
光希はフェリックスの後ろへぴったりと張りつき、最後の五十メートルでスパート。
〇・五秒差で金メダルをつかんだ。
すべてを終えた夜。
雪の降るジャンプ台の前で、光希は恵へプロポーズした。
競技中にも見せなかったほど緊張し、何度も言葉を噛んだ。
それでも最後には、はっきりと伝えた。
「俺と結婚してください」
恵は顔を真っ赤にして隠し、やがて光希へ抱きついた。
「ありがとう。これからもよろしくね」
二人は、帰国してから婚約を正式に発表するつもりだった。
閉会式が終わるまでは、まだ日本代表の選手。
大会そのものに注目してもらいたい。
家族と親しい仲間以外には、帰国後の記者会見まで知らせない。
そう決めていた。
だが、二人には一つ、大きな見落としがあった。
オリンピックの閉会式には、世界中のテレビカメラが集まっている。
そして――
恵の左手の薬指には、雪明かりよりも目立つ指輪が輝いていた。
⸻
閉会式
オリンピックスタジアム。
夜空には、色鮮やかな照明が広がっていた。
各国の旗手に続き、選手たちが国や競技の垣根を越えて入場してくる。
開会式とは違う。
張り詰めていた表情は、もうない。
メダルを取った選手も。
届かなかった選手も。
途中で競技を終えた選手も。
大会を戦い抜いた者同士として、写真を撮り、肩を組み、笑い合っていた。
日本選手団も、日の丸の小旗を手に入場する。
その中に、恵と光希がいた。
恵は右手で小旗を振っている。
光希は、その少し隣。
二人の間には、普段よりわずかに距離があった。
婚約したことを隠そうとしているわけではない。
ただ、二人とも意識しすぎて、自然な距離が分からなくなっていた。
空が後ろから小声で言う。
「二人とも、逆に不自然だべ」
恵が振り返る。
「何が?」
「普段もっと近く歩いてるのに、今日だけ一人分くらい空いてる」
光希
「カメラあるべ」
相田
「カメラがあるからって急に他人みたいになる方が怪しいっすよ」
佐々木も笑う。
「普通にしてればいい」
恵
「普通ってどうやるべ?」
空
「もう分からなくなってるやん」
森崎が少し前を歩きながら振り返る。
「手をつながなければ大丈夫じゃないですか?」
光希
「そんな簡単な問題でないべ」
恵
「別に悪いことしてないのにな」
光希
「んだ。でも、まだ発表前だべ」
恵は左手を見る。
薬指の指輪。
競技用の手袋をしている間は隠れていた。
だが、閉会式では手袋を外している。
恵は少し迷った。
「指輪、外した方がよかったべか?」
光希はすぐに首を振った。
「外さなくていい」
「でも見つかるかも」
「見つかったら、その時だべ」
恵が光希を見る。
光希は少し照れながらも、はっきりと言った。
「俺が渡した指輪だべ。隠す必要はない」
恵の頬が、また赤くなる。
「そういうこと、急に真顔で言うな」
空
「はい、そこ。もう十分怪しいです」
二人は慌てて前を向いた。
⸻
カメラが捉えた左手
閉会式のテレビ中継。
日本国内でも、多くの人が夜遅くまで画面を見守っていた。
アナウンサーが、入場する日本選手団を紹介する。
「日本選手団が入ってきました」
「今大会も、多くの競技で素晴らしい活躍を見せてくれました」
画面が、メダリストたちを順番に映していく。
スピードスケート。
フィギュアスケート。
スノーボード。
カーリング。
そして、スキージャンプとノルディック複合の選手たち。
カメラが恵を捉えた。
恵は笑顔で日の丸を振る。
その隣に光希。
二人は、同じタイミングでカメラへ気づいた。
恵が小さく手を振る。
光希も少し笑う。
その時。
恵が左手で、ずれてきたマフラーを直した。
スタジアムの強い照明が、薬指の指輪へ当たる。
小さな光が、一瞬だけ画面の中で反射した。
中継カメラは、そのまま恵の手元を捉えた。
ほんの数秒。
だが、高精細のテレビ映像。
しかも、何千万人もの人が見ている。
アナウンサーの声が、わずかに止まった。
「……あれ?」
隣の解説者が尋ねる。
「どうしました?」
画面は再び、恵と光希の表情へ戻る。
アナウンサーは、断定しないよう慎重に言葉を選んだ。
「いえ、今、上川恵選手の左手の薬指に……」
解説者も、映像を確認する。
「指輪のようなものが見えましたね」
スタジオに小さなどよめきが起こる。
アナウンサーは少し笑いながら続けた。
「ひょっとしたら――」
間を置く。
「日本選手団に、さらにおめでたいニュースが重なるかもしれませんね」
解説者も笑う。
「隣には青柳光希選手がいます」
「ただ、現時点では正式な発表はありません。あくまで映像から見えた範囲ですが」
「それでも、気になりますね」
「非常に気になります」
画面の中では、何も知らない恵と光希が、仲間たちと笑っていた。
⸻
スタジアムの二人は知らない
閉会式の会場。
花火が上がる。
歓声。
音楽。
世界中の選手たちが、スマートフォンを掲げる。
恵と光希は、自分たちの指輪が日本中で話題になり始めていることを知らない。
恵は花火を見上げながら言う。
「終わったべな」
「んだ」
「長かったような、短かったような」
「競技中は長かったべ」
「光希がフェリックスの後ろについてた五キロ、見てる方は十キロくらいに感じたべ」
「走ってる方も十キロくらいに感じた」
「五キロだべ」
「気持ちの問題だべ」
恵が笑う。
光希も笑う。
二人の肩が、自然に近づく。
だが、カメラを意識して、また少し離れる。
空が横から見ている。
「だから、その動きが一番怪しいんだって」
恵
「見てたべか」
「ずっと見える位置にいるべ」
相田
「二人が近づいたり離れたりして、磁石みたいになってますよ」
光希
「うるさいべ」
佐々木
「帰国まで隠せると思ってるのか?」
恵
「一応、その予定」
佐々木は、恵の薬指を見る。
「その指輪をしたまま?」
恵は数秒黙った。
「……無理かもしれんべな」
光希
「見つかっても、明日か明後日だべ」
空
「いや、テレビ中継で今見つかってる可能性あるべ」
二人が同時に止まる。
「え?」
空は笑いながら言う。
「カメラ、さっき恵の手元アップにしてたよ」
恵が左手を見る。
光希も見る。
指輪は、照明を受けてきらきらと光っている。
「うそだべ」
「本当」
光希
「どのくらい映った?」
「数秒」
恵
「数秒なら大丈夫でない?」
相田が真顔で言う。
「オリンピック中継の数秒は、日本中で何百万人が見てます」
二人の顔が、同時に固まった。
空が吹き出す。
「光希、また埴輪みたいな顔になってるべ」
光希
「今それ言うなだべ!」
⸻
北海道の地元では
その頃。
北海道。
恵の故郷では、閉会式を見守る人たちが集まっていた。
地元の公民館。
大型テレビの前には、かつて恵を応援してきた住民たち。
子どもの頃から知る近所の人。
少年団時代の関係者。
学校の先生。
地元のスキー仲間。
恵の二大会連続三冠を祝い、飲み物や軽食を持ち寄りながら中継を見ていた。
画面に恵が映る。
「めぐちゃんだ!」
「光希くんも一緒だべ!」
「二人ともメダルすごかったなぁ」
そして、恵がマフラーを直した瞬間。
一人のおばちゃんが、テレビへ身を乗り出した。
「あれ?」
隣の男性が尋ねる。
「どうした?」
「めぐちゃんの左手」
「左手?」
「薬指、なんか光ったべ」
会場が静かになる。
数人が同時にテレビへ近づいた。
「指輪でない?」
「普通のアクセサリーかもしれんべ」
「でも薬指だべ?」
「隣に光希くんいるべ?」
「ひょっとして」
誰かがリモコンを探す。
「録画しとる?」
「巻き戻せるべ!」
映像が戻される。
恵の左手。
一時停止。
拡大はできない。
だが、確かに薬指にリングが見える。
「ある!」
「あるべ!」
「これは、あれでない?」
「何だべ?」
「婚約指輪!」
公民館が一気に沸いた。
「とうとうか!」
「昔から仲良かったもんなぁ!」
「でも、まだ正式発表してないべ」
「なら勝手に決めたら悪い」
そう言いながらも、全員の顔がにやけている。
一人のおじいちゃんが腕を組む。
「光希くんなら、めぐちゃんを任せてもいいべ」
隣のおばちゃんがすぐに返す。
「何であんたが許可出す立場なんだべ」
「地元代表として」
「いつ選ばれたべ!」
公民館に笑いが起こる。
別の女性が言う。
「でも、層一さんも喜んでるべな」
その一言で、少しだけ空気が柔らかくなる。
恵の父、層一。
娘がここまで歩いてきた姿を、天国から見守っている。
「んだな」
「雪さんも嬉しいべ」
「帰ってきたら、地元中でお祝いだな」
誰かが言った。
「まだ婚約って決まってないべ!」
全員が同時に返す。
「ほぼ決まりだべ!」
⸻
雪のもとには連絡が殺到
ホテルの部屋。
雪も閉会式を見ていた。
恵と光希から婚約の報告を受けたのは、前日の夜。
誰にも言わないように頼まれていた。
雪は約束を守っていた。
だが、テレビ中継で指輪が映った直後。
スマートフォンが震え始める。
一件。
二件。
三件。
その後、止まらない。
地元の友人。
親戚。
少年団時代の知り合い。
近所の人。
メッセージが次々に届く。
「めぐちゃんの指輪、見えたべ!」
「光希くんと婚約したの?」
「おめでとうでいいんだべか?」
「まだ秘密?」
「雪ちゃん、知ってたべ?」
雪は画面を見ながら、額へ手を当てた。
「めぐ……」
だが、怒っているわけではない。
むしろ、笑いがこみ上げてくる。
隠すつもりだった二人。
世界中の風を読める選手たちが、テレビカメラの角度までは読めなかった。
雪は、隣に置いた層一の写真へ話しかける。
「そうちゃん。もう見つかっちゃったよ」
写真の層一は、いつもの穏やかな笑顔。
「帰国してから発表するって言ってたのにね」
スマートフォンがまた震える。
雪は、簡単な返信だけを送った。
「本人たちから正式に話すまで、少し待ってあげてください」
それ以上は書かない。
だが最後に、一文だけ加えた。
「ただ、雪の中で、とても幸せそうでした」
⸻
博多でも話題に
一方、福岡・博多。
爆笑発電所のスタジオ。
閉会式の中継を、光子、優子、美香をはじめ、多くの仲間たちが見ていた。
競技期間中、爆笑発電所では恵と光希の活躍を毎日のように取り上げていた。
恵の三冠。
光希とフェリックスの激闘。
団体戦の四十五秒差からの逆転。
その最後を、みんなで見届けようと集まっていた。
画面に日本選手団が映る。
光子が立ち上がる。
「恵ちゃんおった!」
優子
「光希くんも隣におるばい!」
美香
「二人とも、すっかり世界のスターやね」
恵が手を上げた瞬間。
優子の目が細くなる。
「ちょっと待って」
光子
「何?」
優子
「恵ちゃんの左手」
美香も画面を見る。
「指輪?」
光子
「え?」
スタジオ中の視線が集まる。
アナウンサーが「さらにおめでたいニュースが重なるかもしれません」と話す。
その瞬間。
光子と優子が同時に叫んだ。
「ひょっとしてー!」
スタジオがどっと沸く。
美香は口元を押さえながら笑う。
「光希くん、プロポーズしたんやない?」
優子
「絶対そうばい!」
光子
「でも、あの光希くんがちゃんと言えたと?」
優子
「そこ心配するとこ!?」
光子
「だって競技中は冷静やけど、恵ちゃんの前ではちょいちょい固まるやん」
美香
「たぶん、めちゃくちゃ噛んだと思う」
優子
「“け、けけけ、結婚してくだ、くだ……”って?」
光子
「それ、もうプロポーズというよりエンジン始動失敗やん!」
スタジオが爆笑に包まれる。
だが、美香は画面の中の二人を見ながら、柔らかく言った。
「でも、よかったね」
光子と優子も頷く。
「うん」
「ほんとによかったばい」
爆笑発電所の公式SNSにも、視聴者からの投稿が急増した。
「恵選手の薬指、指輪ですよね?」
「光希選手が隣にいた!」
「正式発表を待ちますが、おめでたい予感」
「メダル六個より大きなニュースが来る?」
「閉会式で見つかるの、二人らしい」
「光希選手、プロポーズで噛んでそう」
最後の投稿を見て、光子が吹き出した。
「全国民、同じこと思っとる!」
優子
「まだ何も発表されてないのに、噛んだ前提なん!?」
⸻
インターネットは一気に騒然
閉会式が続いている間にも、映像は切り抜かれ、瞬く間に広がっていった。
恵の左手を拡大した静止画。
光希が隣で笑っている場面。
二人が一度近づき、また不自然に離れた瞬間。
さまざまな角度から推測が始まる。
「上川恵選手、左手薬指にリング」
「青柳光希選手との婚約か」
「帰国後に発表予定?」
「閉会式で思わぬ形で発覚」
海外メディアも反応した。
女子ジャンプの歴史的王者。
ノルディック複合の金メダリスト。
今大会を象徴する日本人選手二人。
世界的にも注目度は高かった。
ただし、多くの報道機関は断定を避けた。
所属先も、日本選手団も、まだ正式には発表していない。
記者たちは、閉会式終了後の取材エリアで二人を待ち構え始めた。
⸻
閉会式終了後
閉会式が終わる。
選手たちがスタジアムから退出する。
恵と光希は、日本代表スタッフから声をかけられた。
「二人とも、少しいいかな」
二人は顔を見合わせる。
嫌な予感。
スタッフはスマートフォンの画面を見せた。
ニュースサイト。
恵の左手の拡大写真。
見出し。
「上川恵、左手薬指に指輪 青柳光希との婚約か」
恵は、その場で固まった。
光希も固まる。
スタッフが苦笑する。
「かなり話題になってる」
恵
「もう?」
「閉会式の途中から」
光希
「早すぎるべ」
「世界中で中継されてるからね」
恵は指輪を見る。
「外しておけばよかったべか」
光希は少し考え、首を振った。
「いや」
「でも」
「見つかったことは予定外だけど、恥ずかしいことじゃないべ」
スタッフも頷く。
「正式発表を前倒しするか、帰国後までコメントを控えるか、二人で決めていい。ただ、記者はもう待っている」
恵と光希は、もう一度顔を見合わせた。
光希が言う。
「中途半端に隠す方が変だべな」
恵も頷いた。
「んだ」
「なら、今夜は簡単に認めて、詳しい話は帰国後にするべ」
「それがいい」
スタッフは確認する。
「婚約した事実だけ伝える?」
「はい」
光希は、恵の左手を見た。
「もう世界中に見つかったべ」
恵は少し笑う。
「光希の埴輪顔まで見つからなくてよかったべ」
「それは絶対言うなだべ」
⸻
即席の囲み取材
スタジアム内の取材エリア。
多くの記者が待っていた。
恵と光希が姿を見せると、フラッシュが一斉に光る。
「上川選手!」
「左手の指輪について!」
「青柳選手から贈られたものですか?」
「婚約されたのでしょうか?」
二人は並んで立つ。
恵は少し緊張している。
光希も、プロポーズの時ほどではないが、表情が硬い。
日本選手団スタッフが先に説明する。
「二人から、簡単にご報告があります。詳しい記者会見は帰国後に行う予定です」
光希がマイクを持つ。
一度、息を吸う。
「私、青柳光希と、上川恵は――」
記者たちが静まる。
光希は横にいる恵を見る。
恵も頷いた。
「このたび、婚約しました」
一斉に歓声とシャッター音が起こる。
「おめでとうございます!」
「プロポーズはいつ?」
「どちらから?」
「結婚時期は?」
光希は少し圧倒されながら続ける。
「競技が全部終わった後、私から伝えました」
記者
「場所は?」
「インスブルックのジャンプ台の前です」
恵がマイクを受け取る。
「帰国してから発表するつもりだったんですけど、指輪がテレビに映ってしまったようで」
記者席から笑いが起こる。
「気づいていましたか?」
「閉会式が終わる直前まで、まったく知らなかったべ」
光希
「仲間から、カメラに抜かれてたって言われました」
記者
「指輪を外すことは考えなかった?」
恵は、左手を見る。
「少し考えました。でも、光希が外さなくていいって言ってくれたので」
記者たちが光希を見る。
光希は少し照れながら答える。
「自分が渡した大事な指輪なので、隠してほしくなかったです」
再び、温かな拍手が起こる。
⸻
あの質問
一人の記者が尋ねた。
「プロポーズは、スムーズにできましたか?」
その瞬間。
恵の口元が緩んだ。
光希が、横から恵を見る。
「余計なこと言うなだべ」
まだ何も言っていない。
それなのに、先に止めた。
記者席が笑う。
記者
「何かあったんですか?」
恵は、できるだけ真面目な顔で答えようとした。
「光希は、競技中より緊張してました」
「どのくらい?」
「最初の“け”が、なかなか出てこなかったべ」
記者席が爆笑に包まれる。
光希は額へ手を当てる。
「帰国後に詳しく話すって言ったべ!」
恵
「これは簡単な説明だべ」
記者
「青柳選手、本当に噛んだんですか?」
光希はしばらく黙った。
「……少し」
恵
「少しでないべ」
「恵!」
笑いが広がる。
だが、最後に恵は、穏やかな声で付け加えた。
「でも、ちゃんと伝えてくれました。すごく嬉しかったです」
光希も恵を見る。
「返事をもらえた時が、今大会で一番ほっとしました」
記者
「金メダルの瞬間より?」
「金メダルは、自分である程度どうにかできます。でも、プロポーズの返事は恵が決めることなので」
恵が笑う。
「金メダルより緊張したらしいです」
二人の間に、柔らかな笑いが生まれた。
⸻
日本中へ届いた知らせ
即席取材の様子は、日本でもすぐに放送された。
北海道の公民館。
画面に「婚約を正式発表」の速報が出る。
地元の人たちが、一斉に拍手する。
「やっぱり!」
「おめでとう!」
「光希くん、よく言ったべ!」
「めぐちゃん、幸せそうだなぁ」
先ほど地元代表を名乗ったおじいちゃんは、満足そうに腕を組む。
「うん。認めるべ」
隣のおばちゃんが即座に返す。
「だから、あんたの許可はいらんべ!」
再び笑いが起こる。
雪はホテルの部屋で取材映像を見ながら泣いていた。
層一の写真へ言う。
「そうちゃん。正式に発表したよ」
指輪を見せる恵。
隣で緊張しながら話す光希。
「めぐ、いい顔してるね」
⸻
博多の爆笑発電所。
光子と優子は、速報が出た瞬間に立ち上がった。
「やっぱりー!」
「婚約しとったー!」
美香も笑顔で拍手する。
光子
「しかも光希くん、ほんまに噛んどるやん!」
優子
「全国民の予想が当たったばい!」
美香
「でも、すごく二人らしいね」
光子が画面を見ながら言う。
「競技では世界一かっこよくて、プロポーズでは世界一カミカミ」
優子
「その落差が愛される理由やろね」
公式SNSのコメント欄は、お祝いの言葉で埋め尽くされた。
「おめでとうございます」
「二人で末永く幸せに」
「ジャンプ台前のプロポーズ、素敵すぎる」
「光希選手、噛んでも最後まで言えてよかった」
「恵選手の笑顔が全部を物語っている」
「メダルより大切な約束」
「閉会式で指輪が見つかるところまで、二人らしい」
⸻
帰国を前に
選手村へ戻った二人。
長い一日だった。
閉会式。
指輪発見。
ニュース速報。
急な取材。
婚約発表。
部屋へ戻ると、恵はベッドへ座り、大きく息を吐いた。
「疲れたべ」
光希も椅子へ座る。
「団体戦より疲れた」
「それは言いすぎだべ」
「精神的には本当だべ」
恵は左手の指輪を見る。
「でも、隠さなくてよくなったべな」
「んだ」
「帰国したら、もっとすごいことになるべか」
「空港に記者いるべな」
「結婚いつですか、新居どうしますか、競技続けますかって聞かれるべ」
「全部まだ決めてない」
「んだ」
二人は顔を見合わせる。
婚約した。
だが、人生の細かなことは、まだ何も決まっていない。
結婚式。
新居。
名字。
競技の継続。
遠征生活。
家族への正式な挨拶。
生活費。
家事の分担。
華やかな発表の後には、現実の暮らしが待っている。
恵が言う。
「焦らなくていいべな」
「んだ」
「一個ずつ決めるべ」
「競技と同じだべ」
「前だけ見て突っ込むな」
「雪と風を見る」
「生活で雪と風は見なくていいべ」
光希が笑う。
恵も笑う。
その笑いが収まった後、光希は静かに言った。
「表彰台を降りても、隣にいてほしい」
恵は指輪へ触れる。
「そのつもりで返事したべ」
二人は、窓の外を見る。
インスブルックの夜景。
大会は終わった。
歓声も、少しずつ遠ざかっていく。
だが、二人の人生は、ここから新しいスタートを迎える。
⸻
次回予告
閉会式のテレビ中継。
恵の左手薬指に光るリングを、カメラが捉えた。
日本中で「ひょっとして」と話題になり、二人は予定を早めて婚約を正式発表。
北海道の地元。
博多の爆笑発電所。
家族や仲間たちから、祝福の声が届く。
そして、日本へ帰国。
空港には、多くのファンと報道陣。
だが、華やかな歓迎の後には現実が待っている。
恵は雪とともに、層一の墓前へ婚約を報告。
光希も両親を連れ、上川家へ正式な挨拶に向かう。
次回、
第42話 お父さんへの報告
姿が見えなくても、大切な約束は、きっと届いている。




