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恵の物語  作者: リンダ


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最後のバトン

『恵の物語』

 第39話 最後のバトン


 インスブルックオリンピック。


 ノルディック複合個人ラージヒル。


 光希は、前半ジャンプで大きく出遅れた。


 首位から五十九秒差。


 それでもクロスカントリーで驚異的な追い上げを見せ、残り二キロで宿敵フェリックス・アドラーへ追いついた。


 最後は、わずか〇・三秒差。


 金メダルはフェリックス。


 光希は銀メダル。


 一分近い差を追いついた。


 限界まで戦った。


 それでも、最後の半歩が届かなかった。


 表彰台では笑顔を見せた光希だったが、その胸には悔しさが残っていた。


 だが、オリンピック最後の競技が待っている。


 ノルディック複合団体。


 今度は一人ではない。


 相田飛竜。


 佐々木正嗣。


 森崎岳人。


 そして青柳光希。


 四人でジャンプをつなぎ、クロスカントリーのバトンを渡す。


 一人で届かなかった金メダルへ。


 今度は四人で挑む。


 最後の朝


 競技当日の朝。


 光希は選手村の部屋で、銀メダルを見つめていた。


 金メダルではない。


 だが、五十九秒差を追い、一騎打ちまで持ち込んだ証。


 悔しさも、誇りも、両方が詰まっている。


 机の反対側には、ノーマルヒルで獲得した金メダル。


 その奥の引き出しには、小さな紺色の箱。


 大会が終わったら、恵へ渡す婚約指輪。


 だが、まだ開けない。


 今日の団体戦が終わるまでは、競技者でいる。


 光希は銀メダルを手に取り、静かに言った。


「今日は、四人で取り返すべ」


 相田が隣で靴を履きながら答えた。


「個人戦の借りだけじゃないっすよ」


 佐々木も頷く。


「俺たち全員の金だ」


 森崎は少し緊張した顔で言う。


「団体戦、初めてです。正直、怖いです」


 光希は森崎を見る。


「怖くて普通だべ」


「光希さんでも?」


「毎回怖いべ」


 相田が笑う。


「金メダリストでも怖いんすね」


「金メダル取ったら怖くなくなると思ったべか?」


「少しは」


「むしろ失うもの増えて怖くなるべ」


 佐々木が言う。


「だから四人いる」


 光希は頷いた。


「一人が崩れても、次が返す。今日のバトンは、それでいいべ」


 前半ジャンプ


 団体戦前半。


 ラージヒルジャンプ。


 ドイツは、フェリックスを中心に四人とも高いレベルでそろえてきた。


 ノルウェーも強い。


 フィンランドも安定している。


 日本は、個人種目では結果を残しているものの、団体では四人全員の安定が必要だった。


 第一グループ。


 日本の相田飛竜。


 相田は、ミックス団体の一回目で失敗した経験がある。


 あの時、恵と空の即興コントに救われた。


 ジャンプ用のスキー板が高所恐怖症だったら。


 笑いによって、一回目の失敗から離れ、二回目に修正した。


 今日は、同じ轍を踏まない。


 助走。


 踏切り。


 百三十二メートル。


 大きくは崩れない。


 だが、ドイツの第一走者は百三十六メートル。


 日本は、序盤から少し差をつけられた。


 第二グループ。


 佐々木正嗣。


 力強い踏切り。


 百三十四・五メートル。


 日本は順位を一つ上げる。


 しかしドイツも百三十七メートル。


 差はさらに広がった。


 第三グループ。


 森崎岳人。


 初めてのオリンピック団体戦。


 スタートバーに座った時、肩が少し上がっていた。


 だが、森崎は自分の呼吸へ戻る。


 見る。


 拾う。


 返す。


 恵や光希から教わった、観察の基本。


 踏切り。


 百三十一メートル。


 着地もまとめた。


 大崩れではない。


 けれど、ドイツの第三走者が百三十八メートル。


 日本は三位。


 最後に光希。


 個人ラージヒルで踏切りが遅れた記憶がある。


 だからこそ、今回は急がない。


 板が返る瞬間を待つ。


 踏切り。


 百三十七メートル。


 日本勢で最長。


 高い飛型点。


 だが、アンカーのフェリックスが百三十九メートル。


 ドイツは、四人全員が安定したジャンプをそろえた。


 前半ジャンプ終了。


 一位、ドイツ。


 二位、ノルウェー。


 三位、日本。


 日本はドイツから、距離換算で四十五秒差。


 ノルウェーとは十三秒差。


 簡単な差ではなかった。


 四十五秒


 控室。


 結果表が壁へ映される。


 ドイツ 0秒


 ノルウェー +32秒


 日本 +45秒


 相田が唇を噛む。


「四十五秒……」


 森崎も小さく息を吐いた。


「かなりありますね」


 佐々木は腕を組んだ。


「でも、四人で割れば一人十一秒少しだ」


 光希が言う。


「一人で四十五秒縮めるんじゃないべ」


 三人が光希を見る。


「一走ずつ、少しずつ削る。最後に並べればいい」


 ラーシュも頷いた。


「ドイツは、光希がアンカーで来ることを知っている」


「なら、三走目までに追いつきたいべ」


「それが理想だ」


 相田が言う。


「俺、最初から飛ばします」


 光希はすぐに首を振った。


「最初から全部使うな」


「でも差を縮めないと」


「一走目で潰れたら、バトンが死ぬべ」


 佐々木が続ける。


「一人で英雄になるレースじゃない」


 相田は、ゆっくり頷いた。


 光希が四人を見渡す。


「四十五秒は遠い。でも、道が消えたわけじゃないべ」


 恵が言ってくれた言葉。


 先頭から離れていても、ゴールまでの道は消えない。


 今度は、光希が仲間へ渡す。


「一人ずつ、差を削るべ」


 第一走者・相田飛竜


 クロスカントリー団体戦。


 四人がそれぞれ五キロを走るリレー。


 第一走者。


 ドイツがスタート。


 四十五秒後に、日本の相田。


 係員のカウント。


「Five!」


 相田が深く息を吸う。


「Four!」


 前を見る。


「Three!」


 差を一気に取り返さない。


「Two!」


 自分の五キロを走る。


「One!」


「Go!」


 相田が飛び出す。


 序盤。


 ドイツは、強いペースで逃げる。


 相田も速い。


 だが、無理には追わない。


 雪質を確認する。


 日陰の硬い区間。


 日向の柔らかい区間。


 ストックの刺さる深さ。


 一キロ地点。


 差、四十一秒。


 四秒縮める。


 二キロ地点。


 三十八秒。


 三キロ地点。


 三十五秒。


 相田の呼吸は荒くなってきた。


 しかし、フォームは崩れていない。


 最後の一キロ。


 相田は、残していた力を使う。


 坂の途中で、ノルウェーの第一走者に追いつく。


 並ぶ。


 抜く。


 日本は二位へ浮上。


 バトンゾーン。


 相田が佐々木へタッチする。


 差は、ドイツから三十二秒。


 四十五秒差を十三秒縮めた。


 相田は雪の上へ倒れ込みながら叫ぶ。


「頼みます!」


 佐々木が走り出す。


 第二走者・佐々木正嗣


 佐々木は、団体戦の重圧を知っている。


 ミックス団体でも、アンカーとして金メダルをつないだ。


 だが今日は、第二走者。


 自分の仕事は、さらに差を縮め、森崎へ渡すこと。


 序盤から一定のリズム。


 ドイツの第二走者は、ジャンプ巧者。


 クロスカントリーは、相対的にやや弱い。


 佐々木には、ここがチャンスだった。


 一キロ地点。


 差、二十八秒。


 二キロ地点。


 二十四秒。


 日本応援団が沸く。


 実況

「日本、確実に差を縮めています!」


 解説

「第一走者の相田が十三秒、そして佐々木も追っています。ドイツとしては、予想以上に早い追い上げでしょう」


 ドイツのコーチエリア。


 スタッフが第二走者へ叫ぶ。


「Japan, twenty seconds!」


 日本が二十秒まで来ている。


 ドイツの選手が振り返る。


 遠くに、日本のウェア。


 佐々木が見える。


 表情がわずかに変わる。


 まさか、二走目の途中でここまで来るとは思っていなかった。


 佐々木は焦らない。


 前の動きを見る。


 ドイツの選手は肩が上がっている。


 登りでストックが浅い。


 疲れが出ている。


 残り一・五キロ。


 佐々木がさらに上げる。


 差、十八秒。


 そしてバトンゾーン。


 佐々木から森崎へ。


 その時点で差は――


 十六秒。


 四十五秒あった差が、二走で十六秒まで縮まった。


 佐々木は息を切らしながら、光希へ親指を立てた。


「見えてきたぞ!」


 光希も返す。


「森崎が詰めるべ!」


 第三走者・森崎岳人


 森崎は、スタート時点で十一秒差まで詰めていた。


 バトン交換のわずかな誤差と、ドイツ側の区間タイムによって、公式表示は十一秒。


 たった十一秒。


 だが、相手はドイツ。


 簡単には止まらない。


 森崎は、このチームで最も経験が浅い。


 個人種目の実績も、光希や佐々木ほどではない。


 だからこそ、背負いすぎそうになる。


 自分がここで離されたら。


 光希へ大きな差を残したら。


 そんな考えが浮かぶ。


 だが、光希の言葉が残っていた。


 一人で英雄になるレースじゃない。


 森崎は、最初から無理に追わない。


 十一秒。


 九秒。


 八秒。


 少しずつ。


 実況

「日本、三走目の森崎も落ちません!」


 二キロ地点。


 差、六秒。


 ドイツの第三走者が、初めて後ろを振り返った。


 日本がいる。


 予想以上に近い。


 顔に驚きが浮かぶ。


 ドイツは、アンカーにフェリックスを置いている。


 多少の差が残れば、逃げ切れる。


 そう考えていた。


 しかし、これでは光希とフェリックスが、ほぼ同時にスタートすることになる。


 三キロ地点。


 差、三秒。


 観客席が総立ちになる。


 恵は両手を握る。


「森崎、行け!」


 雪も層一の写真を掲げる。


「あと少し!」


 残り一キロ。


 森崎はドイツの背後へついた。


 風を受けない。


 呼吸を整える。


 ドイツの選手が横を見る。


 本当に追いつかれた。


 四十五秒差。


 一走目で三十二秒。


 二走目で十六秒。


 三走目スタート時には十一秒。


 そして三走目後半。


 ついに、差が消えた。


 実況

「日本、ドイツへ追いつきました!四十五秒差を、第三走者で完全に詰めました!」


 森崎は、すぐに前へ出ない。


 ドイツの後ろで、最後の力を残す。


 バトンゾーンが近づく。


 アンカー。


 ドイツはフェリックス・アドラー。


 日本は青柳光希。


 個人戦で二度、金メダルを争った二人。


 最後の団体戦でも、同時にバトンを受ける。


 最後のバトン


 ドイツの第三走者と森崎が、ほぼ並んでバトンゾーンへ入る。


 フェリックスが手を伸ばす。


 光希も前へ出る。


 タッチ。


 ほぼ同時。


 二人が飛び出した。


 実況

「アンカー勝負!フェリックス・アドラーと青柳光希、完全な同時スタートです!」


 会場が揺れる。


 ドイツの声援。


 日本の声援。


 一歩ごとに、大歓声がぶつかる。


 フェリックスが横を見る。


「また君か」


 光希も笑う。


「最後まで付き合うべ」


「個人戦では一勝一敗だ」


 ノーマルヒルは光希。


 ラージヒルはフェリックス。


「今日は団体戦だべ」


「なら、三度目の決着だ」


 二人は並んで走る。


 フェリックスの後ろ


 序盤。


 フェリックスが前へ出る。


 光希は、無理に横へ並ばない。


 ぴったりと背後へつく。


 風よけ。


 クロスカントリーでは、前を走る選手が空気抵抗を受ける。


 後ろにつけば、わずかだが体力を温存できる。


 フェリックスは気づいている。


 ペースを上げる。


 光希もつく。


 少し落とす。


 光希も動かない。


 実況

「光希、アドラーの後ろへぴったりついています!」


 解説

「個人ラージヒルでは、五十九秒差を追うために体力を使いました。今日は同時スタート。光希は、アドラーを風よけに使い、終盤へ脚を残す作戦でしょう」


 フェリックスが振り返る。


「前へ出ないのか」


 光希が返す。


「風よけにちょうどいい背中だべ」


「正直だな」


「団体戦だから遠慮せんべ」


 フェリックスがさらにペースを上げる。


 光希は離れない。


 一キロ、二キロ


 一キロ地点。


 二人は並ばず、縦のまま。


 フェリックスが前。


 光希が後ろ。


 後続のノルウェーとフィンランドは、十秒以上離れている。


 金メダル争いは、ドイツと日本。


 二キロ地点。


 フェリックスが短い登りで揺さぶる。


 光希の呼吸を乱したい。


 光希は反応する。


 ただし、真後ろへついたまま。


 フェリックスが右へ寄る。


 光希も右。


 左へ動く。


 光希も左。


 フェリックスが少し苛立ったように言う。


「影みたいだな」


「消えない影だべ」


「最後までつくつもりか」


「最後の五十メートルまでな」


 フェリックスは、その言葉に一瞬だけ横を見る。


 光希は笑っていた。


 冗談なのか。


 本気なのか。


 フェリックスには分からない。


 三キロ、最初の揺さぶり


 三キロ地点。


 長い登り。


 フェリックスが、本格的に仕掛ける。


 ここで光希を引き離し、スプリント勝負を避けたい。


 個人ノーマルヒルでは〇・二秒差。


 個人ラージヒルでも〇・三秒差。


 どちらも最後の直線までもつれた。


 フェリックスは、光希のスプリントを警戒している。


 登りで差をつけるしかない。


 大きなストライド。


 深いストック。


 速度が上がる。


 光希もつく。


 だが、ぴったりではない。


 半メートル。


 一メートル。


 最大二メートル。


 恵が観客席から叫ぶ。


「離れるな、光希!」


 光希は、次の一歩だけを見る。


 右。


 左。


 ストック。


 右。


 左。


 坂の頂上。


 フェリックスが振り返る。


 光希は、まだいる。


「本当に離れないな」


「お前が前を走ってくれるから楽だべ」


「楽そうには見えない」


「見た目は大事でないべ」


 二人は下りへ入る。


 四キロ、沈黙


 残り一キロ。


 二人は、ほとんど言葉を交わさなくなった。


 息が苦しい。


 脚も重い。


 フェリックスは前を走り続けた分、風を受けている。


 光希は後ろにいる分、少しだけ体力を残せている。


 だが、後ろにつくことにも危険はある。


 前が転倒すれば、巻き込まれる。


 仕掛けるタイミングを逃せば、そのまま逃げ切られる。


 光希は観察する。


 フェリックスの肩。


 ストック。


 脚の返り。


 呼吸。


 まだ大きな乱れはない。


 フェリックスも、団体戦のために完璧に仕上げている。


 相手の失敗を待っていては勝てない。


 自分から行くしかない。


 だが、まだ早い。


 残り八百メートル。


 フェリックスが最後の登りへ入る。


 再び速度を上げる。


 光希は後ろから離れない。


 残り六百メートル。


 登りの頂上。


 二人ほぼ同時。


 そこから緩い下り。


 光希は、一度だけ横へ出ようとする。


 フェリックスも反応し、進路を守る。


 光希は無理をしない。


 また後ろへ戻る。


 フェリックスが言う。


「来ないのか」


 光希は答えない。


 まだだ。


 残り二百メートル


 ゴール前。


 観客席が総立ちになる。


 日本ベンチ。


 相田。


 佐々木。


 森崎。


 全員が叫んでいる。


「光希!」


「行け!」


「最後だ!」


 恵も両手を握りしめる。


「まだだべ……」


 光希はフェリックスの背後。


 残り百五十メートル。


 フェリックスがスプリントへ入る。


 腕を強く振る。


 ストライドを広げる。


 光希も速度を上げる。


 それでも、後ろのまま。


 残り百メートル。


 ドイツ応援団が沸く。


 このままフェリックスが逃げ切る。


 そう見えた。


 光希は、まだ前へ出ない。


 フェリックスは、一瞬だけ考える。


 来ない。


 光希は、追いつくために体力を使っていない。


 しかし、最後の揺さぶりで脚を失ったのかもしれない。


 残り五十メートル。


 その瞬間。


 光希が外へ出た。


 実況

「光希、ここで出た!」


 フェリックスが反応する。


 だが、ほんの一瞬遅れた。


 光希は、フェリックスの後ろで温存していた力を一気に解放する。


 腕。


 脚。


 体幹。


 すべてを前へ。


 高地トレーニングで磨いたスプリント。


 個人戦の悔しさ。


 仲間三人が四十五秒を消してくれた思い。


 全部を、最後の五十メートルへ乗せる。


 光希が並ぶ。


 フェリックスも食らいつく。


 二人、同時にゴールへ飛び込む。


 〇・五秒


 光希が雪の上へ倒れ込む。


 フェリックスも隣へ倒れる。


 大型画面。


 写真判定。


 スキー板の先端。


 体の位置。


 何度も映像が繰り返される。


 会場が静まり返る。


 そして――


 表示。


 一位 日本


 二位 ドイツ


 差。


 〇・五秒。


 実況

「日本、金メダル!青柳光希、最後の五十メートルでフェリックス・アドラーをかわしました!」


 日本応援団が爆発する。


 相田が両腕を突き上げる。


 佐々木が森崎と抱き合う。


 森崎は泣いていた。


「勝った……!」


 恵も両腕を上げた。


「やったべ!」


 雪は層一の写真を高く掲げる。


「そうちゃん!光希くん、最後に勝ったよ!」


 四人の金メダル


 光希は結果表示を見た。


 一位、日本。


 自分の名前だけではない。


 日本。


 四人の名前。


 相田飛竜。


 佐々木正嗣。


 森崎岳人。


 青柳光希。


 一人で勝ったのではない。


 四十五秒差を、相田が十三秒縮めた。


 佐々木が十六秒まで迫った。


 森崎が追いついた。


 そして光希が、最後の五十メートルで前へ出た。


 光希は立ち上がると、仲間たちのところへ向かった。


 相田が最初に抱きつく。


「光希さん!」


 佐々木も腕を回す。


「よく最後まで待ったな!」


 森崎は泣きながら言う。


「追いついて渡せてよかった……!」


 光希は三人を強く抱いた。


「みんなが四十五秒消してくれたから勝てたべ」


 相田が首を振る。


「最後は光希さんっす」


「最後だけ切り取るなだべ」


 ミックス団体で、恵が相田へ言った言葉。


 八本全部で団体戦。


 今日も同じ。


 四人全部で金メダル。


 フェリックスとの握手


 フェリックスが、ゆっくり歩いてきた。


 悔しそうな顔。


 それでも、光希へ手を差し出す。


「最後の五十メートルまで待ったな」


 光希は手を握る。


「お前を風よけに使ったべ」


「知っていた」


「なら、前へ行かせればよかったべ」


「君が前へ出なかった」


「作戦勝ちだべ」


 フェリックスは苦笑する。


「個人は一勝一敗」


「団体は日本だべ」


「次の大会で決着だ」


 光希は笑う。


「何回決着するんだべ」


 フェリックスも笑った。


「私たちが引退するまでだ」


 二人は、強く握手した。


 表彰台


 団体戦表彰式。


 中央に日本。


 相田飛竜。


 佐々木正嗣。


 森崎岳人。


 青柳光希。


 四人の首へ、金メダルが掛けられる。


 光希にとっては、今大会三つ目のメダル。


 個人ノーマルヒル金。


 個人ラージヒル銀。


 団体金。


 恵は三冠。


 二人合わせて、金メダル五個、銀メダル一個。


 だが、その数字以上に大きかったのは、二人とも仲間と取った金を持っていることだった。


 君が代。


 日の丸が上がる。


 光希は、観客席の恵を見る。


 恵が親指を立てる。


 光希も返す。


 これで、すべての競技が終わった。


 選手としてやるべきことは、すべてやった。


 あとは閉会式。


 そして――


 光希だけが知る、もう一つの勝負。


 次回予告


 ノルディック複合団体。


 日本は、前半ジャンプでドイツから四十五秒差。


 だが、相田、佐々木、森崎が少しずつ差を削り、第三走者後半でついに追いついた。


 アンカーは光希とフェリックス。


 光希はフェリックスの後ろへ張りつき、最後の五十メートルで一気にスパート。


 〇・五秒差で、日本が金メダルを獲得した。


 これで、恵と光希の全競技が終了。


 残るのは閉会式。


 しかし、光希には、まだ誰にも明かしていない最後の決意がある。


 選手村の引き出しに隠していた、小さな紺色の箱。


 次回、


 第40話 雪の中のプロポーズ


 世界一を争う時間が終わった時、二人はこれからの人生を選ぶ。

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