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恵の物語  作者: リンダ


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四人で飛ぶ空

『恵の物語』

 第37話 四人で飛ぶ空


 インスブルックオリンピック。


 女子ノーマルヒルで金メダル。


 女子ラージヒルでも金メダル。


 上川恵は、二大会連続三冠まで、あと一つに迫っていた。


 最後に残された種目は、スキージャンプ・ミックス団体。


 日本代表は四人。


 女子第一走者、高田空。


 男子第一走者、相田飛竜。


 女子第二走者、上川恵。


 そして男子第二走者、佐々木正嗣。


 四人が一回ずつ飛び、上位八チームが二回目へ進む。


 二回目も同じ順番で四人が飛び、合計八本の得点で順位が決まる。


 個人戦とは違う。


 自分が完璧なジャンプをしても、金メダルへ届くとは限らない。


 誰か一人が失敗しても、ほかの三人で取り返せる可能性がある。


 逆に、全員が少しずつ崩れれば、世界の強豪には勝てない。


 個人の強さだけでは、団体の金メダルには届かない。


 四人で背負う日の丸


 競技当日。


 日本代表の控室には、個人戦とは違う緊張が漂っていた。


 高田空は、女子ラージヒルの銀メダリスト。


 二回目には百四十三・五メートルを飛び、恵と並ぶバッケンレコードを記録した。


 恵は、ノーマルヒルとラージヒルの二冠。


 調子だけを見れば、日本女子の二人は世界でも最上位にいる。


 佐々木正嗣も、ノーマルヒルの団体戦では百八メートルを飛び、日本を長野オリンピック以来の団体優勝へ導いた経験がある。


 だが、相田飛竜の表情だけが硬かった。


 四年前。


 リレハンメル大会の混合団体でも、相田は一回目の飛距離を伸ばせず、日本は四位からの追い上げを強いられた。


 その後は持ち直した。


 二回目では百五メートルを飛び、首位を守った。


 それでも、あの時の失敗は心に残っていた。


「また俺が出遅れたら」


 その考えが、朝から頭を離れなかった。


 相田は何度もグローブを着け直した。


 チャックを確認する。


 スーツの袖を引っ張る。


 ブーツの締まりを確かめる。


 佐々木が声をかけた。


「飛竜」


「はい」


「グローブ、さっきから五回は確認してるぞ」


「分かってます」


「分かってない顔だな」


 相田は無理に笑おうとした。


「大丈夫っす」


 だが、その声は硬かった。


 恵は何も言わず、しばらく相田の様子を見ていた。


 大丈夫ではない。


 失敗しないことばかりを考えている。


 視野が狭くなっている。


 空も気づいたらしく、恵へ小声で話しかけた。


「飛竜さん、相当緊張してるね」


「んだ」


「どうする?」


 恵は少し考えた。


「まだ、飛ぶ前だべ。じたばた技術の話しても、余計固くなる」


「じゃあ?」


 恵は口元を緩めた。


「一回、頭を競技から離すべ」


 空は、その顔を見た瞬間に察した。


「まさか」


「んだ」


「ここでやるの?」


「ここだからやるべ」


 一回目の開始


 ミックス団体一回目。


 上位争いの中心は、フィンランド、ノルウェー、アイスランド、日本。


 特にフィンランド女子には、恵のコーチでもあるアイノ・コスキネンの後継世代が育っていた。


 ノルウェーは男女ともに安定感がある。


 アイスランドは、今大会で急成長を見せている新勢力。


 小さな競技人口ながら、強風下でも崩れない体幹と、空中姿勢の安定性を武器にしていた。


 第一グループ。


 女子第一走者。


 日本の高田空が飛ぶ。


 空は個人戦の銀メダルを意識しなかった。


 百四十三・五メートルの記録も忘れる。


 今日は団体戦。


 必要なのは、もう一度、自分の一本を出すこと。


 スタート。


 踏切り。


 風を待つ、柔らかな空中姿勢。


 百四メートル。


 テレマーク。


 日本は好位置につける。


 実況

「高田空、団体戦でも安定したジャンプ!日本、まずはいいスタートです!」


 控室へ戻った空が、相田の肩を軽く叩いた。


「次、お願いします」


「はい」


 相田は立ち上がった。


 だが、足の動きはやはり硬かった。


 相田、再びの出遅れ


 男子第一走者。


 相田飛竜。


 スタートゲートへ座る。


 風は弱い向かい風。


 飛距離を伸ばすには悪くない。


 だが、相田の頭には、四年前の失敗が浮かんでいた。


 ここで失敗したら。


 恵の三冠を壊したら。


 空の銀メダル級のジャンプを無駄にしたら。


 佐々木に負担をかけたら。


 考えるほど、体へ力が入る。


 助走。


 腰の位置が、普段よりわずかに高い。


 踏切り台が迫る。


「早く踏み切らなければ」


 その焦りが、一瞬だけ体を先に動かした。


 踏切り。


 力が上へ逃げる。


 空中姿勢へ入るのが遅れた。


 飛距離、九十九メートル。


 実況

「相田飛竜、九十九メートル。少し飛距離を伸ばせませんでした」


 解説

「踏切りで力が入りましたね。体が前へ入る前に、高さだけが出てしまいました」


 着地後、相田は下を向いた。


 まただ。


 団体戦の大事な一回目。


 また、自分が出遅れを作った。


 二人を終え、日本は四位へ後退した。


 首位アイスランド。


 二位フィンランド。


 三位ノルウェー。


 日本は、首位と二十点以上の差。


 まだ恵と佐々木が残っているとはいえ、簡単な差ではなかった。


 恵と佐々木の追い上げ


 女子第二走者。


 恵。


 日本の四位表示を見ても、表情を変えなかった。


 相田を責めても、点数は戻らない。


 自分がやるべきことは、今の風で飛ぶことだけ。


 スタート。


 踏切り。


 空中へ鋭く入る。


 百七メートル。


 ヒルサイズを越える大ジャンプ。


 高い飛型点。


 日本は三位へ上がる。


 実況

「上川恵、やはり強い!日本を一つ上へ押し上げました!」


 そしてアンカー、佐々木正嗣。


 団体戦の重圧を何度も経験してきた男。


 スタート前、佐々木は相田を見た。


 相田は控室の隅で、うつむいている。


 佐々木は何も言わなかった。


 今は言葉ではなく、一本を返す。


 助走。


 踏切り。


 力強い空中姿勢。


 百六メートル。


 日本は二位へ浮上した。


 首位アイスランドとの差は、八・三点。


 三位フィンランドとの差は、わずか一・二点。


 四位ノルウェーとも三点に満たない差。


 一回目終了。


 日本は二位。


 順位は上げた。


 だが、金メダル争いは完全な混戦だった。


 重くなる控室


 二回目までの短い休憩。


 控室へ戻った四人の間には、重い空気が流れていた。


 一回目二位。


 逆転可能な位置。


 それでも、誰も簡単には笑えなかった。


 アイスランドとの差は八・三点。


 フィンランド、ノルウェーもすぐ後ろ。


 一本の着地。


 一人の飛型点。


 わずかな風補正。


 そのすべてで順位が入れ替わる。


 相田は座ったまま、両手を握っていた。


「すみません」


 誰に向けた言葉か、分からなかった。


 空が振り向く。


「まだ終わってないですよ」


「でも、俺が普通に飛んでれば、今ごろ首位だった」


 佐々木が口を開く。


「“普通に飛べば”なんて、終わった後なら誰でも言える」


「でも」


「でもじゃない。二回目がある」


 相田は顔を上げられない。


 恵は、その様子を見ながら立ち上がった。


「飛竜」


「はい」


「ここまで来たら、じたばた考えても仕方ないべ」


 相田が恵を見る。


 恵は四人の真ん中へ立った。


「みんな、ここまでやってきたこと思い出してみ?」


 高地トレーニング。


 踏切りの修正。


 風を読む練習。


 即興課題。


 失敗した大会。


 勝った大会。


 休む勇気を覚えた日。


 一緒に笑った日。


「うちらは、今日だけ急にここへ来たんでないべ」


 恵は続ける。


「何年も飛んできた。失敗もした。修正もした。表彰台にも上がった。だったら、不完全燃焼で終わるより、今までやってきたことを全部出し切るくらいの気持ちでやってみ?」


 空も頷く。


「二回目、四人とも一本ずつあります」


 佐々木

「一回目の点差は、二回目のスタート地点だ。終着点じゃない」


 相田は、少しずつ顔を上げた。


 だが、まだ肩に力が残っている。


 恵は空と目を合わせた。


 空が小さく頷く。


 ここで始まる。


 日本代表団、オリンピックの団体戦を前にしての、緊急即興ギャグコント。


 即興ギャグコント

『ジャンプ用スキー板が高所恐怖症だったら?』


 恵が選手役。


 空がジャンプ用スキー板役。


 恵は、架空のスタートゲートに座る仕草をした。


「よし。金メダル目指して飛ぶべ!」


 空は足元のスキー板になりきり、震え始める。


「ちょ、ちょっと待ってほしいべ……」


 恵

「何だべ?」


 空・スキー板

「ここ、高くないべか?」


 恵

「ジャンプ台だから高いに決まってるべ」


 空

「聞いてないべ!」


 佐々木が早くも吹き出す。


 相田も、わずかに顔を上げた。


 恵

「お前、ジャンプ用スキー板だべ?」


 空

「採用面接では、“冬のスポーツ用品”としか聞いてないべ!」


 恵

「業務内容を確認しろだべ!」


 空

「てっきり雪の上を平らに滑る仕事だと思ってたべ!」


 恵

「それはクロカン用だべ!」


 控室に笑いが広がる。


 空・スキー板は、スタートゲートの下をのぞく仕草をする。


「無理無理無理!下に人が豆粒みたいに見えるべ!」


 恵

「観客だべ」


 空

「豆粒が旗振ってるべ!」


 恵

「応援してくれてるんだべ!」


 空

「応援より、下へ降ろしてほしいべ!」


 恵

「降りるために飛ぶんだべ!」


 空

「その移動方法が一番怖いべ!」


 相田が噴き出した。


「確かに……!」


 恵は、空演じるスキー板を説得する。


「大丈夫だべ。うちがちゃんと踏み切る」


 空

「その踏切りが信用できないべ!」


 恵

「失礼だべな!個人で金二個取ったべ!」


 空

「金メダルと安全保証は別問題だべ!」


 佐々木が机を叩く。


「板が現実的すぎる!」


 恵

「お前、今まで何百回も飛んでるべ!」


 空

「毎回怖かったべ!」


 恵

「今まで黙ってたんか!」


 空

「スキー板にも職場での立場があるべ!」


 恵

「急に労働問題にするなだべ!」


 コスキネンが腹を抱えて笑い始めた。


 海斗も顔を背けているが、肩が震えている。


 空はさらに続ける。


「今日は団体戦だべ?」


 恵

「んだ」


 空

「うちが怖がって飛ばなかったら、どうなるべ?」


 恵

「日本が負けるべ」


 空

「責任重すぎるべ!」


 恵

「だから飛べ!」


 空

「高所恐怖症に精神論をぶつけるなだべ!」


 相田はもう、声を出して笑っていた。


 恵が腕を組む。


「じゃあ、どうしたら飛ぶべ?」


 空・スキー板は少し考える。


「目を閉じるべ」


 恵

「お前に目はないべ!」


 空

「それなら最初から怖くないはずだべ!」


 恵

「設定が崩壊したべ!」


 控室は大爆笑。


 空自身も笑いをこらえきれず、役を続けながら声を震わせる。


「じゃ、じゃあ選手さん」


「何だべ?」


「飛んでる間、ずっと“大丈夫だべ”って言ってほしいべ」


「競技中に板へ話しかける選手がおるか!」


「安心できる職場環境を!」


「こっちは金メダル争い中だべ!」


「従業員満足度を!」


「お前、いつから従業員になったべ!」


 最後に、空・スキー板は覚悟を決めたように言った。


「分かったべ。飛ぶべ」


 恵

「やっとか」


 空

「ただし一つ条件があるべ」


「何だべ?」


「着地したら、有給休暇を三日ほしいべ」


 恵

「次の日も団体戦の練習だべ!」


 空

「ブラックジャンプ台だべー!」


 二人は同時に、その場へ崩れ落ちた。


 控室は完全に腹筋崩壊。


 佐々木は椅子へ突っ伏して笑い、相田は涙を拭いていた。


 コスキネンは道北弁丸出しで叫ぶ。


「スキー板に有給休暇つける競技団体、どこにあるべ!」


 恵は即座に返す。


「フィンランドから制度導入するべ!」


 コスキネン

「うちを巻き込むなだべ!」


 再び大爆笑が起こった。


 笑いのあと


 笑いが少しずつ収まる。


 恵は、相田の前へしゃがんだ。


「飛竜」


「はい」


「今、失敗した一本のこと考えてたべ?」


 相田は正直に頷いた。


「考えてました」


「笑ってる間は?」


「……考えてませんでした」


「なら、戻れたべ」


 相田は恵を見る。


 恵は続けた。


「二回目に飛ぶのは、一回目の失敗した飛竜でない。今ここにいる飛竜だべ」


「でも、また失敗したら」


「それは飛んでから考えればいいべ」


 空も隣へ座る。


「スキー板だって怖がりながら飛ぶんです。選手が怖くても普通ですよ」


 相田が吹き出す。


「まだその設定続けるんすか」


 佐々木も言う。


「高所恐怖症の板よりは、お前の方が信用できる」


「比較対象がひどいっす」


 再び、小さな笑いが起こった。


 相田は深く息を吸った。


 先ほどまで胸を圧迫していたものが、少し軽くなっている。


 失敗を消すことはできない。


 一回目の九十九メートルも、点数表からなくならない。


 だが、二回目の自分まで失敗へ縛りつける必要はない。


「全部出し切ります」


 相田が言った。


 恵は頷く。


「それでいいべ」


 二回目、高田空


 二回目が始まった。


 首位アイスランド。


 二位日本。


 三位フィンランド。


 四位ノルウェー。


 差は小さい。


 一本ごとに順位が変わる。


 女子第一走者、高田空。


 一回目より風は弱い。


 飛距離を出しにくい条件。


 だが空は焦らない。


 高所恐怖症のスキー板コントで、自分自身の肩の力も抜けていた。


 スタート。


 踏切り。


 風を待つ。


 百三メートル。


 テレマーク。


 高い飛型点。


 日本はアイスランドとの差を、三・六点まで縮めた。


 着地した空は、スキー板を軽く叩いた。


「有給は競技後だべ」


 実況には聞こえなかった。


 だが日本チームの控室では、全員がまた笑った。


 相田の二本目


 男子第一走者。


 相田飛竜。


 再び、スタートゲートへ上がる。


 一回目と同じ景色。


 同じ高さ。


 だが、心の中は違っていた。


 下を見れば怖い。


 失敗を思い出せば、体は固くなる。


 だから、見るものを絞る。


 助走路。


 踏切り台。


 風の旗。


 そして、今の自分。


 一回目を取り返そうとしない。


 大ジャンプを狙わない。


 今まで練習してきた一本を出す。


 スタートの合図。


 相田がバーを離れる。


 実況

「一回目、飛距離を伸ばせなかった相田飛竜。二回目のジャンプです!」


 助走姿勢。


 一回目より腰が低い。


 肩から力が抜けている。


 踏切り台が迫る。


 相田は急がない。


 板が返る瞬間を待つ。


 踏切り。


 今度は力が前へ伝わった。


 空中姿勢へ素早く入る。


 百メートル。


 まだ伸びる。


 百三メートル。


 百五メートル。


 テレマーク。


 実況

「百五メートル!相田、二回目で修正しました!」


 解説

「一回目とはまったく違います。踏切りで待てました。余計な力が抜けています!」


 相田は着地地点で、大きく拳を握った。


「よし!」


 控室へ戻ると、恵が親指を立てていた。


「スキー板、飛んだべな」


 相田は笑った。


「有給申請、却下してきました」


 日本は、この時点で首位へ浮上。


 しかし、フィンランドとノルウェーも大ジャンプをそろえた。


 差は、ほとんどない。


 恵の一本


 女子第二走者。


 上川恵。


 ミックス団体で金メダルを取れば、二大会連続三冠。


 世界中がその記録に注目していた。


 だが、恵は記録を背負わない。


 団体戦では、自分の一本を次の選手へ渡すだけ。


 スタート。


 助走。


 踏切り。


 空中でわずかな横風を受ける。


 体幹で姿勢を保つ。


 百七メートル。


 テレマーク。


 全選手中トップクラスの得点。


 日本は首位を守る。


 だが、二位フィンランドとの差は二・一点。


 三位アイスランドとの差は三・四点。


 ノルウェーも五点以内。


 勝負は、アンカーへ持ち越された。


 佐々木正嗣。


 最後の一本。


 アンカー・佐々木


 競技会場全体が静まり返る。


 各国のアンカーが次々と飛ぶ。


 ノルウェー。


 百六メートル。


 大ジャンプ。


 暫定首位。


 アイスランド。


 百五メートル。


 ノルウェーへわずかに届かない。


 フィンランド。


 百七メートル。


 コスキネンの母国が、暫定トップへ立つ。


 日本が優勝するには、佐々木が百七メートル前後を飛び、高い飛型点を得る必要がある。


 佐々木はスタートゲートへ座った。


 四年前。


 団体戦の最後に百八メートルを飛び、金メダルを守り抜いた。


 今大会も、最後は自分の一本に懸かっている。


 だが、四年前の百八メートルは今日の点にはならない。


 今の風を見る。


 今の板を見る。


 今の体を見る。


 海斗とは別の男子代表コーチが、風を確認する。


 待て。


 佐々木は動かない。


 控室では、恵、空、相田が手を握り合っていた。


 空

「正嗣さんなら大丈夫」


 相田

「お願いします……」


 恵は画面を見つめた。


「全部出し切ってこいだべ」


 風が変わる。


 向かい風。


 スタートの合図。


 佐々木が飛び出す。


 実況

「日本のアンカー、佐々木正嗣!金メダルを懸けた最後の一本です!」


 助走。


 踏切り。


 力強く前へ出る。


 百メートル。


 百五メートル。


 まだ伸びる。


 百七メートル。


 着地。


 テレマーク。


 実況

「百七メートル!日本、どうだ!」


 得点計算。


 飛距離点。


 飛型点。


 風補正。


 画面の数字が切り替わる。


 一位――日本。


 二位――フィンランド。


 差は、わずか〇・八点。


 日本、金メダル。


 会場が大歓声に包まれた。


 二大会連続三冠


 恵は結果表示を見たまま、数秒動かなかった。


 一位、日本。


 金メダル。


 その瞬間、空が恵へ抱きつく。


「勝った!」


 相田も両腕を上げる。


「金っす!」


 佐々木が着地エリアから戻ってくる。


 四人は、その場で抱き合った。


「正嗣さん、最高だべ!」


「みんながつないだ点だ」


 相田は涙を流していた。


「一回目、俺が失敗したのに……」


 恵がすぐに返す。


「二回目は百五飛んだべ」


「でも」


「八本全部で団体戦だべ。一回目だけ切り取るな」


 空も頷く。


「私たち四人で取った金です」


 佐々木が相田の肩を叩く。


「お前の二本目がなければ、〇・八点差で勝ててない」


 相田は顔を覆った。


 嬉しさと安堵が、一気にあふれた。


 恵も涙を拭う。


 二大会連続三冠。


 ノーマルヒル。


 ラージヒル。


 ミックス団体。


 四年前と同じ三つの金メダル。


 だが、今回の三つは、四年前とは違う。


 追われる苦しさを知った。


 体の変化を受け入れた。


 休む勇気を覚えた。


 仲間が強くなった。


 そして最後は、四人で取った。


 恵は空を見た。


 相田を見た。


 佐々木を見た。


「うち一人じゃ取れなかったべ」


 三人が頷いた。


 表彰式


 表彰台。


 中央に日本。


 四人が並ぶ。


 恵。


 高田空。


 相田飛竜。


 佐々木正嗣。


 金メダルが、一人ずつ首へ掛けられる。


 日本国旗が上がる。


 君が代が流れる。


 観客席では、雪が層一の写真を掲げていた。


「そうちゃん」


 涙で声が震える。


「めぐ、また三冠だよ」


「でも今度は、空ちゃんと、飛竜くんと、正嗣くんと取ったよ」


 光希も立ち上がり、表彰台の恵へ大きく拍手を送った。


 恵は光希を見つける。


 胸に三つ目の金メダル。


 光希へ向かって、親指を立てる。


 光希も返す。


 二人のオリンピック。


 恵の競技は、これですべて終わった。


 二大会連続三冠。


 だが、光希にはまだ個人ラージヒルと団体戦が残っている。


 そして、すべてが終わった先には、光希だけが知るもう一つの約束が待っていた。


 優勝インタビュー


 インタビュアーが四人へ尋ねる。


「日本、〇・八点差での金メダルです。今のお気持ちは?」


 恵は笑った。


「心臓に悪いべ」


 会場から笑いが起こる。


「一回目で四位になった時、焦りはありませんでしたか?」


「ありました。でも、焦っても点は増えないべ。二回目に、うちらがやってきたことを出すしかないと思いました」


「休憩中には、即興ギャグコントをしたそうですね」


 相田が顔を覆う。


「もう伝わってるんすか」


 空が笑う。


「ジャンプ用のスキー板が高所恐怖症だったら、というコントです」


 インタビュアーも笑いをこらえる。


「それで緊張がほぐれた?」


 相田がマイクを持った。


「はい。一回目の失敗ばかり考えてたんですけど、笑ってる間は忘れられました。二回目は、今の自分で飛べました」


 佐々木が続ける。


「団体戦は、失敗した選手を責める競技じゃありません。次の一本へつなぐ競技です」


 空も言う。


「一人の大ジャンプでは勝てない。でも、一人の失敗だけで全部が終わるわけでもない。それが団体戦だと思います」


 最後に、恵へ二大会連続三冠について質問が向けられた。


「歴史的な記録です。今、どんなお気持ちでしょうか」


 恵は三人の仲間を見た。


 そして、首に掛けられた三つ目の金メダルへ触れた。


「二大会連続三冠って言われても、まだあんまり実感ないべ」


 少し笑う。


「でも、この三つ目は、うちの金メダルでないです。四人の金メダルです」


 大きな拍手が起きた。


 次回予告


 ミックス団体。


 日本は一回目四位から逆転。


 わずか〇・八点差でフィンランドを破り、金メダルを獲得した。


 恵は、二大会連続三冠を達成。


 空、相田、佐々木も団体金メダリストとなった。


 だが、オリンピックはまだ終わらない。


 次は、光希のノルディック複合個人ラージヒル。


 ノーマルヒルで敗れたフェリックス・アドラーが、雪辱へ向けて牙をむく。


 前半ジャンプで出遅れる光希。


 クロスカントリーでは、一分近い差を追う展開に。


 恵の競技は終わった。


 今度は、恵が光希の背中を押す番。


 次回、


 第38話 追う者の十キロ


 先頭から離れていても、ゴールまでの道が消えたわけではない。

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