金メダルの、その先へ
『恵の物語』
第35話 金メダルの、その先へ
インスブルックオリンピック前半戦。
女子ノーマルヒルでは、上川恵が二大会連続の金メダルを獲得した。
高田空も銅メダル。
日本女子代表は、早川美澄が五位、三枝莉央が七位に入り、四人全員が入賞を果たした。
その翌日。
ノルディック複合個人ノーマルヒルでは、光希が宿敵フェリックス・アドラーとの激戦を制し、初出場で金メダルを獲得した。
上川からやって来た二十歳の二人。
恵と光希は、それぞれの競技で世界の頂点へ立った。
日本中が沸いた。
海外メディアも、二人の関係を大きく取り上げた。
「金メダリスト同士の若きカップル」
「北海道の小さな町から生まれた二人の王者」
「観察力と即興コントで世界を制した日本の二人」
最後の記事を見た恵は、少し不満そうに眉を寄せた。
「最後の見出し、競技よりギャグコントが前に出てるべ」
光希も苦笑した。
「金メダルまで取ったのに、まだ芸人扱いだべ」
しかし、二人に浮かれている暇はなかった。
オリンピックは、まだ終わっていない。
恵には女子ラージヒルとミックス団体。
光希にもノルディック複合個人ラージヒルと団体戦が残されている。
特に恵には、二大会連続三冠という記録が懸かっていた。
ノーマルヒル。
ラージヒル。
ミックス団体。
四年前のリレハンメルで、その三種目すべてを制した。
今大会でも三つの金メダルを獲得すれば、二大会連続三冠。
世界の女子ジャンプ史に残る偉業だった。
だが、恵自身は、その数字を意識しすぎないようにしていた。
「まだ一個取っただけだべ」
取材で二大会連続三冠について尋ねられるたび、恵はそう答えた。
「ラージヒルも団体も、まだ一本も飛んでない。記録の話は全部終わってからでいいべさ」
それは謙遜ではない。
前回の金メダルが今日の得点にならなかったように、ノーマルヒルの金メダルも、ラージヒルの得点には一ポイントも加算されない。
次の競技では、全員が再びゼロから始まる。
大きな台との対話
女子ラージヒルの会場。
ノーマルヒルよりも助走路は長く、踏切り後に広がる空間も大きい。
ヒルサイズは百四十メートル。
K点は百二十五メートル。
着地斜面は深く、その先まで飛べば、選手の体へ掛かる負担も大きくなる。
風も複雑だった。
ジャンプ台の上部では、アルプスの谷から向かい風が入りやすい。
中腹では、山肌へ当たった風が横から巻き込む。
さらに着地地点付近では、観客席の構造によって風が一瞬弱まり、その直後に再び吹き上がることがある。
ノーマルヒル以上に、空中での修正力が問われる台だった。
公式練習初日。
海外勢は、恵の状態を確かめるように、その一本一本を注意深く見ていた。
ノルウェーのイングリッド・ラーセン。
フィンランドのエリナ・ラウタヴァーラ。
カナダのエミリー・マクレガー。
オーストリアのハンナ・グルーバー。
ノーマルヒルで恵に敗れた選手たちは、ラージヒルで雪辱を果たそうとしていた。
特にラーセンは、ラージヒルを得意としていた。
長い手足を生かした大きな飛型。
向かい風を受けた時の浮力。
ノーマルヒルよりも、ラージヒルの方が彼女の持ち味は出やすい。
公式練習で、ラーセンは百三十八メートルを記録した。
会場がどよめく。
続いてラウタヴァーラが百三十六・五メートル。
マクレガーも百三十七メートル。
海外勢が次々と大きな飛距離を記録する。
そして、恵の番。
世界中のカメラが、スタートゲートへ向けられた。
ノーマルヒルの試技では、恵は飛距離を意図的に抑えた。
本番で一気に十三メートル伸ばし、海外勢を驚かせた。
そのため今回は、誰も簡単には判断しようとしなかった。
「また抑えているのではないか」
「本当に調子が悪い可能性もある」
「踏切りだけを見るべきだ」
各国のコーチ陣は、距離よりも恵の細かな動きを分析しようとしていた。
だが、恵はそのことも分かっていた。
だから、なおさら何も見せなかった。
距離を出さない調整
恵はスタートバーへ座った。
海斗の合図を待つ。
風は悪くない。
助走路上部に弱い向かい風。
中腹も比較的安定している。
本気で飛べば、百三十五メートル以上は狙える条件だった。
しかし、恵が確認したいのは距離ではなかった。
助走速度。
踏切り台へ入る角度。
板の返り。
体の重心が踏切りへ合う瞬間。
ラージヒルでは、ノーマルヒルよりも助走速度が高い。
ほんのわずかに踏切りが早ければ、力は上へ逃げる。
遅れれば、空中姿勢への入りが間に合わない。
大切なのは、距離を出すことではなく、最も力が伝わる一瞬を確かめることだった。
青信号。
恵がスタートする。
低い助走姿勢。
速度を上げる。
踏切り台が近づく。
だが、最後の瞬間に全力では押さない。
六割ほどの出力。
空中へ出る。
板を開く。
深い姿勢へ入らず、風の流れだけを確認する。
百二十二メートル。
K点の手前で、安全に着地した。
実況
「上川恵、公式練習一本目は百二十二メートル。海外勢が百三十メートル後半を並べる中、距離は伸びませんでした」
解説
「ただ、踏切りで力を抑えていましたね。遠くへ飛ぶより、タイミングを確認したように見えます」
海外選手たちは、モニターを見つめた。
ラーセンが小さく首を傾げる。
「また隠しているのか」
ラウタヴァーラも答える。
「分からない。ノーマルヒルのことがあるから、何も信じられない」
マクレガーは苦笑した。
「彼女の練習ジャンプは、もう参考にならないわね」
恵は着地後、すぐに海斗たちのもとへ戻った。
「少し早かったべ」
海斗が映像を止める。
「ここだな」
踏切り直前。
恵の腰が、ほんのわずかに先へ動いている。
寄子が数値を確認する。
「足首の伸展が始まるのが、理想より〇・〇三秒早い」
コスキネンが言う。
「飛距離より、こっちの方が大事だべ」
恵は頷いた。
「次、少し待つべ」
二本目。
今度は踏切りを、ほんのわずかに遅らせる。
出力は七割。
百二十七・五メートル。
K点を越えたところで着地。
一本目より距離は伸びた。
だが、海外勢の百三十メートル後半には届かない。
三本目。
恵は助走姿勢の腰の位置を数センチ修正した。
踏切りでの出力は、再び六割ほど。
百二十五メートル。
公式練習三本で、最長は百二十七・五メートル。
海外勢から見れば、決して圧倒的な数字ではない。
実況席でも意見が分かれた。
実況
「上川選手、三本とも百二十メートル台。ノーマルヒルの時と同じく、力を温存しているのでしょうか」
解説
「その可能性はあります。ただ、ラージヒルはノーマルヒルよりも踏切りの精度が重要です。本当にタイミングが合っていない可能性も否定できません」
海外メディアは、さまざまな見出しを出した。
「女王、ラージヒルで苦戦か」
「再び演技か、それとも本当の不調か」
「恵の状態は謎のまま」
それこそが、恵の狙いだった。
調子が良いとも悪いとも断定できない。
どこまで飛べるかも分からない。
ライバルたちは、自分たちの飛びだけでなく、恵の状態まで考えなければならなくなる。
わずかな迷い。
それも、勝負の世界では影響する。
だが、恵は記者の前で駆け引きを語らなかった。
「踏切りの確認をしてるだけだべ」
それ以上は何も言わない。
「本番では何メートルを狙いますか」
そう聞かれても、
「風に聞いてみないと分からんべ」
と笑うだけだった。
光希にも見せない
選手村の食堂。
光希が、恵の向かいへ座った。
「公式練習、見たべ」
「ん」
「どんな感じだべ?」
恵はスープを飲みながら答えた。
「普通だべ」
光希が眉を寄せる。
「それ、絶対何か隠してる時の返事だべ」
「何も隠してないべ」
「俺にも言わない?」
「光希は自分のラージヒル複合に集中しろだべ」
「やっぱり隠してるべ」
恵は笑った。
「まだ完成してないだけだべ。踏切りが、ほんの少し早い」
「それで百二十七飛ぶんだべか」
「本番ではもっと合うべ」
「どれくらい?」
「風に聞けだべ」
光希は苦笑した。
「海外記者と同じ扱いされたべ」
恵は少し身を乗り出す。
「光希」
「ん?」
「うちの状態を気にしすぎたら、光希の観察力が減るべ」
その言葉に、光希は黙った。
恵は続ける。
「うちは自分の風を見る。光希は自分の雪を見る。それでいいべ」
光希は、ゆっくり頷く。
「分かったべ」
「でも応援はしてな」
「それはするべ」
二人は笑った。
ラージヒル当日
競技当日。
インスブルックの空は、薄い雲に覆われていた。
気温は氷点下七度。
風は、公式練習の日よりも強い。
上部では向かい風。
中腹では右からの横風。
着地地点では、ときおり追い風へ変わる。
コンディションが一定せず、競技は何度も中断された。
この日の女子ラージヒルは、二日間に分けて実施される。
初日は一回目。
翌日に二回目を行い、二本の合計点で順位を決める方式だった。
つまり、今日の一本で大きく出遅れれば、翌日の逆転は難しくなる。
逆に首位へ立っても、一晩その重圧を抱えなければならない。
通常の一日完結より、精神的な負担は大きかった。
スタンドには、雪たち応援団。
胸ポケットには層一の写真。
光希も、自身の競技調整を終え、関係者席から見守っていた。
雪が聞く。
「めぐ、練習ではあんまり飛んでなかったね」
光希は笑った。
「母ちゃん、心配しなくていいべ」
「何か知ってるの?」
「何も教えてくれなかったべ。でも、恵の顔見たら分かる」
「どんな顔?」
「試験前に、答え分かってるのに黙ってる顔だべ」
雪は吹き出した。
「昔から、そういうところあるね」
海外勢の大ジャンプ
一回目が始まった。
ラージヒルを得意とする海外選手たちが、次々と攻める。
カナダのエミリー・マクレガー。
百三十七メートル。
高い飛型点。
暫定トップ。
オーストリアのハンナ・グルーバー。
地元の大歓声を受け、百三十八・五メートル。
マクレガーを上回る。
フィンランドのエリナ・ラウタヴァーラ。
百三十九メートル。
ヒルサイズまで、あと一メートル。
実況
「ラウタヴァーラ、素晴らしいジャンプ!ラージヒルで女王・上川を倒すため、最高の一本を持ってきました!」
高田空も百三十四メートル。
飛型をまとめ、暫定五位。
早川美澄は百三十一・五メートル。
三枝莉央は百二十九メートル。
日本勢も上位につけるが、メダル争いでは海外勢が先行していた。
そして、ノルウェーのイングリッド・ラーセン。
長い助走。
鋭い踏切り。
長い手足を大きく使い、風を受ける。
百四十メートル。
ヒルサイズ到達。
着地も決まった。
会場が揺れる。
実況
「ラーセン、ヒルサイズ!百四十メートルです!」
解説
「ラージヒルでは、やはりこの選手が強い。ノーマルヒルの銀メダルから、今度こそ金を狙っています」
ラーセンが暫定トップ。
残る有力選手は、上川恵。
公式練習では、最長百二十七・五メートル。
本当に力を隠していたのか。
それとも、ラージヒルでは調整が合っていないのか。
世界中が、その答えを待っていた。
恵、スタートバーへ
場内アナウンス。
「Japan。Megumi Kamikawa!」
大歓声。
恵がスタートバーへ座る。
眼下には、百四十メートル先まで続く長い着地斜面。
風の表示を確認する。
上部は向かい風。
中腹で右から横風。
着地前では、やや追い風。
簡単な条件ではない。
海斗が指示を出す。
「待て」
恵は動かない。
公式練習で確認した踏切り。
〇・〇三秒。
その小さなずれを修正するために、何本も距離を捨てた。
今日、その答えを出す。
風の旗が揺れる。
中腹の横断幕が、わずかに正面方向へ膨らむ。
横風が一瞬弱まった。
海斗の腕が下がる。
「行け!」
青信号。
恵がスタートする。
実況
「上川恵、女子ラージヒル一回目!」
助走姿勢へ入る。
腰の位置。
背中の角度。
足首。
すべてが静かに整っている。
公式練習より、速度が高い。
だが、力みはない。
踏切り台が迫る。
恵は急がない。
一瞬待つ。
その一瞬。
公式練習で早かった〇・〇三秒。
板が最も強く返る地点まで、踏み切りを待つ。
そして――
解放。
実況
「踏切った!」
空中へ出た瞬間、恵の体が鋭く前へ入る。
高さだけではない。
前へ伸びる速度が違う。
板を大きく開く。
上体を深く入れる。
向かい風を、板と背中の全面で受ける。
解説
「公式練習とは、まるで別の踏切りです!完全にタイミングが合いました!」
百二十メートル。
まだ高い。
百三十メートル。
落ちない。
中腹。
右から横風が入る。
恵は腕を大きく動かさない。
腰をわずかに回し、板の角度を数度だけ修正する。
横風を受け流す。
実況
「上川、横風を受けても姿勢が乱れない!」
百三十五メートル。
百四十メートル。
ヒルサイズ到達。
だが、まだ落ちない。
観客席から、悲鳴にも似た歓声が上がる。
「まだ行く!」
「伸びてる!」
着地前。
追い風が恵の背中を押し下げる。
だが、恵はその変化も読んでいた。
腕を少し閉じる。
上体を急に起こさず、板と体を一つの線に保つ。
高度を失いながらも、前への速度を残す。
百四十一メートル。
百四十二メートル。
そして――
百四十三メートル。
ヒルサイズを三メートル越えた地点。
恵はテレマークへ入る。
右脚を前。
両腕を広げる。
深い着地。
一瞬、膝に大きな衝撃がかかる。
だが、体幹で耐える。
着地成功。
会場が爆発した。
実況
「百四十三メートル!上川恵、ヒルサイズを三メートル越えました!」
解説
「とんでもないジャンプです!公式練習の最長百二十七・五メートルから、一気に十五・五メートル伸ばしました!」
実況
「またしても、本番で別次元の飛びを見せました!」
雪は立ち上がり、両手で口元を覆った。
「めぐ!」
胸ポケットから層一の写真を取り出す。
「そうちゃん、百四十三メートルだよ!」
光希も拳を握った。
「やっぱり、全部隠してたべ!」
恵はブレーキングトラックで止まると、観客席へ向かって親指を立てた。
しかし、すぐに膝へ手を置いた。
ラージヒルの百四十三メートル。
着地の衝撃は大きい。
寄子が表情を引き締める。
「着地、深かった」
海斗も恵の歩き方を見る。
だが、恵はすぐに姿勢を戻し、問題ないことを示すように軽く跳ねた。
得点表示。
飛距離点。
高い飛型点。
風補正。
一位。
二位のラーセンへ、大きな差をつけるトップ。
実況
「上川恵、一回目首位!二大会連続三冠へ、また大きな一歩を踏み出しました!」
海外勢の驚き
待機エリア。
ラーセンは、得点表示を見つめていた。
百四十メートル。
自分も完璧に近いジャンプをした。
それでも、恵はさらに三メートル先へ着地した。
「練習では、百二十七だった」
ラウタヴァーラが苦笑する。
「もう、彼女の練習記録は見ない方がいいかもしれない」
マクレガーも首を振る。
「何が本当か、分からないもの」
ラーセンは、遠くの恵を見た。
「でも、明日もう一本ある」
諦めてはいない。
一回目で恵が首位。
だが、ラージヒルは二日間の合計。
翌日の一本で、すべてが変わる可能性がある。
ラーセンは静かに言った。
「一晩、首位の重圧を抱えるのは彼女よ」
控室の恵
恵が控室へ戻る。
コスキネンが、最初に抱きついた。
「百四十三だべ!」
「飛びすぎたべ」
「飛びすぎたって言う人、初めて見たべ!」
高田空も驚いている。
「公式練習から十五メートル以上伸ばすなんて、どうなってるの?」
恵はシューズを脱ぎながら答えた。
「公式練習では、踏切りのタイミングしか見てなかったべ」
美澄が言う。
「でも、百四十三はさすがに隠しすぎじゃない?」
「うちも、そこまで行くと思わなかったべ」
海斗が映像を再生する。
「踏切りは完璧だった。中腹の横風への対応もいい」
寄子は、恵の膝へ手を当てる。
「痛みは?」
「少し重い。でも問題ないべ」
「今日は冷やす。明日の朝まで慎重に見るよ」
恵は頷いた。
一回目首位。
大きなリード。
しかし、まだ金メダルではない。
むしろ、ここからが難しい。
一晩、首位として過ごす。
明日の二回目を考える。
守りに入るのか。
再び攻めるのか。
体の状態。
風の変化。
すべてを見なければならない。
コスキネンが、恵の顔を見る。
「嬉しい?」
「嬉しいべ」
「怖い?」
「怖いべ」
「それでいい」
コスキネンは笑った。
「怖さも一緒に、明日連れていくべ」
一晩だけの首位
競技一日目の結果。
一位、上川恵。
二位、イングリッド・ラーセン。
三位、エリナ・ラウタヴァーラ。
五位、高田空。
七位、早川美澄。
十位、三枝莉央。
日本勢は、三人が上位につけた。
だが、最終結果ではない。
表彰式もない。
メダルも渡されない。
恵は選手村へ戻った。
机の上には、ノーマルヒルの金メダル。
その横へ、一回目の得点表を置く。
百四十三メートル。
一位。
だが、恵は紙を裏返した。
昨日の得点は、明日のジャンプを助けてはくれない。
光希が部屋を訪ねてきた。
「百四十三、すごかったべ」
「ありがとう」
「膝、大丈夫?」
「冷やしたから大丈夫だべ」
「一回目首位だな」
「まだ半分だべ」
光希は笑った。
「その答え、予想してたべ」
恵は窓の外を見る。
遠くで、聖火が燃えている。
「光希」
「ん?」
「一晩首位って、変な感じだべ」
「どう変?」
「勝ってないのに、みんな勝ったみたいに言うべ。でも負けてもない」
光希は、少し考える。
「明日の一本だけ見ればいいべ」
恵が振り返る。
「簡単に言うなだべ」
「恵が俺にいつも言ってることだべ」
恵は、少しだけ笑った。
「そうだったべな」
光希は恵の隣へ立つ。
「今日は百四十三の恵じゃなくていい。明日は明日の風を見るべ」
「んだ」
「三冠のことも考えなくていい」
「んだ」
「金メダルも」
恵が横目で見る。
「それは少し考えるべ」
二人は笑った。
その笑いで、恵の肩から少し力が抜けた。
光希は、選手村の自室に置いた小さな箱を思い出す。
まだ、未来の話をする時ではない。
恵には明日の二回目。
その後にはミックス団体。
自分にも残る競技がある。
二人のオリンピックは、まだ続いている。
次回予告
女子ラージヒル一回目。
恵は百四十三メートル。
ヒルサイズを三メートル越え、首位に立った。
しかし、勝負は翌日の二回目へ。
一晩首位を守る重圧。
着地で受けた膝への衝撃。
そして、さらに強まるアルプスの風。
二位のイングリッド・ラーセンは、逆転を狙って攻める。
高田空もメダル圏内を目指し、二本目へ挑む。
恵は守るのか。
それとも、再び世界の誰よりも遠くへ飛ぶのか。
次回、
第36話 明日の風は、まだ誰も知らない
一回目の大ジャンプも、二回目の風を約束してはくれない。




