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恵の物語  作者: リンダ


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休む勇気

『恵の物語』


第28話 休む勇気


恵は、違和感に気づいていた。


飛距離は落ちていない。


フォームも崩れていない。


むしろ、体を研いだことで、空中姿勢への入りは以前より鋭くなっている。


それなのに。


練習翌日の体が、重い。


疲労の抜け方が、以前と違う。


「……なんか、戻りが遅いべ」


真駒内の練習場で、恵は着地斜面を見つめながら呟いた。


コスキネンは、その一言を聞き逃さなかった。


「今日は飛ばないべ」


恵は振り向く。


「え?」


海斗も短く言った。


「休め」


「いや、でも」


「休め」


寄子が優しく続ける。


「めぐ、今の体は前より研がれてる。そのぶん、回復も管理しないと壊れるよ」


恵は黙った。


休む。


その言葉が、怖かった。


一日休んだら、誰かに追いつかれる気がする。

二日休んだら、感覚が鈍る気がする。

世界は止まってくれない。

ライバルは今日も練習している。


「取り残されるべ……」


小さく漏れた言葉に、コスキネンが静かに首を振った。


「休まない方が、取り残されるべ」



同じ頃、光希も限界に近かった。


フェリックス・アドラーとの連戦。


ラスト一キロの勝負。


勝った日も、負けた日も、光希は練習を増やした。


もっと筋力を。

もっと後半の爆発力を。

もっと粘りを。


けれど、ある日の坂道トレーニングで、脚が止まった。


ラーシュが笛を吹く。


「今日は終わりだ」


光希は肩で息をしながら言う。


「まだできます」


「できない」


「でも、フェリックスは」


ラーシュの声が鋭くなった。


「フェリックスではなく、自分の体を見ろ」


光希は何も言えなかった。


ラーシュは少し声を落とす。


「休む勇気がない選手は、最後に壊れる」


その言葉は、雪より冷たく、でも確かだった。



その週、恵と光希は強制的に休養日を与えられた。


完全休養。


練習禁止。


ジャンプ台もクロカンコースも禁止。


恵は札幌の部屋で、落ち着かなかった。


「何していいか分からんべ……」


光希からメッセージが来る。


休みって難しいべ。


恵は即返信した。


練習より難しいべ。


結局、二人は軽く散歩することにした。


札幌の街を歩く。


競技の話をしないつもりだった。


でも、五分で競技の話になった。


「フェリックス、今日も走ってるんだろうな」


「海外勢も飛んでるべな」


「うちら、休んでていいのか」


二人とも黙る。


そこへ、スマホが鳴った。


光子、優子、美香からのリモート通話だった。


光子

「休養日と聞いて!」


優子

「休めない二人を笑わせに来たばい!」


美香

「今日は練習の話禁止やで」


「無理だべ」


光希

「もうしてました」


美香

「早すぎるわ」


光子が真顔で言う。


「じゃあ今日のお題。休みの日に、ジャンプ台とクロカンコースが嫉妬したら?」


優子

「また競技に戻っとるやないか!」


恵と光希は、つい笑った。


笑うと、胸の奥の焦りが少しほどけた。


美香が静かに言う。


「休むって、サボることやないよ」


優子も続ける。


「次にちゃんと動くための準備たい」


光子

「間がない漫才は、聞いてる方もしんどいとよ。ちゃんと間があるから、次のボケが生きる」


恵はハッとした。


「間……」


光希も頷く。


「競技にも、間がいるべか」


美香

「いると思う。人間やから」


その言葉は、やけに深く刺さった。



翌日。


恵は久しぶりにジャンプ台へ戻った。


体が軽かった。


助走の音が、いつもより素直に聞こえる。


踏切り。


空中。


背中に余白が戻っている。


着地。


スッ。


コスキネンが笑った。


「ほら。休んだ体は、よく聞こえるべ」


恵は息を吐いた。


「ほんとだべ……」


海斗が短く言う。


「これも練習だ」


寄子が頷く。


「回復も技術」


一方、光希もクロカンで驚いた。


坂道の後半。


脚が残っている。


呼吸も乱れにくい。


最後の加速で、前より体が動いた。


ラーシュがストップウォッチを見て笑う。


「休んだ分、速い」


光希は苦笑した。


「悔しいけど、認めるべ」


ラーシュ

「休みは敵じゃない。味方にしろ」



その夜。


恵はノートに書いた。


休む勇気。

立ち止まることも、前に進むための技術。

間があるから、次の一本が生きる。


光希も同じように書いた。


回復もトレーニング。

焦りで走るな。整えて走れ。


二人は少しずつ、大人のアスリートになっていく。


ただ練習するだけではない。


見る。

拾う。

返す。

そして、休む。


インスブルックへ向かう道には、飛ぶ日も、走る日も、立ち止まる日も必要だった。



次回予告


休む勇気を覚えた恵と光希。


しかし、代表争いはさらに過酷さを増していく。


日本女子ジャンプ陣は成長し、代表枠を巡る戦いは熾烈に。


光希もフェリックスとの連戦で、勝ったり負けたりを繰り返す。


そんな中、カフェ雪で開かれる小さな報告会。


雪は層一の遺影に向かって、二人がまた一つ大人になったことを語る。


次回、

第29話 帰る場所の灯り


遠くへ行くほど、帰る場所の明かりが強くなる。

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