代表発表
『恵の物語』
第21話 代表発表
世界選手権代表の発表日。
恵は札幌の大学構内で、スマホを握っていた。
光希も隣にいる。
周囲には、同じスポーツ科学部の仲間たち。
画面が更新される。
女子ジャンプ代表。
上川恵
その名前を見た瞬間、周囲が沸いた。
「恵、入った!」
「おめでとう!」
恵は小さく息を吐いた。
「……よかったべ」
その数秒後。
ノルディック複合代表。
青柳光希
光希の名前が表示された。
一瞬、光希は固まった。
「……俺、入ったべ」
恵が笑う。
「入ったべ!」
次の瞬間、二人の周りは拍手と歓声に包まれた。
札幌のキャンパスに、春の風が吹いていた。
その頃、上川。
カフェ雪では、発表を見守っていた雪が、静かに目を潤ませていた。
テレビ画面に、恵と光希の名前が並ぶ。
雪は仏壇の前に座り、層一の遺影に話しかけた。
「そうちゃん」
少し笑う。
「めぐ、代表に選ばれたよ」
そして、もう一度画面を見る。
「光希くんも選ばれた。二人で世界へ行くんだって」
雪は両手を合わせた。
「夢が、二人分の切符になったね」
遺影の層一が、優しく笑っているように見えた。
だが、喜びだけで終われる世界ではなかった。
代表に選ばれた。
それはゴールではない。
むしろ、ここからが本番だった。
2042年インスブルックオリンピック。
そこへ向けた代表争いは、すでに始まっている。
世界選手権で結果を残せなければ、次の評価は下がる。
ワールドカップで崩れれば、若手が一気に追い上げる。
怪我。
不調。
油断。
ほんの小さな隙。
そのどれか一つで、代表争いから滑り落ちる。
海斗は、喜ぶ恵に短く言った。
「浮かれるな」
恵は頷く。
「分かってるべ」
寄子も言う。
「選ばれた日は嬉しがっていい。でも翌日からは、また積み直し」
コスキネンが続ける。
「切符はもらった。でも席はまだ決まってないべ」
一方、光希にもラーシュが告げた。
「代表になった者は、追われる者になる」
光希は表情を引き締める。
「はい」
「油断は、雪より静かに足元へ来る」
光希は頷いた。
「見続けます」
ラーシュは満足そうに笑った。
「それでいい」
世界選手権に向けた最終調整の日々。
恵はジャンプで、以前よりさらに細かく風を見た。
誰かが自分の飛型を研究するなら、どうぞ。
そう思えるようになっていた。
真似されることは怖くない。
怖いのは、自分が自分を見なくなること。
「うちはうちだべ」
恵はスタートバーで何度もそう呟いた。
光希もまた、クロカンで結果を残し続けた。
勝てない日もある。
苦しい日もある。
それでも、崩れない。
予測する。
信じすぎない。
最後まで見る。
その地味な積み重ねが、光希を代表選手の顔に変えていった。
やがて、メディアも二人を面白がるようになった。
「観察力トレーニングにギャグコントを導入」
「博多の双子姉妹の即興コントが競技に影響」
「札幌の強化合宿で“地下鉄とJRの恋人コント”が話題」
そしてついには、スポーツ番組でこんな見出しが出た。
ギャグコントでオリンピック代表を射止めた伝説の二人?
恵はテレビを見て、思わず叫んだ。
「いや、競技で射止めたべ!」
光希も頭を抱える。
「努力と練習どこ行ったべ!」
コスキネンは真顔で言う。
「でも、間違いではないべ」
ラーシュも頷く。
「笑いは観察力を鍛えた」
海斗はため息をついた。
「否定しきれないのが腹立つな」
寄子は笑っていた。
「いいじゃない。伝説っぽいよ」
そこへ当然のように、光子と優子と美香からリモート通話が来る。
光子
「聞いたばい!うちら、代表選考に貢献したらしいたい!」
優子
「責任重大すぎるわ!」
美香
「ギャグコントで五輪代表って、競技史に残したらあかんやつやろ」
恵
「もう残りかけてるべ!」
光希
「でも、本当に助かったのは事実です」
その一言に、画面の向こうの三人が少し黙った。
光子が照れたように笑う。
「なら、よかったたい」
優子も頷く。
「笑いで少しでも力になれたなら、うちらも嬉しか」
美香が柔らかく言う。
「でも、最後に飛ぶのも走るのも、二人やけんね」
恵と光希は、同時に頷いた。
「んだ」
夜。
札幌の寮の部屋。
恵は代表ジャケットをハンガーに掛けた。
その横に、旭川東高校の応援旗の写真。
カフェ雪の写真。
層一の小さな写真。
そして、雪から届いたメモ。
浮かれすぎず、でもちゃんと喜びなさい。
恵は笑った。
「母ちゃんらしいべ」
スマホが鳴る。
光希からだった。
「明日からまた練習だべ」
恵は返信する。
「んだ。ここからが本番だべ」
窓の外には、札幌の夜景。
その向こうに、上川の山々がある気がした。
代表発表は、夢の終点ではない。
二人分の切符を手にして、ここから本当に世界へ向かう。
恵は胸元の鈴に触れた。
ちりん。
「行くべ。インスブルックまで」
次回予告
世界選手権へ向け、恵と光希は海外遠征へ出発する。
初めて二人そろって挑む大舞台。
女子ジャンプ。
ノルディック複合。
別々の競技、同じ日本代表。
だが現地では、世界の強豪たちが待ち構えていた。
恵型ジャンプを進化させた欧州勢。
クロカンで圧倒的な持久力を誇る北欧勢。
そして、光希に強烈な刺激を与える若きライバル。
次回、
第22話 世界の入口
代表になっただけでは、世界とは戦えない。




