世界選手権へ
『恵の物語』
第20話 世界選手権へ
世界選手権へ向けた最終合宿。
札幌の空は冷たく、真駒内の練習場には、朝から緊張感が漂っていた。
恵はジャンプ台へ。
光希はクロスカントリーと複合の練習へ。
それぞれが、代表入りへ向けた最後の評価期間に入っていた。
だが、練習の合間。
光希が突然、合宿メンバーの前で言った。
「今日は観察力トレーニングやるべ」
相田飛竜が嫌な顔をする。
「まさか、またギャグっすか?」
佐々木正嗣も眉を寄せる。
「前回、線路が喧嘩したやつか」
光希は真顔で頷いた。
「今回はもっと難しいべ」
全員が身構える。
光希はホワイトボードに大きく書いた。
札幌市営地下鉄の電車と、JR北海道の電車が、まだ見ぬ恋人どうしだったら?
沈黙。
相田
「……意味が分からないっす」
佐々木
「電車同士の恋愛?」
光希
「んだ。しかも、まだ会ったことない」
合宿メンバー、完全に固まる。
ラーシュが腕を組む。
「これは高度だ」
コスキネンが頷く。
「かなり観察力いるべ」
恵は横で腹を抱えている。
「光希、ついに出題側になったべ……」
⸻
まず挑戦したのは相田。
相田
「えー、僕は地下鉄です。地下を走ってます。会えません」
佐々木
「私はJRです。地上を走ってます。会えません」
相田
「……終わりです」
全員
「早い!」
ラーシュ
「恋が始まる前に廃線になった」
相田
「無理っす!」
次に佐々木。
佐々木
「地下鉄です。雪に強いJRさんに憧れています」
光希
「お、いいべ」
佐々木
「JRです。地下鉄さんは雪を知らないので心配です」
恵
「ちょっといい感じだべ」
佐々木
「でも、接続駅で会えそうで会えません」
相田
「切ないっす!」
しかし、そこから展開が止まる。
佐々木
「……以上」
コスキネン
「惜しいべ。恋文まで行けたらよかったべ」
⸻
合宿メンバーは四苦八苦だった。
「地下鉄はゴムタイヤだったっけ?」
「JRは雪で遅れることあるべ」
「地下鉄は時間に正確」
「JRは遠くまで行ける」
「恋愛にどう使うんだべ」
ラーシュが真剣に言う。
「違いは見えている。でも関係性にできていない」
光希が頷く。
「そこなんだべ。観察した違いを、どう返すか」
そこへ、リモート画面がつながった。
博多。
映ったのは、光子、優子、そして美香。
光子
「呼ばれて飛び出て、博多発たい!」
優子
「地下鉄でもJRでもないのに来たばい!」
美香
「いや、話だけ聞いたら、お題がだいぶ重症やね」
恵
「美香さんまで来たべ!」
光希
「お願いします。最後に実演を」
光子は胸を張った。
「任せんしゃい」
優子
「ただし、失敗したら線路のせいにする」
美香
「最低やな」
⸻
即興コント
『地下鉄ちゃんとJRくん、まだ見ぬ恋』
光子が札幌市営地下鉄役。
光子
「私、地下鉄。札幌の街の下を静かに走る女。地上の景色は知らんけど、時間には正確たい」
優子がJR北海道役。
優子
「俺、JR北海道。雪にも風にも負けず、遠くの町まで走る男たい」
美香がナレーション。
美香
「二人はまだ出会ったことがない。けれど、札幌駅のどこかで、互いの存在だけを感じていた」
光子地下鉄
「JRさん……あなたは地上を走るんやろ?雪景色、きれいなんやろうね」
優子JR
「地下鉄さん……君は地下で街を支えとるんやろ?見えないところで働くなんて、かっこよか」
光子
「でも私、雪を知らんとよ」
優子
「俺は地下の静けさを知らん」
美香
「知らないから、惹かれる。違うから、会いたくなる」
合宿メンバーが静かに聞き入る。
と思った瞬間。
光子地下鉄
「でもJRさん、たまに雪で遅れるって聞いたばい」
優子JR
「言うな!こっちは北海道の大地と戦っとるんたい!」
光子
「私は時間に正確たい」
優子
「地下やけん風も雪も来んやろ!」
光子
「地下にも地下の苦労があると!」
優子
「地上にも地上のドラマがあると!」
美香
「はい、恋人未満の交通論争、開幕です」
全員爆笑。
光子
「あなた、遠くまで行けるんやね」
優子
「君は街の中を細やかに繋げられる」
光子
「じゃあ、私が街を支える」
優子
「俺が遠くへ連れていく」
美香
「地下と地上。違う線路。違う役割。でも、札幌という街を一緒に動かしている」
一瞬、いい話になる。
優子JR
「いつか乗り換え口で会おう」
光子地下鉄
「その時は、遅れんで来てね」
優子JR
「だから雪の日は許して!」
美香
「最後に台無し!」
合宿メンバー、腹筋崩壊。
相田は床に座り込んだ。
「恋愛と交通事情が同時に来たっす……」
佐々木は肩を震わせる。
「違いを全部キャラにしてる……」
ラーシュは涙を拭いた。
「すごい。観察が物語になっている」
コスキネン
「これが博多の技術だべ」
恵
「技術っていうか、災害級のアドリブだべ」
光希は大きく頷いた。
「そういうことなんだべ。違いを見つけるだけじゃ足りない。違いを関係にする。競技でも同じだべ」
ラーシュが続けた。
「雪質、風、コース、体調。それぞれ別の情報だ。だが、勝負では全部が関係する」
コスキネン
「ジャンプも同じだべ。風と台と自分の体、その日の関係を見るべ」
恵は静かに頷いた。
世界選手権へ向けて、また一つ見えるものが増えた。
⸻
その日の午後。
恵はジャンプ練習で、風と台の“関係”を見るように飛んだ。
光希はクロカンで、雪と板と自分の呼吸の“関係”を拾った。
ただ見るだけではない。
つなげる。
返す。
その感覚が、代表合宿全体に広がっていく。
夜、光希は練習ノートに書いた。
違いを見つける。違いを関係にする。そこから動きを選ぶ。
恵は横から覗き込む。
「いいこと書くべ」
光希
「地下鉄とJRのおかげだべ」
恵
「競技理論の出どころがどんどんおかしくなってるべ」
二人は笑った。
けれど、その笑いの先には、確かに世界が見えていた。
⸻
次回予告
代表合宿で観察力をさらに磨いた恵と光希。
いよいよ世界選手権代表が正式発表される。
恵は女子ジャンプ代表として選出。
そして光希も、ノルディック複合代表に初選出される。
上川と札幌、二つの街が歓喜に沸く中、カフェ雪では雪が層一の遺影に静かに報告する。
次回、
第21話 代表発表
夢は、二人分の切符になった。




