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恵の物語  作者: リンダ


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代表選考会

『恵の物語』

 第18話 代表選考会


 世界選手権の代表選考会。


 札幌で大学生活を始めた恵にとって、それは新しい環境で迎える初めての大きな勝負だった。


 朝、恵は小さな部屋で目を覚ました。


 上川のカフェ雪ではない。

 雪の味噌汁の匂いもしない。

 けれど、机の上には母から送られてきた小さなメモが置いてある。


 最後まで見ておいで。帰ったらコーヒー淹れるよ。


 恵はそれを見て、少し笑った。


「母ちゃん、分かってるべ」


 会場には、緊張感が漂っていた。


 恵はジャンプ台を見上げる。


 風は弱い。

 だが、弱い風ほど油断ならない。


 コスキネンが横に立つ。


「今日は静かな顔して、少し意地悪な風だべ」


 恵は頷いた。


「んだ。油断したら置いていかれるべ」


 海斗が短く言う。


「決めつけるな」


 寄子が続ける。


「最後まで見る」


 恵は胸元の鈴に触れた。


「行ってくるべ」


 一本目。


 恵は、飛びすぎを狙わなかった。


 助走路の音。

 中腹の旗。

 観客席の小さな横断幕。


 全部を見る。


 踏切り。


 空中。


 風は、思ったより早く抜けた。


 恵は膝を急がせず、背中で待つ。


 着地。


 大きな飛距離ではない。

 だが、飛型点が高い。


 暫定一位。


 海斗が頷く。


「悪くない」


 恵はヘルメットを外した。


「まだ二杯目だべ」


 コスキネンが笑う。


「三杯目で香り出すべ」


 一方、光希。


 ノルディック複合のジャンプは、やや出遅れた。


 五位。


 トップとの差は二十四秒。


 光希は唇を噛む。


「悪くはない。でも、勝つには足りないべ」


 ラーシュが隣で言う。


「いい位置だ」


 光希は驚く。


「いい位置?」


「追う者は、雪をよく見る。焦る者は、雪を踏みつける」


 光希は息を吐いた。


「雪と会話する、だべな」


 ラーシュは笑う。


「そうだ。今日はスキー板になれ。雪だるまになるな」


 光希は思わず笑った。


「それ、まだ言うんですか」


「一生言う」


 ジャンプ二本目。


 恵の前に、若手選手が大きく飛んだ。


 会場が沸く。


 恵型を研究し、自分のフォームへ昇華させた選手。


 恵はそのジャンプを見て、素直に笑った。


「いいべ」


 コスキネンが聞く。


「焦る?」


「焦るべ。でも楽しいべ」


 スタートバー。


 青信号。


 助走。


 踏切り。


 一本目より、風が遅れて入ってくる。


 恵はそこで決めつけなかった。


 待つ。

 拾う。

 返す。


 中腹で少し浮いた瞬間、腕をほんの少しだけ開く。

 着地前に抜ける気配を感じ、膝を準備する。


 スッ。


 完璧なテレマーク。


 距離表示。


 トップ。


 代表内定。


 実況席が沸く。


「上川恵、強い!大学生として迎えた初の代表選考会、堂々の一位通過です!」


 恵は着地地点で、軽く親指を立てた。


 そして、光希のクロカン。


 スタート。


 五位からの追走。


 序盤、光希は無理をしなかった。


 前を追いたい気持ちはある。

 だが、雪は少し湿っている。

 力で押せば、後半に沈む。


 ラーシュの声が飛ぶ。


「見るんだ、光希!」


 光希は頷く。


 一周目。


 三位との差が縮まる。


 二周目。


 日陰の硬い雪で板を走らせる。


 三周目。


 日向で緩んだ雪を避け、ラインを外へ変える。


 実況

「青柳光希、ここで三位に上がった!」


 解説

「焦らず雪を読んでいます。ペース配分がいいですね」


 ラスト一キロ。


 二位との差、五秒。


 光希は呼吸を整える。


(見る。拾う。返す)


 最後の登り。


 前の選手のストックが、ほんの少し浅く刺さった。


 雪が緩んでいる。


 光希は内側へ入りすぎず、少し外から登る。


 差が詰まる。


 下り。


 板が走る。


 ラスト直線。


 並ぶ。


 ゴール。


 結果、二位。


 優勝には届かなかった。


 だが、代表選考会で二位。


 光希の名前が、世界選手権代表候補として大きく浮かび上がった。


 ゴール後、光希は雪に倒れ込んだ。


 恵が駆け寄る。


「光希!」


 光希は息を切らしながら笑った。


「……雪だるまには、ならなかったべ」


 恵は吹き出した。


「そこかい!」


 ラーシュも駆け寄る。


「よく見た!今日はスキー板だった!」


 光希

「褒め方が変だべ!」


 夜。


 札幌の小さな定食屋。


 恵、光希、海斗、寄子、コスキネン、ラーシュが集まっていた。


 恵は代表内定。

 光希は代表候補圏内へ。


 ラーシュが箸を持ちながら言う。


「日本の魚はうまい。そしてギャグは危険だ」


 コスキネンが頷く。


「腹筋を鍛えるには最高だべ」


 海斗

「お前ら、競技の話をしろ」


 寄子

「でも今日、笑いで固くならなかったのは本当だよ」


 恵は頷く。


「うん。笑うと、見えるものが増えるべ」


 光希も言う。


「焦ると、雪が全部敵に見える。でも今日は、雪が教えてくれた感じがした」


 ラーシュは満足そうに笑った。


「それがクロカンだ」


 コスキネンが続ける。


「それがジャンプだべ」


 恵は胸元の鈴に触れる。


 札幌で始まった新生活。

 慣れない朝。

 大学の講義。

 真駒内の練習。

 新しいコーチ。

 笑いと観察。


 その全部が、今日の一本と一本につながっていた。


「札幌でも、ちゃんと積み上がってるべ」


 恵が言うと、光希も頷いた。


「んだ」


 次回予告


 代表選考会を突破した恵。


 そして光希も、世界選手権代表候補として強化合宿に呼ばれる。


 だが、大学生活は待ってくれない。


 レポート。

 実技試験。

 栄養学の課題。

 遠征準備。


 競技と学業の両立に、二人は早くも悲鳴を上げる。


 そんな中、カフェ雪から届く荷物。


 中には、雪の手作り惣菜と、層一の写真に添えられた小さなメモ。


 次回、

 第19話 レポート地獄と母の荷物


 世界で戦う前に、まず提出期限と戦え。

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