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恵の物語  作者: リンダ


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札幌の朝

『恵の物語』


第16話 札幌の朝


札幌での生活が始まって、一週間。


朝六時。


目覚まし時計が鳴る。


「……ん〜」


恵は布団からゆっくり起き上がった。


上川の実家なら、階下から母・雪が朝食を作る音が聞こえていた。


でも今は違う。


静かなワンルーム。


聞こえるのは、自分の足音だけだった。


「よし」


朝食を作り、洗濯機を回し、大学へ向かう準備をする。


慣れないことばかり。


それでも少しずつ、自分の生活になり始めていた。



札幌の国公立大学・スポーツ科学部。


入学して間もない講義。


運動生理学。


スポーツ栄養学。


バイオメカニクス。


恵はノートを取りながら思う。


(ジャンプって、こんな理論で説明できるんだ……)


講義が終わると、


「上川さん。」


教授が声を掛ける。


「オリンピック金メダリストだからといって、特別扱いはしません。」


恵は笑う。


「その方がありがたいです。」


教授も笑った。


「ただし、質問はいっぱいします。」


「望むところです。」



午後三時。


講義終了。


そのまま地下鉄で真駒内へ向かう。


真駒内競技場。


ここが大学生活と競技生活の両立の拠点だった。


ジャンプ台の下では、


コスキネンコーチが腕を組んで待っていた。


「お、来ただべ。」


恵が笑う。


「もう”だべ”が完全に北海道民だべ。」


コスキネンは笑う。


「札幌来ても、だべは卒業しないべ。」


海斗も笑う。


「それでいい。」


寄子も頷く。


「札幌でも、上川の感覚は忘れないこと。」



今日のテーマ。


「大学生になった身体。」


コスキネンが言う。


「高校と大学では身体が変わる。」


「筋肉も変わる。」


「だからフォームも少し変える。」


恵は頷いた。


「またフォーム変えるべ?」


「少しだけ。」


「世界は止まらない。」


「だから私たちも止まらない。」


恵は助走路を見つめる。


(また新しい挑戦だ。)



一方その頃。


クロスカントリーコース。


こちらも新体制が始まっていた。


大学がヨーロッパから招聘した新コーチ。


リレハンメルオリンピック男子クロスカントリー金メダリスト。


元ヨーロッパ王者。


ラーシュ・ニルセン

(Lars Nilsen)


ノルウェー出身。


四十五歳。


現役時代は、力強い登坂と安定した滑走技術で世界を席巻した名選手。


引退後はノルウェー代表育成にも携わり、


「見る力」を重視する名コーチとして知られていた。


ラーシュが日本に到着した初日。


大学関係者が言う。


「今日は歓迎会があります。」


ラーシュは笑った。


「楽しみです。」


しかし。


歓迎会の大型モニターには、


なぜか映像が流れ始めた。


タイトル。


『爆笑ツインズ傑作選』


ラーシュ


「……?」


画面では。


光子


「極寒の駅で佇む自動改札機です!」


優子


「ピーーーーッ!


寒すぎてICカードまで凍っとるやないか!」


光子


「今日は改札じゃなくて冷蔵庫になります!」


優子


「なんでやねん!」


そこから二人は、


駅員、


自販機、


ホームベンチ、


自動改札、


券売機、


発車ベル、


全部一人何役もアドリブで演じ始めた。


ラーシュは最初、


意味が分からなかった。


しかし。


三分後。


「ハハハハハハ!!」


腹を抱えて笑い始める。


五分後。


「もうダメだ!」


七分後。


椅子から転げ落ちる。


光希たちは唖然。


「ラーシュコーチ、大丈夫ですか?」


ラーシュ


「ストップ……ストップ……」


「お腹痛い!」


さらに、


「雪に埋もれた線路」


「複線の喧嘩」


「ライラックとオホーツク」


まで流れる。


ラーシュは涙を流して笑っていた。


「日本に来て初日で腹筋が筋肉痛になるとは思わなかった!」


光希が苦笑する。


「これが日本代表の観察力トレーニングです。」


ラーシュ


「え?」


「これが?」


「本気?」


光希は真顔だった。


「本気です。」


「これで世界一になった選手がいます。」


ラーシュ


「…………」


数秒固まる。


そして。


「日本は面白い国だ。」


「ノルウェーでは絶対やらない。」


光希


「たぶん世界中やりません。」


全員爆笑。



その日の夕方。


ラーシュは光希の滑りを見る。


一本。


二本。


三本。


そして静かに言った。


「光希。」


「君には才能がある。」


「でも。」


「まだ雪を見ている。」


光希


「?」


ラーシュは雪面を指差した。


「雪ではない。」


「雪が何を言っているかを見なさい。」


光希はハッとした。


どこかで聞いた言葉。


見る。


拾う。


返す。


恵と同じだった。



夜。


恵と光希は大学近くのカフェで待ち合わせた。


「どうだった?」


恵が聞く。


光希は笑いながら答えた。


「新しいコーチ、博多の双子見て腹筋崩壊。」


恵はコーヒーを吹きそうになる。


「初日で?」


「初日。」


「で?」


「“日本代表の秘密兵器は漫才だったのか?“って真顔で聞かれた。」


恵は大笑いした。


「それ、否定できないべ!」


光希も笑う。


「結局また、観察力の話になった。」


恵は頷いた。


「競技は違っても同じなんだべ。」


札幌の夜風が窓を揺らす。


新しい街。


新しい大学。


新しいコーチ。


でも。


上川で学んだことは、


ちゃんと二人の中に生きていた。



次回予告


大学生活にも少しずつ慣れてきた恵。


しかし、世界選手権の代表選考会が目前に迫る。


一方、光希もラーシュコーチの下で滑りが大きく変わり始める。


そしてある日、ラーシュコーチが突然言い出す。


「今日は私も即興ギャグコントをやってみたい。」


お題は――


「雪だるまとスキー板が口げんかしたら?」


会場騒然。


コスキネンも参戦。


光子と優子はリモート出演。


ノルウェー人とフィンランド人が北海道弁と博多弁で大激突。


次回、

第17話 笑いは世界共通


笑いながら見る者は、世界も少し違って見える。

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