クラスメイトの応援旗
『恵の物語』
第12話 クラスメイトの応援旗
恵が遠征で教室を空ける日が増えても、旭川東高校三年の教室には、ちゃんと恵の席があった。
窓際から二列目。
机の横には、遠征前に置いていった参考書。
椅子の背には、制服のカーディガン。
机の中には、友達が勝手に入れた小さなメモ。
「帰ってきたら数学の小テストあるよ」
恵がそれを見た時、思わず叫んだ。
「世界の風より怖いやつだべ!」
教室は爆笑になった。
⸻
ある日の昼休み。
クラスメイトたちは、恵がいないタイミングでこそこそ集まっていた。
「応援企画、やろう」
「でも派手すぎると恵、照れるよ」
「じゃあ、さりげなく」
「さりげない応援旗って何?」
「小さくない旗?」
「それもう旗じゃん」
結局、作ることになったのは、教室の後ろに飾れる大きな応援旗だった。
白い布に、青と銀の文字。
中央には大きく、
最後まで見ろ。風は味方だ。
その下に、クラス全員の名前。
そして端っこには、誰かが小さく描いたコンビニおにぎりと、コーヒーカップと、自動ドア。
恵が帰ってきた日。
教室に入った瞬間、彼女は固まった。
「……なんだべ、これ」
友達が笑いながら言う。
「応援旗」
「いや、端っこのおにぎり何だべ」
「恵の競技理論でしょ」
「違うべ!いや、違わないのが悔しいべ!」
黒板には大きく書かれていた。
おかえり、上川恵。次も飛んでこい。数学も忘れるな。
恵は、最後の一文で顔をしかめた。
「感動の逃げ道ふさぐなや」
みんな笑った。
でも恵の目は、少しだけ潤んでいた。
「……ありがとうだべ」
⸻
放課後。
学校祭の話し合いでも、恵の名前が出た。
「恵が遠征でいない可能性あるから、動画出演にする?」
「いや、等身大パネル作る?」
「それは本人に怒られる」
「じゃあ、ジャンプ台風のフォトスポットは?」
恵が即座に言う。
「やめれ。体育館にジャンプ台作る気か」
「助走路は廊下で」
「校則で止まるべ!」
クラスはまた笑いに包まれた。
世界で戦う恵にとって、その笑いはすごく大事だった。
順位も点数もない。
風速もゲートもない。
ただ、友達とくだらない話をして笑う時間。
それがあるから、恵はまた世界へ行ける。
⸻
その頃、光希もまた、結果を積み上げていた。
ノルディック複合の国内大会で表彰台を重ね、クロカンでも粘れるようになっていた。
新聞の小さな記事に、名前が載る。
青柳光希、五輪代表争いに浮上
恵はその記事を見て、スマホを握った。
「光希、載ってるべ」
電話の向こうで、光希が照れた声を出す。
「まだ浮上しただけだべ」
「浮上できるのがすごいんだべ」
「恵に言われると変な感じだな」
「うちも最初は浮上からだったべ」
少し沈黙。
そして光希が言った。
「一緒に行くべ」
恵は、教室の後ろの応援旗を見た。
「んだ。一緒に行くべ」
旗の端で、小さなコーヒーカップが揺れていた。
⸻
次の遠征の日。
恵は教室を出る前に、応援旗の前で立ち止まった。
友達が言う。
「恵、いってらっしゃい」
「風、最後まで見てこいよ」
「お土産は茶色いチーズ以外で」
「数学の小テストも忘れるな」
恵は笑いながら鞄を背負う。
「最後のやつだけ置いていきたいべ」
でも、しっかり手を振った。
「行ってくるべ」
世界へ向かう背中を、教室の仲間たちがそっと押した。
胸元の鈴が、ちりんと鳴る。
恵は廊下を歩き出した。
制服の時間も、世界の時間も、どちらも彼女の翼だった。
⸻
次回予告
高校最後の国内大会。
恵は旭川東高校の制服で会場入りし、クラスメイトの応援旗を胸に挑む。
だが、若手選手たちも黙っていない。
恵型ジャンプを研究し、独自のフォームに進化させたライバルたち。
勝てば高校最後の国内タイトル。
負ければ、新時代の始まり。
次回、
第13話 卒業前の大ジャンプ
最後の制服に、最高の一本を。




