高3、最後の制服
『恵の物語』
第8話 高3、最後の制服
四月。
上川にも少しずつ春が近づいていた。
雪はまだ残っている。
だが、日差しは柔らかい。
風もどこか冬とは違う。
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光希は壁を越え始めていた。
初表彰台の後。
以前なら浮かれて終わっていたかもしれない。
だが今回は違った。
「なんであの時追いつけたんだべ」
「なんで最後で差が縮まったんだべ」
「なんで優勝には届かなかったんだべ」
そこを徹底的に見返した。
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結果。
さらに記録は伸び始める。
観察を続ける。
決めつけない。
予測する。
でも縛られない。
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光希
「なるほどなぁ……」
ノートには細かい文字。
雪質。
風向き。
体温。
心拍数。
滑走感覚。
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以前なら
「今日は重かった」
で終わっていた。
今は違う。
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「スタートは重い」
「でも二周目で変わる」
「林間は軽い」
「日向は板が走る」
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佐々木正嗣が驚く。
「光希、お前いつの間に研究者になったんだ」
相田飛竜も笑う。
「めっちゃ細かいっす」
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光希
「恵に教わったべ」
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一方。
恵も変わっていた。
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世界中が恵を研究している。
オリンピックチャンピオン。
ワールドカップ優勝多数。
世界ランキング上位。
当然だった。
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飛型。
助走。
踏切。
空中姿勢。
着地。
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全て分析される。
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海外メディアも言う。
「恵型ジャンプ」
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だが。
当の本人は笑っていた。
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コスキネン
「世界中が真似してるべ」
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恵
「どうぞだべ」
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海斗
「余裕だな」
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恵
「だって無理だべ」
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寄子
「無理?」
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恵
「うちはうちだから」
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三人が静かに聞く。
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恵
「体格違うべ」
「筋力違うべ」
「重心違うべ」
「柔軟性違うべ」
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窓の外を見る。
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恵
「同じフォームやっても、そのうち頭打ちになるべ」
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コスキネンが笑う。
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「正解だべ」
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恵
「真似されるならされるでいいべ」
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そして。
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「うちはまた新しいもの探すだけだべ」
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海斗が珍しく笑った。
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「頼もしくなったな」
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その言葉に。
恵は少し照れた。
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そして迎えた。
高校三年生。
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旭川東高校。
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入学式から二年。
気が付けば最終学年。
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教室。
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クラスメイトたちは進路の話をしている。
大学。
就職。
専門学校。
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恵だけは少し違った。
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ワールドカップ。
世界選手権。
オリンピック。
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それでも。
制服を着る。
教室に座る。
友達と笑う。
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その時間も大切だった。
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昼休み。
友達が聞く。
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「恵、また海外?」
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「んだ」
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「どこ?」
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「ノルウェー」
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「またすげぇな」
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恵は笑う。
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でも。
少しだけ胸が熱くなる。
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高校生活もあと一年。
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普通の女子高生の時間も。
あと少し。
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その日の夕方。
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遠征準備が始まる。
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ワールドカップ最終戦。
ノルウェー。
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荷物をまとめる。
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ジャンプスーツ。
ヘルメット。
ゴーグル。
ノート。
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そして。
いつものように。
仏壇の前へ向かった。
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静かな部屋。
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そこには。
層一の遺影。
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優しい笑顔。
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昔と変わらない。
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恵は正座する。
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少しだけ緊張していた。
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オリンピックを獲った時も。
ワールドカップを勝った時も。
必ずここへ来た。
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遺影を見つめる。
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「お父さん」
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静かな声。
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「行ってきます」
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部屋は静かだった。
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でも。
恵には聞こえる気がした。
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『気をつけて行ってこい』
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あの優しい声。
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幼い頃から聞いてきた声。
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もう直接聞くことはできない。
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だけど。
確かに心の中に残っている。
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恵は続けた。
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「今度はノルウェーだべ」
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少し笑う。
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「また勝ってくる」
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そして。
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「でもな」
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遺影を見る。
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「最近分かってきたべ」
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静かに話す。
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「勝つことだけじゃないんだな」
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風を見る。
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雪を見る。
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人を見る。
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自分を見る。
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「お父さんが教えてくれたこと」
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「やっと分かってきたべ」
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恵は深く頭を下げた。
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すると。
後ろから声。
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雪だった。
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「そうちゃん、喜んでるね」
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恵は振り返る。
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雪は優しく笑っていた。
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「めぐ」
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「ん?」
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「行っておいで」
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「んだ」
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「楽しんでおいで」
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恵は頷く。
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「行ってくる」
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翌朝。
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旭川空港。
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海斗。
寄子。
コスキネン。
恵。
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いつもの四人。
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コスキネンが笑う。
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「ノルウェー行くべ」
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恵
「行くだべ」
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海斗
「観察忘れるな」
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寄子
「最後まで見続ける」
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恵
「んだ」
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飛行機が滑走路へ向かう。
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窓の外。
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北海道の大地。
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上川。
カフェ雪。
ジャンプ台。
旭川東高校。
光希。
母の雪。
父の層一。
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全部を胸に。
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恵は世界へ向かった。
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次回予告
ノルウェー到着。
世界のトップ選手が集まるワールドカップ最終戦。
だが会場は大荒れ。
突風。
横風。
雪。
視界不良。
経験豊富なベテランですら苦しむコンディション。
その中で恵は、
誰よりも「見る」。
そして試技中。
ある選手の一本に、
誰も気づかなかった違和感を見つける。
次回、
第9話 風が教えてくれたこと
勝負を決めるのは、
才能か。
技術か。
それとも――
最後まで見続ける力か。




