高2冬、苦い2位
『恵の物語』
第37話 高2冬、苦い2位
その敗戦は、ほんのわずかな差だった。
飛距離は悪くない。
一本目。
二本目。
どちらも大きなミスはない。
飛型点も十分。
観客から見れば、
「今日は相手が良かった」
それだけの試合だった。
だが――
恵だけは納得できなかった。
⸻
大会終了後。
表彰台。
優勝したのは高校一年生の新鋭。
恵は二位。
銀メダルを受け取る。
拍手が聞こえる。
けれど心の中には、
妙な引っかかりだけが残っていた。
⸻
上川へ戻った夜。
カフェ雪。
恵はテーブルにタブレットを広げていた。
映像を何度も再生する。
一本目。
悪くない。
二本目。
これも悪くない。
飛型点も高い。
着地も決まっている。
なのに負けた。
⸻
恵
「……分からんべ」
海斗はコーヒーを飲む。
何も言わない。
寄子も言わない。
コスキネンも黙っている。
⸻
恵
「コーチ達は分かってるべ?」
海斗
「分かってる」
恵
「なら教えてほしいべ」
海斗
「嫌だ」
即答だった。
⸻
恵
「え?」
寄子
「今回は教えない」
コスキネン
「自分で見つけるべ」
⸻
恵は呆れた。
「なんでだべさ!」
⸻
海斗
「答えを貰う癖がつく」
寄子
「今のめぐなら見つけられる」
コスキネン
「見つけた答えは忘れないべ」
⸻
恵は頬を膨らませた。
だが三人とも表情を変えない。
本気だった。
⸻
それから数日。
恵は考え続けた。
映像を見る。
風速を見る。
雪質を見る。
助走を見る。
ライバルを見る。
何度見ても分からない。
⸻
恵
「飛距離も負けてないべ」
「フォームも悪くないべ」
「着地も問題ないべ」
「なんでだべ……」
⸻
答えが見つからない。
焦りだけが増える。
⸻
そしてある日。
練習を終えて帰宅した恵は、
いつものように光子と優子の配信を流していた。
⸻
タイトルは
『アドリブ地獄生配信』
⸻
光子
「では今日のお題!」
優子
「突然の訪問販売!」
⸻
光子
「こんにちはー!」
優子
「何売っとるん?」
光子
「月の土地です!」
⸻
優子
「は?」
光子
「月面二丁目!」
⸻
優子
「予想外すぎるわ!」
⸻
コメント欄爆笑。
恵も吹き出す。
⸻
しかし次の瞬間。
光子が真面目な顔になる。
⸻
光子
「優子さ」
優子
「ん?」
光子
「うちら、相手がこう返してくるやろなって考えてる?」
⸻
優子
「考えてない」
即答。
⸻
光子
「よね」
優子
「考えたら負けたい」
⸻
恵
「……ん?」
⸻
優子
「だって相手が予想外の返しした時に止まるやん」
⸻
光子
「うちらは来た球を拾うだけたい」
⸻
優子
「こう返してくるやろなーって思ってると」
⸻
光子
「違う答え来た瞬間に固まる」
⸻
優子
「だから考えない」
⸻
光子
「見る」
⸻
優子
「聞く」
⸻
光子
「拾う」
⸻
優子
「その場で返す」
⸻
恵の動きが止まった。
⸻
見る。
聞く。
拾う。
返す。
⸻
その瞬間。
頭の中で、
大会の映像が繋がった。
⸻
「……あ」
⸻
恵は立ち上がった。
⸻
大会二本目。
自分は確かに風を読んでいた。
だが。
途中から
“今日はこういう風だ”
と決めつけていた。
⸻
風を見ていたつもりだった。
でも実際は違う。
⸻
最初に見た風を信じていた。
⸻
本当は。
途中で少し変わっていた。
⸻
ライバルの優勝した選手は、
その変化に合わせた。
⸻
恵は合わせなかった。
⸻
なぜか。
⸻
「こう飛べる」
と思ったから。
⸻
その瞬間、
観察が終わったのだ。
⸻
恵
「これだべぇぇぇ!!」
⸻
カフェ雪の二階。
突然叫び声が響く。
⸻
雪
「!?」
⸻
一階で皿を拭いていた雪が飛び上がる。
⸻
恵は階段を駆け下りた。
⸻
「母ちゃん!!」
⸻
雪
「何!?」
⸻
恵
「分かったべ!!」
⸻
そのままスマホを掴む。
⸻
海斗へ。
寄子へ。
コスキネンへ。
グループ通話。
⸻
海斗
「どうした」
⸻
恵
「分かったべ」
⸻
沈黙。
⸻
寄子が少し笑う。
⸻
寄子
「聞こうか」
⸻
恵
「うち」
⸻
深呼吸。
⸻
「途中で観察をやめてた」
⸻
海斗の口元が少しだけ動く。
⸻
恵
「今日はこういう風だって決めつけた」
⸻
寄子
「うん」
⸻
恵
「だから途中で変わった風を拾えなかった」
⸻
コスキネンが静かに言う。
⸻
「正解だべ」
⸻
恵
「……やっぱりか」
⸻
海斗
「ライバルは最後まで見ていた」
⸻
寄子
「めぐは途中から予測で飛んだ」
⸻
コスキネン
「予測は大事」
⸻
そして続ける。
⸻
「でも予測を信じすぎると危険だべ」
⸻
恵は深く息を吐いた。
⸻
悔しかった。
でも同時に、
少し嬉しかった。
⸻
自分で見つけた。
⸻
誰かから教わった答えではない。
⸻
自分で辿り着いた。
⸻
海斗
「忘れないだろ?」
⸻
恵
「忘れないべ」
⸻
コスキネン
「だから教えなかったべ」
⸻
寄子
「苦かった?」
⸻
恵
「めちゃくちゃ苦かったべ」
⸻
雪が笑う。
⸻
「コーヒーみたいだね」
⸻
恵も笑った。
⸻
「二杯目どころじゃないべ」
⸻
コスキネン
「エスプレッソだべ」
⸻
全員吹き出した。
⸻
その夜。
恵はノートを開く。
そして大きく書いた。
⸻
観察は途中で終わらせない
⸻
その下に、
もう一行。
⸻
予測するなとは言わない。
予測を信じすぎるな。
⸻
そして最後に。
⸻
光子・優子理論
⸻
恵は笑った。
⸻
「まさかギャグコントから学ぶとは思わなかったべさ」
⸻
窓の外では、
上川の雪が静かに降っていた。
⸻
負けた。
でも。
その一本は。
金メダルを獲った試合よりも、
大切な一本になるのかもしれなかった。
⸻
次回予告
敗戦から学んだ恵。
観察は最後まで続ける。
決めつけない。
予測に縛られない。
その考えは、
ジャンプだけではなく、
クロカンに挑む光希にも広がっていく。
一方、世界では恵対策がさらに進む。
映像分析。
飛型研究。
風の読み方。
世界中が恵を追いかける。
だが恵もまた、
世界を観察していた。
次回、
第7話 光希の初表彰台
見続ける者だけが、
最後の変化を掴む。




