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恵の物語  作者: リンダ


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◆ 代表合宿 ―「今見えるもので、ギャグコントを作れ」


第28話 代表合宿 ―「今見えるもので、ギャグコントを作れ」


◆ 代表合宿 ―「今見えるもので、ギャグコントを作れ」


カフェオレとカフェラテのコントから数日後。

その“観察する力”は、思わぬ形で日本代表チームの合宿に持ち込まれた。


参加メンバーは四人。


* 上川 恵

* 高田 空

* 相田 飛竜

* 佐々木 正嗣


場所は、ジャンプ台のふもと。

朝の空気は冷たく、助走路の上には薄く霜が残っている。


選手たちは、いつものように風を読み、アップを済ませ、海斗の指示を待っていた。


だが、その日の海斗は、いつもと違うことを言った。


「今日の最初の課題は、ジャンプじゃない」


相田が首をかしげる。


「え?」


海斗はジャンプ台を指さした。


「今、目の前に見えるものを使って、ギャグコントを完成させろ」


沈黙。


空が聞き返した。


「……ギャグコント、ですか?」


佐々木も眉を寄せる。


「ジャンプ台を前にして?」


海斗は頷く。


「そうだ。制限時間は十分。題材は自由。今見えるものだけを使え」


相田が困惑した顔で恵を見る。


「めぐ、これ、どういうこと?」


恵は少し笑った。


「たぶん……うちのせいだべ」



◆ 苦戦する三人


まず相田が、ジャンプ台を見上げた。


「えーと……ジャンプ台が、急にラーメン屋だったら?」


空が即座に言う。


「なんでラーメン屋?」


「いや、なんか上が坂だから、麺が流れて……」


佐々木が真顔で止める。


「それはもう、コントじゃなく事故だ」


相田

「うっ……」


次に空が挑戦する。


「じゃあ、旗が風向きじゃなくて、恋愛相談してたら?」


「お、ちょっといいべ」


「旗A『あの人、今日も私の方見てくれない』

旗B『それ、追い風じゃない?』」


相田

「追い風の恋愛って何?」


「……分かんない」


佐々木はしばらく黙っていたが、やがて低く言った。


「助走路と着地斜面が喧嘩する」


恵が少し前のめりになる。


「お、正嗣、それいいべ」


佐々木

「助走路『お前、いつも俺が送り出した選手を雑に受け止める』

着地斜面『そっちこそ勢いつけすぎなんだよ』」


相田が笑い始める。


「それ、普通に面白いっす」


でも佐々木はそこで止まった。


「……続きが分からん」


三人とも、題材は見つける。

けれど、膨らませられない。


その場の違和感を拾うことができても、

それを動きに変えるのが難しい。


相田は頭をかいた。


「いや、これ、めちゃくちゃ難しいっすよ」


空も頷く。


「普通に飛ぶ方がまだ分かる」


佐々木が海斗を見る。


「この課題の意味は何なんですか?」



◆ 海斗の説明 ―「観察力は、才能じゃない。訓練だ」


海斗は、しばらく黙ってジャンプ台を見上げていた。


それから、ゆっくり話し始めた。


「ジャンプは、台本通りにいかない」


四人が黙る。


海斗

「風は変わる。

雪質も変わる。

気温も変わる。

助走の感覚も、ほんの少しずつ変わる。

自分の体も、毎日同じじゃない」


寄子が横で頷く。


海斗

「だが、試合中に大きな変化だけが来るわけじゃない。

本当に勝敗を分けるのは、たいてい小さい変化だ」


海斗は旗を指さす。


「旗の返りが半拍遅い。

助走路の音が少し重い。

踏切りで足裏の抜けが一瞬遅れる。

空中で板先が一ミリ暴れる。

着地前に膝が半拍早く動く」


恵は胸の鈴に触れた。


海斗

「その小さい変化に気づけるかどうかで、勝敗は変わる。

今日やらせたギャグコントは、そのための訓練だ」


相田が目を丸くする。


「ギャグが……訓練?」


海斗

「そうだ。

目の前にある普通のものを、普通じゃない角度で見る。

違和感を拾う。

関係性を作る。

その場で反応する。

相手の返しを見て、次を変える」


寄子が続ける。


「それって、試合中の対応とかなり近いの。

決めた通りにやるだけなら、強い選手にはなれない。

“今起きたこと”を見て、反応できる選手が強い」



◆ 恵の気づき


恵は、少しだけ前に出た。


「うちも最初、意味分かんなかったべ。

白い秋桜と紅い秋桜と黄色い秋桜の仲が悪かったら、って言われたとき、

なんちゅうコントだべって思った」


相田が笑う。


「それは思うっす」


「でも、花の色の違いとか、立ってる場所とか、風の揺れ方とか、

そういう小さい違いを拾うと、話ができるんだべさ」


空が真剣な顔になる。


「ジャンプも同じだべ。

風の違い、体の違い、気持ちの違い。

小さいものを拾えないと、大きく崩れる」


佐々木が静かに頷いた。


「……なるほど」



◆ コスキネンの補足 ―「即興は、風と同じ」


コスキネンも口を開いた。


「アドリブは、風と似ている」


彼女の日本語は、もうかなり自然だった。

それでも、ひとつひとつの言葉を大事に置く。


コスキネン

「台本がないから、怖い。

でも、台本がないから、今をよく見る。

風も同じだべ」


相田が思わず笑う。


「だべ、自然に出ましたね」


コスキネンは真顔。


「もう上川だから」


「上川所属強すぎるべ」


寄子が笑いながらも、話を戻す。


「でも本当にそう。

即興の練習をすると、“予定が崩れた時の反応”が鍛えられる。

競技にも効く」



◆ もう一度、課題


海斗が言った。


「もう一回やる。

今度は、完成度は求めない。

目の前のものを三つ拾え」


四人はジャンプ台を見た。


「旗」


相田

「助走路」


佐々木

「着地斜面」


「あと、観客席の空っぽのベンチ」


海斗

「その四つで、十五秒コント」


相田が苦笑する。


「またか……」


でも今度は、少し違った。


空が旗役で言う。


「私、風読んでるだけなのに、みんなに見られすぎて緊張する」


相田が助走路役で返す。


「俺なんて、選手に踏まれっぱなしだぞ」


佐々木が着地斜面役で低く言う。


「最後は全部、俺が受け止める」


恵が空っぽのベンチ役で入る。


「誰も座ってくれねぇべ。寂しいべ」


一拍。


相田が笑いながら言った。


「ベンチ、急に感情出した!」


空も笑った。


「でも、ちょっと分かる」


佐々木が真顔で締める。


「全員、ジャンプ台を支えてる」


恵が頷く。


「それ、いいべ」


海斗は腕を組んだまま、少しだけ口元を緩めた。


「十分だ」


相田

「え、これで?」


海斗

「最初より、見えている」



◆ チームに広がる“観察の練習”


その日から、代表チームでは妙な課題が増えた。


「今日の風を、人間関係に例えろ」

「助走路と雪質が会話したら何を言うか」

「追い風が言い訳を始めたら?」

「着地斜面が怒る理由を三つ挙げろ」


最初はみんな戸惑った。

でも、だんだん慣れていく。


そして不思議なことに、

選手たちは前より細かい変化を口にするようになった。


「今日の風、見た目より返りが遅い」


相田

「助走の音、昨日より湿ってますね」


佐々木

「踏切りで足裏が抜けるタイミング、半拍違う」


「みんな、見えるようになってきたべ」


海斗は静かに頷く。


「それでいい」



◆ 海斗の締め


練習の最後、海斗は四人に言った。


「笑いを作れと言ったのは、ふざけろという意味じゃない」


四人は黙って聞く。


海斗

「真剣にふざけるには、よく見なければならない。

よく聞かなければならない。

相手の反応を拾わなければならない」


一拍。


「それができる選手は、試合でも変化を拾える」


寄子が微笑む。


「だからこれは、観察力のトレーニング」


コスキネンが頷く。


「そして、風と会話する練習だべ」


恵は小さく笑った。


「……博多の双子、すげぇべな」


相田

「まさかギャグコントが代表メニューになるとは思わなかったっす」


「でも、ちょっと分かってきた」


佐々木

「……使える」


恵はジャンプ台を見上げた。


旗。

助走路。

着地斜面。

空っぽのベンチ。


昨日までより、少しだけ見えるものが増えていた。


小さな変化を拾う力。

それは、恵だけではなく、

日本代表チーム全体を、少しずつ高い場所へ連れていこうとしていた。


ちりん。


胸の鈴が鳴った。


恵は思った。


(風も、笑いも、ちゃんと見れば返してくれるべさ)

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