ジャンプは変人育成競技かもしれない
第29話 ジャンプは変人育成競技かもしれない
◆ 「ジャンプは変人育成競技かもしれない」
女子ジャンプ代表合宿で始まった、
謎の“ギャグコント観察トレーニング”。
それはやがて、日本代表全体に少しずつ広がり始めていた。
そして当然――
ノルディック複合・クロスカントリーチームにも話が届く。
その中心にいたのが、青柳光希だった。
◆ 光希の想い
夕方のクロカンコース。
雪は締まり、気温はマイナス八度。
長い上りを滑り終えた光希は、呼吸を整えながら空を見た。
白い息が流れていく。
(……恵と一緒に、オリンピックに出る)
それはもう、ぼんやりした夢じゃなかった。
恵は世界で勝ち始めている。
女子ジャンプのエースとして、すでに日本代表の中心にいる。
だからこそ光希も思う。
(隣に立てる選手になる)
ノルディック複合は甘くない。
ジャンプだけでは駄目。
クロスカントリーだけでも駄目。
両方が必要だ。
しかも最近は、世界のレベルが異常に高い。
ジャンプで五メートル差をつけても、
クロカンで数秒で消される。
だから光希は、細かい変化をもっと拾える選手になろうとしていた。
そこへ――
女子ジャンプチームから、妙なメニューが伝わってきた。
◆ 女子ジャンプ代表の“謎メニュー”
食堂。
複合チームの男子たちが夕食を食べている。
そこへ、空が笑いながら来た。
「ねぇ光希くん、海斗コーチから伝言」
光希
「なんですか?」
空
「明日のクロカン練習前、
“目の前に見えるものを使って、ギャグコントを完成させよ”」
沈黙。
複合チーム全員が止まる。
相田飛竜
「……は?」
佐々木正嗣
「今なんて?」
光希
「ギャグ……コント?」
空は真顔で頷く。
「女子チームでやったやつ。
観察力強化メニュー」
相田が頭を抱える。
「いやいやいや、クロカンチームですよ!?」
佐々木
「俺たち、雪の上で死ぬほど苦しんでる競技なんだけど」
空
「ジャンプも苦しいよ?」
相田
「方向性が違う!!」
光希は、すぐに察した。
(……めぐ経由だべ)
◆ クロカンチーム、壊滅する
翌朝。
クロカンコース入口。
海斗は、女子チームと同じように言った。
「課題。
今見えるものを使って、ギャグコントを完成させろ」
複合チーム、全滅。
相田
「無理っす」
佐々木
「意味が分からない」
光希は笑いをこらえていた。
海斗
「制限時間十分」
寄子は、ちょっと楽しそうだった。
「クロカン組、どうなるかなぁ」
コスキネンは腕を組んでいる。
「Very interesting.
絶対苦戦するべ」
◆ 第一走者・相田飛竜
相田は、とりあえずストックを見た。
「えーと……
ストックが反抗期だったら?」
沈黙。
寄子
「……続けて」
相田
「ストックA
“今日は雪刺したくない気分なんで”」
ストックB
“俺、最近、自立したいんすよね”」
光希が吹き出す。
「ストックの自立ってなんだべ!」
相田
「分かんないっすよ!!」
海斗
「観察が浅い」
相田
「厳しい!!」
◆ 第二走者・佐々木正嗣
佐々木は真顔でコースを見る。
「……雪煙が愚痴を言う」
寄子
「お、ちょっといい」
佐々木
「雪煙
“なんで毎回、お前ら全力で俺巻き上げるんだ”」
光希
「それ普通に雪煙の本音だべ」
佐々木
「コース脇の木
“毎年見てるけど、お前ら滑りすぎ”」
相田が笑う。
「木がベテラン実況者みたいになってる!」
でも佐々木は途中で止まった。
「……続き出ない」
海斗
「まだ“ズレ”が弱い」
佐々木
「ズレ!?」
◆ 光希、意外と強い
そこで光希が前へ出た。
「じゃあ、うちやるべ」
相田
「お、彼氏枠きた」
光希はコース脇の看板を見る。
“急カーブ注意”
少し考えてから言った。
「急カーブ注意の看板が、
毎回誰にも感謝されないことにキレてたら」
寄子
「それいい!」
光希は看板役。
「おい!!
毎回お前ら、曲がれたら自分の実力だと思ってるべ!?
俺が先に教えてるから曲がれてるんだぞ!!」
女子チーム、爆笑。
空
「看板、めっちゃ怒ってる!」
光希は続ける。
「しかもたまに無視して突っ込むやついるべ!!
あれ見るたびに、こっち胃が痛いんだべ!!」
コスキネンが吹き出した。
「This signboard has trauma.
看板がトラウマ抱えてるべ」
相田
「光希、なんで普通に上手いんだよ!」
光希は肩をすくめる。
「めぐのギャグ、ずっと聞いてるからだべ」
◆ 海斗の説明
全員が笑ったあと、海斗が口を開いた。
「この課題の意味、まだ分からないか」
相田が即答。
「半分くらいしか分かんないっす」
海斗はクロカンコースを指さした。
「クロカンも同じだ。
雪質、呼吸、板の滑り、風、体温、心拍。
全部、小さい変化の積み重ねだ」
寄子が続ける。
「でも、人間って普通に見てると、大きなものしか見なくなる。
苦しいとか、速いとか、遅いとか」
海斗
「だから、“変な視点”を持たせる。
普段見逃すものを見る練習だ」
コスキネンも頷く。
「ギャグは、“普通じゃない見方”の訓練だべ」
光希は、ふと納得した。
(……だから、めぐは変化を拾えるのか)
踏切りの半拍。
風の返り。
空中の違和感。
笑いの中で、“ズレ”を見る練習をしている。
◆ さらに壊れていくクロカンチーム
海斗が言った。
「もう一回。
今度は三人でやれ」
相田
「団体戦!?」
光希
「何を団結してるべ」
題材は、
ストック
急カーブ注意の看板
雪煙
三人は相談する。
一分後。
相田
「今日は刺さりたくない」
佐々木(雪煙)
「こっちは毎回巻き上げられて疲れてる」
光希(看板)
「お前ら文句ばっか言うな!!
俺なんか二十四時間立ちっぱなしだぞ!!」
相田
「うわ、看板が急に労働問題出してきた!」
佐々木
「しかも説得力ある!」
女子チーム、大爆笑。
寄子は涙目。
「だめ、クロカン組じわじわ来る」
コスキネンは真顔。
「Very good.
だんだん“見えるようになってる”」
海斗も小さく頷いた。
「最初より、観察が細かい」
◆ 光希の決意
練習後。
光希はコースをゆっくり滑りながら思った。
(小さい変化を拾う)
それは、ジャンプだけじゃない。
クロカンも同じだ。
雪の重さ。
板の返り。
呼吸。
乳酸。
腕の疲れ。
相手のリズム。
全部、小さい変化。
それを拾える選手が、最後に伸びる。
光希は空を見上げた。
遠くで女子ジャンプチームが飛んでいる。
その中に、恵の姿がある。
(めぐと一緒にオリンピックへ行く)
そのために必要なのは、
脚力だけじゃない。
“見る力”だ。
光希はストックを握り直した。
「……急カーブ注意の看板にも感謝するべさ」
相田が吹き出す。
「まだ引きずってる!」
佐々木も笑う。
「もうクロカンチーム終わりだろこれ」
でも、その笑いの中で、
チーム全体が少しだけ変わり始めていた。
小さい違和感を拾う力。
それは、雪の上を戦う全員を、
さらに高い場所へ運ぼうとしていた。
◆ クロカン代表合宿 ― プロの即興、その真髄
女子ジャンプ代表で導入された、
謎の“ギャグコント観察トレーニング”。
それは、クロカンチームに来てもなお、
選手たちを混乱させ続けていた。
しかも今日は――
寄子がニヤニヤしている。
海斗が妙に静か。
コスキネンが真顔でメモ帳を持っている。
この時点で、ろくなことにならない。
相田飛竜が警戒した顔で聞く。
「……今日、何やるんですか」
寄子がスマホを持ち上げた。
「プロの即興を、もう一回見てもらおうかなって」
佐々木正嗣が顔を覆う。
「また来るのか……」
光希は苦笑した。
「博多の双子だべな」
雪原の向こうで、女子ジャンプチームもなんだか集まり始めている。
空
「今日は何のお題?」
恵
「嫌な予感しかしねぇべ」
通話がつながる。
画面いっぱいに、光子と優子。
光子
「はーい! 即興ギャグコント研究会、始まりましたー!」
優子
「研究会って言うと急に教育番組っぽくなるけんやめて!」
クロカンチーム、すでに笑っている。
寄子が、お題を出した。
「今日のお題は――
極寒の中、雪に埋もれかけてる線路」
一秒。
光子と優子の目が細くなる。
その瞬間、恵が小さく呟いた。
「……来るべ」
◆ 即興コント
『極寒の中、雪に埋もれかけてる線路』
光子が線路役になる。
背筋を伸ばし、両手をまっすぐ横に伸ばす。
光子
「…………」
優子
「何も言わんのかい!」
光子
「寒すぎて、鉄まで無口になっとる」
全員、吹き出す。
相田
「開始5秒で強い!」
優子は除雪作業員役。
「おーい線路! 生きとるかー!」
光子
「…………レール人生、もう限界たい」
優子
「線路が人生語り始めた!!」
光子
「毎日毎日、重たい列車に踏まれ、
雪には埋もれ、
誰も“ありがとう”も言わん……」
優子
「急に演歌になるな!」
女子チーム爆笑。
空
「線路に感情入りすぎ!」
佐々木が笑いながら言う。
「でも冬の線路、たしかに大変そう」
◆ 雪との戦い
優子が雪役になる。
両手を広げ、妙に嬉しそうに言う。
「積もっとるよ〜♪
今日も積もっとるよ〜♪」
光子
「お前、毎年来るな!!」
優子
「季節イベントたい!」
光子
「イベント感覚で埋めるな!!
こっちは特急通るんだぞ!!」
相田、腹を抱えて笑う。
「線路、キレてる!」
優子
「だって、線路さん。
冬になると、ちょっと埋もれた方が“風情”出るやん?」
光子
「風情で運行止めになるか!!」
クロカンチーム、大爆笑。
コスキネンは真顔でメモしている。
光希が突っ込む。
「なんで毎回メモしてるべ!?」
コスキネン
「感情の乗せ方が上手い。
特に“風情で運行止めになるか”は強いべ」
◆ 線路、哲学に入る
光子が急に遠くを見る。
光子
「……でもな、雪」
優子
「ん?」
光子
「わたし、時々思うったい」
優子
「何を?」
光子
「列車が走るってことは、
誰かが“会いたい”って思っとるってことやろ」
一瞬、空気が止まる。
恵
「うわ、急に深ぇべ……」
光子
「帰る人。
旅立つ人。
仕事行く人。
誰かを迎えに行く人」
優子も少し静かになる。
「……うん」
光子
「だから私は、埋もれてる場合じゃなか」
優子
「線路……!」
光子
「今日も、人を繋がんといかん」
その瞬間。
優子が急に雪役に戻る。
「でも積もる〜〜♪」
光子
「台無しだぁぁぁ!!」
全員、崩壊。
寄子は机を叩いて笑い、
相田は雪に倒れ込み、
空は涙を拭いている。
海斗ですら、完全に口元が緩んでいた。
◆ コスキネン乱入
優子が突然言った。
「コスキネンさん!
今日は“ポイント切替機”役お願いします!」
光希
「役増えてるべ!」
コスキネンは迷わない。
真顔で前へ出る。
コスキネン
「……ガコン」
一瞬。
光子
「うわ、新型切替機きた!!」
コスキネン
「今日も進路を変えるべ」
優子
「普通に仕事しとる!」
コスキネン
「でも寒いと、動きたくないべ」
相田
「ポイント切替機まで愚痴り始めた!」
コスキネン
「人間はすぐ“切替不良”と言う。
でも私にも気分がある」
佐々木
「だめだ、機械全部人格持ってる」
コスキネン
「あと、たまに鹿来る。
困る」
光希が吹き出した。
「北海道すぎるべ!!」
◆ クロカンチーム、学び始める
笑いが一段落したあと、
海斗が静かに言った。
「何を拾っていた?」
相田が、まだ笑いながら答える。
「雪、線路、寒さ、除雪、列車……」
寄子が頷く。
「全部、最初から目の前にあったものなんだよね」
佐々木が真面目な顔になる。
「しかも、途中で“風情”とか“会いたい人”とか、
見えない感情まで広げてた」
コスキネンも言う。
「小さい違和感から、世界を広げているべ」
光希は、ふと気づく。
(……クロカンも同じだ)
最初に見えるのは雪だけ。
でもその中に、
滑る雪
沈む雪
冷えた雪
湿った雪
脚を持っていく雪
全部違う。
見えていなかっただけだ。
◆ 海斗の締め
海斗はクロカンコースを指さした。
「お前らが今日見たものは、ただのコントじゃない」
全員が静かになる。
「観察だ。
小さい違和感を拾い、
そこに関係性を作り、
変化を受けて返す」
寄子が続ける。
「クロカンも同じ。
雪質、呼吸、板、風、心拍。
全部、“変化の会話”だから」
光希はストックを握り直した。
(……見えるようになってきたべ)
ただ雪の上を滑るんじゃない。
雪と会話する。
風と会話する。
コースと会話する。
それができる選手が、最後に伸びる。
◆ 練習へ
通話が切れる。
でも、みんなまだ笑っていた。
相田
「いやもう、線路であそこまで行くの反則っすよ」
空
「“風情で運行止めになるか”は強かった」
佐々木
「線路に感情移入したの初めてだ」
コスキネンは真顔。
「線路にも人生あるべ」
恵
「もう全部に人生与えるのやめるべ!」
海斗が最後に言う。
「行くぞ。
今日は雪の違いを拾え」
光希はコースを見る。
踏み固められた雪。
日陰の硬い部分。
少し湿ったカーブ。
昨日より、ずっと見えていた。
そして頭のどこかで、
まだ線路が叫んでいる。
“風情で運行止めになるか!!”
光希は吹き出した。
相田
「まだ笑ってる!」
光希
「だめだべ……
今日、雪見るたびに線路思い出すべ……!」
でもその笑いの中で、
クロカンチームの“見る力”は、確実に育ち始めていた。




