カフェオレとカフェラテが喧嘩したら?
第27話 カフェオレとカフェラテが喧嘩したら?
◆ カフェオレとカフェラテが喧嘩したら?
翌朝。
カフェ「雪」。
恵は、カウンターに並んだ二つのカップをじっと見ていた。
カフェオレ。
カフェラテ。
色は似ている。
でも、よく見ると違う。
泡の厚み。
香り。
ミルクの混ざり方。
カップの温度。
恵は小さく呟いた。
「……小さな変化を見る、だべさ」
雪がカウンターの向こうで首を傾げる。
「めぐ?」
恵は急に顔を上げた。
「母ちゃん。今日、うちもやってみるべ」
寄子が即座に反応する。
「え、何を?」
恵は真剣な顔で言った。
「ギャグコント」
海斗がコーヒーを飲む手を止めた。
「……練習前にか」
コスキネンが、すっと姿勢を正す。
「相手は?」
恵は、カフェラテのカップを指さした。
「コスキネンさん。
テーマは――カフェオレとカフェラテが喧嘩したら?」
常連客のおじさんが新聞を下ろした。
「お、始まるのかい?」
常連のおばちゃんも笑う。
「めぐちゃんの初アドリブかい。見なきゃねぇ」
雪はカウンターに肘をついて、楽しそうに言った。
「じゃあ観客は、うちのお客さんと、海斗さん、寄子さん、私ね」
海斗は低く言った。
「俺は観客じゃない」
寄子が笑う。
「でも見るんでしょ?」
海斗は黙った。
つまり見る。
恵はカフェオレ役として、カップを前に置いた。
少し胸を張って、低めの声で言う。
恵
「……おい、ラテ。
おまえ、最近ちょっと泡立ちすぎじゃねぇべか?」
コスキネンはカフェラテ役。
一拍置いて、すました顔で返した。
コスキネン
「泡は品格たい。
そっちこそ、ミルク混ざりすぎて、境界線なくなっとるっしょ」
店内がどっと笑った。
恵
「境界線ってなんだべ!
うちは家庭的な優しさで売ってるんだべさ!」
コスキネン
「家庭的?
ただミルク多めのコーヒーが、急に家族ぶらんでよかろうもん」
寄子が吹き出す。
「強い!ラテ強い!」
常連客のおばちゃんが手を叩く。
「コスキネンさん、上手くなったねぇ!」
恵は負けじと前に出る。
恵
「だいたい、ラテって名前からして気取ってるべ。
“私、カフェにいます”みたいな顔してるべさ」
コスキネン
「カフェオレもカフェにおるべ」
一瞬の間。
雪が笑い崩れた。
「正論!」
海斗が小さく口元を押さえた。
笑いを隠している。
恵は一瞬詰まったが、すぐに拾った。
恵
「……おるけど!
でもうちは、上川の朝に寄り添うタイプだべ!」
コスキネン
「私は世界基準の泡で、上川に進出したタイプたい」
恵
「進出すんな!地元密着を大事にしろだべ!」
コスキネン
「じゃあ、今日から“カフェラテ上川支部”作るべ」
恵
「支部ばっか増えるべさ!」
常連客たちが大笑いする。
カウンターの奥で雪が涙を拭っている。
そこで恵は、ふとカップの表面を見た。
カフェオレはミルクが均一に混ざっている。
ラテは上に泡がある。
(違い、ここだべ)
恵は、アドリブで切り込んだ。
恵
「でもな、ラテ。
おまえ、上だけふわふわしてるべ。
中身はどうなんだべ?」
コスキネンは目を細めた。
即座に返す。
コスキネン
「ふわふわは逃げじゃない。
衝撃を受け止める余白だべ」
一瞬、笑いが止まった。
寄子が「あ」と言う。
海斗も顔を上げる。
恵も分かった。
これは、ギャグの中に競技の話が入った。
コスキネンが続ける。
コスキネン
「カフェオレは全部混ざって強い。
でもラテは、泡があるから熱さが直接来ない。
余白があるから、長く飲める」
恵は、カフェオレ役のまま、少し真面目に返す。
恵
「……じゃあ、うちも泡、覚えた方がいいべか」
コスキネン
「覚えるべ。
でもカフェオレがラテになる必要はない。
カフェオレはカフェオレのまま、少し余白を作ればいい」
店内が静かになった。
でも重い静けさじゃない。
雪が柔らかく言った。
「それ、めぐのフォームの話だね」
寄子が頷く。
「うん。今のコント、完全にフォーム理論だった」
海斗が短く言う。
「使える」
恵は、急に照れて頭をかいた。
「いや、うち、ただカフェオレとラテを喧嘩させただけだべ……」
コスキネンが真顔で言う。
「それが観察だべ」
常連のおじさんが拍手した。
「いやぁ、朝からいいもん見た」
おばちゃんも続く。
「めぐちゃん、博多の双子ちゃんに鍛えられたねぇ」
雪が笑う。
「カフェ雪、ついにコント劇場になったね」
恵は慌てて両手を振る。
「毎朝やらねぇべ!練習行くべ!」
するとコスキネンがすかさず言った。
「まずコーヒー。次にコント。最後にジャンプ」
海斗
「違う」
寄子
「でも、順番としてはちょっと好き」
恵
「好きになるなって!」
店内にまた笑いが広がる。
その後、練習場へ向かう道で、恵は黙っていた。
笑い疲れたからではない。
カフェオレとカフェラテ。
混ざりきった強さ。
泡のある余白。
それは、今の自分に必要なものだった。
(うちは、カフェオレだったんだべな)
全部を混ぜて、固めて、強くしてきた。
それで勝った。
でもこれからは、余白がいる。
風を受け流す泡みたいな部分。
衝撃を逃がす柔らかさ。
恵は胸ポケットの鈴を鳴らした。
ちりん。
「コスキネンさん」
「ん?」
「今日のコント、練習で使うべ」
コスキネンは満足そうに頷いた。
「いいべ。
今日は“ラテの泡”を作る」
海斗が前を歩きながら言う。
「つまり、上体を固めるな」
寄子が続ける。
「余白を残す」
恵は笑った。
「カフェオレ、更新するべさ」
上川の風が、朝の道をすっと通り抜けた。
その風は、昨日より少しだけ柔らかく感じた。




