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恵の物語  作者: リンダ


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26/26

翌日のカフェ「雪」


翌日のカフェ「雪」は、朝からもう少しだけ危なかった。


何が危ないかと言うと、

空気が妙に静かだったのである。


昨日、コスキネンが博多ギャグを自然に放ち、

恵の腹筋がほぼ崩壊し、

海斗が「明日のメニュー増やす」と脅し、

寄子が涙を流して笑い、

雪が「もう完全に上川と博多のハイブリッドだね」と言った、その翌朝。


普通なら少しは反省して静かになるものだ。

ところが、このメンバーに限っては、そうはならなかった。


むしろ――

何かが“熟成”していた。


カフェの窓から入る光は白っぽく、

外にはまだ朝の冷えが残っている。

雪がいつものようにコーヒーを淹れ、

恵はカップを両手で包み、

コスキネンはもうすっかり定位置になった窓際に座っていた。


「今日は平和だといいねぇ」


雪がそう言ったとき、

寄子はすぐに首を振った。


「こういうこと言うと、絶対平和じゃなくなる」


海斗は新聞を広げたまま言う。


「もう手遅れだ。顔で分かる」


恵は眉を寄せる。


「誰の顔だべ」


その答えは、一分後に分かった。


スマホが震える。


画面に出た名前は、案の定。


光子

優子


恵は、もうため息と笑いが半分ずつ混ざった顔になった。


「……来たべ」


雪がスマホをテーブルの真ん中に置く。

寄子がもう笑う準備に入っていて、

海斗は「切れ」と言いながら新聞をたたんだ。

コスキネンだけが、少し目を細めて興味深そうにしている。


通話がつながる。


画面いっぱいに博多の双子。


光子が開口一番、両手を広げて宣言した。


「今日は新作たい!!」


優子が続ける。


「しかも、なかなか文学的! 季節感まである!!」


恵はコーヒーを飲みながら、嫌な予感しかしない声で聞く。


「……なんだべ」


光子が胸を張る。


「本日のコントテーマ――

『白い秋桜と紅い秋桜と黄色い秋桜の仲が悪かったら?』」


一秒、完全に空気が止まった。


恵はカップを置いて、思わず口に出した。


「なんちゅうギャグコントやねん」


寄子が吹き出した。


「私もそれ言おうと思った」


海斗は即座に言う。


「意味が分からん」


雪は、すでに笑いをこらえるのを諦めている。


「いや、でもちょっと見たい」


コスキネンは真顔で腕を組んだ。


「Interesting.

とても、気になるべ」


恵が顔を上げる。


「なんでコスキネンさんは前向きなんだべ!?」



白い秋桜、紅い秋桜、黄色い秋桜


光子がまず白い秋桜役に入った。


声を少し高くして、やたら清楚そうに言う。


「……ちょっと、紅い子。

朝からそんなに情熱的で疲れんと?」


優子が、即座に紅い秋桜役で返す。


「はぁ!?

そっちこそ何なん!?

“私は控えめです”みたいな顔しとるけど、

風来たら一番ぶるぶるしよるやん!」


恵がすでに吹き出す。


「秋桜がマウント取り合ってるべさ……!」


光子はそのまま、黄色い秋桜役に切り替わった。

声色を少し変えて、妙に“いい人感”を出す。


「ねぇ二人とも、やめてくれん?

うち、見ててしんどか。

平和に咲こうや」


優子が紅い秋桜のまま鼻で笑う。


「出たよ、黄色。

すぐ“私は中立です”ポジション取りたがるっちゃん!」


光子が白い秋桜に戻る。


「いやいや、黄色が一番腹黒かもしれんよ?

だって、いつも真ん中らへんおるやん」


恵は笑いながらテーブルを叩いた。


「なんだべその花同士の人間関係!!」


寄子は腹を抱えている。

雪は「だめだ、朝から強い」と言って涙をぬぐっている。

海斗でさえ口元が微妙に緩んでいた。


そしてコスキネンは――

完全に、入るタイミングを測っていた。


恵がそれに気づいて目を見開く。


「まさか……」


光子がすぐに言う。


「コスキネンさん!

今日は“青空役”お願いするたい!」


優子が追い打ちをかける。


「秋桜たちを見下ろす立場として、お願い!」


恵が叫ぶ。


「なんで青空まで出てくるべ!?」


コスキネンは少しだけ考える素振りを見せたあと、

真顔で頷いた。


「わかったべ」


寄子が机に突っ伏す。


「だめ、もうその時点で強い」


コスキネンはカメラの方へ少し顔を近づけた。

声は落ち着いている。

でも、間の取り方が妙に上手くなっている。


「おまえたち……」


一拍。


「空の下で咲いとるくせに、仲悪すぎっしょ」


沈黙。


そして、爆発。


「青空がツッコむべか普通!!」


光子

「うわぁぁ、完璧たい!!」


優子

「ちょっと待って、自然すぎる!!」


雪は椅子に座り直せなくなるほど笑い、

寄子は「間がプロ」としか言えなくなり、

海斗は「……もうだめだ」と呟いた。


コスキネンは平然としている。


「今の、よかったべか?」


恵は笑いすぎて息を整えながら言った。


「よすぎるべさ!!

なんでそんな自然なんだべ!?」



呆れる恵


ひとしきり笑ったあと、

恵はコーヒーを飲み直しながら、まだ呆れた顔で言った。


「いや、ほんと、なんちゅうギャグコントやねんだべ……」


光子が、そこで少しだけ真顔になった。


「でもね、めぐ」


優子も続ける。


「こういう何げない毎日の中でネタを見つけるって、

じつはめっちゃ大事なんよ」


恵はまだ笑いの余韻を残しながら聞き返す。


「……ネタを見つけるのが?」


光子がうなずく。


「そう。

たとえば今日だったらさ、

“白い秋桜”“紅い秋桜”“黄色い秋桜”って普通に見たらただの花やん?」


優子

「でもそこに、“もし仲が悪かったら?”っていうズレを一個入れるだけで、

急に世界が変になるったい」


寄子が顔を上げた。


「……ズレを一個入れる」


光子

「そうそう。

うちら、毎日そういう“ちっちゃい違和感”を拾って笑いにしよるんよ」


優子

「で、それって結局、

自分自身の小さな変化とか、

試合の時のほんの小さな変化も見逃さんようになる秘策でもあると思うっちゃ」


その言葉で、恵の顔から笑いが少し引いた。


「……変化を見逃さない」


光子が言う。


「めぐ、試合の時さ、

“今日は踏切りがちょっと早い”とか

“風が昨日とちょっと違う”とか

“板の返りが半拍ズレた”とか見るやん?」


恵はうなずく。


「見るべ」


優子

「うちらも同じたい。

“今の言い方、ちょっとおかしい”とか

“この間、ちょっと変やね”とか

“この人、今、間が空いた”とか見る。

その違和感を拾うのがネタになる」


寄子は静かに息を吐いた。


「それ、競技でもまったく同じだね」


海斗が腕を組んだまま言う。


「観察だ。

風も、体も、試合の空気も、変化は小さい。

小さいものに気づけるやつが勝つ」


コスキネンが、そこで小さく頷いた。


「ジャンプも、ギャグも、

最初に来るのは“大きなもの”じゃない。

小さい違和感だべ」


恵は、完全に笑いから“気づき”の顔に変わっていた。


(……あぁ、そういうことか)


毎日の中で、

“普通なら見逃すもの”を面白がる力。

それが、競技では“ほんのわずかなズレ”に気づく力になる。


それは確かに、秘策だった。



台本なんてない


恵は、少し信じられない顔で言った。


「……でも、うちらのコントって、そこまで考えて作ってるべか?」


光子と優子は、顔を見合わせて、

同時に肩をすくめた。


「いや、考えてない」

「まったく」


「……は?」


優子が笑う。


「うちら、ギャグコントのシナリオって、作ったことないもん」


光子

「全部アドリブたい」


一秒、また空気が止まる。


今度は、笑いではなく、

純粋な驚きで。


恵は目を見開いた。


「あんな爆笑ネタ、台本なしでやってんの!?」


寄子

「全部……!?」


海斗

「本気か」


コスキネンまで、さすがに少し前のめりになる。


「No script?

本当に?」


光子が胸を張る。


「うん。

その場で思いついたやつを、その場で投げる」


優子

「で、相手が返したら、そこからまた拾って転がす。

だから毎回ちょっと違うっちゃ」


恵は、本気でびっくりしていた。


「あれ、台本あると思ってたべ……!」


寄子は興味津々の顔になる。


「え、じゃあ“白い秋桜と紅い秋桜と黄色い秋桜の仲が悪かったら?”も、いま思いつき?」


光子

「そうたい」


優子

「白い花が見えたけん」


「軽いべ!!」


海斗は、珍しく完全に新聞記者みたいな顔になっていた。


「つまりお前らは、

その場の違和感を見つけて、

即座に構造を作って、

相手の返しまで計算しながら進めているわけか」


光子

「いや、計算はしてない」


優子

「むしろ事故りながら進んどる」


寄子が笑う。


「でも、その事故対応力がすごいんだよ」


コスキネンは、そこで非常に真面目な顔で言った。


「即興でやるということは、

“いま起きたこと”を信じるということだべ」


恵がそっちを見る。


コスキネン

「ジャンプも同じ。

予定していた風じゃなくて、

いま来た風で飛ぶ。

予定していた体じゃなくて、

いまの体で飛ぶ」


海斗が頷く。


「その場の変化を拾えないやつは、

予定が狂った瞬間に終わる」


寄子も続ける。


「だから観察力が大事なんだよね。

めぐ、これはかなり使える話だよ」


恵は、頬に手を当てたまま、

しばらく何も言えなかった。


(……笑いの中に、そんなもの入ってたべか)


入っていた。

しかも、本人たちはそれを“理論”としてじゃなく、

普通に毎日やっていた。


それが、恵には妙に衝撃だった。



コスキネンも海斗も寄子も、興味津々


雪が新しいコーヒーを置く。


「はい。

みんな、ちょっと飲んで落ち着きなさい」


でも、誰も完全には落ち着いていなかった。


寄子はメモ帳を取り出していた。


「ねぇ、ちょっと整理したいんだけど、

たとえばネタを思いつく時って、

まず“違和感”が先なの? それとも“言葉”が先?」


光子

「うちは違和感たい」


優子

「私は言葉からのこともある」


海斗がすぐに続ける。


「じゃあ二人で役割が違うのか」


光子

「うん、だいたい私が火をつけて」


優子

「私が消すふりして燃やす」


「最悪の役割分担だべ」


コスキネンが真面目に聞く。


「If one of you says something weak, what happens?

もし一人のネタが弱かったら?」


優子が即答する。


「拾う」


光子も同時に言う。


「転ばせない」


その一言に、

今度は恵だけじゃなく、海斗も寄子も黙った。


チーム競技だ。

団体だ。

風だ。

練習だ。

全部、そこにつながる。


弱い一本。

崩れた空気。

それを拾う。

転ばせない。


恵は、昨日の団体戦を思い出していた。


(……そういうことか)


相田が出遅れた時。

自分たちは“拾った”。

チームを“転ばせなかった”。


それは笑いでも同じだったのだ。


海斗が低く呟く。


「競技理論としても、相当面白い」


寄子は笑った。


「まさか博多の双子からここまで学ぶとはね」


コスキネンは真顔で言った。


「Very advanced.

かなり高度だべ」


恵はとうとう頭を抱えた。


「なんかもう……

何が練習で何がコントかわかんなくなってきたべさ」


光子が得意げに胸を張る。


「それがプロたい」


優子

「いや、うちら別にプロではない」


「でも、たぶん天才だべ」


その瞬間、

双子は画面の向こうで、ほんの少しだけ照れた。



朝の終わり


通話が切れたあと、

カフェ「雪」は変な静けさに包まれた。


笑い疲れの静けさ。

でも同時に、

何か大事な話を聞いた後の静けさでもあった。


恵はコーヒーを一口飲んだ。

少しぬるくなっていた。


胸ポケットの鈴を、指で弾く。


ちりん。


「……白い秋桜と紅い秋桜の仲が悪かったら、か」


寄子が笑う。


「今日一日、たぶん何回も思い出すよ」


海斗が立ち上がる。


「十分だ。行くぞ」


雪がエプロンを直しながら言う。


「はいはい。今日もシャキッとしてね」


コスキネンがカップを置いて、当然みたいに言った。


「シャキッ、したべ」


恵は最後に吹き出した。


「だべが自然すぎるべ!!」


でもその顔は、朝より少しだけ引き締まっていた。


笑いの中で、

何かをちゃんと受け取った顔だ。


違和感を見る。

小さな変化を拾う。

その場で反応する。

相手を転ばせない。


全部、競技にもそのまま使える。


恵は店のドアを押しながら、外の光を見る。


(今日の風も、ちゃんと見るべ)


上川の朝の空気は冷たい。

でも、その冷たさの中に、

次の一本へつながる何かが確かにあった。


ちりん。


ドアベルが鳴る。


そして今日も、

カフェ雪から練習場への道が始まった。



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