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剣の谷の狙撃手  作者: キャップ
第三章 剣崎明人の軌跡
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剣崎明人の軌跡

エフゲニー自身も分かっていた。エフゲニーは軍人であって政治家ではない。秋津洲に流れ着くまでの人生において、エフゲニーと視線を交わせる交渉相手は、上の者であろうと下の者であろうと例外なく軍人であり、政を生業とする者たちではなかった。


大隊を率いる立場である以上、政治に関して無知ではない。日本との開戦についても、世間はおろか、軍内部でざわつきが起きるよりも早期の時点で確信していた。むしろ稀有であるともいえるほどに政に対して先を見据えている。


軍人相手とは言え、おそらく並みの政治家以上に厄介な相手を言葉でねじ伏せ、、またそれ以上の相手にねじ伏せられたことも一度や二度ではない。同業者限定とはいえ、テーブルで向かい合った経験だけで言うならば相当な修羅場をくぐっている。エフゲニーをよく知る者であるならば、交渉術においてエフゲニーを素人と呼ぶ者はいないだろう。


だが今は責任の重さがまるで違う。政治に対してあくまで傍観者でしかなかった過去とは違い、自らがテーブルに座り、現代の常識が通用しない一国の主と腹の探り合いをしている。当然失敗は現代への帰還不能、もしくは部隊の壊滅を意味する。


犠牲なしで解決できる問題なのか。


戦闘で命を落とすことと何が違うのか。


命を懸けてまで帰還する必要があるのか。


兵たちはどこまでを望んでいるのか。


自問自答は尽きない。分からないことだらけなのだから。偶然でも構わないと状況が好転することへの期待に託す部分が多いのも問題だ。


現状では部隊の士気も高く、帰還への道を捨ててはいないが、それもいつまで持つか分からない。声こそ届いてはいないものの、危険を冒してまで帰還を望まぬ者は間違いなくいるだろう。現代に帰れたところで日本との戦争が終わっていなければすぐにまた命の奪い合いだ。あってはならぬことではあるが、すでに戦争が終わっていることをエフゲニーは望んでいた。


エフゲニーの大隊は先遣隊との交代という形で日本に上陸した。日も浅く、大規模な戦闘も経験していない。それでも日本軍後方陣地からの砲撃やこちら側斥候に対する狙撃などで負傷者、戦死者こそ出ていたものの、戦闘の継続について問題はなかった。一部の武器弾薬の劣化こそあるが、他部隊の支援さえ受けられれば十分に戦える。


だがそれは書面上での話でしかない。兵士たちは人間だ。畑で採れる野菜などとは違い、高度に思考し、感情を持つ人間だ。秋津洲という一切の未来が閉ざされていた異世界から帰還した直後に戦えと言われ、対応できる者がどれだけいるだろうか。


軍人である以上、四肢が動く限りいかなる理由があろうと戦いから逃げることは許されない。帰還後の戦線復帰については当然考えられる可能性の最優先であり、精神教育や訓練こそ継続して行われているが、戦場に比べれば遥かに平和と呼べるこの環境に慣れるのに4年という歳月は十分すぎる。


金剛家の依頼で任務に就かせられる兵士も、表向きは金剛家の望む通りに動き、裏でこちらの意図を悟られないためにも投入できるのは各部隊長から選ばれた一部の兵士のみ。しかもそれは任務の内容から偵察兵、狙撃兵、通信兵に偏っており、大半の兵は限られた環境での訓練だけに留まっている。


少なくとも日本に上陸した直後のような万全に整備された機械戦力。本国で練り上げた個人の戦闘力や、今から戦場に赴くという心構えといった人員戦力は期待できない。日本軍の強固な陣地の前に不要な屍の山を築くのは確実だった。


















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