ワイン
二つの儀式が終わる頃には、秋の日が暮れかけていた。次は丘の城に戻り、楽しい宴が待っている。本来なら、新しい夫婦が丘を登って歩く姿に、人の道ができるのが恒例だ。けれど、足の悪い父を考慮し、私と父が馬車に乗り、オルグレイドは先に会場へ行った。
馬車の個室は、向かい側の膝と膝が当たるほど小さい。だからこそ、父はここを、私情を挟む場として選んだのだろう。車窓さえカーテンで閉じてしまえば、民が手を振ってくる姿も遮断できる。キスを求めたあの子供も今は落ち着いているようで、静かな道だった。
杖に額をあずけながら、父は揺れる馬車の中で、深く息をつく。隣に置かれた酒瓶を取り上げ、慣れた手つきで封を切った。途端に、車内は甘酸っぱい香りに満ちる。
「これを、オルグレイドに注いでやりなさい」
「……ワイン、ですか?」
「火の民というのを、お前は知らない」
父は私を見つめた。その目に光は宿らず、この世の現実だけがありありと映し出されるようだった。
「三日三晩、花嫁を離さないと言われる奴らだぞ。他国から女を略奪するとも聞いた。どうにかして、新鮮なワインで、気を静めさせてやれ」
それはお酒好きな父が、ジルトハインで買い集めた、上物だった。これで自分の身を守れと言う父に、私は胸の奥が熱くなってくる。
「ですが、お酒が入って暴れでもしたら、どうするのですか」
あの男が手を振り上げたら、私の顔が潰れそうだ。未婚である状態を示す花冠を取り上げる。繊細なカスミソウはその涙を落とすように、手の中で簡単に散らばった。父はそれを悲しげに膝へ置く。
「お前は誰よりも、私を尊敬してくれているであろう?」
「それは……もちろんです」
「こんないい娘に、火の子を産ませるなど、考えるだけで吐き気がするんだよ。純粋な血を継がせるためには、穢れは避けねばならん。だが、聖剣を持つ者を、ぞんざいに扱うこともできまい」
乾いた艶のない父の手が、私のヴェールを取り上げる。いつにも増して、私を見てくれる時間が長く感じられた。
「ベッドに入る前、これでオルグレイド様を、寝かせてしまえということですね」
「そうだ。これがお前の役に立つ。式で口づけのチャンスを与えてやったのだから、お前が気を張る必要はない」
「わざわざ、私のために……ありがとうございます」
「礼を言うのはまだ早いぞ、ネリネ。いつかお前が、あの男の不祥事を暴き……聖剣さえ、この手に戻るまでは」
ワインを受け取ると、父は私の手を握った。
だが、暗くなった父の目が、真珠の首飾りに届くと、その手が外れてしまう。
「真珠ではなく、紫水晶にせよと、私がお前に持たせておいたのはどこにやった。」
「お城に置いて参りました。ですが、この真珠も良いとは思いませんか。」
母の形見の首飾りに触れる。一度でいいから、着けてみたかった。そしたら父は、母を思い出して懐かしむだろうと思ったから。しかし父は疲れたように背をもたれる。口癖からするに「余計なことを。」とでも出てきそうだった。
「ずいぶんと古い宝石だ。年頃の女がつけるものと言えば、もう少し澄んだ色のある石にすべきだろう。まったく、お前は私の言ったことを、一言一句、忠実に守っておればいいというのに」
真珠の連なる首元をさすりながら、私は父の膝下を見た。昔から、私が言うことを聞かないと、父は厳しい顔つきになる。でも、これだけは外せなかった。父と母が並んでいる肖像画は、広間にあるあの一枚しかないのだ。
馬車の揺れが止まり、使者に扉が開けられる。城の兵士の宿舎には、すでに村人たちが一階で集まっていた。
「ともかく行っておいで。くれぐれも、お前の役目を果たすためにだぞ。我がジルトハインの栄光は今に戻る」
父とはここでお別れだ。私は頭を下げた。
「あの男の思い通りにはさせません」
些細な誓いを済ませた後、馬がそのまま引き返していく。これから自分の身は、自分で守らなければならない。私はワインを胸に抱き、自由な音楽が奏でられる宴の会場へ、足を運ぶ。
その瞬間、村人たちが両脇から拍手喝采を浴びせてきた。長机の通路を通り抜ける間、彼らは期待の眼差しとともに、涙を浮かべる。
「とうとう、ネリネちゃんにもこの時が来ちまった。この村一番の、花嫁だよ」
「ああ、綺麗だ。まるでどこかの姫さんだなあ」
「どの男が相手でも、不釣り合いになっちまうよ。勿体ねえ」
様々な賞賛が交わされる。村中の人々が集まった食堂は、あふれんばかりの熱気だった。彼らが長椅子から身を乗り出してくるために、人足をかき分けるだけで、もつれそうだ。




